66 / 70
66.君のそばでずっと
しおりを挟む
各国の指導者による歴史的な調印式が行われてから季節が一つ進んだ。
帝国が連合への加盟を表明したという報は瞬く間に大陸を駆け巡り、歴史的な転換点として世界に衝撃を与えた。帝国の独善的な支配は終わりを告げ、旧来の枠組みを解体。「相互尊重」と「公正な交易」を理念とする、新たな『自由交易連合』が正式に発足した。
そして、その連合本部として選ばれたのはここアトランシア。街は今、各国の大使館が建ち並び、外交官や投資家たちが多く訪れる。誰もが新しい時代の夜明けを謳歌していた。
それに伴い、私の立場も大きく変わった。一都市の市長という肩書に加え、自由交易連合の議長という重責を担うことになったのだ。日々、山のように舞い込む各国の陳情書に目を通し、利害が対立する国家間の調停に奔走する。帝国の圧政から解放された諸国は堰を切ったように自国の利益を主張し始め、それをまとめるのは骨の折れる仕事だった。それでも、これこそが自由の証。
そして、隣には常にシオンの姿がある。彼は連合の副議長に就任し、私を公私ともに支える立場を選んでくれた。クレイヴァーン領の統治については、彼が育て上げた優秀な部下たちに実務を一任。シオン自身は重要な決裁のみを行う体制を整え、このアトランシアの本部に常駐することとなった。私は彼と共に今後の舵取りにしばらく没頭していた。
そんな目まぐるしい日々がようやく落ち着いたある夜。シオンの誘いで、私たちは街を見下ろす丘の上に立つレストランのテラス席にいた。アトランシアで最も予約が取れないと言われるその場所は、喧騒から切り離された静かな空間で、眼下には宝石を散りばめたような壮大な夜景が広がっている。
「すごいな。街はさらなる成長と変革を続けている」
ワイングラスを傾けながら、シオンが感嘆の声を漏らした。幾千もの光がこの街に住む人たちの息遣いそのもののように感じられる。
「初めてこの街を訪れた時のことを、今でも思い出す。覚えているか? 瓦礫と錆びついた鉄屑、そして人々の瞳からは光が消えていた」
「ええ、もちろん。あの頃は毎日が精一杯だったわね」
「あの廃墟を大陸一の栄華を誇る街に変えた。……ルティア、君は本当に奇跡のようなことを成し遂げた」
彼のストレートな称賛に頬が熱くなる。
「私一人の力じゃないわ。皆の力がなければここまで来ることはできなかった。なによりあなたがいてくれたから」
「その皆の心を一つに束ね、諦めかけていた希望に再び火を灯したのは君のリーダーシップだ。誰もが不可能だと思っていた道を、君は決して諦めずに切り拓いてきた」
彼の言葉はこれまで歩んできた茨の道を優しく労ってくれるようだった。
不意にシオンが居住まいを正した。
「ルティア。君はもう、アトランシアだけの市長ではない。大陸全体をその双肩に背負うリーダーとなった。これからは、今日よりもずっと困難な決断を迫られる日が来るだろう。想像もできないような巨大な壁が、君の前に立ちはだかるかもしれない」
彼は静かに席を立ち、私の隣に跪いた。驚きに目を見開く私を、真摯な瞳で見上げながら私の手を取る。彼のポケットから取り出されたのは、夜空の星を閉じ込めたような小さなベルベットの箱。それがゆっくりと開かれると、中には月の光を受けて儚げに輝く指輪が収められていた。
「……誰もが君を『市長』と呼ぶ。だが僕にとって君はずっと、たった一人のルティアだ。君が泣きたい夜はその涙を拭う陽だまりになりたい。君が喜びを分かち合いたい時は誰より先に共に笑いたい。君が進む道をどこまでも支え続けたい。だから……」
彼の言葉一つ一つが私の心に深く染み渡っていく。
「ルティア、結婚してほしい」
その瞬間、涙が私の頬を伝った。胸の奥から溢れ出る感情を止められない。
「シオン。あなたが隣にいてくれたから、私はここまで来られたの。絶望の中で何度も折れそうになった心を、いつも繋ぎとめてくれたのはあなただった」
彼の手に自分の手を重ね、力強く握り返した。
「私もあなたの傍にいたい。道を誤りそうになったら遠慮なく叱って。くじけそうになったら名前を呼んで。生涯のパートナーとして」
そう答えると私の左手の薬指に、シオンは優しく指輪をはめた。彼は立ち上がり、涙に濡れた私の頬を優しく包み込み、そっと唇を重ねた。
「愛している。……これからもずっと」
背後の夜景が祝福の拍手のように瞬いている。私たちを待ち受ける困難さえも愛おしく思いながら、もう一度口づけを交わした。
帝国が連合への加盟を表明したという報は瞬く間に大陸を駆け巡り、歴史的な転換点として世界に衝撃を与えた。帝国の独善的な支配は終わりを告げ、旧来の枠組みを解体。「相互尊重」と「公正な交易」を理念とする、新たな『自由交易連合』が正式に発足した。
そして、その連合本部として選ばれたのはここアトランシア。街は今、各国の大使館が建ち並び、外交官や投資家たちが多く訪れる。誰もが新しい時代の夜明けを謳歌していた。
それに伴い、私の立場も大きく変わった。一都市の市長という肩書に加え、自由交易連合の議長という重責を担うことになったのだ。日々、山のように舞い込む各国の陳情書に目を通し、利害が対立する国家間の調停に奔走する。帝国の圧政から解放された諸国は堰を切ったように自国の利益を主張し始め、それをまとめるのは骨の折れる仕事だった。それでも、これこそが自由の証。
そして、隣には常にシオンの姿がある。彼は連合の副議長に就任し、私を公私ともに支える立場を選んでくれた。クレイヴァーン領の統治については、彼が育て上げた優秀な部下たちに実務を一任。シオン自身は重要な決裁のみを行う体制を整え、このアトランシアの本部に常駐することとなった。私は彼と共に今後の舵取りにしばらく没頭していた。
そんな目まぐるしい日々がようやく落ち着いたある夜。シオンの誘いで、私たちは街を見下ろす丘の上に立つレストランのテラス席にいた。アトランシアで最も予約が取れないと言われるその場所は、喧騒から切り離された静かな空間で、眼下には宝石を散りばめたような壮大な夜景が広がっている。
「すごいな。街はさらなる成長と変革を続けている」
ワイングラスを傾けながら、シオンが感嘆の声を漏らした。幾千もの光がこの街に住む人たちの息遣いそのもののように感じられる。
「初めてこの街を訪れた時のことを、今でも思い出す。覚えているか? 瓦礫と錆びついた鉄屑、そして人々の瞳からは光が消えていた」
「ええ、もちろん。あの頃は毎日が精一杯だったわね」
「あの廃墟を大陸一の栄華を誇る街に変えた。……ルティア、君は本当に奇跡のようなことを成し遂げた」
彼のストレートな称賛に頬が熱くなる。
「私一人の力じゃないわ。皆の力がなければここまで来ることはできなかった。なによりあなたがいてくれたから」
「その皆の心を一つに束ね、諦めかけていた希望に再び火を灯したのは君のリーダーシップだ。誰もが不可能だと思っていた道を、君は決して諦めずに切り拓いてきた」
彼の言葉はこれまで歩んできた茨の道を優しく労ってくれるようだった。
不意にシオンが居住まいを正した。
「ルティア。君はもう、アトランシアだけの市長ではない。大陸全体をその双肩に背負うリーダーとなった。これからは、今日よりもずっと困難な決断を迫られる日が来るだろう。想像もできないような巨大な壁が、君の前に立ちはだかるかもしれない」
彼は静かに席を立ち、私の隣に跪いた。驚きに目を見開く私を、真摯な瞳で見上げながら私の手を取る。彼のポケットから取り出されたのは、夜空の星を閉じ込めたような小さなベルベットの箱。それがゆっくりと開かれると、中には月の光を受けて儚げに輝く指輪が収められていた。
「……誰もが君を『市長』と呼ぶ。だが僕にとって君はずっと、たった一人のルティアだ。君が泣きたい夜はその涙を拭う陽だまりになりたい。君が喜びを分かち合いたい時は誰より先に共に笑いたい。君が進む道をどこまでも支え続けたい。だから……」
彼の言葉一つ一つが私の心に深く染み渡っていく。
「ルティア、結婚してほしい」
その瞬間、涙が私の頬を伝った。胸の奥から溢れ出る感情を止められない。
「シオン。あなたが隣にいてくれたから、私はここまで来られたの。絶望の中で何度も折れそうになった心を、いつも繋ぎとめてくれたのはあなただった」
彼の手に自分の手を重ね、力強く握り返した。
「私もあなたの傍にいたい。道を誤りそうになったら遠慮なく叱って。くじけそうになったら名前を呼んで。生涯のパートナーとして」
そう答えると私の左手の薬指に、シオンは優しく指輪をはめた。彼は立ち上がり、涙に濡れた私の頬を優しく包み込み、そっと唇を重ねた。
「愛している。……これからもずっと」
背後の夜景が祝福の拍手のように瞬いている。私たちを待ち受ける困難さえも愛おしく思いながら、もう一度口づけを交わした。
1
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした
鍛高譚
恋愛
婚約破棄――
それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。
理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、
失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。
――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。
領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった
“生きるために本当に必要なもの”に向き合い、
誠実に、地道に改革を進めていく。
やがてその努力は住民たちの信頼を集め、
彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。
そんな彼女の隣に立ったのは、
権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。
過去に囚われる者は没落し、
前を向いた者だけが未来を掴む――。
婚約破棄から始まる逆転の物語は、
やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、
誰もが望む結末へと辿り着く。
これは、捨てられた令嬢が
自らの手で人生と未来を取り戻す物語。
婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました
かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。
だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか——
「では、実家に帰らせていただきますね」
そう言い残し、静かにその場を後にした。
向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。
かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。
魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都——
そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、
アメリアは静かに告げる。
「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」
聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、
世界の運命すら引き寄せられていく——
ざまぁもふもふ癒し満載!
婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる