もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ

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ただそこにいてくれるだけで力になる。
愛しく尊い存在を私は知っている。私が今、たった一時でもオーウェンの支えになれたらいい。

そう願い抱擁を続けていると、ふいに扉が叩かれ、私たちは腕を解いた。

オーウェンが迅速に扉を開けた。私はパーシヴァルだと思った。けれど想定した高さに逞しい騎士の頭はなく、代わりにオーウェンが首を傾ける。

「あの……その方はレディ・ウィンダムですか?」
「ああ、そうだ」

オーウェンが答えると、困り果てたようなジョニーの声は続けてこう言った。

「お茶をお持ちしますか?夕食はガンボと、チキンのパイ包み、凄く美味しい普通のサラダですけど……」
「デザートは?」
「レモンタルトです」

それでいいのだろうかと戸惑っている様子が可愛くて、私はつい微笑みを浮かべ戸口へ急いだ。目が合うとジョニーは驚いたけれど、私は気にせず彼の前まで行って安心してもらえるよう笑顔で伝える。

「わざわざありがとう。黙っていてごめんなさいね、ジョニー」
「あっ、いえっ、やっ、えっと」

急に頬を真っ赤に染めてあたふたしだしたジョニーを見て、オーウェンも寛いだ笑みを浮かべた。

「悪いが、全部運ぶよう大人の人に言ってもらえるかな。ここと、隣の分も」
「わっ、わかりました!」
「ありがとう。助かるよ」
「すぐにお持ちします!」

踵を返し走り出そうとしたジョニーが神妙な顔つきでふり返る。

「?」

私は首を傾げ、微笑みで先を促した。
ジョニーは再び私の方へと向き直ると消えそうな声で言った。

「ここは大丈夫なんですか……?」

酷い騒動は子供を不安にさせている。
私はジョニーの頬をそっと撫でて約束した。

「ええ。数日もすれば賑やかな宿場町に戻るわ」
「……」

ジョニーの純真な瞳がじっと私の目を覗き込む。やがて未来の宿屋の主人は溌溂とした笑顔を浮かべてくれた。

「お食事をお持ちします!」
「大人の人に頼むのよ」
「はい!」

扉を閉め、オーウェンと私は笑顔を交わした。

「パーシヴァルが誰を連れて帰るかは秘密ね」
「ああ。これ以上、未来ある少年を惑乱させるのは忍びない」

優しい冗談を言い合い、私はオーウェンとの間に絆を感じた。

全ては過ぎ去り、これから行われるのは長い後始末なのだ。私たちは共に一つの道の上を歩くことになる。私にミシェルとクリスがいてくれるように、安堵や勇気を分かち合えたらいい。その願いは、現実になる。そう感じていた。

私はオーウェンと夕食を摂りながら調査の経緯を聞いた。

「幽閉元から脱走し消えたヴェロニカを調査隊が追い続け、数年かけて娼館で働いていると突き止めたものの、赴くと既に結婚してまたどこかへ消えており、離婚したらしくまた娼館へ……そんな追跡劇を繰り返した最新の結婚がルシアン・アトウッドとの山暮らしだった」

彼女はもしかすると別人に、可能なら平民になりたかったのではないだろうか。事実ヴェラと名乗っていた。
オーウェンの話を聞く限り、ヴェロニカの幽閉はたとえ優雅であろうといつ処刑に切り替わってもおかしくない事案に思える。

ヴェロニカも壮絶な道を歩まなければならなかった。たとえ転がり落ちる道であっても、過去から遠くなればなるほど安堵したのかもしれない。

「一方、近年、国王陛下の末の王女が駆け落ちしてしまい、相手が国中を巡る行商人かもしれず拠点はレイヴァンズクロフトの山荘らしい……と発覚するまで3年もの歳月を要したが、その時点で私とパーシヴァルが引き合わされたんだ。互いの事情も明かされないまま」

幼い恋に溺れたという意味で、私は彼女たちの人生を他人事とは思えずにいる。ただ代償はあまりにも違い過ぎた。私はウィンダム伯領を預かる者として、できる限りの誠意を尽くす覚悟だ。

「ミーガンはどうなるでしょう。貴族には見えないけれど」
「ヴェロニカの話しぶりからして、事実なら恐らく平民だろう。もし誘拐された村娘くらいの扱いになれば、証言次第で無罪放免、解放される」
「その後は?一人で産み育てるの?」
「エスター。頼むから引き取るなんて言わないでくれよ」
「まさか。私は聖人ではありません」

でも教会を頼ってくれたら安心だ。ミーガンは納得できるだろうか。

元々不幸だったのかもしれないけれど、今の不幸はルシアンのせいと考えて差し支えない。それならば、彼を送り出してしまった私にも一端の責任はある。彼女を見て見ぬふりはできない。

それでも、事の次第によっては彼女を守り続けるのは不適切だと決断しなくてはいけなくなるかもしれない。

深夜まで今後のことを話合い、私たちは其々休息をとった。

翌朝、パーシヴァルは別れの挨拶もなく既に旅立っていた。王女様とその御息女のために上等な馬車が用意され、警備兵もついて安全な帰路になるとのこと。

目的地は同じ王都でもミーガンとヴェロニカは監視付の護送であり、ルシアンに至っては檻に入れられ見世物にされていた。

私はオーウェンと共に事後処理に当たった。山荘は封鎖された。

また一夜明け、今日、オーウェンに付き添われる形でクリスの待つウィンダム城へと帰る。
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