もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ

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執務室での書類仕事は午前中に済ませるようにしている。
必要があれば午後でも、夜中でも私は執務室に篭る。ただ日常的には出歩いている。城内の使用人や領民の様子をできる限りこの目で見て判断したいからだ。父もそうしていた。

教会と王宮から其々、物々しい書状を受け取っていた。
だから司祭の来訪にはあまり驚かなかった。その姿に驚いただけ。

「国王の命により教皇庁から派遣されたマクミラン司祭です」

長身で均整の取れた体躯はまだわかる。教皇庁を守るのは神だけはなく、優れた神の戦士がいる。武闘訓練を受けた修道士たちは剣ではなく鎚で戦う。肉を裂く事は禁じられている。ただ彼らはある時期で神の戦士の引退を余儀なくされる。司祭になる頃には体が老いて、若い兄弟たちにその名誉を譲る。

マクミラン司祭は司祭にしては若すぎて、美しすぎた。
王子と名乗られた方が余程納得できる容姿であり、美しい金髪と蒼い瞳は神話めいている。まるで夢を見ている様で私は言葉を失い、呆然とその司祭を見つめていた。

「レディ・ウィンダム?」

従者と思しき騎士が私を現実に呼び戻す。
あなたが美形すぎて見惚れていましたとは口が裂けても言えない。

「失礼。父の後を任されましたウィンダム伯爵令嬢エスターです。後見人はエルズワース伯爵令息クリス、従兄です」
「だからウィンダムはエルズワース伯爵の監督下に置かれているのですね」
「ええ」
「何か困った事はありますか?」
「え?いいえ……」

マクミラン司祭は美しすぎる無表情で何かを案じてくれている。

「家族と同じですから、悪い扱いなんて受けていません」
「それはよかった」
「私の領地経営に何か問題が?」
「いいえ」
「では、何故……」

何故、これほど大事に?
田舎とは言わないまでも中規模以下のウィンダム伯領では、教皇庁や王家を巻き込むような問題など起きるはずもない。

唯一咎められるとすれば、神聖な結婚式を取り止めた件。
3年前の私の結婚式。

「教会の件でいらっしゃったの?」
「いえ。ですが完全に否定できない」

嫌な緊張感が背後から私を抱き込むように迫り、固唾を飲む。なるべく悟られないよう注意しながらマクミラン司祭を凝視した。司祭の美貌は役に立った。見ているだけで現実感が薄れる。

「あなたに教えて頂きたい事があって来たのです」
「……」

少なくとも、悪夢。
直感せずにはいられず、皮肉にも私は現実を受け入れるのが得意だった。マクミラン司祭は現実にしては美形すぎるけれど手の届く位置で確かに直立している。その上で、私に何か質問があるとのこと。

「なんでしょう」

私の声は震えていた。
まるで隠した罪を暴かれる前の罪人のように。

私の後ろめたさを敏感に感じ取ったらしいマクミラン司祭は、極めて硬質な声で言った。

「ルシアン・アトウッドの居場所を教えてください」
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