騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

文字の大きさ
47 / 127
騎士の帰還

14

しおりを挟む
 初めて耳にする話に頭が混乱し、呼吸が苦しくなった。
 思わず首元にてのひらを当てた。

 自分は……要らない子として捨てられたのだとずっと思っていた。孤児院の子どもたちは皆同じ境遇だったし、ファルケンも居たからさびしくはなかった。でも、親に捨てられたのだという劣等感は、ずっと、エミールのこころのどこかに根づいていた。

 だけど、クラウスはそれを違うと言っている。
 エミールは、愛ゆえに捨てられたのだと。

「アダムたちは、オメガの出自を隠して、オシュトロークとの売買を続けていた。だが、サーリーク我が国がオメガを宝としていることはオシュトローク側も知っている。そのサーリークからなぜ、安定したオメガの供給ができるのか」

 疑問に思ったオシュトローク側は、調査を開始した。
 アダムら一族は用心深く、中々尻尾を掴ませなかったという。
 クラウスたち騎士団も彼の身柄の拘束に手間取ったぐらいだ。アダムたちはオメガの密売をするにあたり、周到に手順を練っていたようである。

「しかし一国を相手に隠しきれるものでもない。やがてヴローム村の存在はオシュトロークの知るところとなる」

 オシュトロークは、自国のオメガたちが壁の向こうに赤子を落としていたこと、そしてその赤子がアダムの手によって自国へ売られていたことを知った。
 それが約三年前、騎士団がオメガの密売が行われていると知り、ヴローム村に駆け付けるすこし前のことだった。

 オシュトローク側は要求した。
 アダムが持ち込む『商品』は元はオシュトロークのものである。売買をやめ、孤児院の子どもたちを速やかにオシュトロークへ引き渡せ、と。

 アダムはそれを跳ねのけた。
 ヴローム村の孤児院で暮らす子どもたちの存在は、国に届け出ていない。つまり、壁の向こうから赤子が落とされていたという事実は、ヴローム村の中でのみ知られていることだ。だからこそアダムは人身売買ができたわけだが、オシュトロークがオメガを買わないというならべつの国と商売をしてもいい、オシュトロークが村から子どもを強奪する暴挙に出るならば子どもの存在はサーリーク王国に届け出る、そうなれば誰もオメガに手が出せないだろう、自分も商売はできなくなるが、奪われるぐらいならばその手段を選ぶ、とアダムはオシュトローク相手にそう豪語した。

「……それで決裂したということですか」
「そうだ。オシュトロークは盗賊団に村を襲わせ、騒動にまぎれてアダムを処分しようとしたんだろう。孤児院の子どもたちも攫おうとしていたのかもしれない。だが、我々が来たため手出しができなかった」
「クラウス様は、村のことは、どこから」
「私に進言してきた貴族が居た」

 クラウスは一度大きく息を吐くと、ゆっくりと身を起こし、エミールと向かい合う形で胡坐をかいた。

「ドナースマルク伯だ」

 ドナースマルク。王城内でエミールも彼に会ったことがある。豊かな口髭を湛えた、壮健な男だ。エミールを見るといつも慇懃な礼をして、「クラウス殿下によろしくお伝えください」と言ってくる。

「ドナースマルク様が、知っていたんですか? 村のことを?」
「いや……」

 クラウスが口元に手を当て、眉間にしわを作った。

「……オレには話せませんか?」
「違う。そうではない。どこから話せばいいか考えている」
「言ってください」

 エミールはクラウスの腕に触れた。黒い騎士団の制服。彼がいつもそれを身に纏っているから、エミールの手にもその感触は馴染んでいた。
 蒼玉の瞳が、エミールを映して揺らめいた。

「ドナースマルクは騎士団を動かす口実が欲しかった」
「どうしてですか?」
「兄上よりも、私を担ぎたいんだ」

 鼓膜に届いた言葉の意味を、二度まばたきをする間に咀嚼する。

 マリウスよりも、クラウスを担ぎたい。
 それは……。

「それって……」

「そうだ。貴族の中には、次期国王に私を擁立したい派閥がある。兄上ではなく、この私を」

 エミールは息を飲んだ。

「だが、私には兄上を抑えるだけの実績がない」

 王位継承権は第一子にある。それを覆すには周囲が納得する理由付けが必要だ。
 過去には体調面の不安から、継承権が第二子に移ったという前例もあったが、マリウスは頑健であり聡明。継承権をクラウスに変える理由が見当たらない。
 だからこそ、国民や貴族たちにクラウスの存在を知らしめるための『なにか』が必要だった。

 ドナースマルクはヴローム村の内情をいち早く察知し、クラウスにそれを伝え、騎士団を動かした。
 そしてクラウスは、『隣国に売られていた自国のオメガを解放した英雄』の座が与えられたのだ。

「新聞には、立派な煽り文句があっただろう」
「……」
「あれはドナースマルクの演出だ。私はことの仔細の調査はしたが、剣は振るっていない。にも拘わらず、軍神フォルスの再来とは。あれはやりすぎだ」

 クラウスが唇の端を引き上げ、苦い笑いを浮かべた。
 エミールはかける言葉も見つからず、ただ目の前の凛々しい顔を見つめていた。

 ドナースマルクに進言されてクラウスが動いたということは、彼は、争いたいのだろうか。実の兄と? 次期国王の座をかけて?

 こくり、と生唾を飲み込んで、エミールは口を開いた。

「……手柄が欲しかったから、オシュトロークへ行ったんですか?」

 クラウスが困ったように眉を寄せた。
 彼はしばらく黙り込み、思考を整理するように視線を伏せていたが、やがて真っ直ぐにエミールの目を見つめ返して、迷いながら切れ切れに語った。

「エミール。きみに……きみの、親を、見つけられないかと、思って」
         
 
   

しおりを挟む
感想 159

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...