騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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閑話休題

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「彼は私の運命だ」

 クラウスが大真面目にそう言うと、ロンバードが半眼になって呆れたように溜め息をこぼした。
 場所は王城の居塔の一室である。主に公務や視察などで国を訪れる要人のための部屋には、いま、クラウスのオメガが眠っている。その続き部屋で、クラウスはロンバードと膝を突き合わせていた。

「アンタまさか意識のない相手を襲ったりしてないでしょうね」

 部下から疑いの眼差しを向けられ、クラウスは眉間にしわを作った。

「私を鉄の理性だと言ったのはおまえだろう」
「いや、そのはずだったんですけどねぇ……。不愛想で鉄面皮で絶世の美女にもどんなオメガにも靡かない孤高の王子、つってね」
「なんだそれは。クローディア嬢の言葉か?」
「ディアが王城ここで仕入れてきた、貴族のお嬢さん方の噂話の内容ですよ」

 クローディアというのはロンバードの妻だ。貴族階級のお嬢様だった彼女は騎士団の任務に就いていたロンバードに一目惚れし、王城へ日参しては、なぜかクラウスにあの男を紹介しろと訴えてきた。

 昼に夜にクローディアの襲撃を受けたクラウスが根負けし、おのれの平穏を取り戻すため部下の身柄を差し出したのだが、ロンバードの方も満更ではなかったようで二人はとんとん拍子に交際を深めていった。
 しかしクローディアの両親から、いかに騎士といえど平民出身では家柄が釣り合わないと物言いが入り、それを聞いたクローディアはさっさと家を捨ててロンバードの嫁になったのだから、彼女の行動力には脱帽するしかない。

 因みにロンバードとクローディアの間には三年前にテオバルドという名の男子が誕生している。

 妻の聞いてきた噂話をクラウスに教えた男は、顎をさすりながらまじまじとこちらを眺め、軽く首を捻った。

「アンタの無表情が崩れるのは、可愛い可愛い弟君を相手にしてるときだけだと思ってましたが……まさかオメガ相手にねぇ……」
「ユーリが可愛いのはその通りだが、私のオメガを軽々しくオメガと呼ぶなよ」

 クラウスが十五歳歳の離れた弟、ユリウスを溺愛していることは周知の事実である。兄のマリウスと競うようにユリウスの世話を焼いていたら、母のアンネリーゼから「あなた方はしばらくユリウスから離れておきなさい」と接触禁止令が出たほど、それはもう目に入れても痛くない勢いで可愛がっている。 

 しかし当然のことながら、弟を愛しく思う気持ちと、王城へ連れてきたオメガに対する気持ちはまったく違っていた。

 ユリウスの愛らしさは天使かと見紛うほどで、王国中の人間に見せて回りたいぐらいだが、クラウスのオメガの可愛くもうつくしい寝顔はむしろ誰にも見せたくない。誰の目にも触れさせたくないし、彼の甘やかで蕩けるような誘惑香だって誰にも嗅がせたくないのだ。

 クラウスがそう言うと、ロンバードが天井を仰いで、
「メロメロじゃないですか」
 と呟いた。

「俺はベータなんでアルファの習性なんざ知らねぇですが、出会ってまだ五日で、しかもろくに口も利いたことない相手をそれほどいとしく思えるもんですかねぇ?」

 懐疑のこもった声で尋ねられ、クラウスは片眉を跳ね上げた。

 あのとき。駆け込んだ厩舎で彼の匂いを嗅いだ瞬間、おのれのオメガだと強く惹きつけられた。その感覚を言葉で説明するのは難しい。だが、誘惑香だけに惹かれたわけではない。
 クラウスは両のてのひらを見つめ、皮膚に残るオメガのぬくもりを思い出していた。

 王城へ連れ帰ったオメガは、ぐったりと目を閉じ、眠り続けていた。
 馬車を乗り継ぎ、昼夜問わず走り続けたのだ。横たわれるほど広い馬車だったとはいえ、慣れない抑制剤を打たれたことと相まって、体力を奪われたことだろう。

 寝台に寝かせて体を清め、ゆったりとした部屋着に着替えさせた。誰にも手伝わせなかった。クラウスがおのれの手で、すべてを行った。
 目が開いているときは食事を手ずから食べさせた。流動食やゼリーを匙に乗せ、口元まで運んでやると、小鳥のようにそれを啄んだ。可愛かった。

 使用している抑制剤には、鎮静作用のある薬剤も混ぜられている。そのせいで終日ぼんやりとしていた彼は、けれど薬が切れてくると秘部から淫液を溢れさせて、クラウスを欲してきた。
 触って、挿れて、と泣きながら乞うてくるオメガの姿に、何度理性が焼き切れそうになったことか。

 クラウスは歯を食いしばりながら、彼の腕に抑制剤を注射し、おのれの腕にもアルファ用の抑制剤を打った。飲み薬では到底抑えきれないほどの、恐ろしいまでの劣情が全身を駆け巡っていた。

 オメガのヒートに煽られて無様な姿をさらさぬようにと、王族や貴族、騎士団のアルファたちは皆、オメガのヒートに耐える訓練を受けている。それがまったく役に立たないのだから、いっそ笑いたくなった。

 このオメガをおのれのものにしたい、という欲望の波が引き、理性が戻ってくるにしたがって、オメガの下腹部の熱も引いてゆき、とろとろとした眠りにつき始める。
 彼が完全に眠りに落ちるまで、クラウスはずっと、その肢体を抱きしめ、やわらかな髪を撫で続けた。

「……て、きもち、いい」

 ぽつり、とオメガが夢うつつの口調で呟いた。
 それから鼻をすんと鳴らして、
「いいにおい」
 と続ける。その言葉に、声に、吐息に、首元に頬ずりをする仕草に、歓喜が全身を貫くようだった。

「きみもいい匂いがしている」

 指で濃い蜂蜜色の髪を梳きながら答えると、オメガがほろりと笑った。

「うれしい」
「私も、嬉しい。きみの名前を教えてくれ。呼びたい」
「なまえ……」

 小さなあくびをした彼の目元に滲む涙を、親指の腹でそっと拭う。

「え、る……えみーる」
「エミール」

 噛み締めるようにして、告げられた名を呼んだ。エミール。エミール!
 なんという甘美な響き。クラウスは喜びに胸を震わせながら、自身も名乗った。

「私はクラウスだ」
「くら、す……」
「クラウス。呼びにくければ好きに呼んでいい」

 眠気に支配されているオメガ……エミールはもう会話をしっかり理解するだけの思考を保つのが難しいようだった。
 やさしい飴色の瞳を閉じながら、唇を重たげに動かした。

「……くらうす。……らす」
「それはあだ名か?」
「ん……らす。よびやすい、から」
「そうか」

 ラス。おのれのオメガから賜る名はこれほどに特別な響きになるのか。

 初めて覚える鮮烈な感情に、クラウスは感極まり、衝動的にエミールにキスをしたくなったが、抑制剤が仕事をしてくれたおかげで理性が残っており、すんでで堪えることができた。

 やがて深い寝息を立て始めた彼を、名残を惜しみながらも腕から離して寝台に横たえ、淫液で濡れた服を着替えさせて下腹部を拭き清めた。可愛らしい性器はなるべく見ないようにして、無心で手を動かす。
 新しい下着を履かせるかどうかすこし迷ったが、抑制剤が切れるとまた汚れてしまうだろうから、発情期が終わるまでは室内着のみで良いと判断した。


 もうすこし彼の寝顔を見ていたかったが、ロンバードが報告に来たためやむなく部屋を出て、こうしてまったく可愛くないむさくるしい男と顔を突き合わせているわけだが、先ほどのエミールの可愛さに思いを馳せていると、ロンバードが「うへぇ」と呻くのが聞こえた。

「隊長のそんな緩んだ顔、マジで弟君の前以外で初めて見ましたよ。隊の連中がビビるから、外ではいつもの顔に戻してくださいよ。つーか、ほんとマジで手順すっ飛ばして求婚とかせんでくださいよ。アンタは暴走しそうで怖いんですわ。アンタがあのオメガのことを運命って思ってるのはわかってますが、まずは調査ですからね。仮にも一国の王子が身元の不確かな平民に跪いて求婚とか、マジでないですからね!」

「……おまえは本当に口うるさい」

 怒涛のダメ出しにクラウスが不機嫌に眉を寄せて言い返すと、遠慮知らずの部下は、
「そうそうその顔。その仏頂面がいつもの隊長だわ」
 と無礼な言葉を放って笑った。
 
 
    
 
 
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