騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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2・王城にて

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 運命のつがい。
 その言葉とともにエミールは、サーリーク王国でのオメガの位置づけを教えてもらった。

 曰く、運命のつがいとは一度出会ってしまえば二度とは離れられないほど強烈に惹かれ合う、魂の結びつきを持つアルファとオメガのことだという。
 そしてサーリーク王国では、希少なオメガ性を持つ者を国の宝とし、つがいを持つまでは手厚く保護されるらしい(つがって以降はその相手に保護の義務が課せられるとのことだ)。

 それは、教本に書かれていた内容とあまりに違っていて、やはり自分は騙されているのではないかとエミールの中で再び猜疑心が膨らんできた。

 バース性に対する知識は乏しいながらもエミールは、オメガというのは最弱の第二性で、底辺に位置するものだという認識であった。事実、ヴローム村の教本ではそのように記されていた。

 エミールがそう言うと、クラウスが背筋を俄かに引き締めて、不機嫌な空気を漂わせた。

「エミール。きみの村には学舎があるのか」
「学舎というか、孤児院の一室を教室にして、大人たちが代わる代わる文字や算術を教えに来てくれました」
「教本はどうしていた?」
「孤児院にあるものを使っていました」
「古いものをずっと使いまわしていたのか?」

 なにが聞きたいのだろうと思いつつ、エミールは首を横に振る。

「使いまわすものも勿論ありましたが、定期的に新しいものに入れ替えてもらってます」

 エミールの返事を聞いたクラウスが、顎先に指を当て、蒼い瞳にエミールを映した。

「それは誰が入れ替える?」
「え……誰がって……」

 エミールはすこし肩を引き、隣のファルケンに目をやった。
 ファルケンが小さな頷きを返してくる。素直に話せということか。なにを探られているのかわからないままに、エミールはファルケンに促されて口を開いた。

「孤児院に出入りする大人はたくさん居て……ああ、でも、教本を買ってきてくれるのは主にアダムでした。彼は、定期的に王都へ行ってたから」

 ヴローム村はサーリーク王国の西の端、隣国オシュトロークとの境に位置する、辺鄙な田舎村だ。だから外の人間との交流はほとんどない。村の住人も外へ出る機会は乏しかったが、アダムだけは一年の内の数か月、王都へと出かけるのが常だった。

「アダム」

 その名を口にして、クラウスがロンバードに目配せをする。ロンバードが片眉を上げてそれに応じた。

「あの、アダムが、なにか?」
「いや。ではきみのオメガに関する知識は、そのアダムという男が持ってきた本から得ていたというわけだな」
「……はい」
「オメガは卑しい底辺の存在だと?」
「そう記されていましたから」
「そんな悪書は燃やしてしまえ」

 クラウスが不快感も露わに吐き捨てた。
 なぜオメガでもない彼がそれほどに怒りを覚えるのか。

「バース性の教本は多分その一冊のみでした。それに、教本があったというだけで、大人たちからアルファやオメガの話を聞いたことはなかったですし」

 ヴローム村での教育が悪いと言われている気がして、エミールは早口で補足した。
 確かに王都の学舎のような高度な教育は受けていないが、劣っているとは思われたくない。王都の孤児院に移ったという子どもたちのことが俄かに心配になってきた。田舎村の出身で肩身の狭い思いをしているのではないか。頭が悪いといじめられているのではないか。
 いますぐにでも子どもたちのところへ行きたいと思ったが、クラウスの話はまだ終わりではなかった。

「きみのオメガに関する知識が浅く偏っていることはわかった」
「でもそれで困ることはありませんでした」
「それは過去の話だろう。いまのきみはオメガだ。そしてオメガは我が国の宝として保護される」

 一度言葉を切ったクラウスが、蒼い瞳でひたとエミールを見つめ、告げてきた。

「エミール。今日からきみはこの王城で、私の庇護下に入ることになる」
「はぁ? なんでそうなるんです」
「きみがオメガで、そして私の運命だからだ」
「お断りします。ルー、行こう」

 エミールはさっさと立ち上がり、ファルケンの腕を引っ張った。ファルケンの指先がピクっと動いた。

「だからその殺気……」

 はぁ、と溜め息をこぼしたファルケンが、エミールの手をほどいてソファを二度叩き、座るように促してくる。

「エル、落ち着け。俺は、そのひとの言う通りにした方がいいと思う」
「なんでっ!」

 村の大人たちと対等に渡り合っていたファルケンが、まさか身分や権力におもねるのかとエミールは気色ばんだが、幼馴染は飄々とした態度で指を一本ずつ立ててゆく。

「ひとつ、おまえはオメガになったばかりでまだ不安定だ。ひとつ、いまは村には帰れない。ここを出て行ったとして、俺たちに行く当てはない。ひとつ、チビどもの面倒も見てもらう必要がある。それに俺たちには金もないし仕事もない。クラウス王子の申し出を受けて、保護してもらうのが一番いい」

 冷静にいまの状況を分析したファルケンに、エミールは反論することもできずに唇を噛んだ。
 押し黙ったエミールにダメ押しするように、ファルケンが言葉を足す。

「もうひとつ。おまえを運命のつがいと言う王子が、おまえに害を成すことはない。ここが一番安全だ」

 エミールはファルケンを睨みつけた。

「安全ってなんだよ」
「言葉通りの意味だ。エル。俺やチビたちが路頭に迷わないように、上手く王子の気を引いてくれ」

 ひそひそと囁かれた内容に、エミールは眉をしかめた。
 その言い方は卑怯だ。そんなふうに言われて、エミールが断れるわけがない。

「エル。頼む」

 ダメ押しのように、ファルケンが片手を立て、エミールを拝んだ。
 どの道ファルケンの言う通りだ、と思う気持ちもあった。帰る村もなく貯金もない自分たちが生きてゆくためには、いまは誰かの庇護が要る。

「……わかりました。しばらくの間、お世話になります」

 エミールは渋々、クラウスへと頭を下げた。

「礼をとる必要はない。きみをまもるのは私の役目だ」
「他の子どもたちもまもってください」
「無論、そうしよう」
「あと、ファルケンも」
「……承知した」

 クラウスが重々しく頷いた。隣でファルケンの指先がまたピクリと動いた。
 エミールには察知できない、殺気とやらをまた感じとったのか。そんな物騒な男の下が安全だなんて、なぜそんなことをファルケンは思ったのだろう。

 不思議に思いながらエミールは、黒衣の男を改めて見つめた。
 騎士団の紋章の入った黒い制服は、クラウスの端正な美貌を引き立たせるための衣装のようにも見えた。
 盾と剣、そして軍神フォルスが騎乗していたという天馬をモチーフにした紋章。それを眺めていたら、ふと、見失っていた疑問を思い出した。

 
 国境沿いとはいえ特段重要な土地でもない、田舎の小さな村に、なぜ。

 エミールがそれを問おうと口を開きかける前に、クラウスが先に言葉を発していた。

「私からも、ひとつ」

 彼はひどく真面目な顔つきで、ひどく真剣な声音で、切り出した。

「エミール。私と結婚してくれ」

 この突然の求婚には、エミールのみならずロンバードもぎょっとしたように飛び上がった。

「隊長っ! ばっ……こっ……この馬鹿っ!」

 飲み込みきれなかったのだろう。一国の王子を馬鹿呼ばわりした大男は、立ち上がってなにかをしようとしたクラウスを羽交い絞めし、押さえつけた。

「なにしようとしてんですかアンタそれはダメですマジでダメです、せめて調査が終わるまではダメですって!」

 がなりたてるロンバードの声に意識を吹き飛ばされそうになりながら、エミールは、横目でファルケンを睨みつけた。

「ルー。本当に安全なんだろうな?」

 エミールの問いかけに、ファルケンが乾いた笑いだけを返してきた。 



      
 
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