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閑話休題
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「それで、どうだった?」
戯言はさて置いて、クラウスは改まった口調で切り出した。
ロンバードもすぐに真顔になり、顎をさすった。
エミール同様、ヴローム村から王城へ連れてきたもうひとりの人物への聴取を粗方終えていた部下は、知り得た内容を完結に報告してくる。
右目に傷を負いながらも裸馬でクラウスたちを追走してきた男の名は、ファルケン。村の住人に相違なく、孤児院で育った彼も、他の子どもたちと同じく『オシュトローク側から落とされた赤子』だということだった。
「例の件についてはどうだ。なにか知っていたか?」
クラウスの問いに、ロンバードが軽く肩を竦めた。
「詳細はなにも。ですが、『あっち側』の人間ではなさそうですよ」
「おまえの勘か?」
「ですね」
「信じよう」
クラウスは腕を組み、ひとさし指で肘の辺りをトントンと叩いた。
「思わぬ騒動に巻き込まれたとはいえ、収穫が少なすぎるな」
「そりゃあ誰かさんがオメガに腰砕けになって、戦線離脱しましたからねぇ」
「……」
遠慮のない部下をじっとりと睨みつけると、ロンバードが片頬に苦笑を刷いた。
「まぁ収穫はこれからでしょうよ。手ぶらで帰ってきたわけじゃねぇんだし」
「だが主犯を捕らえるには至ってない」
「タイミングが悪かったですねぇ」
タイミング、とロンバードは言うが、そうではないのだろう。
クラウスの小隊が遠征するという情報が、どのルートからか漏れたのだ。そこを突き詰めなければ、いたちごっこは終わらない。
いつまでも愚図愚図してはいられない。クラウスはおのれの目的を果たすため、最速で『騎士団団長』の地位に上り詰めなければならないのだから。
「ロンバード」
「はい」
「ファルケンに会えるか」
片目を失い、病床に伏しているだろう男の名を告げると、ロンバードがあっさりと頷いた。
「もうピンピンしてます」
「タフだな。さすがアルファだ」
「うわ。やっぱりアルファなんですか。そうじゃねぇかと思ってた」
ロンバードはベータだ。ベータの鼻はアルファやオメガの発するフェロモン香をあまり感知しない。ヒート時のオメガの誘惑香はさすがにベータにも効くようだが、常態であれば匂いでバース性を判断することはできないのだった。
対するクラウスらアルファは、匂いに敏感だ。
特に、『オメガについた他のアルファの匂い』はどれほど些細なものであろうとも逃すことはない。
ゆるしがたいほど濃厚に、エミールにまとわりついていたアルファの匂い。あれはファルケンの誘発香で間違いないだろう。
エミールとどういう間柄なのか。それを確かめなければならない。
内心でそう決めたクラウスのこころを読んだかのようなタイミングで、ロンバードの野太い声が釘を刺してきた。
「奴に会うのは村の内情を知るためですよね?」
「…………そうだな」
「頼みますよ隊長~。こちとらアンタの『目的』のために動いてんですからね! 色ボケすんのはすべて成し遂げてからにしてくださいよ!」
口うるさい部下の小言に、クラウスは小さく鼻を鳴らした。正論なので返す言葉もない。
ロンバードの茶色い瞳が、じっとりとこちらを睨んでいる。視線の圧がすごい。さすが、無双の二つ名を持つ騎士だ。
「わかった。わかってる。大丈夫だ」
「本当ですかぁ?」
「私とて、おのれの運命に出会えたからと言って浮かれている場合でないことは重々承知している」
「それならいいですけど。ってかマジで運命だかなんだか知りませんが、勢い余って求婚とかせんでくださいよ! 出会って数日のオメガに跪く隊長とか見たくないですからね!」
「わかったと言ってるだろう」
クラウスはうんざりと溜め息を噛み殺し、懐疑的なロンバードの視線から逃れるように足早に部屋を出た。
ロンバードは大股でクラウスを追い越し、ファルケンの療養する部屋まで先導に立つ。
「いいですか、オメガの話はなしですからね。ヴローム村の情報を得るだけ。わかってますね?」
歩きながらも口うるさく注意をしてくる大男に、クラウスはしかと頷きを返した。
だが、ロンバードが開いた扉から中へ入り、寝台で上体を起こしている隻眼の青年を見るなりの第一声が、
「エミールとはどういう関係だ」
だったのだから、忠実なる右腕は頭を抱えて天井を仰ぐ羽目になった。
おまけにその後、エミールとファルケンを会わせた際に、大真面目な顔で求婚の言葉を口にして、あまつさえ膝までつこうとしたのだから、ロンバードは主の奇行を慌てて止めたのだった。
後日ロンバードは言ったものだ。
「運命のオメガを前にしたアルファの知能があんなに低くなるなんて、俺ぁ初めて知りましたよ」、と。
戯言はさて置いて、クラウスは改まった口調で切り出した。
ロンバードもすぐに真顔になり、顎をさすった。
エミール同様、ヴローム村から王城へ連れてきたもうひとりの人物への聴取を粗方終えていた部下は、知り得た内容を完結に報告してくる。
右目に傷を負いながらも裸馬でクラウスたちを追走してきた男の名は、ファルケン。村の住人に相違なく、孤児院で育った彼も、他の子どもたちと同じく『オシュトローク側から落とされた赤子』だということだった。
「例の件についてはどうだ。なにか知っていたか?」
クラウスの問いに、ロンバードが軽く肩を竦めた。
「詳細はなにも。ですが、『あっち側』の人間ではなさそうですよ」
「おまえの勘か?」
「ですね」
「信じよう」
クラウスは腕を組み、ひとさし指で肘の辺りをトントンと叩いた。
「思わぬ騒動に巻き込まれたとはいえ、収穫が少なすぎるな」
「そりゃあ誰かさんがオメガに腰砕けになって、戦線離脱しましたからねぇ」
「……」
遠慮のない部下をじっとりと睨みつけると、ロンバードが片頬に苦笑を刷いた。
「まぁ収穫はこれからでしょうよ。手ぶらで帰ってきたわけじゃねぇんだし」
「だが主犯を捕らえるには至ってない」
「タイミングが悪かったですねぇ」
タイミング、とロンバードは言うが、そうではないのだろう。
クラウスの小隊が遠征するという情報が、どのルートからか漏れたのだ。そこを突き詰めなければ、いたちごっこは終わらない。
いつまでも愚図愚図してはいられない。クラウスはおのれの目的を果たすため、最速で『騎士団団長』の地位に上り詰めなければならないのだから。
「ロンバード」
「はい」
「ファルケンに会えるか」
片目を失い、病床に伏しているだろう男の名を告げると、ロンバードがあっさりと頷いた。
「もうピンピンしてます」
「タフだな。さすがアルファだ」
「うわ。やっぱりアルファなんですか。そうじゃねぇかと思ってた」
ロンバードはベータだ。ベータの鼻はアルファやオメガの発するフェロモン香をあまり感知しない。ヒート時のオメガの誘惑香はさすがにベータにも効くようだが、常態であれば匂いでバース性を判断することはできないのだった。
対するクラウスらアルファは、匂いに敏感だ。
特に、『オメガについた他のアルファの匂い』はどれほど些細なものであろうとも逃すことはない。
ゆるしがたいほど濃厚に、エミールにまとわりついていたアルファの匂い。あれはファルケンの誘発香で間違いないだろう。
エミールとどういう間柄なのか。それを確かめなければならない。
内心でそう決めたクラウスのこころを読んだかのようなタイミングで、ロンバードの野太い声が釘を刺してきた。
「奴に会うのは村の内情を知るためですよね?」
「…………そうだな」
「頼みますよ隊長~。こちとらアンタの『目的』のために動いてんですからね! 色ボケすんのはすべて成し遂げてからにしてくださいよ!」
口うるさい部下の小言に、クラウスは小さく鼻を鳴らした。正論なので返す言葉もない。
ロンバードの茶色い瞳が、じっとりとこちらを睨んでいる。視線の圧がすごい。さすが、無双の二つ名を持つ騎士だ。
「わかった。わかってる。大丈夫だ」
「本当ですかぁ?」
「私とて、おのれの運命に出会えたからと言って浮かれている場合でないことは重々承知している」
「それならいいですけど。ってかマジで運命だかなんだか知りませんが、勢い余って求婚とかせんでくださいよ! 出会って数日のオメガに跪く隊長とか見たくないですからね!」
「わかったと言ってるだろう」
クラウスはうんざりと溜め息を噛み殺し、懐疑的なロンバードの視線から逃れるように足早に部屋を出た。
ロンバードは大股でクラウスを追い越し、ファルケンの療養する部屋まで先導に立つ。
「いいですか、オメガの話はなしですからね。ヴローム村の情報を得るだけ。わかってますね?」
歩きながらも口うるさく注意をしてくる大男に、クラウスはしかと頷きを返した。
だが、ロンバードが開いた扉から中へ入り、寝台で上体を起こしている隻眼の青年を見るなりの第一声が、
「エミールとはどういう関係だ」
だったのだから、忠実なる右腕は頭を抱えて天井を仰ぐ羽目になった。
おまけにその後、エミールとファルケンを会わせた際に、大真面目な顔で求婚の言葉を口にして、あまつさえ膝までつこうとしたのだから、ロンバードは主の奇行を慌てて止めたのだった。
後日ロンバードは言ったものだ。
「運命のオメガを前にしたアルファの知能があんなに低くなるなんて、俺ぁ初めて知りましたよ」、と。
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