騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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閑話休題

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 ヴローム村で盗賊団を制圧したのち、クラウスは眠り続けるオメガを体の前で抱いて馬上のひととなり、ひと足先に王城への帰途についていた。先行した早馬に、次の町で馬車を用意させている。かわいそうだがそこに着くまでは舌を噛まないよう急ごしらえの猿ぐつわをオメガの口に咥えさせていた。

 クラウスに並走するのはロンバードだ。鍛えられた軍馬の足は速く、可能な限りのスピードで馬を駆りながらもクラウスは、腕の中の華奢な体になるべく振動が行かぬよう、細心の注意を払っていた。

「隊長」

 馬身を並べたロンバードが、クラウスを呼んだ。クラウスはわかっていると頷きを返す。
 大胆にも二人の後をつけてきている者が居る。
 取り返しに来たのか。このオメガを。

「捕らえて吐かせろ」

 クラウスの命令に、「承知」と短く応えたロンバードが直後に馬首を巡らせた。

 このロンバードという男は平民出身だが、剣技を始め体術や膂力りょりょくには目を見張るものがあり、従士の入団試験で抜きんでた彼の能力を評価した団長自らが、おのれの隊に勧誘した、という逸話を持つ。

 クラウスよりも五歳年嵩だが、入団の時期は同じだった。クラウスは第二王子という身分上、所属当初より齢十五でありながら、団長率いる第一騎士団の小隊長という地位を与えられていた。そこでロンバードの有能ぶりを目の当たりにし、おのれの右腕として取り立てたのだった。
 そのときついでに彼の身分を従士から騎士に引き上げたのだが、これについてはなぜかロンバード当人からめちゃくちゃ文句を言われた。

 平民が騎士とかありえねぇでしょ、というのが彼の主張だったが、クラウスは、
「能力のある者を相応の地位に就けてなにが悪い。当分は周りが騒がしいだろうが、結果を出せばそのうち皆黙る。いいか、おまえも私と同じだ。与えられた役割が、分相応かどうか。私たちは常に試されている。足を引っ張られ転落するのを、いまかいまかと待っている者も居る。私は、そういうやからを喜ばせるだけの存在に成り下がる気はない」
 そう答えてロンバードを黙らせた。

 クラウスには二歳年上の兄が居る。王太子マリウスだ。
 兄は将来、父の跡を継いでこの国の王となるだろう。対するクラウスは騎士団に入る道を選んだ。クラウスにはクラウスの目的がある。第二王子だからと言ってお飾りの隊長に収まる気はさらさらなかった。

「ロンバード。私は必ず、騎士団の長になる。死ぬ気でついて来い。この私に」

 たかだが十五歳の子どもの宣言を、ロンバードがどう捉えたかはわからない。
 しかしこの日を境に、クラウスの右側には常にこの男が付き従うこととなった。

 そのクラウスの右腕が、クラウスの命令を遂行するため、追跡者へと馬を向けた。
 クラウスは馬脚を緩め、腕の中のオメガに負担がかからないようゆっくり後方へと向きを変えた。

 ロンバードの片マントペリースが広がる。木々の間に馬のいななきが響いた。追跡者はロンバードによって落馬し、地面に取り押さえられたようだった。
 手綱を引き騎馬したまま近づいてゆくと、騎乗する人間を失くし、逃げてゆく馬が見えた。鞍やあぶみのない、裸馬だ。クラウスは驚いた。全速力ではなかったとはいえ、クラウスたちの軍馬に裸馬で追いついてきたのか。

 どんな人物が馬を駆っていたのか。俄かに興味を覚え、ロンバードが押さえつけている相手に目を向けた、そのとき。

「隊長っ!」

 ロンバードの声が鋭く放たれた。
 クラウスは身じろぎせず、飛んできたナイフを視線だけで追った。
 刃先が、首筋からわずかに逸れて、空を切った。

「問題ない。誰だ。『仲介人』か?」
「いや、それが……」

 クラウスの問いかけにロンバードが困ったように眉を寄せる。男の下でもがいているのは、茶色のマントを纏った……クラウスとさほど歳の変わらぬ青年だった。

 青年の有様を見て、クラウスはまた驚いた。右目が深く傷つき、出血していたのだ。

 隻眼で馬を駆り、クラウス目掛けてナイフを投げたのか。いい腕だな、と素直に感服する。

 青年の、鷹のような金茶の左目がぎょろりと動き、叫んだ。

「エルを放せっ! どこへ連れて行くつもりだっ!」

 ロンバードに押さえられ、荒い息を吐きながらも彼は、激しいまでの敵意をこちらへ向けていた。
 エル、というのはこのオメガのことか、とクラウスは睡眠薬で眠り続けるきれいな寝顔に眼差しを落とした。

「売るつもりか! オメガを!」

 隻眼の青年の怒声が、クラウスの耳を打った。
 クラウスは改めて、地面に伏している彼を見た。

「なにかを知っているな」

 クラウスの呟きに、ロンバードが同意の頷きを送ってくる。
 クラウスは愛馬の足を数歩進め、右目から血を流している青年のすぐ正面につけた。

「サーリーク王国騎士団第一小隊隊長の、クラウス・ツヴァイテ・ミュラーだ」
「……ミュラー……本物の、騎士団……?」

 青年が乾いた唇で茫然と呟き、もたげていた頭をがくりと落とした。
 ロンバードがすぐに仰向けに寝かせ、呼吸と脈を確認する。

「気絶してます。目は……こりゃダメですね。眼球まで行ってら」
「おまえの馬に乗せてやれ」
「連れて行くんですか?」
「置いていくわけにはいかないだろう」

 クラウスの返事に、ロンバードが短髪の頭を掻きながらうへぇと顔を歪めた。

 馬車を手配している町まではまだ距離がある。面倒くさいと思っていることを隠しもしない態度で、ロンバードが荷物の梱包をするように、おのれの片マントペリースを使って青年の四肢を器用にくるんだ。

「ロン。応急手当もしてやれ」

 馬上から指示をとばすと、「へぇへぇ」と投げやりな声が返ってくる。
 血止めの軟膏を塗ったガーゼを当て、包帯を巻いてゆく手付きはよどみがない。

「ロン、気づいたか?」
「なににです?」
「それは野盗どもにつけられた傷だろう。片目を失ったにも関わらず、馬上から放ったナイフの軌道は、ほぼ正確だった」

 しかも裸馬だ。かなり腕が立つに違いない。

「万全の状態であったなら、こうも簡単には掴まらなかっただろう」

 クラウスの呟きに、ロンバードが「御冗談を」と笑った。

「この野郎がどんな状態だって、とっ捕まえてやりましたよ。俺がアンタの命令を遂行できなかったことがありますかね? 我が君マイン・ヘル

 確かにその通りだ。ロンバードはこの五年、クラウスの忠実なる右腕として充分な働きを見せている。そしてこれからも見せるだろう。 

 右目の処置を終えたロンバードは、太い両腕に青年を抱きあげ、馬の鞍に腹ばいになる形で乗せた。そして横目でクラウスを流し見て、答えのわかりきった質問を声に出した。

「隊長、一応聞きますが、この男とそのひとを交換するってのは」
「却下だ」

 切り捨てる口調で返すと、男は逞しい肩を竦め、おのれの馬の首を撫でた。

「重くて悪いが、頑張ってくれや」

 栗毛の馬は、仕方ないわねとばかりにブルルルと鼻を鳴らした。
 

  
  
 
 
 
 
 
   
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