腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

文字の大きさ
97 / 112

97話 シルエット家領地へ -18-

しおりを挟む
 俺は、掌を氷柱へ向けて掲げたまま、呼吸をひとつ落とした。
 魔力の流れを沈め、脈拍と同期させる。

 ――氷結術式の解除は、力任せに行わず、温度を上げるのではなく位相をずらします。
 ボンシャンの言葉が、脳裏に浮かぶ

「グラキエス・ソルウェ・コンセンス――力ではなく、調和によって氷結を解除せよ」

 低く唱えた瞬間、ボレアス位の刻印が反応した。
 氷柱の表面を走っていた結晶構造が、音もなく“ほどけて”いく。
 氷が、氷であることをやめていく瞬間――。
 内部に封じ込められていた魔力の残滓が、白い霧となって滲み出した。

「氷結位相、解除開始。結晶構造、崩壊ではなく解体を確認」

 奇石通信越しに、俺は淡々と報告する。

 ――しばしの沈黙ののち、

《経過を続けろ》
 デュボアの声が低く響く。
「ボレアス位、正常反応。冷却残留あり。氷眠解除、第一工程進行中」
《今の速度を保て。急ぐな。氷眠解除は、臓器より先に魂位相からだ》

 俺は小さく頷き、次の詠唱へ移る。

「レショフ・フェーズ・アン――再温化、第一段階」

 ルクス位の刻印が、淡く明滅。
 氷柱の内側で、微細な光が揺れる。

「レショフ・フェーズ・ドゥ――再温化、第二段階」

 まるで夜明け前、閉じた瞼の裏に差し込む、最初の光のよう。

「レショフ・フフェーズ・フィナル――再温化、最終段階」

 氷の表層が、水へと変わる。滴は音を立てず、床に触れる前に蒸散した。

「表層融解確認。内部凍結、維持」

 ノアールの輪郭が、ゆっくりと浮かび上がる。
 黒い毛並みはまだ硬いが、硬直は確実に解け始めていた。

《心拍、来るぞ》翁の声が、わずかに鋭くなる。《コルベール君、準備したまえ》

「了解」

 俺は即座に、ヴィータリス位へ魔力を流した。

「シルキュラシオン・アクティヴ――循環、起動」

 刻印が、脈打つように応える。
 生命が本来持つ、内側からの温度を上げていく。
 氷柱が、静かに崩れ落ちた。

 床に横たわるノアールの胸が、一度、ぴくりと動く。

「心拍反応、確認」

 ……二拍。
 間。
 三拍目が、わずかに早く打った。

「自発心拍、三拍目確認。律動、不安定」

《まだです》翁が制する。《冷凍睡眠明けは反射が暴れる。ここからが本番ですよ》

「了解。治癒工程へ完全移行」

 俺は、掌をノアールの胸骨上へかざす。

「魂位治癒処置、トゥレイト=アニマ・リメディウム!」

 唱え終えた途端、ノアールの身体の下に魔法陣が展開した。
 地面に刻まれるのは、円環と位相記号。魂位と肉体位を同時に扱うための複合陣。
 淡い蒼光が、静かに立ち上る。
 それは炎のように揺らがず、水のように流れもせず、ただ、確かな秩序をもってノアールの身体を包み込んでいく。
 毛並みの一本一本、皮膚の奥、骨格の隙間へと、光が“染み込む”ように行き渡っていくのがわかった。

 ――あのとき、ルクレールも、同じ光に包まれていた。

「オプス・フィナリス――癒しの理よ、結実せよ」

 魔力が、奔流となって流れ込む。

 肉体の修復。
 神経伝達の再同期。
 魂位相の再定着。

 術式は、すでに思考を離れて自走していた。
 心拍数が、はっきりと上昇する。

 ――ドクン。
 ――ドク、ドク。

 氷眠から引き上げられる意識が、深海から浮上するように戻ってくる。
 ノアールの喉が、かすかに鳴った。

「……大丈夫だ」

《よし》翁の声が、静かに緩む。《今だ。シルエット君、契約へ移りなさい》

 氷室の空気が、一瞬だけ張り詰める。
 完成形の一瞬が、確かにそこにあった。
 アルチュールは、ヴィータリス位から一歩踏み出し、俺と視線を合わせた。

「……セレス」低く、しかしはっきりとした声。「先に礼を言う。ありがとう」
 俺は首を横に振り、ほんの少しだけ口角を上げた。
「またあとで、二人っきりの時にゆっくりと聞かせてくれ。俺は、ここからは見届け役だ」

 アルチュールは頷き、ノアールの前に膝をつく。
 両掌を胸の前で重ね、ゆっくりと開いた。
 ヴィータリス位の刻印が、応じるように脈動する。
 彼の掌のベネンが、循環を引き寄せ円環状の魔法陣を空中に描き出した。

「アニマ・コンセンサス――魂の調和を」

 アルチュールの声が、氷室に静かに響く。

「我が名はアルチュール・ド・シルエット。汝、ノアール。我が生命の循環に入り、共に在れ」

 魔法陣が、ノアールの身体を包んだ。光は淡く拒絶はない。

「契約位相、安定」と俺は即座に報告する。「揺らぎ、なし。完全に受容しています」

 アルチュールは、左腕のバングルに視線を落とし、そこに掌のベネンを当てる。

 使い魔の収納形式にはいくつかの型がある。
 契約媒体となるアクセサリーの内部に契約位相として収める方式。
 あるいは、使い魔自身が装身具や衣類へと姿を変える方式――ガーロンやザイロンが用いるものがそれだ。
 アルチュールは、前者。
 ノアールは、このバングルを依代として休眠する。

「紐づけを開始する」

 バングルの内側に刻まれた符号が起動する。
 光が収束し、ノアールの身体が、ゆっくりと粒子化していく。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している

逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」 「……もう、俺を追いかけるな」  中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。  あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。  誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。  どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。  そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。 『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』  『K』と名乗る謎の太客。  【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

聞いてた話と何か違う!

きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。 生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!? 聞いてた話と何か違うんですけど! ※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。 他のサイトにも投稿しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

悪役キャラに転生したので破滅ルートを死ぬ気で回避しようと思っていたのに、何故か勇者に攻略されそうです

菫城 珪
BL
サッカーの練習試合中、雷に打たれて目が覚めたら人気ゲームに出て来る破滅確約悪役ノアの子供時代になっていた…! 苦労して生きてきた勇者に散々嫌がらせをし、魔王軍の手先となって家族を手に掛け、最後は醜い怪物に変えられ退治されるという最悪の未来だけは絶対回避したい。 付き纏う不安と闘い、いずれ魔王と対峙する為に研鑽に励みつつも同級生である勇者アーサーとは距離を置いてをなるべく避ける日々……だった筈なのになんかどんどん距離が近くなってきてない!? そんな感じのいずれ勇者となる少年と悪役になる筈だった少年によるBLです。 のんびり連載していきますのでよろしくお願いします! ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムエブリスタ各サイトに掲載中です。

拾った異世界の子どもがどタイプ男子に育つなんて聞いてない。

おまめ
BL
召喚に巻き込まれ異世界から来た少年、ハルを流れで引き取ることになった男、ソラ。立派に親代わりを務めようとしていたのに、一緒に暮らしていくうちに少年がどタイプ男子になっちゃって困ってます。

処理中です...