悪役令嬢はあなたのために

くきの助

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アランの後悔

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帰路の馬車の中は静まり返り、車輪の回る音が聞こえていた。


小さな肩を震わせていたリーネがトウプチ先生と退室した後は淡々と話が進んでいった。

次期侯爵が父上に手紙の確認を促し、便箋封筒封蝋は正しくモリス侯爵家のものだと、そして俺アランの字ではない事を認めた。

モリス侯爵家有責で正式に婚約が破棄された。
そういった書類を作ることになり、賠償やその他の細かい事は後日となった。


ウォルターの犯罪の証拠として偽造された手紙を一部貰いたいと父上が申し出ると次期侯爵は帰り際に「どうぞ」と手渡した。
俺に。

「アラン様、セレーナ嬢にとってリーネは数ある地方貴族の令嬢のひとりだったろう。広大なモリス領の辺鄙な、問題があった時くらいにしか足を運ばぬような土地に隣接している領地の娘に過ぎないのだろうね。しかし、君達にとっては取るに足らぬ令嬢でも私達にとっては大事な大事な宝物なんだよ。君達がモリス侯爵家で大事にされているのと同じようにね。」

そんな言葉と共に。




馬車で揺れる手元に目を落とす。
侯爵家の封筒にリーネの名前が見える。

「父上。」

手紙を見つめたまま呼び掛けると父上の視線を感じた。

「ハーフナー伯爵令嬢との婚約が成ったのはどう言った経緯があったのですか。」

ハア、と何を今更とでも言いたいようなため息が聞こえた。

だがゆっくり話し出す。

「エイレン次期侯爵が言っていたろう。元々ハーフナー伯はキャロライン嬢に婚約者を作る気など全くなかったのだ。だが当時キャロライン嬢は西の辺境の学園生活が上手く行かず孤立しておった。まあ、あれだけの才女だ。その上博識な家族に囲まれて育ったのだから周りと合わぬのは仕方が無いと言えよう。よって伯はまだキャロライン嬢の成長を見守る時期だと言っておった。」

「それが何故……」

「キャロライン嬢も言っていただろう?」

お前が聞きたいのはこれだろうと見透かされるように言われまた黙り込む。

「お前も知っての通りモリス侯爵領の災害による復興にハーフナー伯は随分貢献してくれた。畑の苗も肥料も農具も、技術や人手も、無償提供だ。ただ大雨による地形の調査と復興している畑の記録を自由に取らせてほしいと言われたのだ。勿論承諾した。そこからはハーフナー伯爵家の価値を嫌というほど思い知らされることになる。」

提供された苗は丈夫で育てやすい。
農具は体の負担も少なく使いやすい。
肥料の配合は惜しげもなく教えてくれた。
川上の地形の調査の結果もすべて地図にして報告してくれ、有効な治水も提案された。

心配になる程人が良い。

「まあ、後からエイレン次期侯爵が来て、きっちり権利の話をされたがな。」

当然のように婚姻で関係を強化できないかと父上は考えた。

しかしハーフナー伯はそんな気は一切ない。

が、そこに転機が訪れた。

「復興支援の感謝の意を込めたうちの晩餐会に訪れたハーフナーの領民が教えてくれたのだ。一度視察に来たお前にキャロライン嬢が一目惚れしたとな。これは好機。お前は外見のせいで目立ってしまうが根は真面目で実直な男だ。ここぞと売り込んだ。キャロライン嬢が自信を無くしているなら、息子と婚約するといいと。想い人と関係を築いていく事は前向きになれるとな。ハーフナー伯も娘の幸せを願ったんだろう。最後はお前の人柄に納得したのだ。」

だと言うのに

呟くと「お前ならと任せ過ぎた様だ。」
そう言って父上は黙り込んだ。

またシンと静まり返る。

どの位そうしていただろう。
俺は見つめていただけの封筒から手紙を取り出した。

『毎朝君のブロンドが見えると私の心はときめく。君がますます私の好きな悪役令嬢に近付いていて、心が熱くなる。もう少し甲高い声の方が好きだけれども、どうだろうか。無理はしてほしくないけれど、私のために努力してくれたら嬉しい。』

2通目を開く。

『アクセサリーは派手な方がより悪役令嬢に近付く。君がそうしてくれたらもっと朝が楽しくなりそうだ。一度セレーナに相談してみてくれないか。』

『私が悪役令嬢が好きだなんて君にしか言えないよ。モリス侯爵家の私がそんな事外に漏れる訳にはいかないんだ。毎回言うようだけれどもこの手紙は必ず燃やして欲しい。』

3通目
4通目

悪役令嬢のように振る舞えと、甘く誘う手紙が続く。

『悪いが、モリス侯爵家で行われる顔合わせを兼ねたお茶会を延期してもらえないだろうか。両親にはもう話を通してある。』

くしゃり、と手紙が音を立てる。

ははは……

乾いた笑いが漏れた。

なんてことだ。

リーネの性格とは真逆のはずの悪役令嬢。
相当無理していたに違いない。
それでも毎朝欠かさなかったのは、この手紙によって俺が喜んでいると信じていたからか。
捨てろと言われていてもこうして残っているのは、俺からの手紙を大事に取っておいてくれたのだろうと容易に想像できた。
リーネならきっとそうだ。

俺はそんな彼女にどういう態度を取っていた?

手紙の差出人の名前をじっと見つめた。
俺ではないけれど、俺だ。

「侯爵家の便箋に俺の名前……俺もまごうことなき共犯者だな……」

俺は最初から望むものは手にしていたのだ。

自分の手で自分を陥れたのだから、あまりにも滑稽で笑えてくる。

両手で握りしめた手紙を俯いた自分の額に押し当てた。


いつか政略結婚せねばならない事はわかっていた。
貴族とはそういうものだと。
相手は誰でも一緒だと思っていた。

そうだ次期侯爵の言う通りだ。

数ある貴族の令嬢の1人。
そんな風にしか思った事がなかった。

近年陞爵した勢いのあるハーフナー伯爵家。
モリス侯爵領と隣接したこの家の令嬢と婚約を結ぶ事は意味のある事だ。

しかしハーフナー伯爵家の令嬢が俺に一目惚れしたと聞かされ、嫌悪感が湧いた。
ああまたかと。
話した事もないのに外見や爵位だけで、秋波を送りながら擦り寄ってくる令嬢達。
俺は辟易していた。

婚約者の姿絵を渡されても横目で見ただけだった。
辺境の中等部に途中から通わなくなったと聞いても、気にもしなかった。
交流の為とわざわざ王都に出てきて、侯爵家のお金で王都の学園に通うハーフナー伯爵令嬢にいやらしさを感じていた。

今更自分の傲慢さに気付かされる。

擦り寄ってくる令嬢達なんて煩わしいと塩対応を決め込んだ。
自分の婚約者でさえも変わる事はなかった。
俺の態度を彼女達がどう思うかなんて考えた事もなかった。

リーネ……

一度辺境の学園で心折れていたリーネが王都の学園に通うなど、どれだけ勇気がいっただろうか。
俺との交流の為に勇気を出してくれていたに違いない。
何故そんな彼女の心に寄り添わなかったんだ。

自分を殴りたくなった。

『物言わぬかわりによく物を見ているのだよ。』

いつだったかニコラスが言った言葉だ。
この言葉を嬉しく思っていた。

しかし、どこがだ。

婚約者の顔すらまともに見ていなかった俺が?

一度でもブロンドの彼女と目を合わせて話していれば、リーネの透き通るような琥珀の瞳を俺が見間違うわけがなかったのだ。

暗闇に落ちるように目の前が真っ暗になるのを感じながら俺はただ俯き笑っていた。


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