硝子の婚約と偽りの戴冠

柴田はつみ

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第四章:偽りの月光、あるいは断罪の幕開け

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王宮の夜は、すべてを呑み込むほどに深く、冷ややかだった。

甘い接吻の余熱は、まだアリアの胸の奥にかすかに残っている。
だが、その温もりを無慈悲に打ち消すように、一通の「密告」が彼女の手元へと届いた。

――今夜、東のガゼボへ。
――貴女が信じている世界の“真実”が、そこにあります。

差出人はない。
けれど、その筆跡は、どこかセシルに似ているようで、決定的に違うようでもあった。

胸を締めつける不吉な予感を振り払えぬまま、アリアは薄いショールを羽織り、誰にも告げず離宮を抜け出す。

庭園は、青白い月光に照らされ、死の国のように静まり返っていた。
白薔薇の香りが、夜風に乗って冷たく鼻腔を刺す。

東のガゼボが視界に入った、その瞬間――
アリアの足は、凍りついたように止まった。

「……あ……」

喉の奥で、かすかな声が潰れる。

月明かりの下、柱にもたれ合うように、二つの影が重なっていた。
金色の髪を月に煌めかせる、見間違えようもない背中――レオン。

そして、その腕に抱かれ、しなだれかかっているのは、真珠色のドレスを纏ったセシルだった。

「レオン様……。お姉様は、カイルと……」

震える声。作られた嗚咽。

「私……悲しくて……」

セシルの言葉に、レオンの手が迷うように宙を彷徨い――
やがて、確かに彼女の背へと回される。

「……信じたくはなかった」

レオンの声は、深く歪んでいた。

「だが、あいつに下賜された飾りを見て……確信した。
アリアの心は、もう……私のものではないのだと」

彼の指先が、セシルの顎を掬い上げる。
ゆっくりと距離が詰まり、唇が触れ合おうとする。

その光景は、つい数時間前まで、自分に向けられていたはずのものだった。

「……レオン、さま……?」

掠れた声が、夜に落ちる。

その瞬間、二人の影が離れた。
レオンが勢いよく振り返り、アリアを見据える。

その瞳にあったのは、疚しさではない。
裏切られた者だけが持つ、激しい怒りと、冷え切った軽蔑だった。

「アリア……なぜ、ここにいる」

低く、突き放す声。

「今頃は、カイルと密会しているはずではなかったのか?」

「……何を、仰って……」

アリアは一歩踏み出す。

「私は、貴方に会いたくて……」

「白々しい!」

怒号が、庭園の静寂を切り裂いた。
レオンは懐から一通の手紙を取り出し、アリアの足元へと投げ捨てる。

そこには、彼女の筆跡で綴られた、
カイルへの愛と、二人で逃げる未来を乞う言葉があった。

「これは何だ。言い逃れは、もう聞かない」

「レオン様……!」

セシルがそっとレオンの腕に縋りつき、哀れむような声で言う。

「落ち着いてください。お姉様にも、きっと……何か事情が……」

その言葉とは裏腹に、アリアへ向けられた瞳には、勝利の光が宿っていた。
月光に照らされたその笑みは、狂気に満ちた歓喜そのものだった。

――すべてが、仕組まれていた。

アリアは、ようやく理解する。
だが、激昂したレオンの耳に、もはや彼女の声は届かない。

「……もういい、アリア」

冷たく、断罪する声。

「君の顔など……二度と見たくない」

レオンはセシルを抱き寄せ、そのままアリアの横を通り過ぎていった。

去り際、彼の袖口で、エメラルドのカフスが
まるで毒蛇の目のように、冷たく光る。

一人残されたアリアの頭上で、雲が月を覆い隠す。
庭園は完全な闇に沈み込んだ。

それは――
第一王女アリアの、輝かしい人生が終わりを告げた、確かな合図でもあった。
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