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二人の王子
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式典の会場となった大広間には、国王を始め、宰相や大臣ら議会の重鎮や貴族たちが顔をそろえていた。
部屋を二分するように扉からは緋色の絨毯が敷かれており、任命式の舞台となる奥まで真っすぐに伸びている。
最奥には数段の階段があり、その上に玉座が置かれていた。玉座の前には豪奢な刺繍の施されたカーペットが設置されていた。
壇上にはまず、国王が上がった。シュラウドはゆったりと玉座に腰を下ろし、片手を挙げて合図をした。
扉が開き、そこから最初に姿を見せたのは、現騎士団長だ。彼は聴衆の間を歩き、壇上へと上った。
そして彼は国王へ跪くと、王から授かった騎士団長の宝剣を返上する、償還の儀が粛々と行われた。
舞台の右袖にはミュラー家の面々が、左袖にはアマーリエやエミールが着座していた。玉座を挟んで、エミールの位置からはマリウスの姿がよく見えた。マリウスは償還の儀の間、腕を組んで瞑目していた。
王へ剣を返した騎士団長が脇へと退き、新たな騎士団長を迎えるための場が作られた。
扉がゆっくりと開かれ、クラウスが姿を現した。
若く凛々しい王子を見て、感嘆の吐息がそこここで漏れた。
音もなく歩を進め壇上へ上がったクラウスは、騎士の最敬礼で国王へと跪いた。いつ見てもうつくしい所作だ。
エミールは食い入るようにクラウスを見つめた。
シュラウドが口上を述べ、クラウス・ツヴァイテ・ミュラーがここに騎士団長となったことを宣言した。
シュラウドの差し出した剣を、クラウスが恭しく両手で受け取る。
拍手が起こった。真っ先に祝福の言葉を叫んだのはドナースマルクだ。次いであちこちから「新騎士団長万歳」の声が上がった。
宝剣を掲げ持ったまま、クラウスがゆっくりと立ち上がる。
姿勢を整えた彼はもう一度国王に礼を取ると、左足を後ろへ下げ、体ごと聴衆を振り返った。
クラウスが目の高さに持った宝剣を抜いた。代々騎士団長に与えられる剣は戦闘で使うものではなく、褒章の意味合いが強い。つまりは飾りだ。
だが、その刃は本物であり、それを国王の眼前で抜いたのだから、場内は俄かにざわついた。
おのれがいま、武器を手にしていること、それを見せつけるようにクラウスは、抜身の宝剣を一度高々と掲げた。
「クラウス殿下万歳!」
強い声が響いた。ドナースマルクだろう。彼に呼応して、革命派の面々がクラウスの名を呼んだ。
宰相が慌ただしく壇上に上がろうとしている。
それを止めたのはマリウスだった。
王太子はクラウスを真っ直ぐに見据えたまま、片手で宰相や大臣たちの動きを止めていた。
玉座の背面に垂らされた緞帳の向こうからも、緊張感が漂ってきていた。恐らくは近衛騎士らが会場の様子を窺っているのだ。
エミールはほとんど息を止めるようにして、なりゆきを見まもった。
クラウスが宝石の散りばめられた飾り鞘を、しずかな動作で床に捨てた。そして、抜身の剣の柄を片手のてのひらに置き、刃を上に向けて立てた。騎士が手合わせの前にとる礼だ。
「新たに騎士団長となった、クラウス・ミュラーである」
おもむろに、クラウスが口を開いた。
大声を張り上げたというわけでもないのに、彼の声は広間の隅々まで届いた。
「私の名において、宣言する。我が刃を、国王へ捧げることを」
クラウスの宣誓を耳にした誰もが、束の間沈黙した。
ドナースマルクら革命派は、一瞬喜悦の表情を浮かべかけたが、歓声を上げる前にはたと我に返り、互いに戸惑いの視線を交わした。
いまクラウスは、なんと言ったのか。
「なんの真似だ、クラウス」
次第に困惑の声が広がり出した空気を切り裂くように、問い質す声が上がった。立ち上がったマリウスが、壇上に居る弟と対峙した。
「言葉の通りです、兄上」
クラウスが平静に答え、国王へと向き直った。
玉座に座ったままであったシュラウドは、クラウスとマリウスへ交互に視線を向けた。
「私は常々、不思議でした。王立騎士団の名を冠しているにも関わらず、その指揮系統の一番上に居るのが国王ではないことが」
「王が武力を握れば、国は王の恣に振り回されることになる。それを防ぐためだと、王立史で習わなかったか」
クラウスの疑問を、マリウスが鼻で笑った。
王の前で不敬ですぞ、とマリウスの近く居た大臣が囁いたが、これは無視された。
「国の最大権力者が最大武力を持ってはならぬ。私は確かにそう習いました」
サーリーク王国は豊かな国だ。資源も多く農作物も育ちやすい。それゆえ、昨年のような豪雨災害に見舞われても国民が食べるに困らぬだけの蓄えがあったのだ。
しかしこの豊穣の国は始めからいまの形であったわけではない。武力による侵略。それはサーリーク王国の成り立ちを語る上で避けて通ることのできない史実である。
エミールは孤児院でそれを教わっては来なかったが、クラウスに保護されて以降王立史を学んだ。だから彼の言うことはよくわかった。
国王個人で振るうには大きすぎる武力。それを持ってしまったサーリーク王国は国という形を保つため、国王からそれを切り分けたのだ。
国王ひとりの暴走で、国が潰えぬように。
「しかし、なぜ。考えれば考えるほど、私の疑問は尽きぬのです」
「なにが言いたい」
マリウスが訝しげに眉を寄せた。
「国とは、民です」
クラウスの朗とした声が響く。
国とは、民である。それがサーリーク王国の考え方だ。
民は国王のものである。だから国王はこれを庇護せねばならぬ。その責任がある。
「私はミュラー家の一員として生まれ、育ち、祖父や父の施政をこの目で見てきました。国のため、民のために権力を振るう王の姿を」
クラウスが一歩脇へ退き、聴衆の視界を開いた。彼らはそこに、玉座に座るシュラウド国王の姿を見た。
「我が国はもはや武力によってのみ維持できる国ではない。戦乱の世から平和な世に、時代はすでに変遷している。では我が国に騎士団が存在する理由はなにか」
クラウスは一度言葉を切り、水を打ったようにしずまり返っている貴族たちを見下ろした。
部屋を二分するように扉からは緋色の絨毯が敷かれており、任命式の舞台となる奥まで真っすぐに伸びている。
最奥には数段の階段があり、その上に玉座が置かれていた。玉座の前には豪奢な刺繍の施されたカーペットが設置されていた。
壇上にはまず、国王が上がった。シュラウドはゆったりと玉座に腰を下ろし、片手を挙げて合図をした。
扉が開き、そこから最初に姿を見せたのは、現騎士団長だ。彼は聴衆の間を歩き、壇上へと上った。
そして彼は国王へ跪くと、王から授かった騎士団長の宝剣を返上する、償還の儀が粛々と行われた。
舞台の右袖にはミュラー家の面々が、左袖にはアマーリエやエミールが着座していた。玉座を挟んで、エミールの位置からはマリウスの姿がよく見えた。マリウスは償還の儀の間、腕を組んで瞑目していた。
王へ剣を返した騎士団長が脇へと退き、新たな騎士団長を迎えるための場が作られた。
扉がゆっくりと開かれ、クラウスが姿を現した。
若く凛々しい王子を見て、感嘆の吐息がそこここで漏れた。
音もなく歩を進め壇上へ上がったクラウスは、騎士の最敬礼で国王へと跪いた。いつ見てもうつくしい所作だ。
エミールは食い入るようにクラウスを見つめた。
シュラウドが口上を述べ、クラウス・ツヴァイテ・ミュラーがここに騎士団長となったことを宣言した。
シュラウドの差し出した剣を、クラウスが恭しく両手で受け取る。
拍手が起こった。真っ先に祝福の言葉を叫んだのはドナースマルクだ。次いであちこちから「新騎士団長万歳」の声が上がった。
宝剣を掲げ持ったまま、クラウスがゆっくりと立ち上がる。
姿勢を整えた彼はもう一度国王に礼を取ると、左足を後ろへ下げ、体ごと聴衆を振り返った。
クラウスが目の高さに持った宝剣を抜いた。代々騎士団長に与えられる剣は戦闘で使うものではなく、褒章の意味合いが強い。つまりは飾りだ。
だが、その刃は本物であり、それを国王の眼前で抜いたのだから、場内は俄かにざわついた。
おのれがいま、武器を手にしていること、それを見せつけるようにクラウスは、抜身の宝剣を一度高々と掲げた。
「クラウス殿下万歳!」
強い声が響いた。ドナースマルクだろう。彼に呼応して、革命派の面々がクラウスの名を呼んだ。
宰相が慌ただしく壇上に上がろうとしている。
それを止めたのはマリウスだった。
王太子はクラウスを真っ直ぐに見据えたまま、片手で宰相や大臣たちの動きを止めていた。
玉座の背面に垂らされた緞帳の向こうからも、緊張感が漂ってきていた。恐らくは近衛騎士らが会場の様子を窺っているのだ。
エミールはほとんど息を止めるようにして、なりゆきを見まもった。
クラウスが宝石の散りばめられた飾り鞘を、しずかな動作で床に捨てた。そして、抜身の剣の柄を片手のてのひらに置き、刃を上に向けて立てた。騎士が手合わせの前にとる礼だ。
「新たに騎士団長となった、クラウス・ミュラーである」
おもむろに、クラウスが口を開いた。
大声を張り上げたというわけでもないのに、彼の声は広間の隅々まで届いた。
「私の名において、宣言する。我が刃を、国王へ捧げることを」
クラウスの宣誓を耳にした誰もが、束の間沈黙した。
ドナースマルクら革命派は、一瞬喜悦の表情を浮かべかけたが、歓声を上げる前にはたと我に返り、互いに戸惑いの視線を交わした。
いまクラウスは、なんと言ったのか。
「なんの真似だ、クラウス」
次第に困惑の声が広がり出した空気を切り裂くように、問い質す声が上がった。立ち上がったマリウスが、壇上に居る弟と対峙した。
「言葉の通りです、兄上」
クラウスが平静に答え、国王へと向き直った。
玉座に座ったままであったシュラウドは、クラウスとマリウスへ交互に視線を向けた。
「私は常々、不思議でした。王立騎士団の名を冠しているにも関わらず、その指揮系統の一番上に居るのが国王ではないことが」
「王が武力を握れば、国は王の恣に振り回されることになる。それを防ぐためだと、王立史で習わなかったか」
クラウスの疑問を、マリウスが鼻で笑った。
王の前で不敬ですぞ、とマリウスの近く居た大臣が囁いたが、これは無視された。
「国の最大権力者が最大武力を持ってはならぬ。私は確かにそう習いました」
サーリーク王国は豊かな国だ。資源も多く農作物も育ちやすい。それゆえ、昨年のような豪雨災害に見舞われても国民が食べるに困らぬだけの蓄えがあったのだ。
しかしこの豊穣の国は始めからいまの形であったわけではない。武力による侵略。それはサーリーク王国の成り立ちを語る上で避けて通ることのできない史実である。
エミールは孤児院でそれを教わっては来なかったが、クラウスに保護されて以降王立史を学んだ。だから彼の言うことはよくわかった。
国王個人で振るうには大きすぎる武力。それを持ってしまったサーリーク王国は国という形を保つため、国王からそれを切り分けたのだ。
国王ひとりの暴走で、国が潰えぬように。
「しかし、なぜ。考えれば考えるほど、私の疑問は尽きぬのです」
「なにが言いたい」
マリウスが訝しげに眉を寄せた。
「国とは、民です」
クラウスの朗とした声が響く。
国とは、民である。それがサーリーク王国の考え方だ。
民は国王のものである。だから国王はこれを庇護せねばならぬ。その責任がある。
「私はミュラー家の一員として生まれ、育ち、祖父や父の施政をこの目で見てきました。国のため、民のために権力を振るう王の姿を」
クラウスが一歩脇へ退き、聴衆の視界を開いた。彼らはそこに、玉座に座るシュラウド国王の姿を見た。
「我が国はもはや武力によってのみ維持できる国ではない。戦乱の世から平和な世に、時代はすでに変遷している。では我が国に騎士団が存在する理由はなにか」
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