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36.エピローグ
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エピローグ
その日は気持ちのいい晴天だった。見上げると、雲ひとつない水色の空がどこまでも広がっていた。
朝からゼインは祖先を祀っている教会で祈りを捧げている。教会の中央で静かに目を閉じ想いを込めるゼインに暖かな彩光が射す。
ハルもロイヤルレッドの天鵞絨のカーペットをゆっくりと歩き、ゼインの隣に並んで共に祈りを捧げる。
ゼインと出会わせてくれたことへの感謝と、これからアレドナールのために尽くすことを誓う。だからゼインを守ってほしいと何度も何度も祈りを捧げた。
「ハルは何を願ったのだ?」
祈りが終わったあと、隣にいるゼインがおもむろに尋ねてきた。
「アレドナールの繁栄と、おまけにゼインさまのご武運を祈りました」
「おまけにっ?」
「はい。アレドナールのために尽くしますから、見返りとしてゼインさまをお守りくださいと申し上げました」
ハルの言葉を聞いて、ゼインが笑い出した。
「お前は、こんなところで見返りを求めるのかっ?」
「はい。ゼインさまには幸せになっていただきたいです。それを叶えてくださるなら、アレドナールのために頑張ります」
「本当に面白い奴だな」
ゼインはまた笑う。最近のゼインはよく笑うようになった。いつの間にか、ゼインは冷酷な王子などと呼ばれなくなった気がする。
「ゼインさまは? 何を願ったのですか?」
ハルはゼインを見上げる。ゼインはずいぶんと熱心に祈っていた。そんなに真剣にいったい何を願ったのだろうと気になった。
「俺は懺悔をした」
「懺悔? ゼインさまが何か悪いことをしましたか? 私にはそのようには思えません」
ゼインはまた自分を責めているのだろうか。ハルには甘いくせに、自分に厳しいのはゼインのよくないところだ。
「したよ。俺は嘘をついた」
ゼインの口調は穏やかだった。
「俺はハルと結婚の誓いをする前に、ここで、一年後ハルと離縁をするつもりだと告げた。俺の結婚は偽りのもので、ハルは無理矢理好きな男の婚約者の座から下ろされた可哀想なオメガなのだと。だから今日は形だけの嘘の誓いをすることを許してほしいと」
「あ……!」
思い出した。ゼインと婚礼の式を挙げたとき、ゼインは誰もいない教会でひとり熱心に祈りを捧げていた。
あれは、偽りの誓いをすることを先にアレドナールの先祖に伝えて謝っていたのか。
「それなのに今の俺を見てみろ。離縁をすると言ったのに、別れていない。約束を破り、ハルを離そうともしない。これからだって離縁をする気はさらさらない。俺は大嘘つきだ」
あはは、とハルは声を出して笑う。
ゼインが可愛すぎる。ハルだけじゃない、アレドナールの祖先もきっとゼインのことを見て「なんて可愛い孫の孫の孫だ!」と思っているに違いない。
「笑いごとじゃない」
「ごめんなさい、でも、ゼインさまが愛おしくてたまりません」
最近気がついたことだが、ゼインは生真面目すぎてやることが可愛い。ハルと同伴で出かけるときはお互いの服を揃いのものにしようとしたり、こまめに愛情の確認が必要だと所かまわずキスをしてくる。
「……ハルは俺のことを愛しているのか?」
きた! 捨てられた子犬のような顔をして、ハルの気持ちを確認しようとする。これもゼインのよくやる行動だ。
「はい。お慕いしております。とても、とても、大好きです」
ハルが気持ちを告げると、あからさまにゼインがデレた顔をする。もう何度もゼインに好きだと伝えているのに、ゼインは毎回嬉しそうな顔をする。
「あぁ。幸せすぎてどうにかなりそうだ」
ゼインがハルを抱きしめようと手を伸ばしたときだ。
「ゼイン! ハル!」
伸びやかで優しい声がふたりの名を呼ぶ。これはオルフェウスの声だ。
オルフェウスはふたりのもとに嬉々として駆け寄ってきた。
「聞いてくれ、ゼインが東の国から持ち帰ってきた薬がすごくよく効いた。これなら軍務の仕事もできそうだ。取りやめようとした軍務会談に行くことにしたよ」
オルフェウスはハルとゼインのあいだに入り、ふたりの肩を抱く。
「おめでとうございます!」
ハルは笑みを返す。オルフェウスが元気でいてくれるとハルまで嬉しくなる。
ゼインはオルフェウスの病気についていろいろ調べているようで、いつか完治させてみせるとハルに豪語している。ゼインの願いが通じて、オルフェウスが健康を気にせずに過ごせるようになったらいいなとハルもゼインと同じ思いだ。
「おい。ハルから手を放せ」
ゼインはハルの肩にかかるオルフェウスの手を振り払った。オルフェウスはそんなゼインを見て「アルファのガルガル期か?」と呆れた顔をする。
「ま、持つべきものは優秀な弟だな」
オルフェウスはそんな冗談を言って笑う。ゼインは気恥ずかしそうにしていたが、ボソッと「薬が合ってよかった」と呟くように言った。
夜通し調べて、わざわざ馬を飛ばして三日もかけて買いにいったことは、オルフェウスに話すなと口止めされている。なのでハルは口出ししないようにした。
「あれが合うようなら、また買ってくる」
「ありがとう。でもわざわざ三日もかけてゼインが買いに行かなくてもいい。何かのついででいいよ」
オルフェウスに言われて、ゼインは「話したな」とでも言いたげな目でハルを睨むが、ハルは全力で首を横に振り否定する。
ハルは無実だ。オルフェウスの洞察力が優れているだけで。
「ゼインは忙しいんだから。俺のことは俺がなんとかする。いつかお前を支えてやれるようになるから」
オルフェウスはゼインに匹敵するくらいに賢くて広い見識を持っている。オルフェウスが活躍すれば、アレドナールはますますいい国になるだろう。
「頼りにしている」
ゼインは「ひとりでいい」とは言わなかった。実は周囲に味方が大勢いるということに気がついたと、最近になってゼインはハルに話してくれた。
「そうだ、オルフェウス。ハルとふたりで話をして決めたことなのだが」
「なに?」
「朝食を家族と食べようかという話になった。ハルが賑やかなほうがいいと言うんだ。だから、どうだろうか……?」
「いいね!」
ゼインの提案にオルフェウスが「大歓迎だ」と笑顔になる。
「ゼインたちも朝食はまだだろう? 早速今日から一緒に食べよう! 父上も母上も喜ばれるよ」
ゼインとオルフェウス、双子の王子に降り注ぐ色とりどりの光彩は、ハルの目にふたりを祝福するような希望の光のように映った。
《完》
その日は気持ちのいい晴天だった。見上げると、雲ひとつない水色の空がどこまでも広がっていた。
朝からゼインは祖先を祀っている教会で祈りを捧げている。教会の中央で静かに目を閉じ想いを込めるゼインに暖かな彩光が射す。
ハルもロイヤルレッドの天鵞絨のカーペットをゆっくりと歩き、ゼインの隣に並んで共に祈りを捧げる。
ゼインと出会わせてくれたことへの感謝と、これからアレドナールのために尽くすことを誓う。だからゼインを守ってほしいと何度も何度も祈りを捧げた。
「ハルは何を願ったのだ?」
祈りが終わったあと、隣にいるゼインがおもむろに尋ねてきた。
「アレドナールの繁栄と、おまけにゼインさまのご武運を祈りました」
「おまけにっ?」
「はい。アレドナールのために尽くしますから、見返りとしてゼインさまをお守りくださいと申し上げました」
ハルの言葉を聞いて、ゼインが笑い出した。
「お前は、こんなところで見返りを求めるのかっ?」
「はい。ゼインさまには幸せになっていただきたいです。それを叶えてくださるなら、アレドナールのために頑張ります」
「本当に面白い奴だな」
ゼインはまた笑う。最近のゼインはよく笑うようになった。いつの間にか、ゼインは冷酷な王子などと呼ばれなくなった気がする。
「ゼインさまは? 何を願ったのですか?」
ハルはゼインを見上げる。ゼインはずいぶんと熱心に祈っていた。そんなに真剣にいったい何を願ったのだろうと気になった。
「俺は懺悔をした」
「懺悔? ゼインさまが何か悪いことをしましたか? 私にはそのようには思えません」
ゼインはまた自分を責めているのだろうか。ハルには甘いくせに、自分に厳しいのはゼインのよくないところだ。
「したよ。俺は嘘をついた」
ゼインの口調は穏やかだった。
「俺はハルと結婚の誓いをする前に、ここで、一年後ハルと離縁をするつもりだと告げた。俺の結婚は偽りのもので、ハルは無理矢理好きな男の婚約者の座から下ろされた可哀想なオメガなのだと。だから今日は形だけの嘘の誓いをすることを許してほしいと」
「あ……!」
思い出した。ゼインと婚礼の式を挙げたとき、ゼインは誰もいない教会でひとり熱心に祈りを捧げていた。
あれは、偽りの誓いをすることを先にアレドナールの先祖に伝えて謝っていたのか。
「それなのに今の俺を見てみろ。離縁をすると言ったのに、別れていない。約束を破り、ハルを離そうともしない。これからだって離縁をする気はさらさらない。俺は大嘘つきだ」
あはは、とハルは声を出して笑う。
ゼインが可愛すぎる。ハルだけじゃない、アレドナールの祖先もきっとゼインのことを見て「なんて可愛い孫の孫の孫だ!」と思っているに違いない。
「笑いごとじゃない」
「ごめんなさい、でも、ゼインさまが愛おしくてたまりません」
最近気がついたことだが、ゼインは生真面目すぎてやることが可愛い。ハルと同伴で出かけるときはお互いの服を揃いのものにしようとしたり、こまめに愛情の確認が必要だと所かまわずキスをしてくる。
「……ハルは俺のことを愛しているのか?」
きた! 捨てられた子犬のような顔をして、ハルの気持ちを確認しようとする。これもゼインのよくやる行動だ。
「はい。お慕いしております。とても、とても、大好きです」
ハルが気持ちを告げると、あからさまにゼインがデレた顔をする。もう何度もゼインに好きだと伝えているのに、ゼインは毎回嬉しそうな顔をする。
「あぁ。幸せすぎてどうにかなりそうだ」
ゼインがハルを抱きしめようと手を伸ばしたときだ。
「ゼイン! ハル!」
伸びやかで優しい声がふたりの名を呼ぶ。これはオルフェウスの声だ。
オルフェウスはふたりのもとに嬉々として駆け寄ってきた。
「聞いてくれ、ゼインが東の国から持ち帰ってきた薬がすごくよく効いた。これなら軍務の仕事もできそうだ。取りやめようとした軍務会談に行くことにしたよ」
オルフェウスはハルとゼインのあいだに入り、ふたりの肩を抱く。
「おめでとうございます!」
ハルは笑みを返す。オルフェウスが元気でいてくれるとハルまで嬉しくなる。
ゼインはオルフェウスの病気についていろいろ調べているようで、いつか完治させてみせるとハルに豪語している。ゼインの願いが通じて、オルフェウスが健康を気にせずに過ごせるようになったらいいなとハルもゼインと同じ思いだ。
「おい。ハルから手を放せ」
ゼインはハルの肩にかかるオルフェウスの手を振り払った。オルフェウスはそんなゼインを見て「アルファのガルガル期か?」と呆れた顔をする。
「ま、持つべきものは優秀な弟だな」
オルフェウスはそんな冗談を言って笑う。ゼインは気恥ずかしそうにしていたが、ボソッと「薬が合ってよかった」と呟くように言った。
夜通し調べて、わざわざ馬を飛ばして三日もかけて買いにいったことは、オルフェウスに話すなと口止めされている。なのでハルは口出ししないようにした。
「あれが合うようなら、また買ってくる」
「ありがとう。でもわざわざ三日もかけてゼインが買いに行かなくてもいい。何かのついででいいよ」
オルフェウスに言われて、ゼインは「話したな」とでも言いたげな目でハルを睨むが、ハルは全力で首を横に振り否定する。
ハルは無実だ。オルフェウスの洞察力が優れているだけで。
「ゼインは忙しいんだから。俺のことは俺がなんとかする。いつかお前を支えてやれるようになるから」
オルフェウスはゼインに匹敵するくらいに賢くて広い見識を持っている。オルフェウスが活躍すれば、アレドナールはますますいい国になるだろう。
「頼りにしている」
ゼインは「ひとりでいい」とは言わなかった。実は周囲に味方が大勢いるということに気がついたと、最近になってゼインはハルに話してくれた。
「そうだ、オルフェウス。ハルとふたりで話をして決めたことなのだが」
「なに?」
「朝食を家族と食べようかという話になった。ハルが賑やかなほうがいいと言うんだ。だから、どうだろうか……?」
「いいね!」
ゼインの提案にオルフェウスが「大歓迎だ」と笑顔になる。
「ゼインたちも朝食はまだだろう? 早速今日から一緒に食べよう! 父上も母上も喜ばれるよ」
ゼインとオルフェウス、双子の王子に降り注ぐ色とりどりの光彩は、ハルの目にふたりを祝福するような希望の光のように映った。
《完》
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