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騎士の帰還
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初めて耳にする話に頭が混乱し、呼吸が苦しくなった。
思わず首元にてのひらを当てた。
自分は……要らない子として捨てられたのだとずっと思っていた。孤児院の子どもたちは皆同じ境遇だったし、ファルケンも居たからさびしくはなかった。でも、親に捨てられたのだという劣等感は、ずっと、エミールのこころのどこかに根づいていた。
だけど、クラウスはそれを違うと言っている。
エミールは、愛ゆえに捨てられたのだと。
「アダムたちは、オメガの出自を隠して、オシュトロークとの売買を続けていた。だが、サーリークがオメガを宝としていることはオシュトローク側も知っている。そのサーリークからなぜ、安定したオメガの供給ができるのか」
疑問に思ったオシュトローク側は、調査を開始した。
アダムら一族は用心深く、中々尻尾を掴ませなかったという。
クラウスたち騎士団も彼の身柄の拘束に手間取ったぐらいだ。アダムたちはオメガの密売をするにあたり、周到に手順を練っていたようである。
「しかし一国を相手に隠しきれるものでもない。やがてヴローム村の存在はオシュトロークの知るところとなる」
オシュトロークは、自国のオメガたちが壁の向こうに赤子を落としていたこと、そしてその赤子がアダムの手によって自国へ売られていたことを知った。
それが約三年前、騎士団がオメガの密売が行われていると知り、ヴローム村に駆け付けるすこし前のことだった。
オシュトローク側は要求した。
アダムが持ち込む『商品』は元はオシュトロークのものである。売買をやめ、孤児院の子どもたちを速やかにオシュトロークへ引き渡せ、と。
アダムはそれを跳ねのけた。
ヴローム村の孤児院で暮らす子どもたちの存在は、国に届け出ていない。つまり、壁の向こうから赤子が落とされていたという事実は、ヴローム村の中でのみ知られていることだ。だからこそアダムは人身売買ができたわけだが、オシュトロークがオメガを買わないというならべつの国と商売をしてもいい、オシュトロークが村から子どもを強奪する暴挙に出るならば子どもの存在はサーリーク王国に届け出る、そうなれば誰もオメガに手が出せないだろう、自分も商売はできなくなるが、奪われるぐらいならばその手段を選ぶ、とアダムはオシュトローク相手にそう豪語した。
「……それで決裂したということですか」
「そうだ。オシュトロークは盗賊団に村を襲わせ、騒動にまぎれてアダムを処分しようとしたんだろう。孤児院の子どもたちも攫おうとしていたのかもしれない。だが、我々が来たため手出しができなかった」
「クラウス様は、村のことは、どこから」
「私に進言してきた貴族が居た」
クラウスは一度大きく息を吐くと、ゆっくりと身を起こし、エミールと向かい合う形で胡坐をかいた。
「ドナースマルク伯だ」
ドナースマルク。王城内でエミールも彼に会ったことがある。豊かな口髭を湛えた、壮健な男だ。エミールを見るといつも慇懃な礼をして、「クラウス殿下によろしくお伝えください」と言ってくる。
「ドナースマルク様が、知っていたんですか? 村のことを?」
「いや……」
クラウスが口元に手を当て、眉間にしわを作った。
「……オレには話せませんか?」
「違う。そうではない。どこから話せばいいか考えている」
「言ってください」
エミールはクラウスの腕に触れた。黒い騎士団の制服。彼がいつもそれを身に纏っているから、エミールの手にもその感触は馴染んでいた。
蒼玉の瞳が、エミールを映して揺らめいた。
「ドナースマルクは騎士団を動かす口実が欲しかった」
「どうしてですか?」
「兄上よりも、私を担ぎたいんだ」
鼓膜に届いた言葉の意味を、二度まばたきをする間に咀嚼する。
マリウスよりも、クラウスを担ぎたい。
それは……。
「それって……」
「そうだ。貴族の中には、次期国王に私を擁立したい派閥がある。兄上ではなく、この私を」
エミールは息を飲んだ。
「だが、私には兄上を抑えるだけの実績がない」
王位継承権は第一子にある。それを覆すには周囲が納得する理由付けが必要だ。
過去には体調面の不安から、継承権が第二子に移ったという前例もあったが、マリウスは頑健であり聡明。継承権をクラウスに変える理由が見当たらない。
だからこそ、国民や貴族たちにクラウスの存在を知らしめるための『なにか』が必要だった。
ドナースマルクはヴローム村の内情をいち早く察知し、クラウスにそれを伝え、騎士団を動かした。
そしてクラウスは、『隣国に売られていた自国のオメガを解放した英雄』の座が与えられたのだ。
「新聞には、立派な煽り文句があっただろう」
「……」
「あれはドナースマルクの演出だ。私はことの仔細の調査はしたが、剣は振るっていない。にも拘わらず、軍神フォルスの再来とは。あれはやりすぎだ」
クラウスが唇の端を引き上げ、苦い笑いを浮かべた。
エミールはかける言葉も見つからず、ただ目の前の凛々しい顔を見つめていた。
ドナースマルクに進言されてクラウスが動いたということは、彼は、争いたいのだろうか。実の兄と? 次期国王の座をかけて?
こくり、と生唾を飲み込んで、エミールは口を開いた。
「……手柄が欲しかったから、オシュトロークへ行ったんですか?」
クラウスが困ったように眉を寄せた。
彼はしばらく黙り込み、思考を整理するように視線を伏せていたが、やがて真っ直ぐにエミールの目を見つめ返して、迷いながら切れ切れに語った。
「エミール。きみに……きみの、親を、見つけられないかと、思って」
思わず首元にてのひらを当てた。
自分は……要らない子として捨てられたのだとずっと思っていた。孤児院の子どもたちは皆同じ境遇だったし、ファルケンも居たからさびしくはなかった。でも、親に捨てられたのだという劣等感は、ずっと、エミールのこころのどこかに根づいていた。
だけど、クラウスはそれを違うと言っている。
エミールは、愛ゆえに捨てられたのだと。
「アダムたちは、オメガの出自を隠して、オシュトロークとの売買を続けていた。だが、サーリークがオメガを宝としていることはオシュトローク側も知っている。そのサーリークからなぜ、安定したオメガの供給ができるのか」
疑問に思ったオシュトローク側は、調査を開始した。
アダムら一族は用心深く、中々尻尾を掴ませなかったという。
クラウスたち騎士団も彼の身柄の拘束に手間取ったぐらいだ。アダムたちはオメガの密売をするにあたり、周到に手順を練っていたようである。
「しかし一国を相手に隠しきれるものでもない。やがてヴローム村の存在はオシュトロークの知るところとなる」
オシュトロークは、自国のオメガたちが壁の向こうに赤子を落としていたこと、そしてその赤子がアダムの手によって自国へ売られていたことを知った。
それが約三年前、騎士団がオメガの密売が行われていると知り、ヴローム村に駆け付けるすこし前のことだった。
オシュトローク側は要求した。
アダムが持ち込む『商品』は元はオシュトロークのものである。売買をやめ、孤児院の子どもたちを速やかにオシュトロークへ引き渡せ、と。
アダムはそれを跳ねのけた。
ヴローム村の孤児院で暮らす子どもたちの存在は、国に届け出ていない。つまり、壁の向こうから赤子が落とされていたという事実は、ヴローム村の中でのみ知られていることだ。だからこそアダムは人身売買ができたわけだが、オシュトロークがオメガを買わないというならべつの国と商売をしてもいい、オシュトロークが村から子どもを強奪する暴挙に出るならば子どもの存在はサーリーク王国に届け出る、そうなれば誰もオメガに手が出せないだろう、自分も商売はできなくなるが、奪われるぐらいならばその手段を選ぶ、とアダムはオシュトローク相手にそう豪語した。
「……それで決裂したということですか」
「そうだ。オシュトロークは盗賊団に村を襲わせ、騒動にまぎれてアダムを処分しようとしたんだろう。孤児院の子どもたちも攫おうとしていたのかもしれない。だが、我々が来たため手出しができなかった」
「クラウス様は、村のことは、どこから」
「私に進言してきた貴族が居た」
クラウスは一度大きく息を吐くと、ゆっくりと身を起こし、エミールと向かい合う形で胡坐をかいた。
「ドナースマルク伯だ」
ドナースマルク。王城内でエミールも彼に会ったことがある。豊かな口髭を湛えた、壮健な男だ。エミールを見るといつも慇懃な礼をして、「クラウス殿下によろしくお伝えください」と言ってくる。
「ドナースマルク様が、知っていたんですか? 村のことを?」
「いや……」
クラウスが口元に手を当て、眉間にしわを作った。
「……オレには話せませんか?」
「違う。そうではない。どこから話せばいいか考えている」
「言ってください」
エミールはクラウスの腕に触れた。黒い騎士団の制服。彼がいつもそれを身に纏っているから、エミールの手にもその感触は馴染んでいた。
蒼玉の瞳が、エミールを映して揺らめいた。
「ドナースマルクは騎士団を動かす口実が欲しかった」
「どうしてですか?」
「兄上よりも、私を担ぎたいんだ」
鼓膜に届いた言葉の意味を、二度まばたきをする間に咀嚼する。
マリウスよりも、クラウスを担ぎたい。
それは……。
「それって……」
「そうだ。貴族の中には、次期国王に私を擁立したい派閥がある。兄上ではなく、この私を」
エミールは息を飲んだ。
「だが、私には兄上を抑えるだけの実績がない」
王位継承権は第一子にある。それを覆すには周囲が納得する理由付けが必要だ。
過去には体調面の不安から、継承権が第二子に移ったという前例もあったが、マリウスは頑健であり聡明。継承権をクラウスに変える理由が見当たらない。
だからこそ、国民や貴族たちにクラウスの存在を知らしめるための『なにか』が必要だった。
ドナースマルクはヴローム村の内情をいち早く察知し、クラウスにそれを伝え、騎士団を動かした。
そしてクラウスは、『隣国に売られていた自国のオメガを解放した英雄』の座が与えられたのだ。
「新聞には、立派な煽り文句があっただろう」
「……」
「あれはドナースマルクの演出だ。私はことの仔細の調査はしたが、剣は振るっていない。にも拘わらず、軍神フォルスの再来とは。あれはやりすぎだ」
クラウスが唇の端を引き上げ、苦い笑いを浮かべた。
エミールはかける言葉も見つからず、ただ目の前の凛々しい顔を見つめていた。
ドナースマルクに進言されてクラウスが動いたということは、彼は、争いたいのだろうか。実の兄と? 次期国王の座をかけて?
こくり、と生唾を飲み込んで、エミールは口を開いた。
「……手柄が欲しかったから、オシュトロークへ行ったんですか?」
クラウスが困ったように眉を寄せた。
彼はしばらく黙り込み、思考を整理するように視線を伏せていたが、やがて真っ直ぐにエミールの目を見つめ返して、迷いながら切れ切れに語った。
「エミール。きみに……きみの、親を、見つけられないかと、思って」
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