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第8話:崩壊する砂上の楼閣
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カイル殿下とミナが帝国からつまみ出されて、数日が過ぎた。
私は、リュードヴィヒ陛下と共に、帝国の魔導具「遠見の鏡」の前に立っていた。鏡に映し出されているのは、かつての私の故郷――バウム王国の凄惨な現状だ。
「……ひどい。これほどまでとは」
私が思わず口を押さえると、陛下は背後から私を包み込むように抱き寄せた。
鏡の向こうでは、かつて私を嘲笑った貴族たちが、泥水をすすりながら魔物の影に怯えている。守護結界が消えた王都は、瘴気に侵され、華やかだった街並みは灰色の廃墟と化していた。
そして、その中央。城門の前に、ボロボロになったカイル殿下とミナの姿があった。
帝国から徒歩で帰還した二人は、自国民たちに囲まれていた。けれど、それは「王子の帰還」を祝う民の姿ではない。怒りに燃え、飢えた民衆の群れだった。
『聖女を連れ戻したと言ったではないか!』
『嘘つきめ! 貴様らのせいで家族が魔物に食われたんだぞ!』
民衆から投げつけられる石。ミナの美しい金髪は引きちぎられ、カイル殿下の豪華な服はぼろ布のように切り裂かれている。
「助けて! 私は聖女なのよ! 控えなさい!」
ミナの絶叫も、もはや誰の心にも届かない。
彼女が振りかざす聖具からは、一滴の光も漏れなかった。私が彼女のブローチから魔力をすべて引き揚げた瞬間に、彼女は「ただの残酷で無能な小娘」に成り下がったのだ。
「カイル! お前のせいでエルゼ様はいなくなった! 彼女を返せ!」
民衆の怒りの矛先は、婚約を破棄したカイル殿下にも向けられる。
彼は地べたを這いずりながら、かつて自分が「欠陥品」と呼び捨てた私の名前を、何度も何度も、嗚咽混じりに叫んでいた。
「……鏡を消して、ください」
私が静かに告げると、陛下は無言で鏡を払った。
室内には、再び柔らかな光と花の香りが満ちる。
「同情するか、エルゼ」
陛下の低い声。試すような響きはない。ただ、私の心が傷ついていないかを案じるような響き。
「いいえ。ただ、虚しいだけです。彼らは最後まで、私の力が必要だったのではなく、自分たちを守る『道具』が欲しかっただけなのだと、改めて分かったから」
私は、自分の手のひらを見つめた。
この力は、もう誰にも搾取させない。
リュードヴィヒ陛下は、私の指を一本ずつ愛おしそうに絡め、その手の甲に深く、誓いを立てるようなキスを落とした。
「その通りだ。これからは、君の力は君自身の幸せのために、そして、君を真に敬う私の民のためにだけ使えばいい。……準備はできているか? 明日、君を正式にこの帝国の皇妃として、神殿へ登録する」
登録。それは、名実ともに私がバウム王国の人間ではなくなり、二度とあちらの国が私に対して「返還」を要求できなくなることを意味していた。
復讐は終わった。
ここからは、愛されることだけが私の義務になるのだ。
私は、リュードヴィヒ陛下と共に、帝国の魔導具「遠見の鏡」の前に立っていた。鏡に映し出されているのは、かつての私の故郷――バウム王国の凄惨な現状だ。
「……ひどい。これほどまでとは」
私が思わず口を押さえると、陛下は背後から私を包み込むように抱き寄せた。
鏡の向こうでは、かつて私を嘲笑った貴族たちが、泥水をすすりながら魔物の影に怯えている。守護結界が消えた王都は、瘴気に侵され、華やかだった街並みは灰色の廃墟と化していた。
そして、その中央。城門の前に、ボロボロになったカイル殿下とミナの姿があった。
帝国から徒歩で帰還した二人は、自国民たちに囲まれていた。けれど、それは「王子の帰還」を祝う民の姿ではない。怒りに燃え、飢えた民衆の群れだった。
『聖女を連れ戻したと言ったではないか!』
『嘘つきめ! 貴様らのせいで家族が魔物に食われたんだぞ!』
民衆から投げつけられる石。ミナの美しい金髪は引きちぎられ、カイル殿下の豪華な服はぼろ布のように切り裂かれている。
「助けて! 私は聖女なのよ! 控えなさい!」
ミナの絶叫も、もはや誰の心にも届かない。
彼女が振りかざす聖具からは、一滴の光も漏れなかった。私が彼女のブローチから魔力をすべて引き揚げた瞬間に、彼女は「ただの残酷で無能な小娘」に成り下がったのだ。
「カイル! お前のせいでエルゼ様はいなくなった! 彼女を返せ!」
民衆の怒りの矛先は、婚約を破棄したカイル殿下にも向けられる。
彼は地べたを這いずりながら、かつて自分が「欠陥品」と呼び捨てた私の名前を、何度も何度も、嗚咽混じりに叫んでいた。
「……鏡を消して、ください」
私が静かに告げると、陛下は無言で鏡を払った。
室内には、再び柔らかな光と花の香りが満ちる。
「同情するか、エルゼ」
陛下の低い声。試すような響きはない。ただ、私の心が傷ついていないかを案じるような響き。
「いいえ。ただ、虚しいだけです。彼らは最後まで、私の力が必要だったのではなく、自分たちを守る『道具』が欲しかっただけなのだと、改めて分かったから」
私は、自分の手のひらを見つめた。
この力は、もう誰にも搾取させない。
リュードヴィヒ陛下は、私の指を一本ずつ愛おしそうに絡め、その手の甲に深く、誓いを立てるようなキスを落とした。
「その通りだ。これからは、君の力は君自身の幸せのために、そして、君を真に敬う私の民のためにだけ使えばいい。……準備はできているか? 明日、君を正式にこの帝国の皇妃として、神殿へ登録する」
登録。それは、名実ともに私がバウム王国の人間ではなくなり、二度とあちらの国が私に対して「返還」を要求できなくなることを意味していた。
復讐は終わった。
ここからは、愛されることだけが私の義務になるのだ。
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