勇者と冥王のママは今日から魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス誕生

王妃の外遊3

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「ブレイラ様! こんな所においでだったのですね!」
「これはチェルダ様。どうしました、そんなに慌てて」
「いえ、ブレイラ様が広間を抜けたという報告があり、なにか不快な思いでもされたのかと思いましてっ」
「それで、わざわざあなたが来たのですか?」
「は、はい。ブレイラ様に何かあれば国の一大事ですから」

 驚きました。チェルダはこの国の国王です。
 今まで訪問した国でこのような国王がいたでしょうか。こういった事は別の者の役目でしょうし、配下に命令すればいい。きっとそれが国王として正しい判断のはずで、軽々しく動くべきではありません。国王の軽率な言動は他国に侮られるからです。
 でも、この国王はそれをしない。気弱な性格のせいか、それとも……。

「気にしないでください、特にそのような事はありません。イスラが少し疲れたようなので外に出ただけですよ」
「そうでしたか、それは良かったです」

 あからさまにほっとしたチェルダから視線を外し、噴水を囲む花壇の前で膝を折る。
 月明かりの下で濡れて輝く花弁をそっと撫でました。

「ここの花は美しいですね。きっと腕のいい庭師の方がいるのでしょうね」
「……実はここの花は私が手入れしているものです」
「それは驚きました。この噴水の花壇をすべてですか?」
「はい。恥ずかしながら趣味が高じて……」

 チェルダが恥ずかしそうに言いました。
 しかし花壇の花々を見つめる眼差しは複雑な色を帯びている。

「……安心するんです。こちらが心を込めて世話をすれば、それに応えるように美しい花を咲かせてくれる」

 チェルダがぽつりと言いました。
 そして意を決したように私を見つめ、深々と頭を下げました。

「ブレイラ様がこの国で暮らしていた時のことは調査済みです。苦難を心よりお詫びいたします。本来ならバイロンの一族を重く罰し、領地も没収して制裁すべきです。しかしそれも力及ばず、今でもバイロンの嫡子が領主を務めています。……私が名ばかりの王であるばかりに」
「名ばかりの王? どういう意味です。あなたは国王なのでしょう?」

 私の問いかけにチェルダは苦く笑うも、力無く視線を落としてしまう。
 そしてぽつりぽつりと国の実情を話し出しました。

「先代王は冥界の騒動の最中に心労が重なり急逝しました。私が後を継いだのですが、この国は貴族たちの権威が強く、気が付けばお飾りの王として担ぎ上げられていただけでした。私は王でありながら軍隊すら満足に動かせず、今でも民衆を危険に晒している始末です」
「民衆を危険に晒しているとはどういう事ですか?」
「冥界の騒動の際、この国にも冥界の怪物が出現しました。多くは討伐しましたが、いまだに怪物が出没する場所があります。本当なら討伐隊を送って対処しなければならないのですが、議会の反対を押し切ることができないのです」
「そんな危険な土地を放っておくなんて……」
「実に恥ずかしいことです。申し訳ありません」

 そう言ってチェルダはまた頭を下げます。
 冥界の騒動の際、人間界の各地に冥界の怪物が侵攻しました。
 それは魔界と精霊界の協力もあって大多数は討伐されましたが、それでも陰に潜んで生き残った怪物もいるのです。それは各国の武力によって討伐されている筈でしたが、この国は放置したままだというのです。

「本来、ブレイラ様の祝いの式典を開くことも畏れ多く、また過去を思えば開くべきではなかったと思っています。しかし貴族たちの総意を拒否することもできず、このような白々しい式典を開いてブレイラ様を不快にさせました。お許しください……」

 この場で話し始めてから、この王は何度も私に謝罪する。
 きっと招待の書簡を出した時からずっと心に引っかかっていたのでしょう。
 これを細やかな気遣いというには違うような気もしますし、謝罪されるたびに私は複雑な気持ちになっていくのです。

「……あなた、さっきから頭を下げてばかりですね」
「許しを乞う事しかできません」
「私が今まで出会った王で、あなたほど謝罪ばかりの王はいませんでした。どの方も、良くも悪くも太々しくて自分勝手な方ばかりなのですよ。王だからそうあらねばならないとは思いませんが、それも時には必要なことなのだと思っています」

 チェルダは黙り込んでしまいました。
 その姿を私は静かに見つめます。内心は複雑でした。
 私の愛する魔王ハウストは寛大で賢帝との呼び名が高いです。でもそれでも傲慢で自分勝手な一面もあります。
 他に元海賊のモルカナ国王アベルも権威を振り翳して強引に事を進める時もある。好む好まざるは別にして、きっと王とはそういう一面も持たねばならないのでしょう。
 私はチェルダになんの言葉も、ましてや助言をかける事など出来ません。貧民出身の私などが軽率にするべきではないのです。
 でも、今回の式典をチェルダが白々しい茶番だと思っていることに対しては少しだけ救われた気もします。あの魔族の女性の犠牲が無かったことにされなかった救いです。
 しばらくしてチェルダに付き従っていた侍従が時間を知らせます。それにチェルダは頷いて、私に一礼する。

「……それでは私はそろそろ戻ります。ブレイラ様はご自由にお過ごしください」

 チェルダはそう言って広間に戻っていきました。
 式典の主催である王が広間を長く空ける訳にはいかないのでしょう。
 私はそれを見送りました。
 あまり式典に戻りたい気持ちにはなりません。
 迷っていると、それを察したコレットが言葉をかけてくれます。

「ブレイラ様、明日も早くから予定が入っています。もう休まれてはいかがでしょうか」
「……そうしたい所ですが、式典の途中ですよ?」
「ひと通り挨拶を終えましたから、もう離れても構わないかと。私の方から伝えておきます」
「ではお言葉に甘えさせてもらいましょう。イスラも限界のようですしね」

 イスラは私のローブの袖を掴んだままうつらうつらと頭が揺れています。
 今にも眠ってしまいそうなところを我慢してくれているのです。

「イスラ、お疲れ様でした。眠たくなってしまいましたね」
「うん。ブレイラ、だっこ……」

 イスラが抱っこをせがんで両腕を差し出してきました。
 ふらふらと揺れる両手に口元が綻びます。

「いいですよ。抱っこしてあげます」

 イスラの小さな体を抱き上げる。
 すると大きな欠伸を一つ。イスラはむずがるように私の首に顔を埋めました。

「このまま連れてってあげますから眠ってもいいですよ?」
「うん」

 イスラは小さく頷くと、紫の瞳を閉じてすやすやと眠っていきました。
 いい子いい子と頭を撫でてあげます。
 とても疲れていたのですね、もっと早く式典を抜ければ良かったです。

「では別の者に迎賓宮へと送らせますので、ブレイラ様もそのままお休みください」
「はい、後は頼みます」

 後のことをコレットにお願いし、私はイスラとともに迎賓宮へ戻りました。



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