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11.伯爵の毒見
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3日後、アトランシアの中央広場には大きな鍋が据えられ、パチパチと心地よい音を立てて火が焚かれていた。選別した数種類の食用キノコと備蓄されていた干し肉、野菜を煮込んでいく。香ばしい匂いが立ち上り、空腹を刺激する。鍋の前に立つのは市長である私、ルティア・ヴェルフェン。袖をまくり、大きな木べらで丁寧に鍋の底を混ぜている。
完成したスープを器によそい、集まった市民たちに向かって高く掲げてみせた。
「皆さん!、これがアトランシアの新しい恵み、キノコのスープです。古文書を調べ、安全だと確信したものだけを使いました。栄養価も高く、何より美味しいのですよ!」
人々は遠巻きにこちらを見つめるばかりで、誰一人として近寄ろうとしない。立ち上る湯気の向こう側で囁かれる「呪いの煮込みだ」「食べたら死ぬ」という声。長年植え付けられてきた迷信の根は想像以上に頑固……。
―――ならば行動で示すまで。
ゆっくりと器に口をつけ、熱いスープを一口すする。森の香りと干し肉から出た塩気、そして野菜の優しい甘みが凝縮された深い味わいが口いっぱいに広がった。
「……とても美味しい」
心からの感想を呟き、私はもう一口、またもう一口とスープを飲み干していく。
「さあ、毒など入っていません。皆さんもどうぞ召し上がれ」
そう言って鍋を指し示しても、誰も動こうとはしなかった。膠着した空気が重く広場に張り詰める。その静寂を切り裂いたのは、規則正しく響く複数の足音。人々がモーゼの海のように割れ、その間から現れたのは先日訪れたばかりの『氷血伯』シオン・クレイヴァーン。彼は供を数人連れ、氷のような無表情でまっすぐ私の方へと歩いてくる。
「これは何の騒ぎだ。市民を集めて毒殺でも企んでいるのか、追放市長殿」
「ごきげんよう、クレイヴァーン伯爵。ご覧の通り、これは試食会ですわ。アトランシアのこれからを担う新しい食料の」
「……ふん。くだらんな。その怪しげな煮込み料理がそうだと?」
シオンは鼻で笑うと無遠慮に私の前に歩み出た。そして、私が持っていた椀をこともなげにひったくる。周囲から息を飲む音が聞こえた。誰もが彼の次の行動を凝視する。シオンは椀の中身を一瞥すると、何の躊躇もなくスープを呷った。
ごくりと喉が鳴る音がやけにはっきりと聞こえる。彼はしばし黙り込み、その整った眉が微かに動いた。そして誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
「……うまい」
そのたった一言が広場の空気を一変させた。冷徹で何者も恐れない領主が身をもって安全を証明した。―――「うまい」と。それは新任市長である私のどんな言葉よりも、遥かに強い説得力となって人々の心を揺さぶった。
シオンは困惑した表情で自分を見つめる市民たちに向かって言い放った。
「見ての通り、毒ではない。死にたくなければ食っておけ」
それだけ言うと彼は部下を引き連れ、嵐のように去っていった。
それまで沈黙していた群衆の中から、一人の少年が前に進み出た。私の差し出すスープの器を小さな両手で受け取ったのだ。それを皮切りに疑心暗鬼だった人々が一人、また一人と列を作り始めた。私は安堵し、温かいスープを人々の手に渡していく。
シオンが去っていった方角を見つめた。彼の行動の真意は読めない。単なる気まぐれか、それとも何らかの計算か。いずれにせよ、彼のおかげで私の計画はまた一つ、大きな前進を遂げるのであった。
完成したスープを器によそい、集まった市民たちに向かって高く掲げてみせた。
「皆さん!、これがアトランシアの新しい恵み、キノコのスープです。古文書を調べ、安全だと確信したものだけを使いました。栄養価も高く、何より美味しいのですよ!」
人々は遠巻きにこちらを見つめるばかりで、誰一人として近寄ろうとしない。立ち上る湯気の向こう側で囁かれる「呪いの煮込みだ」「食べたら死ぬ」という声。長年植え付けられてきた迷信の根は想像以上に頑固……。
―――ならば行動で示すまで。
ゆっくりと器に口をつけ、熱いスープを一口すする。森の香りと干し肉から出た塩気、そして野菜の優しい甘みが凝縮された深い味わいが口いっぱいに広がった。
「……とても美味しい」
心からの感想を呟き、私はもう一口、またもう一口とスープを飲み干していく。
「さあ、毒など入っていません。皆さんもどうぞ召し上がれ」
そう言って鍋を指し示しても、誰も動こうとはしなかった。膠着した空気が重く広場に張り詰める。その静寂を切り裂いたのは、規則正しく響く複数の足音。人々がモーゼの海のように割れ、その間から現れたのは先日訪れたばかりの『氷血伯』シオン・クレイヴァーン。彼は供を数人連れ、氷のような無表情でまっすぐ私の方へと歩いてくる。
「これは何の騒ぎだ。市民を集めて毒殺でも企んでいるのか、追放市長殿」
「ごきげんよう、クレイヴァーン伯爵。ご覧の通り、これは試食会ですわ。アトランシアのこれからを担う新しい食料の」
「……ふん。くだらんな。その怪しげな煮込み料理がそうだと?」
シオンは鼻で笑うと無遠慮に私の前に歩み出た。そして、私が持っていた椀をこともなげにひったくる。周囲から息を飲む音が聞こえた。誰もが彼の次の行動を凝視する。シオンは椀の中身を一瞥すると、何の躊躇もなくスープを呷った。
ごくりと喉が鳴る音がやけにはっきりと聞こえる。彼はしばし黙り込み、その整った眉が微かに動いた。そして誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
「……うまい」
そのたった一言が広場の空気を一変させた。冷徹で何者も恐れない領主が身をもって安全を証明した。―――「うまい」と。それは新任市長である私のどんな言葉よりも、遥かに強い説得力となって人々の心を揺さぶった。
シオンは困惑した表情で自分を見つめる市民たちに向かって言い放った。
「見ての通り、毒ではない。死にたくなければ食っておけ」
それだけ言うと彼は部下を引き連れ、嵐のように去っていった。
それまで沈黙していた群衆の中から、一人の少年が前に進み出た。私の差し出すスープの器を小さな両手で受け取ったのだ。それを皮切りに疑心暗鬼だった人々が一人、また一人と列を作り始めた。私は安堵し、温かいスープを人々の手に渡していく。
シオンが去っていった方角を見つめた。彼の行動の真意は読めない。単なる気まぐれか、それとも何らかの計算か。いずれにせよ、彼のおかげで私の計画はまた一つ、大きな前進を遂げるのであった。
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