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1・ヴローム村

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 エミールの故郷はサーリーク王国の西の端、隣国オシュトロークとの国境に位置する、ヴロームという小さな田舎の村だった。

 親は居ない。生まれてすぐに林道に捨てられていたと聞いている。

 捨てたのは恐らくオシュトロークの人間だ。林道に沿って築かれた国防壁の向こう側から、赤子の入った籠をこちら側へと落とされる。ヴロームの住人にとってそれはことさら珍しいことでもなかった。

 オシュトロークは国政が荒れ、地方へ行けば行くほど貧しくなると聞く。対して、石壁一枚を隔てた先のサーリーク王国は『豊穣の国』として有名だ。
 オシュトロークの住民たちは、おのれらが口減らしのために捨てた赤子を、サーリーク王国ならば保護してくれるだろうと考えたのだろうか。
 いつしかヴローム村の林道には、ゴミのように捨てられる赤子の姿が見られるようになっていた。

 国防壁は大人の背丈よりも高い。いくら籠に緩衝用の布を敷き詰めたとしても、その高さから落とされては赤子のいのちの保証はなかった。
 しかしオシュトロークに残ればどの道死ぬしかないいのちだ。
 自分の手で殺したくはないという親心なのか、それとも遺体の埋葬が面倒なだけなのか、はたまたサーリークならば我が子を保護してくれるだろうという一縷の望みに懸けているのか……赤子の籠は向こう側から度々落とされ続けた。

 エミールはその中のひとりだ。
 ちょうど、林道に落ち葉が積もる時期だった。枯れ葉がクッションとなり、奇跡的に怪我ひとつ負うことなく籠の中で泣き声をあげていたところを、国防壁を巡回していたヴローム村の自警団に保護された。
 そのまま孤児院に預けられたエミールは、今年で十五の歳を迎える。

 孤児院にはいま、二十三名が暮らしている。
 下は一歳、上は十八歳。院で保護を受けることができるのは成人(サーリーク王国ではそれを十七歳と定めている)とみなされた翌年の、十八歳まで。それまでに仕事を見つけて出ていかなければならないという決まりだ。

 ヴローム村はのどかな農村で、国内や他国で商売になるような名産品などは特段なかったが、しかし貧しくもなかった。村の住民たちは皆温厚でやさしく、エミールの暮らす孤児院も、村民の寄付と、院を出てひとり立ちをしていった『卒院生』たちの寄付で賄われている。

 十八で孤児院から巣立った者たちは、村に残る者も居れば、王都に出て仕事に就く者も居る。
 王都での仕事の斡旋は、主にアダムという男が担っていた。

 アダムに連れられて辻馬車に乗り込んでゆく卒院生たちの背中は、どれも王都への夢と希望に溢れていた。エミールはそれをすこしのさびしさとともに見送った。

 王都へと旅立った後、半月ほどで村に戻ってきたアダムは、卒院生たちからだと言って孤児院に金銭と食料を寄付してくれるのだった。

「王都は働き口がたくさんあるんだよ。国王がこの国を良く治めてくれているからね。治安もいいし雇用主も皆気前が良く気風もいい。きみも十八になったら連れて行ってあげようね」

 アダムは笑いながらそう言って、エミールの頭を撫でた。

 十八まで、あと三年。
 エミールは昼食の鍋をかきまぜながら、憂鬱な溜め息を漏らした。背中では最年少のミアがすやすやと眠っている。

「なんだその顔は」

 不意に声が掛かって、エミールは鍋からハッと顔を上げた。
 流しの向こうの換気窓から、日に焼けた青年がこちらを覗いていた。

「ルー」

 エミールが幼いころからの呼び名を口にすると、ファルケンが軽く眉を寄せた。

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