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「王命のお相手を、彼女に替えていただけるよう陛下にお願いする」 幼なじみの手を取ったまま、婚約者はそう仰いました。父は「王命だ、我慢しろ」とだけ言い、母は目を伏せました。 ええ、構いません。泣いてすがるつもりも、陛下に申し上げることもございません。 ただ、あの勅書は、読めば分かるように書かれております。 婚約を命じられたのは、侯爵家と伯爵家ではございません。「侯爵家の嫡男」と——私の名です。 名で下された王命は、陛下にしか書き換えられません。そして陛下は、一度下した命を書き換えないお方です。 替えられるのは、私のほうではございませんでした。 今さら勅書を読み返しても、もう遅いのです。
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「お姉様のお名前なんて、書き写せばよろしいでしょう?」 妹がわたくしの婚約と、金庫の鍵を持っていったとき、父は譲渡の書面にご署名なさり、母は妹の髪を撫でておりました。この十年、この家でわたくしの名を呼んだ人はおりません。「お前は強い子だから」と、それだけは何度も言われましたけれど。 ですから、惜しくはございません。屋敷も、婚約も、家督も、すべて差し上げます。 ただひとつだけ、お渡しできないものがございます。 ——信用でございます。 十七の年から、仕入れの支払いはすべてわたくしが立ててまいりました。春の麦も、夏の鉄も、冬の炭も。商会が三月お代を待ってくださるのは、コルビエ伯爵家に対してではなく、わたくしの署名に対してでございます。 譲れと仰るなら、いくらでもお譲りいたしますわ。 けれど信用は、こちらから差し上げるものではございません。向こう様がお決めになるものでございますから。 来月の仕入れから、現金でお支払いくださいませ。 ※初日以降は毎日12時・22時に更新します。
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私は三年間、あの方の半歩後ろに立ってきた。 あの方は、人の言葉を書いてあるとおりにしか受け取れない。だから私は扇の陰で一言だけ添える。その侯爵は本気で怒っている、そちらの夫人は同意していない、いま笑ってはいけない。三年、一度も外さなかった。誰も気づいていない。あの方自身も。 その方が、大広間で私を呼び出した。証人も証拠も揃っている。 「申し開きはあるか」 ございません。わたくしは何も申し上げません。 否認も弁明もせず、私は黙って立っていた。だからあの方は、生まれて初めて自分で場を読むことになった。 味方として名を挙げた侯爵の顔が、なぜ動かないのか。証人の声が、なぜ途中で細くなったのか。「皆もそう思うであろう」と広間に向けた同意の求めに、なぜ誰も応えないのか。 わたくしはもう、お教えいたしません。 ※初日以降は毎日12時・22時に更新します。
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「辺境の娘は要らない。王太子妃に迎える時代は、もう終わった」 夜会の広間で、殿下はそう仰いました。お隣には、王都育ちの侯爵令嬢。 ええ、承りました。引き留めるつもりも、昔の盟約を持ち出すつもりもございません。私は夜明けに、辺境へ帰ります。 ただ、殿下はご存じないのでしょう。国境の向こうの辺境伯家から、この二十年、毎年同じ縁談が届いていたことを。 父がそれを封も切らずに返し続けてきたのは、辺境伯家の娘は王家に嫁ぐという、古い盟約があったからです。 その婚約をお返しになったのは、殿下のほうでございます。 今年の縁談の封を、父は初めて切りました。 国境の両側がひとつの縁で結ばれる日を、殿下は王都でお聞きになるのでしょう。 ※前作の反省を踏まえ、殿下やクラーラの視点のお話も入れて、物語を全面的に書き直しました。以前に公開していた第2話以降は書き直した版に差し替え、王都の宴や辺境の家々のお話も新しく加えています。 ※10月12日10時から公開を再開し、以後は毎日6時・10時・12時・16時・18時・21時に更新します。
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