【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)

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第11話 嵐の前の静けさ

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夢のような王宮夜会から、一週間が経った。
あの日を境に、私の世界は、本当に、本当に、一変した。
学園の廊下を歩けば、四方八方から視線を感じる。でも、それはもう、以前のような冷たくて意地悪なものじゃない。
好奇と、驚きと、羨望と……そして、ほんの少しの尊敬が混じったような、なんだかむずがゆくて、くすぐったい視線だった。

「あ、天野さん! この前の魔法薬学のレポート、すごく助かったわ! あなたがくれた『記憶力アップのミントクッキー』のおかげよ!」
「天野さん、今度の魔法対抗試合に向けて、集中力が続くようなお菓子、作ってもらえないかしら?」

魔法科の生徒たちが、ごく自然に、笑顔で私に話しかけてくれるようになったのだ。
発表会での『七色の宝石糖』の一件と、そして何より、あの夜会での出来事が、瞬く間に学園中に知れ渡ったからだった。
『氷の王子レオン様が、製菓科の天野いちごをパートナーに選び、その愛を公言した』
噂は尾ひれがついて、もはや学園の伝説みたいになっていた。
もちろん、そのせいで一部の熱狂的なレオン様ファンからは、前にも増して嫉妬の視線を向けられることもあるけれど、不思議ともう、それは気にならなかった。
私の心の中には、彼がくれたたくさんの宝物があるから。

「それにしても、やるわねぇ、いちご! あの氷の王子様を、あそこまでメロメロにしちゃうなんて!」
お昼休み、中庭のベンチでサンドイッチを頬張りながら、親友の桜ちゃんがニヤニヤと私の肩を突いてくる。
「も、もう! メロメロだなんて、そんなんじゃ……!」
「えー? だって、あのレオン様がよ? 会場中の人を敵に回して、いちごのこと『俺が選んだ、たった一人の女性だ』って言ったんでしょ!? キャーッ! 思い出しただけで気絶しそう!」
桜ちゃんが一人で盛り上がっているのを見て、私の顔まで真っ赤になる。
(たった一人の、女性……)
あの時の彼の真剣な瞳と、力強い声を思い出すだけで、心臓が甘く、きゅーっと締め付けられる。
そして、別れ際の、額に落ちてきた、あの優しいキス。
(……って、きゃー! 私、何を考えてるの――っ!)
一人でパニックになっている私を見て、桜ちゃんは「はいはい、ごちそうさま」と楽しそうに笑っていた。

製菓科の地位も、目に見えて向上した。
私たちの実習室には、魔法科の生徒たちがひっきりなしに訪れるようになった。
「肩こりに効くハーブクッキーが欲しい」
「恋占いの結果が良くなるチョコレートって作れる?」
そんな無理難題みたいな注文に、製菓科のみんなは目を輝かせながら応えている。
「私たちの魔法菓子が、こんなに必要とされてるなんて……」
「天野さんのおかげだよ!」
みんながそう言ってくれて、すごく嬉しかった。
私のしてきたことは、間違いじゃなかったんだ。おばあちゃんの教えてくれた、人を笑顔にする魔法は、ちゃんとみんなに届いていたんだ。

毎日が、キラキラと輝いていた。
そう、たった一つ、寂しいことを除けば。

あの日以来、レオン様は一度も、学園に姿を見せていなかった。
もちろん、わかっている。
彼は、ヴァイスハイト家の次期当主として、そして、あの強大な『聖なる魔力』の持ち主として、やらなければいけないことが山ほどあるんだろう。
家の問題、王宮との駆け引き……私には想像もつかないような、大変な戦いの真っ只中にいるんだ。
『必ず、迎えに行く。だから、それまで待っていてくれ』
彼の最後の言葉を、私はお守りみたいに、胸の中で何度も何度も繰り返す。
(大丈夫。私は、彼を信じてる)
寂しいけれど、不安じゃない。
だって、私たちは、もう心でしっかりと繋がっているんだから。

だから、私は私にできることをしよう。
彼がいつ学園に戻ってきてもいいように。
彼がどんなに疲れていても、私の魔法菓子で、すぐに元気になれるように。
私は、あの日彼と二人で買いに行った『静寂の月桂葉』を使って、新しい魔法菓子の研究に没頭することにした。
彼の『聖なる魔力』は、まだ完全に安定しているわけじゃないはず。もっと彼の力に寄り添って、その強大すぎる力を、優しく、穏やかに支えられるような、そんな最高のお菓子を作りたい。

「うーん……やっぱり、ただ煮出すだけじゃ、ハーブの力が最大限に引き出せないな……」
放課後、一人きりの実習室で、私はおばあちゃんのレシピノートと睨めっこしていた。
ノートのページを深く、深く読み込んでいく。
そこには、今まで見落としていたような、高度な魔法の記述がたくさんあった。
『素材の持つ魔力を最大限に引き出すには、月の満ち欠けに合わせた魔法陣を描き、星の光を触媒として魔力を練り上げるべし』
(月の満ち欠けに、星の光……?)
なんて幻想的なんだろう。そして、なんて難しそうなんだろう。
でも、今の私なら、できるかもしれない。
彼のためなら、どんな難しい魔法だって、乗り越えられる気がした。

「よし、今夜は新月……。やってみよう!」

私は決意を固め、夜になるのを待った。
シンと静まり返った実習室の床に、銀色のチョークで、ノートに描かれた複雑な魔法陣を書き写していく。
窓から差し込む、か細い月の光。そして、満天の星々の輝き。
魔法陣の中心に、乾燥させた『静寂の月桂葉』を置く。
私は、ゆっくりと目を閉じて、精神を集中させた。

(私の魔力よ。星の光を道しるべに、この葉の奥深くに眠る、優しい力に語りかけて……)
(どうか、彼の力になって。彼の心を、穏やかな光で満たしてあげて……)

私の祈りに応えるように、魔法陣が、ふわりと淡い光を放ち始めた。
星の光が、まるで生き物のように、窓からスルスルと室内に入り込み、魔法陣の上でキラキラと踊り始める。
その光が、月桂葉にゆっくりと吸い込まれていく。
ハーブは、ただの乾いた葉っぱから、まるで生きているみたいに瑞々しい、深い緑色の輝きを放ち始めた。
(すごい……! これが、本当の魔法……!)
成功だ。
私は、この特別なハーブを使って、日持ちのするゼリーを作ることにした。彼の好きな、少しだけ酸味のある柑橘系の味で。
これなら、彼が大変な時でも、すぐに食べられるはずだ。

そんな風に、私が彼を想い、自分のできることに打ち込む日々が続いていた。
彼に会えない寂しさは、お菓子作りに没頭することで、なんとか紛らわすことができた。
でも、その静かで穏やかな日々の裏で、新たな、不穏な影が、静かに、静かに、私に近づいてきていることに、この時の私は、まだ気づいていなかった。

異変に気づいたのは、それから数日後のことだった。
魔法科に、新しく臨時講師が赴任してきたのだ。
名前は、セバスチャン先生。
優しそうな笑顔に、柔らかな物腰。生徒からの評判も上々で、すぐに人気者になった。
そのセバスチャン先生が、なぜか、私のことに、製菓科の活動に、不自然なほどの興味を示し始めたのだ。

「やあ、天野さん。君が、あのレオン様を支えているという、噂のパティシエールだね」
ある日の放課後。
実習室で一人、試作品のゼリーの味見をしていた私の前に、セバスチャン先生が、にこやかな笑顔で現れた。
「せ、先生……! どうして、ここに……?」
「いやいや、君の作るお菓子の評判は、かねがね耳にしていてね。ぜひ一度、お目にかかりたいと思っていたんだよ」
彼は、私が作っていたゼリーを覗き込むと、ほう、と感心したように息を吐いた。
「これは……『静寂の月桂葉』かな? しかも、星の光で魔力を活性化させているようだ。素晴らしい。実に、興味深いね」
(え……!? なんで、この人がそれを……?)
星の光を使った魔法は、おばあちゃんのノートにしか書かれていない、特別な秘術のはず。
私が驚いて固まっていると、彼はさらに続けた。
「素晴らしい才能だよ、天野さん。君のその力は、ただのお菓子作りにとどめておくには、あまりにも惜しい」
そう言って、彼は私に一歩近づいた。
「もしよければ、君のその“力”、この私が、もっと詳しく研究させてはもらえないだろうか?」

その瞬間。
にこやかに細められた、彼の瞳の奥。
その奥に、私は、見てしまった。
あの夜会で見た、アルビオン公爵と同じ、全てを見透かすような、底なしの暗い闇が、渦巻いているのを。
ゾッ、と全身の血の気が引く。
心臓が、警鐘を鳴らしていた。
この人は、ただの臨時講師じゃない。
一体、誰?
一体、何のために、私に近づいてきたの――?
彼の優しい笑顔が、急に、不気味な仮面のように見えて、私は声も出せずに、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
嵐の前の、静かな時間は、もう、終わりを告げようとしていた。
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