腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

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16話~ディルムッドの騎士~

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~ディルムッドの騎士~


「だが、左手は肘から先を失った。……それ以上に重いのは、禁忌で呼び出した妹の魂のことだ。呼び出された魂は、呪いに縛られ冥界に戻ることすらできず……ガーゴイルに閉じ込められたまま消えた。あいつは、そのことを誰よりも悔いている。左手を失った痛みよりも、今、その絶望に沈んでいる……。処分についてはまだ決まっていない。放校になるのか、それとも別の裁きが下るのか――分からない。ただ一つ言えるのは、エドマンド自身が、誰よりも重い罰を背負っているということだ」レオは一瞬、言葉を切り、続けた。「ただ、すぐにあいつの身にも降りかかった呪いの処置ができたのは幸いだった。でなければ、エドマンドは高い確率で命を落としていただろう」
 俺は言葉を詰まらせる。
 ――しかし、彼は生き残った。それだけは、本当に良かった。

 レオが短く息を吐き、デュボアの部屋へと入っていくのを見届けてから、俺たち四人はオベールの管理室へと向かった。
 廊下の先で、先ほどリシャールとナタンを連れてきた壮年の騎士とはまた別の若い騎士が待ち構えていたのには、少なからず驚かされた。特に、その風貌――背は俺より頭ひとつ以上高い。金色の兜をかぶり鋼色の胸甲きょうこうに身を包み、左目には黒地の眼帯が掛けられている。その眼帯の中央には金糸でフィニックス不死鳥が精緻に刺繍され、薄暗い廊下の光を受けて妖しく輝いた。整った輪郭に似合わぬ装いは、逆に目を引く。

 俺は眉根を寄せる。
 そのフィニックス不死鳥を見たとたん、セレスタンの記憶がざわめいたのだ。

 『ヴァロワ家』の家紋……。

 代々、近衛騎士を輩出してきた名門であり、その忠誠と冷徹な規律で知られる一族。
 コルベール公爵家が文官の頂点として国の運営を担う一方、ヴァロワ家は武官の頂点に立つ。

 ガーゴイルが動いたとの報告を聞きつけ、カナードと共に王宮から騎士の一団が派遣されたとしても、ヴァロワ家の多くの騎士は本来、王直属。専門外の業務だ。
 まあ、リシャール殿下が討伐に参加した以上、最精鋭のエリート騎士が急きょ護衛として同行することは不自然ではない。
 この点については納得できる。

 俺がひっかかる理由はもう一つ。公爵家の嫡男としてしばしば城に出入りしていたセレスタンが、これほど絢爛たる存在感を放つ男の姿を見たことがなかったのだ。

 一度見たら忘れられないだろう、横目で視線を投げて来られるだけでも重圧が肌を刺し、視線が交わると呼吸の奥までかき乱される――本能が危険を察知して告げてくる。まるで猛禽類に睨まれたかのように、あるいは肉食獣の前に立たされたかのような、身をすくめたくなる感覚。 色気、と呼ぶには強すぎる、むしろ危険。

 俺は小さく息を詰め、思わず目を逸らした。

 ――王宮の奥に控えている近衛なのか?

 また、原作本編には、ヴァロワ家の人間など一人として登場していなかった。存在しないはずの駒が、再び盤上に置かれた感が凄まじい――オベールの時と同様の違和感が込み上げて来る。

 なんだ、こいつは。

「……ルクレール・シャルル・ヴァロワ」
 リシャールが一歩前に出て、眼帯の騎士へと歩み寄る。

 やはり、ヴァロワ家の者か。

「お前も来ていたのか」
 リシャールはそのまま肩を並べるように歩き出し、わずかに目を細めて声を掛けた。驚きを隠してはいたが、その口調には探るような色が混じっていた。
「未確認の敵の討伐に殿下が参戦と聞いたので、見物に」
 ルクレールと呼ばれた騎士は淡々と答え、軽く唇の端を上げた。
 その声には軽い挑発が混じっており、気取った礼など一切ない。ただ歩きながら、歩調だけは自然に合わせている。
「着いたらもう終わっていたので、残念でしたが……。でも、一足先に飛ばした伝書使クーリエから、殿下の雄姿は報告を受けていましたよ」ふと、肩越しに俺を見やり、騎士はほんの少し笑みを混ぜて続けた。「いいところ、見せられて良かったですね」
 ルクレールの物言いに、リシャールはわずかに眉根を寄せたが、口元には冷静さを保とうとする色が見えた。
「今回、派遣されて来たのは王都守備騎士団……、お前の所属とは異なる。どうせ、勝手に紛れ込んで来たんだろう。職務放棄か? あとで団長に報告するぞ」
 リシャールのうしろに続く俺たちは、無言で歩を運ぶ。廊下の空気は張りつめたまま一行は管理室へと進み出した。

 やがて管理室の前にたどり着くと、重厚なドアの前にモロー隊長が待っていた。
 俺たちを見るとにこやかに頷き、把手に手をかける。
「そろそろ到着するってロックハートから連絡があったから待ってたよ。ほらそこの木にとまってる。俺の伝書使クーリエ、カワイイでしょ?」
 モローが顎で示した方向に視線を向けると、回廊を挟んだ目の前の大きな木の枝にコルネイユカラスが一羽とまっていて、片目をつぶりながら翼の先で器用に二本の指……いや、羽根を揃え、まるで人間の仕草のようにおでこへ当てると、ピッと離してみせた。

 ……チャラい……。

 なるほど、モロー隊長の従者だということが一目で分かる。あの軽さ、いや、コミュ力の高さは見事に受け継いでいるようだ。
 それからモローは、ルクレール・シャルル・ヴァロワへ軽く目礼を送った。その瞬間、今までの柔和な表情がふっと引き締まり、一瞬だけ至極真剣な顔に変わった。
 若き眼帯の騎士に対する、敬意と慎重さを帯びた姿。その切り替わりを目の当たりにして、俺はまた胸の奥で問いかける。

 この男は、本当に何者なんだ?

 直後、モローはにこやかな表情に戻り、こちらへと向き直った。
「殿下、凄かったっスねー。そこの子、観測手スポッターやってたの君かな? 助かったよ、ありがとー」そのまま俺とアルチュールに視線を流し、肩をすくめる。「お二人さん、怒られなかった?」
「……はい、叱られました」
 俺が素直に返すと、アルチュールは少し顔を強ばらせつつも、言葉はあっさりと続けた。
「……でも、当然です」
 モローは肩をすくめたまま、軽い笑みを浮かべつつも、口調には少しだけ真剣さが混ざった。
「うん。いや、やっぱり命に関わることだったからね。君たちはまだ学生だし、無理はしちゃいけない。だから、君たちを守るために俺たちがここにいるんだ。……信じてほしいな」その声は優しく、それでいて揺るぎなく響く。「次からは、もう少し慎重にね」
 にこやかに一拍置くと、モローはそのまま手を置いていた把手に軽く力をかけ、扉を開けた。
「さて……、奥では色々と聞きたいことや言いたいことがあって、首を長ーくして待っている"ややこしい"人がいるから、そろそろ入ろうか? 今、デュラン副警備官がオベール警備官と二人っきりだから、そろそろ中に入ってあげないと、副警備官の胃が死ぬ」
 その自然な振る舞いと口調に、場の空気がふっと和む。
 軽妙だけど、きちんと責任感のある人物なのが、よく分かる瞬間だった。

「失礼します」

 俺たちは揃って声を合わせ、中へと足を踏み入れた。


  ༺ ༒ ༻


 前にここを訪れたときは、入り口でオベールと話をしただけで中までは入らなかったが――今回は扉をくぐった途端、思わず息を呑んだ。

 広い。

 そこは単なる倉庫番人の詰め所などではなかった。
 壁際にはガルディアン学校のデコール管理・警備員のための各種武器や、見たこともない工具が整然と掛けられ、大きな作業台には部品や魔道具の素材が所狭しと並んでいる。まるで魔術と工学の境をつなぐ、小さな工房のようだ。油と金属の匂いがほのかに漂い、奥には寝台が一つ据え付けられていた。さらに、他のガルディアンたちが横になれるよう、部屋の隅にはいくつかのソファーや長椅子が置かれ、簡易の休憩・宿泊スペースとしても使えるようになっている。

 オベールはここで作業をし、そのまま夜を過ごすこともあるのだろう。もしかすると、彼は、実質この管理室に住んでいるのかもしれない――もちろん、自室は寮棟に与えられているはずだが……?

 そして、視界の端に映ったものに、俺は思わず息を呑んだ。
 椅子に腰を下ろすオベールの片脚――ガーゴイルとの戦いで失った義足の代わりに――そこには木切れが荒々しく括りつけられていたのだ。美貌の人であるはずなのに、その姿は妙にワイルドで、力強い実用性を感じさせる。

 ……そんなに、ボンシャンが作る義足が嫌なのか。

 オベールは、そんな俺たちの視線など気にも留めず、こちらを見つめた。
「……それで。ルクレール・シャルル・ヴァロワ。どうして、君までここに居る? 負傷者の様子を見に救護室に行くべきじゃないのか?」
「学院に来たのは、殿下の勇姿をこの目で拝もうと思いまして」
 ルクレールの返答に、リシャールが気のない調子で口を挟む。
「……ただの好奇心だろう? 暇つぶしに俺を見物するとは、物好きなことだ、ルクレール」
 名を呼ばれた騎士は、静かに兜を外した。
 その瞬間、短く整えられた燃えるような赤毛が顔の輪郭を縁取り、室内灯の光を受けて鮮やかに輝いた。前髪が額に軽く触れ、規律正しい顔立ちにわずかな柔らかさと情熱的な印象を添えている。
 兜を脇に抱え、口元に軽く笑みを浮かべたその姿は、そこに立っているだけでも周囲の視線を惹きつける、ひときわ強い存在感を放っていた。
「お久しぶりです、オベール警備官、デュラン副警備官」
 オベールの斜め横の椅子にはデュラン副警備官も座っている。

 扉の前で待っていたモローは、最初から俺たちとルクレールが一緒に来ることを伝書使クーリエから報告を受け、知っていた。ならば、この二人も承知していたに違いない。
 デュランはひどく疲れの滲んだ顔でこちらを見てから、何故か大きく諦めのこもったような溜息をつき、額に手を当て視線を落とながら重たげに腰を上げた。
「こんなときに、あなたの顔まで見るとは……。厄日だ、今日は」

 やはり、オベール警備官にとっても、デュラン副警備官にとっても、ルクレール・シャルル・ヴァロワ騎士は見覚えのある相手らしい。しかも、あまり印象は良くない。

 この男は、まず間違いなくこの学院の卒業生だ。王直属の近衛を務める者を多数輩出する名門ヴァロワ家の子息が、学院を経ず、騎士に叙任されるはずがない。
 オベール警備官は、ボンシャンと同級、デュラン副警備官は、見たところデュボアと同年代の三十五歳前後――警備官と学院生として、互いに顔を知る間柄であっても全く不思議ではなく、寧ろ腑に落ちる。

 しかし、なんだろう。
 デュランの様子が、ガーゴイル討伐の場で見たときよりも、明らかに生気が削がれていた。
 さきほど、ルクレールの顔を見た瞬間、また顔色が悪くなった気がするが……、いや、今の「厄日だ、今日は」という言葉から察するに、気のせいではないだろう。
 ただ、それ以前に、彼の身に何があったというのか?
 胸の奥にひっかかるものが生まれる。

 目下のところ、オベール警備官とルクレールの当たり障りのない会話が続く中、俺がデュラン副官を見ながら怪訝な表情を浮かべていたせいだろうか――背後から、モローがするりと俺とアルチュールの間に入り込むと、両者の肩に軽く両手を回してきた。

 それから、「さっきね」と、彼は唇を寄せるようにして小声で囁く。
「オベールさんが、自分の脚にくくり付ける木の切れ端を拾って来いってデュラン副官に言ったんだ。でも副官は、「やめてください、もうすぐボンシャン先生が来てくれます。せめてそれまでじっと座って待っててください。片足ケンケンであちこち動き回らないで。お願いします」って、止めたんだよ。片足ケンケンだよ。片足ケンケン……ぷっ」思い出したのか、モローはそこで小さく噴き出し、肩を震わせた。「そしたら、オベールさん、ブチ切れちゃってさ。ボンシャン先生の名前出すと、普段から不機嫌になるんだけど、それで結局、根負けした副官が木切れを取りに行って、オベールさんの足にくくり付けたの。――だから今、あんな状態」
 モローはくすくす笑いながら小さく肩を竦める。

 もう一度言う。
 ……そんなに、ボンシャンが作る義足が嫌なのか。

「……なんか……大変そうですね」
 思わず俺がそう口にすると、モローは「え? うううん」と首を横に振り、「他のガルディアンたちは、ガーゴイルの後始末に行ってきますって、突然、飛び出して行ったし、その間、俺は紅茶れて飲んでたから」と、気の抜けた返事をしてからいたずらっぽく笑った。

「うち、いつもこんな感じ。楽しいでしょ? ね、殿下は無理だろうけど、卒業したら君たち、うち来ない?」

 ……いや、楽しいのはあんただけだろ。絶対ぇ来ねえよ。こんな場面を見せつけられて、はい喜んで働きに来ます、なんて誰が言うか。むしろ逆効果だ。

 そのとき、不意にかさりと衣擦れの音がした。
 見れば、窓辺に移動したデュラン副警備官が、懐から小さな布袋を取り出している。そして、口をきゅっと結んだそれを器用に解くと、中から小指の先ほどの丸薬を一粒つまみ上げ、憂いを帯びた眼差しで窓の外を眺めながら、ためらいもなく口に放り込んだのだ。

 ――がりっぼりぼりっ。

 静かな部屋に、硬いものを噛み砕く音が妙に響く。ふわりと漂うのは、清涼なハーブの香り。

「えっ?」
 あまり何事にも動じないはずのアルチュールが声を漏らし、ナタンも目をまん丸にしている。
 俺も思わず目を瞬かせると、モローが「ほらね」とでも言うように顎をしゃくった。

「中庭の薬草で彼が自作してるんだ。胃腸の丸薬。……まあ、見てのとおり常備薬みたいなもん。今日は口にする回数がやけに多いけどねー。あともう一袋、持ち歩いてるけど、それが無くなったら、副官、中庭に出て行ってしゃがみ込んで、草、そのまま食ってるよ」
 
 あの上品そうでシュッとした方が? まるで美の女神が桔梗の花に生命を吹き込み、人の姿へと変えたかのような男が、中庭にしゃがみ込んで、草、食ってるの?

「あっ」
「どうしたナタン?」
「先日、中庭通ったときに見かけました。ガルディアンの制服を着た方が薬草の手入れをしていて、妙だなと思ったので記憶に残っています。あれ、食べてたんですね……」

 ……そんなことを聞かされたら、ますますここで働きたいなんて思わなくなる。いや、そもそも最初からここに就職する気なんてなかったけど。

「――おい、ロイク・アランティゴス・モロー隊長」
 低い声が割り込む。オベールが、人形のように美しい顔の眉根に深い皺を寄せて彼を睨んでいた。
「はーい」
「全部、聞こえているぞ。お喋りはそのへんにしておけ。口の運動は十分だろう? 尚、勧誘しろとは言ったが、今のは全然、勧誘になっていない。もう少し、考えて話せ」

 ……はぁ? 今の、本当に勧誘だったの?
 副官が常備薬をぼりぼり噛み砕いて食ってる光景を横目に、「楽しいでしょ、うち来ない?」って――それ、冗談ではなく、正真正銘のスカウトだったの?
 いやいやいや。そんなブラック全開の現場を見て、はいっ、ぜひここで勤めたいですー、なんて言うやついる? もし「行きます」って言ったら、それはもう俺の正気が疑われるレベルだろ。

 そんなことを俺が考えているすぐ横で、「はーい。すいませんっしたー」と、モローは、まるで叱責が子守唄にしか聞こえないかのように間延びした声を返すと肩をすくめ、小首を傾げながら片手をひらひらと振り、いたずらっぽく舌をちょろりと覗かせて、目を閉じくしゃりと笑った。

 凄い! こんな完璧な『テヘペロ』は見たことかない。
 ……妙にかわいい。いや、ほんと、似合っているのが余計に腹立たしい。

 学院時代、「月下美人」と影で呼ばれていた超絶美少年カナードとモローは友達だったそうだが、美少年とかわいい系……、

 ちょっと待って! それ、受けの花園じゃないか?

 いやもう、美少年+かわいい系で並んで歩かれた日には、周囲は目の保養どころか百合園通り越して薔薇園一直線だろ。

 まあ、現在のモローは、胸板が厚くなり肩幅もしっかりして、見た目は完全に「チャラいけど攻め」路線に転向しているけど……と、くだらない想像をしていたそのとき、

 再び響く――がりっぼりぼりっ、という硬い音。

 無言のまま、デュランがまた丸薬を指先でつまみ、口に放り込んでいた。
 オベールに視線を流すと、彼の眉間には更に深い皴が刻まれ、人形じみた美貌が冷たく険しい彫像のように固まっている。

 なにこの空間……。

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