婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました

雨宮里玖

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24.どんなに冷たくされてもあなたのそばにいます

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 あれからハルはなんとかヒートを収めた。一番辛かったときにアルファのゼインがそばにいてくれたことが大きかった。ゼインが欲を吐き出させてくれたから、そのあともあまり苦しまずに済んだのだ。
 寝ても覚めても身体の熱が収まらず、昼夜がわからなくなるような日々を送っていたが、今朝はやっといつものように普通に朝を迎えられた。ハルはとりあえず身体を綺麗にしたくてロランに湯浴みの支度をさせ、湯浴みをした。

 魔導会議は予定では昨日で閉会だと聞いている。ということは順調にいけば今日の夜にはゼインが帰ってくるはずだ。
 それを楽しみに、胸を弾ませながらハルが部屋に戻ったときだった。
 給仕係が部屋に朝食を運んでいる。その光景は何度も見たことがあるが、それはゼインが城にいるときだけだ。

「え……?」

 どういうことかと、部屋の奥を覗いてみる。
 そこには黒い貴族服の男が立っていた。男は窓際でアクアマリンのついた長剣を光に当てて、それを丁寧に布で拭きあげていた。

「ゼインさまっ?」

 ハルは驚いて声がうわずってしまった。ゼインの帰りは早くて夕刻だと思っていたのに。
 ゼインは長剣を壁に立てかけ、ハルのほうを振り返る。

「会議が終わったから、夜通し馬を走らせて帰ってきた」

 なぜかわからないが、ゼインは会議が終わったあと飛ぶような速さで帰って来てくれたのだ。
 ハルに会うために急いで戻って来たわけではないのに、つい顔が綻む。
 こんな嬉しい誤算が起こるなんて。

「ハル。体調はどうだ? 少し落ち着いたと従者から聞いたのだが」
「ゼインさまっ」

 ハルはゼインの胸に飛び込んだ。
 ずっと会いたいと思っていたが、こんなに早く会えるとは思わなかった。

「どうしたんだ?」
「ずっと、お会いしたかった……お待ち申し上げておりました……」

 ハルはゼインにしがみつく。ゼインの姿を見ただけですでに泣きそうになる。

「ヒートのせいで、アルファが恋しくなったのか? 本当にオメガは面倒な生き物だな。アルファだったら誰でもいいのか」

 ゼインがハルを引き離そうとするが、ハルは抵抗する。

「誰でもよくありません。私が望むアルファはたったひとりだけです」
「いいから離せっ、他が見ているぞ」
「構いません。離れたくないのですっ」

 ハルはゼインから離れない。

「今ならわかります。ゼインさま。ヒートの介助をしてくださったのは、ゼインさまですよね……?」

 ハルがゼインを見上げると、ゼインはハッと目を見開いた。
 その反応でわかる。やはりあの夜のハルの相手はゼインだ。

「ゼインさまは遠くの町にいらっしゃったはず。でも、あれは幻などではなく、間違いなくゼインさまでした」

 ゼインは少しの間のあと、「……途中で引き返したのだ」と言葉をこぼした。

「アルファの勘だ。番っていなくとも、その、ハルはずっと近くにいたから……」

 ゼインは口ごもる。
 それは、ハルがヒートを起こすかもしれないと気がついてわざわざ戻ってきたということになる。それは誰のためでもなく、ハルのためということになる。
 アルファ不在のヒートは地獄のような苦しみだ。それを心配してゼインはハルを慰めに帰ってきてくれた。
 なぜだろう。仮にも夫として、義務を果たそうとしたのだろうか。
 だったら、ハルにはもうひとつ気になることがある。

「なぜ、オルフェウスさまの真似を……? 私の夫はゼインさまです。あのようなことをする意味がわかりません……」

 ハルの問いにゼインは答えない。ゼインの視線はハルが首から下げている緋色の宝石のペンダントにある。

「おい、ハル。これはなんだ?」

 ゼインの声のトーンは低くなった。

「これはオルフェウスさまにいただいた魔石です。王家のための隠し通路のことを教えていただきました」
「……あいつ、ふざけた真似しやがって」

 ゼインはハルから緋色の宝石を取り上げた。そして代わりに部屋の引き出しから青色の宝石のペンダントを取り出してきて、それをハルの首にかける。

「こっちにしろ。これも同じ効力がある魔石だ」
「は、はぁ……」

 同じならば緋色の宝石のままでいいのではと思うが、ゼインは有無を言わせない態度だ。

「有事の際にハルも使え。あれは便利だ。うまく使えば、まるで透明人間のように誰にも会わずに城内を移動できる」
「あ……! もしかしてゼインさまはあの日の夜、それで移動なさったのでは?」

 ハルは閃いた。
 ハルがヒートを起こした日の夜、ゼインはこの城にいたはずだ。それなのに従者たちは誰もゼインの姿を見ていなかった。
 ゼインは、隠し通路を使って移動したせいなのではないか。

 しばしの間があって、ゼインは「そのことはいいから朝食を食べよう」と話題をそらした。

「はい……」

 あんなにはっきりと聞いたのに答えてもらえず不満が残るが、ゼインは否定しなかった。今は人の目もある。ゼインなりのなにか事情があるのかもしれないとハルはこれ以上問い詰めるのをやめた。
 いつものようにゼインと斜めの位置になる席に座った。目の前にはいつものオムレットではなく、野菜の粥が置かれていた。

「ハル。ずいぶん痩せたな。粥なら食べやすいのかと思って用意させたが、どうだ? 食べられそうか?」
「はい。お気遣いありがとうございます。でもゼインさままで同じ粥にしなくとも……」
「いいんだ。ハルと同じものがいい」

 ゼインはあまり多くは語らず、粥に口をつける。ハルは粥を食べながらゼインの横顔を眺めてみる。ゼインは相変わらず凛々しくてかっこいい、完璧な男だ。
 ハルの勝手な憶測だが、出会ったころのゼインはハルに恋心のようなものを持ってくれていたのかもしれないなと思う。でも、大人になるにつれ、ハルへの興味を失った。子どもと大人で気持ちが変わるのはよくあることだし、ゼインに対するハルの態度も悪かったのだから、そうなるのも当然だ。

 それなのに、ゼインはいきなり王太子となりハルと結婚する羽目になった。

 親同士が決めた相手なのに、結婚したからすぐに好きになれなんて無理がある。今のゼインは夫としての責務と、自由に恋をしたい気持ちとで葛藤しているのではないか。
 ハルを邪険にもできない。自分で結婚相手を選びたいと思っても、それは許されない。さまざまな思いを抱えながらもこの国の王太子としてあるべき姿を保とうとしている。

 結婚だけじゃない。
 ゼインはそういう人だ。

 戦うことは好きじゃないのに第一王立騎士団長を務め、強すぎる魔力を欲してなどいないのに、魔導開発会議の議長を務めている。
 だから父親のカーディンの手前、ハルをそばにおいてくれているが、抱こうとは思わないのだろう。

「ゼインさまのおそばにいられてよかったです」

 ハルはゼインに微笑みかける。だがゼインはチラッとこちらを一瞥しただけだった。
 やっぱりゼインから愛されていない。でも大丈夫だとハルは自分に言い聞かせる。
 なにも急ぐ必要はない。ゼインとはすでに結婚しているのだから。

 ——どんなに冷たくされても、あなたのそばにいます。

 ゼインがいつかハルのほうを振り向いてくれる日が来ることを信じて、ゼインに尽くそう。
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