ドクターダーリン【完結】

桃華れい

文字の大きさ
112 / 136
第2部

フェーズ8-13

しおりを挟む
 クリスマスを数週間後に控えたある日のことだった。私は今年のクリスマス・イブを実家で過ごすことが決定した。
「えっ! 当直なの!?」
 今年のイブは月曜日だ。夫婦で過ごせる初めてのイブを楽しみにしてたのに、当直だなんてショックだ。眉間に寄ったしわが元に戻りそうにない。
「お詫びにクリスマスプレゼントなんでも好きなの買ってやるから」
 見かねた涼が、私をなだめるように言った。
「プレゼントはいいから、私は涼と一緒にいたいだけなのに」
 口を尖らせて言うと、涼はソファで並んで座っている私の肩を抱いた。
「前日は休みだから、イブだと思ってそれらしいことしよう」
「それらしいこと?」
 涼が意味深な微笑みを浮かべる。
「思い出すなあ、去年のイブ」
 私は顔が熱くなるのを感じた。去年のイブといえば、涼に初めて触れられた日だ。思い出すと顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
「なに赤くなってんの。俺は去年彩が作ってくれた豪華なディナーのことを言ったんだけど?」
 絶対に嘘だ。
「いいよ? 彩が望むこともしても」
 笑顔が意地悪くなっている。
「何も望んでないもん」
「嘘つけ」
 仕方ない。前日のイブイブにチキンを焼いてクリスマスケーキを作ろう。きっと多くのカップルや夫婦も、今年は前倒しして休日にクリスマスを楽しむはずだ。
 あとで正月についても訊いてみたら、涼は曖昧な顔をしていた。望み薄だ。私にできることは、当直明けで疲れ切って帰ってきた彼を、ご飯を作って笑顔で迎えること。イベントや記念日を一緒に過ごせないなんてことは、これからもきっとざらにある。いちいち不機嫌になって、私のご機嫌取りのために涼の手を煩わせてはいけない。わかってて結婚したのだから、私はおとなしく受け入れて彼の帰りを待つ。それが医者の妻の務めだ。どんなに忙しくても、涼は必ず私のところに帰ってきてくれるんだから。


 そういうわけで、私は二十四日の日中から実家へ帰った。母と妹と一緒に料理を作り、夜は家族揃ってのクリスマスパーティーだ。今年は単身赴任を終えた父もいるし、花も私が帰ってくるならと、友だちと遊びには行かずに在宅していた。
「本当に当直なの? 怪しくない?」
 オードブルやチキンが並んだ食卓を囲み、予想どおり花が試すように言ってきた。
「怪しくない」
 私はきっぱりと答えた。みんなが浮かれているクリスマス・イブに、涼は患者の命を守っている。怪しんだら申し訳ない。
「お父さん、ちょっと急性アルコール中毒でも起こして運ばれてみる? 先生が本当に病院にいるか確かめないと」
「だめだよ。本当にそういう患者さんが多くて、病院は大忙しなんだから」
 うちが救急車を呼んだら涼がいる臨海総合病院に搬送されるだろう。当然こんなことのために呼ぶわけにはいかない。
「年末年始ともなると、お忙しいんでしょうねえ」
 静かに食事をしていた母が言うと、父も続いた。
「正月はどうなんだ。休めるのか?」
「当直は入ってないけど、忙しいみたいだからわかんない」
 クリスマス頃から年末年始にかけては、特にアルコール関連の患者が急増すると言っていた。去年もそうだった。イブの日は呼び出されていたし、元日もいつ呼ばれるかわからないからと、手短に初詣を済ませた。なんだかんだで正月はのんびりできたけれど、来年はどうだろう。

 お風呂を出て、二階の自分の部屋に入った。ベッドでごろごろしながら花に借りた雑誌を読んでいると携帯電話が鳴り出した。五月の学会以降、涼は当直の夜はビデオ通話をかけてきてくれる。
「お疲れさま。忙しい?」
「まあな。とりあえず落ち着いたから、当直室に戻ってきてシャワー浴びたところ」
 花は怪しんでいたけれど、涼がいるのはもちろんいつもの当直室だ。白衣は羽織っていない。シャワーを浴びたあとだからTシャツ姿だ。
 涼は携帯電話をテーブルに置き、ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開けて一口飲んでから私に訊ねた。
「クリスマスどうだった、楽しかった?」
「うん。みんないたからにぎやかだったよ」
 急患がきてまた呼ばれるかもしれない。手短に話して少しでも長く寝てもらおう。ところが涼が、
「なあ、彩」
 と切り出した。
「もし昨夜あたり一緒にクリスマスディナーに出かけたとして、途中で俺が呼び出されたらどうする?」
 タオルで濡れた髪を拭いている。
「どうするって、行かせないわけにはいかないでしょ。緊急なんだから」
「でもやっぱり怒るよな。せっかくのクリスマスデートを台無しにされて」
「仕方ないよ。それが医者だもん。別に怒らない。一人でディナー堪能して帰る」
 涼が吹き出した。
「たくましいな」
「なんでそんなこと訊くの? ディナーデートしたかった?」
 昨日は家でごちそうを作った。外のほうがよかったのかな。
「彩の手料理のほうがいいよ。後輩の医者が先週末にそうなって、彼女に大激怒されて振られたらしいからさ。彩だったらどうするかなと」
「彼女さんの気持ちもわかるけど、理解しようとする姿勢は必要だと思う。何? 私も怒ると思ったの? うわべだけで好きになったわけじゃないんだけど」
「いやいや、彩ならそう言ってくれると思ったよ」
 うれしそうにしながら、涼はまた一口ミネラルウォーターを飲んだ。
「そろそろ寝たら。また呼ばれちゃうかもしれないし、眠れるときに眠っておいたほうがいいよ」
「彩が添い寝してくれたらすぐ眠れるんだけどな。病院に忍び込んでくる?」
「そんなことできるわけないでしょ」
 涼は家ではいつも秒で寝る人だ。当直の夜はやっぱり気を張ってるんだろう。
「じゃあ、おやすみ。当直がんばってね。忙しいのに電話くれてありがとう」
 イブだしもう少し話していたいけど、そろそろ寝てもらおう。終話しようと画面の向こうで携帯電話に手を伸ばしかけた涼が、手を止めて言った。
「彩、メリークリスマス。愛してるよ」
 唐突に言われて照れてしまった。私も同じ言葉を返して電話を切った。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

毎週金曜日、午後9時にホテルで

狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。 同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…? 不定期更新です。 こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...