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1・ヴローム村
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ファルケンもエミール同様、国防壁の内側に捨てられていたところを保護され、この孤児院で暮らしているひとりだ。最初、村長に名前を付けてもらったときは『フォルケン』だったのが、成長するに従ってその目つきの鋭さや、狩りの上手さなどが際立ち、いつの間にか『鷹』と呼ばれるようになっていた。
エミールは自分よりも三つ歳上のこのファルケンと殊更に馬が合い、他の誰よりも一緒に過ごす時間が長かった。
それなのに。
十八歳になってしまったファルケンは、孤児院を出ていかなければならない。その期日を年内だと、村長から告げられている。
考えただけで気が重くなって、エミールは唇を噛んだ。
「おまえが暗くなってたらチビどもが心配するだろ。ほら、土産」
窓に嵌められた格子の隙間から、ぬ、とファルケンの腕が伸びてきた。彼が持っていた麻袋をエミールは反射的に受け取った。中を覗くと、調理しやすいように加工された肉が入っていた。
「これは? 鹿?」
「当たり。残りは干してる」
冬の間の備蓄を、計画的にコツコツと増やしてゆく。ファルケンのように行動できる人間が、この孤児院にいったい何人居るだろうか。
院には基本的に大人が居ない。村民たちが代わる代わる顔を出し、子どもたちのことを気にかけてくれるが、日々の生活や食料の管理などは年長組の自分たちの仕事だった。
そして、最も頼りとしていたファルケンがついに今年で居なくなってしまう。
その不安とさびしさとかなしみがエミールの胸で渦を巻き、どうにもならない溜め息として吐き出されるのだ。
ふぅ、とエミールが吐息すると、ファルケンの指がひたいを弾いてきた。
「痛い!」
「暗い顔すんなって」
「オレがどんな顔してようが、オレの勝手だろ!」
言い返した声が思った以上に尖ってしまい、それに反応したのだろうか、おんぶしていたミアがむずがるような声をあげた。
首を捻って後ろを見ると、小さな手足がもぞもぞと動いている。
「怒んなよ、ママ」
「その呼び方やめろ」
「エミールマ、マ」
揶揄う口調で言ったファルケンが、唇の端で笑った。
ママ、とエミールを最初にそう呼んだのは年少組たちだ。食事に洗濯に掃除に遊び相手、そういった子どもたちの世話を一手に担っているエミールが母親にでも見えたのだろうか。
ひとりが寝ぼけて「ママ」とエミールにしがみついてきてからは、連鎖反応のようにそれが広まってしまった。
エミールとしては複雑である。
子どもたちに慕われるのは嬉しいが、エミールの理想はファルケンのような男らしい男になることだ。
しかし現実のエミールは華奢な手足で、身長もファルケンには到底追いついていない。それでも自分は男だから鍛えればなんとかなると信じていたが、筋肉の付きにくい性質なのか体の厚みは一向につかないのだった。
エミールがファルケンをじろりと睨むと、一度離れた彼の手がまた近づいてきて、硬いてのひらが頬を撫でる。
格子越しに、視線が合った。
大人びた、精悍な顔立ち。それを無言で見つめ返すと、頬にあるてのひらがしずかに動いた。
「ここを出るからって、村を出るわけじゃないだろ」
宥める声音が聞き分けのない子どもに話しかけるようで、エミールは唇を噛んだ。
「わかんないだろ、それは」
「なんで。どこにも宛てのない俺がこの村以外にどこへ行くと思ってんだおまえは」
エミールの不安をファルケンは軽く笑い飛ばしたけれど、そんなことはわからない、とエミールは思う。
身体能力が高く、頭も切れるファルケン。
彼のはその名の通り『鷹』のようで。
その気になれば遠いところまで飛んでいけるのだろう。
ファルケンがそうと言わないだけで、もしかしたらもう、アダムからの声がかかっているのかもしれない。冬になれば彼は、王都へ行ってしまうのかもしれない。
ファルケンが孤児院のことを気にかけているのはわかっている。ファルケンはエミールと一緒にここで育った。捨てられた子どもたちで身を寄せ合って暮らしてきた。その繋がりを断ち切れないから、彼はこんな片田舎で窮屈そうに過ごしているのだ。
でも、十八を過ぎて孤児院を出てしまえば、いずれファルケンは知るだろう。
自分は自由だと。
知ってしまうだろう。
それが怖い。孤児院に保護されてからずっと、ファルケンとは一緒だった。だから離れるのが怖い。
他にも十八歳になって孤児院を出て行った人間は幾人も居た。そのときももちろんさびしかったが……ここまで寄る辺ない気持ちにはならなかったように思う。
依存しているのだろうか。ファルケンに。これまで寄りかかりすぎていたのだろうか……。
エミールは自分よりも三つ歳上のこのファルケンと殊更に馬が合い、他の誰よりも一緒に過ごす時間が長かった。
それなのに。
十八歳になってしまったファルケンは、孤児院を出ていかなければならない。その期日を年内だと、村長から告げられている。
考えただけで気が重くなって、エミールは唇を噛んだ。
「おまえが暗くなってたらチビどもが心配するだろ。ほら、土産」
窓に嵌められた格子の隙間から、ぬ、とファルケンの腕が伸びてきた。彼が持っていた麻袋をエミールは反射的に受け取った。中を覗くと、調理しやすいように加工された肉が入っていた。
「これは? 鹿?」
「当たり。残りは干してる」
冬の間の備蓄を、計画的にコツコツと増やしてゆく。ファルケンのように行動できる人間が、この孤児院にいったい何人居るだろうか。
院には基本的に大人が居ない。村民たちが代わる代わる顔を出し、子どもたちのことを気にかけてくれるが、日々の生活や食料の管理などは年長組の自分たちの仕事だった。
そして、最も頼りとしていたファルケンがついに今年で居なくなってしまう。
その不安とさびしさとかなしみがエミールの胸で渦を巻き、どうにもならない溜め息として吐き出されるのだ。
ふぅ、とエミールが吐息すると、ファルケンの指がひたいを弾いてきた。
「痛い!」
「暗い顔すんなって」
「オレがどんな顔してようが、オレの勝手だろ!」
言い返した声が思った以上に尖ってしまい、それに反応したのだろうか、おんぶしていたミアがむずがるような声をあげた。
首を捻って後ろを見ると、小さな手足がもぞもぞと動いている。
「怒んなよ、ママ」
「その呼び方やめろ」
「エミールマ、マ」
揶揄う口調で言ったファルケンが、唇の端で笑った。
ママ、とエミールを最初にそう呼んだのは年少組たちだ。食事に洗濯に掃除に遊び相手、そういった子どもたちの世話を一手に担っているエミールが母親にでも見えたのだろうか。
ひとりが寝ぼけて「ママ」とエミールにしがみついてきてからは、連鎖反応のようにそれが広まってしまった。
エミールとしては複雑である。
子どもたちに慕われるのは嬉しいが、エミールの理想はファルケンのような男らしい男になることだ。
しかし現実のエミールは華奢な手足で、身長もファルケンには到底追いついていない。それでも自分は男だから鍛えればなんとかなると信じていたが、筋肉の付きにくい性質なのか体の厚みは一向につかないのだった。
エミールがファルケンをじろりと睨むと、一度離れた彼の手がまた近づいてきて、硬いてのひらが頬を撫でる。
格子越しに、視線が合った。
大人びた、精悍な顔立ち。それを無言で見つめ返すと、頬にあるてのひらがしずかに動いた。
「ここを出るからって、村を出るわけじゃないだろ」
宥める声音が聞き分けのない子どもに話しかけるようで、エミールは唇を噛んだ。
「わかんないだろ、それは」
「なんで。どこにも宛てのない俺がこの村以外にどこへ行くと思ってんだおまえは」
エミールの不安をファルケンは軽く笑い飛ばしたけれど、そんなことはわからない、とエミールは思う。
身体能力が高く、頭も切れるファルケン。
彼のはその名の通り『鷹』のようで。
その気になれば遠いところまで飛んでいけるのだろう。
ファルケンがそうと言わないだけで、もしかしたらもう、アダムからの声がかかっているのかもしれない。冬になれば彼は、王都へ行ってしまうのかもしれない。
ファルケンが孤児院のことを気にかけているのはわかっている。ファルケンはエミールと一緒にここで育った。捨てられた子どもたちで身を寄せ合って暮らしてきた。その繋がりを断ち切れないから、彼はこんな片田舎で窮屈そうに過ごしているのだ。
でも、十八を過ぎて孤児院を出てしまえば、いずれファルケンは知るだろう。
自分は自由だと。
知ってしまうだろう。
それが怖い。孤児院に保護されてからずっと、ファルケンとは一緒だった。だから離れるのが怖い。
他にも十八歳になって孤児院を出て行った人間は幾人も居た。そのときももちろんさびしかったが……ここまで寄る辺ない気持ちにはならなかったように思う。
依存しているのだろうか。ファルケンに。これまで寄りかかりすぎていたのだろうか……。
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