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「山を下りれば目が覚める。お前が愛情深い夫じゃなく、愛を搾り取る飢えた悪魔だとな」

パーシヴァルは迅速だった。ルシアンの腕を取りながら背後に回り込み、隠し持っていたロープで後手に縛る。

「何をする!ここは僕の家だぞ!君たちは強盗か!?」
「そうかもな。お前が手に入れた物を全部奪い取ってやるよ」
「エスター!何とか言ってくれ!君の恋人が錯乱している!!」

私は唐突に可笑しくなって、笑いを噛み殺さなければならなくなった。
あれほど愛したルシアンが恐ろしい程に愚かで、この状況に陥ろうとパーシヴァルが私の恋人だと思っているらしいのが喜劇じみていた。

ああ、この人は、取るに足らない。
未知の魔物ではない。

「この人たちは恋人ではないのよ」

事実を告げた。

「あなたを探していたからお連れしたの。お役に立ててよかったわ」
「エスター!これは何かの間違いだ!」
「そうかしら」
「そうだよ!君は騙されている!!」
「……」

私はルシアンに微笑んだ。

「いいえ」
「ほら、歩け」

パーシヴァルが容赦なくルシアンを急かす。
やっと分の悪さに気が付いたのか、ルシアンの顔つきが変わった。けれどまた妙な理屈を捏ね始める。

「エスター、聞いてくれ。今の僕は惨めな使用人じゃない。君のような身分の人間が手を出してはいけない男になったんだ」
「どういう意味だ」

パーシヴァルの声に残忍な色が含まれているのに気付き、はっとした。
オーウェンは司祭。パーシヴァルは騎士。二人は国王の命令でルシアンを探していると言ったのだ。

まさか……

「僕の娘は君たちとは比較にならない高貴な血を引いている。僕は王族になったんだ」
「そういう事か」

オーウェンが独り言ちる。
次の瞬間、パーシヴァルがルシアンの耳に噛みつくような仕草で言った。

「お前が三階に閉じ込めている人は俺が肩車してお育てした姫様だ。お前は王族になったわけじゃない。姫様を誑かし誘拐し監禁した大悪党なんだよ」
「……!」

なんという大それたことを。
ルシアンの犯した罪は、私の山荘でクロスビーの貴族を騙り貴族相手の逢引宿を経営していたなどという罪とはわけがちがう。婚前逃亡など可愛いもの。

私も覚悟しなければならない。
ついに蒼褪めたルシアンの顔を見て、私は事件の大きさに愕然とする。そんな私にパーシヴァルが真剣な顔を向けた。

「あなたが咎められるようなことにはなりませんよ。その為に俺が来たんですから」
「……」

言葉が見つけられずにいる私より先にルシアンが絶望の呟きを洩らす。

「僕は、どうなるんだ……」

震えていた。
パーシヴァルは怒りを押し殺しきれない険しい顔つきに戻り、ルシアンに宣告する。

「洗い浚い吐かせてから絞首刑だろうな」
「……!」
「顔と口だけでここまで来たんだ。拷問に耐える根性はないだろう。せいぜい檻の中でも媚びを売れよクズ野郎」

姫を奪われた近衛騎士の憤怒を浴びてルシアンが戦慄する。凝然とその様子に見入っていた私の背にオーウェンが手を添えてくれた。彼がいてくれてよかったと心からそう思った。

ルシアンが涙を流し私に叫んだ。

「助けてくれエスター!僕を愛しているから探してくれたんだろう!?」

すとん、と腑に落ちた。
過去は過去。私は私。

「いいえ。あなたへの愛はもう冷めています」

私はこの男を愛し、利用された。幼いとはいえ愚かだった。それは私の問題だ。

「エスター……!?」

この男は父を騙し、父の名誉を穢した。
主に付け込み悪事を働く使用人など情を掛ける価値はない。
代々守り続けてきた此処ウィンダムの存続の為にも、然るべき罰を受けさせなくてはならない。

「何故そんな冷たいことを……僕に全てを与え、僕から全てを奪うつもりなのかい……!?」
「そうなればいいと願います」

私の回答にルシアンは絶句し、がくりと項垂れる。
オーウェンがパーシヴァルとルシアンの前に進んだ。そしてルシアンの口に丸めた布を押し込み、その上から口を縛る。騒がないようにしたのかと思ったけれど、私はすぐに思い直した。舌を噛み切らせないためだ。

ルシアンにそんな根性はない。

私は冷めた気持ちと大きすぎる罪への戦慄を抱え、半ば呆然とルシアンを見送った。ルシアンはパーシヴァルに連行され階段を下りていく。かつて私が愛した人であっても……愛した人だからこそ、これでいいのだと思えた。

階段を下り切るとパーシヴァルは乱暴にルシアンを急かした。
山を下りれば警備兵に顔が利くからと言っていたのを思い出す。子供を恐がらせたくないとも言っていた。早く確実にルシアンを拘束し、三階に閉じ込められているという姫を安全に解放したいのだろう。

ふいに体から力が抜けて、私は手摺りを掴んだ。
すかさずオーウェンが肩の辺りを支えてくれた。

ルシアンが山荘から連れ出されるまで私は目が離せなかった。玄関付近ではヴェラが男性二人に拘束されている。パーシヴァルによって買収された薪割り係とパン職人に違いなかった。

ヴェラはルシアンを見送ったけれど、ルシアンはもう誰のことも見ていない。きっと初めからそうだったのだ。その愛は常にルシアン自身にだけ注がれていた。

汚らわしい愛の物語は終わった。
これからは裁きが始まる。

ルシアンの姿が完全に見えなくなると、オーウェンが無言で私を促し階段を降り始めた。私は後を追う。

「!」

ヴェラが初めて気づいたかのようにこちらを向いた。
その蒼褪めた顔は緊張で引き攣り、恐れ戦きながら膝から崩れ落ちていく。

彼女まで罪人のように扱われていること、またヴェラ自身もそのように振舞っていることが、麻痺した頭の隅に引っかかる。

階段を下り切ったオーウェンはゆっくりとヴェラの前まで詰め寄り、低く穏やかに問いかけた。

。私が記憶を失っていればいいと思ったのか?」
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