婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました

雨宮里玖

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27.あと少しだけ早く

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「妃の言うとおりです」

 ゼインは陰でハルの手を握ってきた。視線はラインハルトに向けたままだ。

「俺を怒らせて失敗させようとのお考えのようですが、そのような手にはのりませんので、どうぞ王家としての品位を保ってください」
「はっ……?」

 ラインハルトは目を見開いた。
 どうやらゼインの言うことが図星のようだ。

「俺は建設的な話し合いがしたい。我が国で罪を犯した者をリーディアが裁かないのであれば、我がアレドナールの法で裁くことも検討している。リーディア人のみ治外法権を許さず、我が国で捕らえ、罪を償わせる。それでよろしいか?」
「このクソガキが生意気なことを……!」
「だからクソガキではない。アレドナールの王太子だ。お忘れになられたのか、それとも元から品位のないかたなのでしょうか?」

 ゼインは余裕綽々だ。対してラインハルトは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「父親はもっとまともな振る舞いをしていたぞっ? その息子がこれか。アレドナールは先が思いやられるな!」
「俺は穏やかな父上とは違います。噂のとおり冷徹な男ですよ。戦場で死線を潜り抜けてきたこともあるし、必要があればいくらでも自らの手を汚せます」
「な、なにを言うっ? 王太子になったお前にそんな真似ができるものかっ?」
「さきほどラインハルト陛下は俺が王太子になったことを下剋上だとおっしゃいましたが、違います。俺は『仕方なく王太子になった』のです。そんなものに未練などない」

 ゼインは右の手のひらをラインハルトに向けた。ゼインの手は微かに光っている。魔紋章をラインハルトに見せつけているのだろう。

「ひぃっ……! そんな物騒なものを見せるのはやめろっ!」

 ラインハルトはソファーの端まで後ずさる。

「ハルはこの手を綺麗だと言ってくれましたよ」
「綺麗なものかっ! この化け物めっ! そんなものを見せられたら気分が悪くなるっ」

 ラインハルトの怯えようを見てゼインは小さく溜め息をつく。

「ここはリディアック領ですが、俺はアレドナール人です。ということは、俺が今ここで何をしようとも罪には問われない。ラインハルト陛下のお考えはそういうことですか?」

 ゼインの持つ魔紋章は巨大な魔力を瞬時に使うことができる。ゼインがその気になれば人の生命を奪うことすら容易だろう。

「それは、間違っていると思いませんか?」

 ゼインは揺るがない。ラインハルトが何を言い訳してもゼインには響かない。
 冷静なゼインと、あれこれ必死になっているラインハルト。これではどっちが年上かわからない。
 ゼインは静かに手を下げた。

「この件について、どうぞよくお考えを」

 ゼインは眉ひとつ動かさなかった。
 呆気にとられているラインハルトをおいてけぼりにして、ゼインは「失礼いたします」とハルの手をとりその場を立ち去った。



「やってしまった……」

 ゼインは夜会の会場を出て、ひとつめの角を曲がったあとすぐに手で顔を覆ってうなだれた。

「えっ?」

 ハルは驚いて思わず足が止まる。あれだけ堂々としていたくせに、ハル以外誰もいなくなった途端に様子が変わりすぎだ。

「あれはよくなかった。次の策を考える」

 どうやらゼインはさっきまでのラインハルトとのやりとりについて考えて、落ち込んでいるようだ。

「ゼインさま、とてもよかったですよ? 理論的にはっきりと主張なさっていたじゃありませんか」

 ハルは慌ててゼインを励ます。ハルにしてみれば、さっきのゼインの態度は落ち込むほど悪いとは思えなかった。

「ラインハルトを不快にさせてどうする。あんなやり方をしてはいけない。ハルなら相手を理論で抑えつけたりしない」
「あ……」

 きっと今までのゼインはああやって正論や力を見せつけてきたのだろうとハルは気がついた。ゼインはそのやり方を変えたいと思っているようだ。
 ふたりはおもむろに歩き出す。その間、少しだけ無言になった。

「……ゼインさま」

 ハルはぼそっと話し出す。

「最初に言い出したのは私です。私が耐えきれなくなって、つい、口をはさんでしまったのがいけなかったのです……」

 ゼインは最初、穏便に話を進めようとしていた。その流れを壊してしまったのは他でもないハルだ。

「いいや、ハルは関係ない。ハルが何を言おうと俺は俺を抑えることができたはずなんだ。煽っているのだろうとわかっていてもあれは聞くに堪えないものだった」
「はい……ゼインさまだけでなくオルフェウスさまのことまで……」

 思い出すだけでハルの足取りが重くなる。

 ゼインがどんな思いでここまで来たのか、ラインハルトは知らない。
 幼いころのゼインは遊ぶことも知らず、人との触れ合いも知らず、国のために尽くしてきた。
 ゼインが自ら望んでモンスター討伐隊に入隊したとは思えない。好き好んで大人に混ざって魔導会議や国の政略会議に顔を出して意見していたとは思えない。剣技大会での優勝だって、今思えばゼインは大会に出る必要などなかったのではないか。ゼイン本人が出たいと主張したとは到底思えない。
 周囲に期待をされて、ゼインにはそれに応えられるだけの桁外れの能力が備わっていただけだ。それでさらなる任務を任されてしまう。

 第一王子には生まれながらにして国の将来を背負うという大きな役割がある。存在しているだけで国家的価値があるのだ。
 だが第二王子はどうだ。何を継承することもない、そうなるとゼインの存在意義はどこにある?
 ゼインは自分がこの世に存在することの意味がほしくて、ずっとひとりで戦ってきたのではないか。皆の期待に応えることが、ゼインの唯一の生きる意味になっていたのではないか。

 そんなゼインのことをラインハルトは「血塗られた」などと侮辱した。
 悔しくて、涙がにじんでくる。

「ハルは優しいな」

 ゼインの声は穏やかだった。

「優しくなどありません。私は思ったことをつい口にしてしまうので、本当に、申し訳ありませんでした」

 ハルの気持ちが暗く沈んでいく。ゼインの邪魔をしてどうする。出来損ないの自分が情けなくなる。

「嬉しかった」
「え……?」
「あの場でハルが庇ってくれたこと。本当に嬉しかった」
「そ、そうなのですか? お嫌だったのではなく?」

 嬉しい。ゼインの邪魔になっていなかったのならなによりだ。

「人に庇ってもらえると、こんなにも心が温まるものなのだな。誰かがいてくれるというのは心が強くなるのだと初めて知った」

 ゼインは感慨深げに呟く。

「はい。はい。私でよければいつでもお供いたします」

 ゼインがそんなことを思ってくれるのが嬉しい。少しでもゼインの心の支えになれたのなら、ハルがここに来た甲斐がある。
 ハルは嬉しくて飛び跳ねそうな気持ちなのに、ゼインはそうではないらしく、視線を低く落とした。

「……あと少しだけ早く、この世に生まれてきたかった」

 ゼインは、いつものように足早になり、そのままハルをおいて歩いていってしまった。

「ゼインさまっ。待ってくださいっ」

 ハルもゼインのあとを追って慌てて駆けていった。
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