【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)

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第14話 恋するタルトと、決意の瞳

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あの劇的な事件から、数日。

学園は、まるで一つの大きなお祭りの後のような、興奮と熱気に包まれていた。

偽りの犯人に仕立て上げられた、製菓科の落ちこぼれの女の子。

その子のために、颯爽と現れた、ヴァイスハイト家の氷の王子様。

そして、愛の告白。

「――なあ、俺の、未来のお姫様?」

あの時の、あのレオン様の甘い囁きは、あっという間に学園公認の伝説となり、私は今や、どこを歩いていても、生徒たちの好奇と、羨望と、そして温かい祝福の視線を一身に浴びる、時の人となっていた。

「いちご、すごい人気者じゃん!」

「もう! からかわないでよ、桜ちゃん……」

廊下を歩けば、「あ、未来のお姫様だ」「レオン様、本気なんだねぇ」なんて声が聞こえてきて、私は毎日、顔を真っ赤にして過ごす羽目になっている。

でも、一番の問題は、そんなことじゃなかった。

一番の問題は――レオン様、本人だ。

事件の後、彼は家の問題に対処するため、また数日間学園を離れていたのだけど、今日、ようやく戻ってきた。

そして、彼が戻ってくるなり、真っ先にしたこと。

それは、私の教室までやってきて、大勢のクラスメイトが見ている前で、こう言い放ったことだった。

「――いちご。腹が減った。お前の菓子が食いたい」

(こ、この人は―――っ!)

そのあまりにも堂々とした、そしてあまりにも甘い要求に、私はもちろん、教室中の生徒が固まった。

そして、次の瞬間には、女子生徒たちの「キャーッ!」という黄色い悲鳴と、男子生徒たちの「ヒューヒュー!」という冷やかしの声が、教室に響き渡った。

私は、顔から火が出そうなくらい真っ赤になりながら、レオン様にぐいっと腕を引かれ、半ば強引に、製菓科の実習室へと連行されたのだった。



二人きりになった、実習室。

封鎖も解かれ、甘いバターの香りがするこの場所は、やっぱり私のホームだ。

「……それで、何が食べたいんですか?」

私は、まだドキドキとうるさい心臓を抑えながら、エプロンの紐をきゅっと結び直した。

彼は、実習室の椅子に足を組んで座り、楽しそうに私を見つめている。

その視線が、なんだかすごく、熱っぽくて、恥ずかしい。

「そうだな……」

彼は、わざとらしく考えるふりをして、にやりと笑った。

「今の俺の気分に、ぴったりのものがいい」

「今の、気分……ですか?」

「ああ。最高に幸せで、甘くて、とろけるような気分だ」

(~~~~~っ!!!)

もう、本当に、この人は!

私の心臓を、どうしたいんだろう!

そんな殺し文句を、涼しい顔で言えてしまうのだから、本当に敵わない。

でも、そんなリクエストをされちゃったら、パティシエールの血が騒いでしまうのも、また事実。

(最高に幸せで、甘くて、とろけるような……)

それなら、作るものは、一つしかない。

「……はい! お任せください!」

私は、腕まくりをすると、とびっきりの笑顔で返事をした。

私が作るのは、ハートの形をしたいちごのタルト。

サクサクのタルト生地に、カスタードクリームと生クリームを合わせた、特製のディプロマットクリームをたっぷり絞る。

そして、真っ赤に熟した、宝石みたいないちごを、これでもかというくらい、たくさん飾るのだ。

ボウルに卵と砂糖を入れて、泡立て器で混ぜる。

私の気持ちみたいに、ふわふわに、真っ白になるまで。

そこに、バニラの甘い香りを加える。

これは、彼を想う、私の甘い気持ち。

小麦粉をふるい入れて、溶かしバターを混ぜ合わせる。

丁寧に、丁寧に。

私の魔法は、いつだってお菓子に心を込めること。

(美味しくなあれ)

(あなたの心に、私の大好きが、届きますように)

オーブンでタルト生地を焼いている間、私はクリームの準備を始めた。

カスタードを炊き上げ、生クリームを泡立てる。

二つを混ぜ合わせれば、雲みたいに軽くて、なめらかなクリームの完成だ。

私が作業している間、レオン様は、ずっと、黙って私を見ていた。

その視線は、優しくて、愛おしいものを見る目をしていて、私は背中に彼の視線を感じるたびに、ドキドキして、何度も手元が狂いそうになった。

焼きあがったタルトに、クリームを絞り、真っ赤ないちごを飾っていく。

仕上げに、泣かない粉糖を、雪みたいにふわりと振りかけて、ミントの葉をちょこんと乗せれば。

「――お待たせしました! 『大好きの気持ちを込めた、ハートのいちごタルト』の完成です!」

我ながら、最高の出来栄えだった。

「……すごいな」

彼は、目の前に置かれたタルトを見て、素直に感嘆の声を漏らした。

「食べるのが、もったいないくらいだ」

「ふふ、どうぞ、召し上がってください」

彼が、フォークでタルトを一口、口に運ぶ。

その瞬間、彼のサファイアの瞳が、驚きで、きゅっと見開かれた。

「……美味い」

その一言が、私にとって、最高の褒め言葉だった。

彼は、夢中になって、タルトを食べ進めていく。

その姿を見ているだけで、私の心は、幸せでいっぱいになった。

彼が、最後の一口を食べ終えたのを見計らって、私はお茶を差し出した。

「ありがとう。最高の味だった」

彼は、そう言って、カップを受け取ると、じっと、私の顔を見つめた。

その、熱っぽい視線に、私は、また顔が赤くなるのを感じる。

「なあ、いちご」

「は、はい!」

「……もう、お前の菓子は、俺以外の男には食わせたくないな」

ぽつり、と彼が呟いた。

「え……?」

「今回の事件で、お前の菓子の評判が上がったのは、いいことだ。だが、おかげで、お前に群がる男が増えただろう?」

(む、群がるって……そんなことは……)

「俺がいない間、寂しかったか?」

「え、ええっと……」

「他の男と、話していたか? その……セバスチャンとかいう輩以外に」

彼の質問は、なんだか、少しだけ、ヤキモチを妬いているみたいで。

その意外な一面に、きゅんとしてしまう。

私が、どう答えていいかわからずに、もじもじしていると、彼は、ふっと息を吐いて、笑った。

「……冗談だ」

その笑顔は、少しだけ、拗ねているようにも見えた。

「お前の菓子が、お前自身が、多くの人間に好かれているのは、俺が一番よく知っている。それが、誇らしいとさえ思う」

彼は、そっと、私の手を握った。

「だが、それでも、心配になるんだ。お前が、誰かに取られてしまうんじゃないか、と」

(そんなこと、あるわけないのに……!)

私の全部は、もう、あなたのものなのに。

「だから、早く、お前を俺だけのものにしたい」

彼の言葉が、甘く、私の心を溶かしていく。

「家の問題は、まだ少し時間がかかりそうだ。俺の力に、まだ反発している連中も多い。アルビオン公爵の残党も、まだ燻っている」

真剣な表情に戻り、彼は言う。

「だが、もうお前を一人にはしない。これからは、二人で戦うんだ」

「……はい!」

「だから、家の問題が片付いたら、すぐに、お前を迎えに行く。……俺の、本当の姫君になってくれ、いちご」

それは、もう、プロポーズと変わらなかった。

嬉しくて、涙が、また溢れてくる。

「……はいっ……喜んで……!」

私が、そう答えると、彼は、本当に嬉しそうに、私の涙を、その綺麗な指先で、そっと拭ってくれた。

そして、ゆっくりと、彼の顔が、私に近づいてくる。

私も、自然と、目を閉じた。

二人の唇が、重なろうとした、その、瞬間。

――カタン。

実習室の窓の外で、何かが、小さな音を立てた。

ハッとして、二人で窓の外を見る。

でも、そこには、誰もいなかった。

ただ、夕暮れの風が、木の葉を揺らしているだけ。

「……気のせい、か」

「……そう、みたいですね」

少しだけ、気まずい空気が流れる。

でも、私たちは、まだ知らない。

その時、確かに、一人の人物が、そこにいたことを。

木の陰で、二人の幸せそうな様子を、ぎゅっと唇を噛みしめて、見つめていた、ロゼリア様がいたことを。

彼女の、そのエメラルドの瞳には、もう、嫉妬の炎はなかった。

そこにあったのは、もっと深い、何かを決意したような、強い、強い光だった。

彼女は、静かに、その場を離れると、迷いのない足取りで、どこかへ向かって歩き出した。

その背中が、夕闇に溶けていく。

氷の王子の心を溶かした、甘いお菓子の物語は、最後の、ほんの少しだけ、ビターなスパイスを、まだ残していた。
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