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51話 王太子の慈しみ(後編)
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殿下はゆっくりと首を振り、薄く笑った。
「あの砦で過ごした"二人っきりの夜"の話は、セレスと私だけの秘密だ。セレス、お前は窓から抜け出し、私としたことについてアルチュールになにも言うな。これは王太子命令だ」
「なっ……!」
アルチュールが思わず身を乗り出す。
リシャールはその反応に愉快そうな笑みを浮かべ、ゆっくりと懐から細い箱を取り出した。
「そう怒るな。……そうだセレス、これを渡しておこう」
「これは……」
「開けて見ろ」
丁寧な包装を解き蓋を開けると。箱の中には、金と銀の糸がより合わされた組紐が一筋――光の角度で、まるで昼と夜が溶け合うように艶めく。
「私の加護が籠めてある。今、セレスが付けているアルチュールからもらった青と銀の組紐と一緒に結べ。いいか、この私の組紐のほうを上段に結べ」
「えっ」
驚く俺を見て、殿下は唇の端をかすかに吊り上げた。
「お前たちが、むつみ合うときも外すな。片時も、私の気配を忘れぬように」
穏やかに、しかし確かに底意地の悪い笑み。その声音には、甘やかさと、そして独占欲の残り香が混ざっていた。
アルチュールが言葉を失い、俺は頬に熱が昇るのを自覚する。リシャールはそんな俺たちを眺めながら、片手を顎に当て愉悦と哀しみをないまぜにした微笑を浮かべた。
「……これは呪いではない。祈りだ。お前たちの幸せを、王太子として保証してやる祈りだ――アルチュール、せいぜい悩め。頭が噴火するほど嫉妬していろ。あの夜になにがあったか、お前には一生、教えてやらん。あちこちから熱い視線を送られる人気者の『銀の君』を独り占めできるんだ。私が長年、大切に見守って来たセレスタンに、お前は触れることを許されたんだ。このくらいの嫌がらせで済ませてやる私に、大いに感謝しろ」
その言葉には、僅かな棘と、それ以上に優しい諦めが滲んでいた。
アルチュールが息をのみ、無言で頷く。
沈黙のあと――リシャールがふっと息を吐き、表情をゆるめた。
「……とはいえ、私ばかりが損をして終わるのも癪だな」
そう言って、彼はポケットから小瓶を取り出す。
それは、さっきジュールから配られたポーションだった。
「私もニコラに噛まれたようだ」
「は?」
「セレス、これを口移しで飲ませてくれないか?」
「いや、殿下、あんたナタン抱えてて、ニコラと接触してないじゃないですかっ!」
俺が全力で突っ込むより早く、隣のアルチュールが手を伸ばした。
「なら、俺が飲ませます!」
そう言って、殿下の手からポーションを奪う。
……えっ、ちょっ、ちょっと待って! ここでアル×リシャ!? 待望のキスシーン!?
唐突に、俺の中の腐男子がヒャッハーっと頭をもたげ、悲鳴を上げる。やばい、無理。尊死案件。
「おいアルチュール……、お前の恋人がカタカタ震えながら涙目で見ているぞ」
「いや、セレス、冗談だから。しないから」
「大丈夫。問題ない。俺をソファーだと思って続けてアルチュール」
自分で言っておきながら、声がちょっと震えていた。
馬車。密室。
え、これ、薄い本の導入じゃない? え??
頭の中で、ペンを握った腐女子たちが一斉に立ち上がる幻覚が見えた。
王太子殿下と辺境の子爵家次男の身分差逆転キス。なんというご褒美!
「いや、問題大有りだろう?」
「セレス、アルチュールが君の前で他の人間とキスしたら、君が一番、傷付くだろう?」
リシャール殿下は別ですっ、と言いかけて言葉を飲んだ。ぐさっと来る。図星だ。
……やはり、リシャール相手でも嫌だと思う自分が居る。
アルチュールが、わずかに肩をすくめて眉尻を下げた。
「俺も……、ニコラ相手に人助けだと分かっていても、目の前でセレスが自分以外とキスしているのを見ると、やっぱり傷付いた」
「それは……、ごめん」
「帰ったら、慰めてくれるんだろ?」
「……あ、ああ、まあ……」
頷いた瞬間、静寂が落ちた。
――と、向かいからやけに冷静な声が割り込む。
「すまないが……、お前たち二人に、私の姿は見えているか?」苦笑しながら、リシャール殿下は指先で自分のこめかみを軽く押さえた。「まったく……。王太子の威光とは、密室の熱気の前では儚いものだな」
冗談めかした一言に、張りつめていた空気がふっと緩む。
その隙間に、アルチュールの小さな息がこぼれた。
「……本当に、今日は色々ありすぎたな」
ぽつりと落ちたその言葉は、誰に向けたものでもなかった。
夕陽の赤が馬車の中に差し込み、殿下の横顔と、隣に座るアルチュールの横顔を、同じ色で静かに照らす。
窓の外には、学院の塔が見え始めていた。
「あの砦で過ごした"二人っきりの夜"の話は、セレスと私だけの秘密だ。セレス、お前は窓から抜け出し、私としたことについてアルチュールになにも言うな。これは王太子命令だ」
「なっ……!」
アルチュールが思わず身を乗り出す。
リシャールはその反応に愉快そうな笑みを浮かべ、ゆっくりと懐から細い箱を取り出した。
「そう怒るな。……そうだセレス、これを渡しておこう」
「これは……」
「開けて見ろ」
丁寧な包装を解き蓋を開けると。箱の中には、金と銀の糸がより合わされた組紐が一筋――光の角度で、まるで昼と夜が溶け合うように艶めく。
「私の加護が籠めてある。今、セレスが付けているアルチュールからもらった青と銀の組紐と一緒に結べ。いいか、この私の組紐のほうを上段に結べ」
「えっ」
驚く俺を見て、殿下は唇の端をかすかに吊り上げた。
「お前たちが、むつみ合うときも外すな。片時も、私の気配を忘れぬように」
穏やかに、しかし確かに底意地の悪い笑み。その声音には、甘やかさと、そして独占欲の残り香が混ざっていた。
アルチュールが言葉を失い、俺は頬に熱が昇るのを自覚する。リシャールはそんな俺たちを眺めながら、片手を顎に当て愉悦と哀しみをないまぜにした微笑を浮かべた。
「……これは呪いではない。祈りだ。お前たちの幸せを、王太子として保証してやる祈りだ――アルチュール、せいぜい悩め。頭が噴火するほど嫉妬していろ。あの夜になにがあったか、お前には一生、教えてやらん。あちこちから熱い視線を送られる人気者の『銀の君』を独り占めできるんだ。私が長年、大切に見守って来たセレスタンに、お前は触れることを許されたんだ。このくらいの嫌がらせで済ませてやる私に、大いに感謝しろ」
その言葉には、僅かな棘と、それ以上に優しい諦めが滲んでいた。
アルチュールが息をのみ、無言で頷く。
沈黙のあと――リシャールがふっと息を吐き、表情をゆるめた。
「……とはいえ、私ばかりが損をして終わるのも癪だな」
そう言って、彼はポケットから小瓶を取り出す。
それは、さっきジュールから配られたポーションだった。
「私もニコラに噛まれたようだ」
「は?」
「セレス、これを口移しで飲ませてくれないか?」
「いや、殿下、あんたナタン抱えてて、ニコラと接触してないじゃないですかっ!」
俺が全力で突っ込むより早く、隣のアルチュールが手を伸ばした。
「なら、俺が飲ませます!」
そう言って、殿下の手からポーションを奪う。
……えっ、ちょっ、ちょっと待って! ここでアル×リシャ!? 待望のキスシーン!?
唐突に、俺の中の腐男子がヒャッハーっと頭をもたげ、悲鳴を上げる。やばい、無理。尊死案件。
「おいアルチュール……、お前の恋人がカタカタ震えながら涙目で見ているぞ」
「いや、セレス、冗談だから。しないから」
「大丈夫。問題ない。俺をソファーだと思って続けてアルチュール」
自分で言っておきながら、声がちょっと震えていた。
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え、これ、薄い本の導入じゃない? え??
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「いや、問題大有りだろう?」
「セレス、アルチュールが君の前で他の人間とキスしたら、君が一番、傷付くだろう?」
リシャール殿下は別ですっ、と言いかけて言葉を飲んだ。ぐさっと来る。図星だ。
……やはり、リシャール相手でも嫌だと思う自分が居る。
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「俺も……、ニコラ相手に人助けだと分かっていても、目の前でセレスが自分以外とキスしているのを見ると、やっぱり傷付いた」
「それは……、ごめん」
「帰ったら、慰めてくれるんだろ?」
「……あ、ああ、まあ……」
頷いた瞬間、静寂が落ちた。
――と、向かいからやけに冷静な声が割り込む。
「すまないが……、お前たち二人に、私の姿は見えているか?」苦笑しながら、リシャール殿下は指先で自分のこめかみを軽く押さえた。「まったく……。王太子の威光とは、密室の熱気の前では儚いものだな」
冗談めかした一言に、張りつめていた空気がふっと緩む。
その隙間に、アルチュールの小さな息がこぼれた。
「……本当に、今日は色々ありすぎたな」
ぽつりと落ちたその言葉は、誰に向けたものでもなかった。
夕陽の赤が馬車の中に差し込み、殿下の横顔と、隣に座るアルチュールの横顔を、同じ色で静かに照らす。
窓の外には、学院の塔が見え始めていた。
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