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「申し訳ありませんでした、オーウェン様……どうか命だけは……!」
ヴェロニカと呼ばれたヴェラは震える声で涙ながらに訴えている。
彼女は命乞いをしなければならないような罪を犯したのだろうか。二人に何かしらの過去がありそうだと思いはした。けれど目の前で行われた再会は、予想を遥かに超えて穏やかではない。
オーウェンが肩膝を付き顔を寄せると、ヴェラ改めヴェロニカは引き攣った悲鳴を上げた。オーウェンは半身だけ振り返るようにして私を見ながら彼女に言った。
「彼女はエスター。ウィンダム伯爵令嬢だ」
私の話になった。
私は階段を下り切ったところで手摺りに捉まっていたので、驚いて背筋を伸ばした。ヴェロニカが目だけを私に向ける。
オーウェンがヴェロニカに向き直り続ける。
「彼女を動揺させたくない。君の事は後で片を付ける。命が惜しかったら今はこの始末に協力しろ」
有無を言わせない圧力は私でさえ恐怖せずにはいられなかった。
ヴェロニカが私を見つめたまま涙を流し何度も頷いた。それから必死で理性を掻き集めるように深呼吸しながら瞬きを繰り返し、その様子を見たオーウェンが二人の男性に解放するよう促した。
拘束されていた手を摩りながらヴェロニカが立ち上がる。私より背の高いヴェロニカが、狼狽え諦めた顔で玄関広間を見回した。
「ここは終わるんですね」
「そうだ」
答えてからオーウェンが私を迎えに来る。
私の眼前に立つ彼は既に恐ろしくはなかった。自覚しているより遥かにオーウェンを信頼している自分に気づかされる。
「後できちんと説明するから」
「はい」
他に言葉は必要なかった。
ヴェロニカが涙を拭き、比較的しっかりした口調で言った。
「身篭っている子がいるんです。ミーガンを、できるだけ驚かせないように山から下ろしてあげないと……」
「何処にいる?」
「こちらです」
私たちはミーガンという三人目の妻を連れて山を下りることになった。
ミーガンは入浴の準備を始めていたけれど、ヴェロニカの説得で身支度を整え、泣きながら山荘を出た。
もうすぐ陽が沈む。
夕焼けが赤々と辺りの山々や宿場町、街道の果てまでを染めている。
ヴェロニカに支えられた三人目の妻ミーガンは、結婚が許されている年齢なのか心配になるほど若かった。膨らみ始めた腹部に手を添えて悲しそうにすすり泣いている。
「足元に気を付けて」
「ねえ、どうして……?ルシアンは何処にいるの……?」
「もう終わったのよ」
「嫌よ。私、赤ちゃんが生まれるのに……本当に他所へ行かなきゃならないの?」
「あなたは安定したでしょう。このくらいから歩くのが赤ちゃんの為にもいいのよ。転ばないようちゃんと支えるから」
「ヴェラ、私恐い……!」
責める気にもなれない程ミーガンは怯えている。
私はヴェロニカの反対側からミーガンを支え、できる限り優しく彼女を励ました。
「大丈夫よ。山を下りたらお医者様か産婆さんを探しましょう」
「あなた誰……?」
私は即座にヴェロニカに目配せをして合図を送る。
「お客さんよ」
ヴェロニカが正しく読み取り口裏を合わせた。
ミーガンは私の手に自分の手を添える。
「そうなの……?迷惑かけてごめんなさい」
「いいのよ」
「御親切に……ありがとう……っ」
ミーガンを支えるヴェロニカと私にオーウェンが付き添うような形でゆっくりと山道を下りる。なだらかであろうと坂道であり、私たちは慎重に進んだ。すぐに陽が沈み宵闇がミーガンを更に怯えさせるかと思ったけれど、月灯りの下で彼女は思いがけない逞しさを突如として発揮した。
「ここまでする必要があるのね。私、頑張る」
落ち着いてくれたことで安堵したけれど気は抜けない。
誰の妻で、誰の赤ちゃんであろうと、新しい命に罪はない。
一つ目の休憩所で休んでいると、戻ってきたパーシヴァルがなだらかな山道を凄まじい速さで駆け上っていった。
ヴェロニカと呼ばれたヴェラは震える声で涙ながらに訴えている。
彼女は命乞いをしなければならないような罪を犯したのだろうか。二人に何かしらの過去がありそうだと思いはした。けれど目の前で行われた再会は、予想を遥かに超えて穏やかではない。
オーウェンが肩膝を付き顔を寄せると、ヴェラ改めヴェロニカは引き攣った悲鳴を上げた。オーウェンは半身だけ振り返るようにして私を見ながら彼女に言った。
「彼女はエスター。ウィンダム伯爵令嬢だ」
私の話になった。
私は階段を下り切ったところで手摺りに捉まっていたので、驚いて背筋を伸ばした。ヴェロニカが目だけを私に向ける。
オーウェンがヴェロニカに向き直り続ける。
「彼女を動揺させたくない。君の事は後で片を付ける。命が惜しかったら今はこの始末に協力しろ」
有無を言わせない圧力は私でさえ恐怖せずにはいられなかった。
ヴェロニカが私を見つめたまま涙を流し何度も頷いた。それから必死で理性を掻き集めるように深呼吸しながら瞬きを繰り返し、その様子を見たオーウェンが二人の男性に解放するよう促した。
拘束されていた手を摩りながらヴェロニカが立ち上がる。私より背の高いヴェロニカが、狼狽え諦めた顔で玄関広間を見回した。
「ここは終わるんですね」
「そうだ」
答えてからオーウェンが私を迎えに来る。
私の眼前に立つ彼は既に恐ろしくはなかった。自覚しているより遥かにオーウェンを信頼している自分に気づかされる。
「後できちんと説明するから」
「はい」
他に言葉は必要なかった。
ヴェロニカが涙を拭き、比較的しっかりした口調で言った。
「身篭っている子がいるんです。ミーガンを、できるだけ驚かせないように山から下ろしてあげないと……」
「何処にいる?」
「こちらです」
私たちはミーガンという三人目の妻を連れて山を下りることになった。
ミーガンは入浴の準備を始めていたけれど、ヴェロニカの説得で身支度を整え、泣きながら山荘を出た。
もうすぐ陽が沈む。
夕焼けが赤々と辺りの山々や宿場町、街道の果てまでを染めている。
ヴェロニカに支えられた三人目の妻ミーガンは、結婚が許されている年齢なのか心配になるほど若かった。膨らみ始めた腹部に手を添えて悲しそうにすすり泣いている。
「足元に気を付けて」
「ねえ、どうして……?ルシアンは何処にいるの……?」
「もう終わったのよ」
「嫌よ。私、赤ちゃんが生まれるのに……本当に他所へ行かなきゃならないの?」
「あなたは安定したでしょう。このくらいから歩くのが赤ちゃんの為にもいいのよ。転ばないようちゃんと支えるから」
「ヴェラ、私恐い……!」
責める気にもなれない程ミーガンは怯えている。
私はヴェロニカの反対側からミーガンを支え、できる限り優しく彼女を励ました。
「大丈夫よ。山を下りたらお医者様か産婆さんを探しましょう」
「あなた誰……?」
私は即座にヴェロニカに目配せをして合図を送る。
「お客さんよ」
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「そうなの……?迷惑かけてごめんなさい」
「いいのよ」
「御親切に……ありがとう……っ」
ミーガンを支えるヴェロニカと私にオーウェンが付き添うような形でゆっくりと山道を下りる。なだらかであろうと坂道であり、私たちは慎重に進んだ。すぐに陽が沈み宵闇がミーガンを更に怯えさせるかと思ったけれど、月灯りの下で彼女は思いがけない逞しさを突如として発揮した。
「ここまでする必要があるのね。私、頑張る」
落ち着いてくれたことで安堵したけれど気は抜けない。
誰の妻で、誰の赤ちゃんであろうと、新しい命に罪はない。
一つ目の休憩所で休んでいると、戻ってきたパーシヴァルがなだらかな山道を凄まじい速さで駆け上っていった。
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