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29(パーシヴァル)

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「アイリーン様!俺です!パーシヴァルですよ!俺が迎えに来たんです!だから恐がらなくていいんですよ!」

山荘に舞い戻り、広間を駆け抜け、階段を五段抜かしで飛び上がり、最後の三階への階段の手前辺りから声を張り上げた。

「迎えに来ましたからね!」

姿を消す直前、恋に恋した第八王女アイリーン殿下は妙ちくりんな言動が目立っていた。今頃は目が覚めて途方に暮れているはずだ。

甘えん坊で、悪い事をすればすぐに謝る素直な姫だった。
国王の最高に評判の悪い後妻が産んだ姫とあって、腹違いの兄姉たちからも特別愛されはせず、古参の召使の中には明らかに冷遇する者さえあった。

内気な第八王女を心配した国王が次々に人を宛がって、やっと心を開いたのが俺だった。

俺に懐こうとも活発ではない第八王女は野原で駆け回るとか馬に乗るとか、そういう遊びは覚えなかった。俺が御伽噺の中の騎士や勇者やただの勇敢な男とどれだけ同じかどうかを確かめてはキャッキャッと喜ぶ、可愛い人だった。

その第八王女が唯一気に入った活発な遊びが、肩車だった。
視界が高くなるのが楽しいらしく、馬の鬣にしがみつくかのように俺の髪を鷲掴みにして鼻息を荒くしていたものだ。

ああ、本当に可愛いちっちゃな姫君だった。
悪い男に騙され苦労を強いられ、不憫でならない。

「アイリーン様!」

三階は主と第一夫人の居室というだけあって廊下から小奇麗に整えられていた。
ざっと見渡し、外側から鍵の掛けられた扉を見つける。あそこだ。

「くそ!」

扉に駆け寄り中にいるであろう可哀相な王女に呼びかける。

「アイリーン様!俺です!パーシヴァルですからね!開けますよ!」

返事を待たず扉を蹴破る。

「アイリーン様!」

室内は広々としていて、乳母らしき女と幼児と、粗末な服を纏う怯えきった第八王女アイリーン殿下が隅で震えていた。

「パーシヴァル……」
「ああ、アイリーン様……!」

俺が駆け寄り跪くと、幼児を庇うように乳母が身構える。

「大丈夫よ。この人は、恐くない」

そう乳母に呟いて、内気な第八王女が俺に細い手を延ばす。

「ごめんなさい、パーシヴァル……っ」

謝りながら泣き崩れた。
俺は少し大人になった可愛い人を抱きしめる。

「いいんですよ。大丈夫。もう俺が来ましたからね」
「私……あの人を愛していると思ったの……愛し合っていると……」
「騙されたんですよ。あなたは悪くない」
「ごめんなさい……っ」

俺のような身分だろうが、心から笑わせられるのは昔から俺だけだった。肩車をしてお育てしたんだ。

戻ってくれた大切な温もりに胸が熱くなるが、ここでのんびりしているわけにもいかない。

「お父様は……私を、殺すの……?」

俺の胸に顔を埋め怯え切った声を絞り出す可愛い人の頭を撫でて、精一杯安心させる。

「まさか。あなたの帰りを待っていますよ」
「あの子は……私の子は、どうなるの……?」

俺は乳母に抱えられ、ポカンとこちらを見ている幼児に目を遣った。ばっちり目が合う。
これからほぼ確実に死刑囚となる男の娘だ。だが、国王の孫娘であり、第八王女の愛娘。

「俺が守りますよ。大丈夫」
「傷つけないで……何も、要らないから……っ」
「大丈夫ですって」

現実的に考えれば娘でよかった。これが息子なら暗殺を目論む者が絶対に現れたはずだ。
王族として扱われるかは微妙だが、幼い頃の愛娘に瓜二つの孫娘を国王が無下にできるはずはない。

俺は抱擁を解き、ちびに手を伸ばした。

「やあ。おじさんはパーシヴァルですよ」
「……っ」

第八王女は泣きじゃくりながら俺と娘の出会いを見守っている。

「ぱちばりゅ」

乳母の腕の中から俺に小さな手を伸ばす。乳母は察しがよく、いと高きちびを解放した。
ちびは短い距離をよちよち歩き、俺の胸に飛び込んでくる。

「ぱちばりゅ!」
「ああ、俺が気に入ったみたいです。親子ですね」
「ふふ……」

泣き笑いした第八王女アイリーン殿下にちびを抱かせ、俺はお騒がせ駆け落ち王女の背中と膝の裏側に腕を通し、親子まとめて抱きあげた。

「さあ、帰りましょう」
「パーシヴァル……この子は、スタシアっていうの」
「よろしくお願いしますよ、スタシア様。俺はあなたの奴隷だ」
「ぱちばりゅう!」

乳母が狼狽えた様子で自身の身の振り方を目で問うてくる。

「来てくれ。スタシア様の世話をしてくれたんだろう?悪いようにはしない」

乳母は力強く頷くと、素早く荷物をまとめて俺の後ろにぴたったりくっついた。
第八王女は昔と同じように、大人しく俺に抱えられ、安心しきったように力を抜いた。

俺が広間の階段を下りる頃、ウィンダム、レイノルズ、クロスビーの合同警備隊が山荘になだれ込んだ。一組いた客は部屋の扉を薄く開けこの緊急事態を伺っていたが、すぐに警備隊によって身柄を保護された。中年貴族の不倫だ。嘆かわしい。

だがどうでもいい。
これで第八王女アイリーン殿下の悪夢は幕を閉じた。

ああ、よかった。
あとはまたお守りするだけだ。ちびも懐いた。めでたしめでたし。
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