断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

文字の大きさ
67 / 105
2章 魔王討伐

2-15 浄化完了……本当に?

しおりを挟む
「あなたに触れていると、胸に溜まった淀みが澄んでいく気がします」

「えっと……じゃあ……どうぞ?」

 とっさに言葉が出なくて、代わりに手を差し出した。
 イザークは何も言わない。
 私の手を凝視したまま、固まっている。

 せめて、イエスかノーかだけでも答えてほしい。
 針のむしろみたいな無言がしばらく続いて、イザークはやっと口を開いた。

「私は……処刑人です。聖女のあなたに理由もなく触れることは、控えるべきです」
 
 出た。また「処刑人だから」。
 そんな理由で手を引っ込めたくない。
 私が納得したように見えてしまう。

 文句を言おうかどうしようか、と考えていると、ナギがフンと鼻を鳴らした。

「まったく、気の利かない人間ですね」

「どういう意味でしょうか?」

「聖女様は『寒いから暖を与えよ』とおっしゃりたいのですよ」

「えっ」

 なんでそうなるの。
 と言う前に、イザークは立ち上がり、私のそばで腰を下ろした。

「そうでしたか。気づかず申し訳ありません」

 大きな手が私の肩を抱く。

 違う!
 違うけど、否定したら話がややこしくなりそうだ。

 何がしたかったの?とナギを見ると、嬉しそうに尻尾を振っている。
 もしかして、私がイザークとイチャイチャしたがっていると思ったんだろうか。
 なかなか手を引っ込めなかったから。

 気を利かせたつもりなんだろうな……
 その証拠に、丸い目がらんらんと輝き、よしよしを催促している。

 私はしばらくナギの頭をなで、そこでようやく静けさが戻った。

「魔王を倒したら」

 静けさの中、イザークがぽつりと呟く。

「故郷の様子を見に行こうと思います」

「あ、そうか。気になるよね。いつにする?」

 彼を見上げると、不思議そうな顔で見つめ返される。
 
「どうかした?ファルガランでしょ、行こうよ」

「……一緒に、ということですか?」

「え?……あっ、一人で行くつもりだった?ごめん、余計なこと言った!今のなし!」

 いつも一緒だから、ついうっかり。
 恥ずかしくて下を向くと、

「いいえ。お気遣いくださり、ありがとうございます」

 と、優しい囁きが降ってきた。
 ドキドキしたけど、同時に気持ちが沈んだ。

 イザークは喜んでくれた。
 でも、一緒に行こうとは言わない。

 感情を見せてくれても、私を守ってくれても、私から距離を取る。
 どうして彼は、一人になろうとするんだろう。

 考えているうちに、精霊たちの光が消えた。

「浄化が終わったのですね」

 私の肩を抱いていたイザークが、ゆっくりと離れていく。

「うん……」

「では、拠点へ戻りましょう」

「うん……あっ」

「どうされましたか?」

「……足、痺れちゃった」

 ヘヘ、と頭をかく私を、無表情のイザークが見つめる。

「というわけで、お願いがあるんだけど」

「拠点までお運びしましょうか」

「さすが、察しがいいね。いける?」

「休憩しましたので、問題ありません」

 イザークは嫌な顔ひとつ見せず、膝をつき、私を横抱きにした。
 ふと、地面に置かれた包みが目に入る。
 
「あ……お肉、どうしよう」

「ボクがはこぶ!」

「僕も……」

 四匹がふわふわと包みに集まり、抱え上げる。
 まるでお神輿を担いでいるみたいだ。

 イザークが先導して、私たちは森の中を進んだ。
 暖かい腕の中で、私はそっと息を吐いた。

 よかった、不調がばれずに済んだ。
 
 この森は想像以上に穢れが濃かった。
 浄化するのに魔力を使いすぎた。
 立ち上がっていたら、確実に倒れただろう。
 
 穢れを払い終えるまで体が持つだろうか……
 
 少しでも休むため、目を閉じる。
 それからどのくらい経ったのか、私は突然、

「アナベル!!」

という声に起こされた。

「えっ、な、何?」

「何?じゃないよ!」

 泣きそうな顔のレオナルドが、私のすぐそばに立っている。
 その隣には、涙目のリリィ。

「いきなりどこかへ行っちゃって……みんなで探したのよ!」

 いつの間にか、拠点に戻ってきたらしい。

「ごめん……でも、浄化しに行くって言ったら止められると思って」

「当たり前です!」

 大声はギデオンのものだ。

「倒れたらどうするんですか!というか、イザークが運んできたということは、お倒れになったんでしょう!?クソッ、俺がついていれば……!」

 ギデオンがものすごい目でイザークを睨むので、私は慌てて首を振った。

「違う違う!足が痺れたから運んでもらったの。そうしたら寝ちゃったんだよ。それだけ!」

「つまり疲れてたってことだよね?」

 ルークが上目遣いに私を見つめる。

「そう考えられますね。もう王都に帰るべきでしょう」

 イザークの言葉に、エリオットが頷いた。

「あなたと同意見というのは甚だ不本意ですが、私も賛成です」

「いやいや、心配しすぎだって!めちゃくちゃ元気だから!ミゾレ、あれをお願い!」

 私がリリィを指差すと、水が彼女にまとわりつく。
 
「きゃあっ!……え?」

 リリィが叫んだ時には、水は地面に吸い込まれていた。
 イザークの時と同様、リリィもピカピカのキラキラになっている。
 
 呆然とするレオナルドたちに、私は叫んだ。

「ほら、こんなこともできるんだよ?問題ありません!」

 私はイザークの腕から下りて、腰に手を当て、胸を張った。
 ひと眠りしたおかげか、何とかふらつかずに立っていられた。

「まあ、これができるなら……」

「でしょ?それに、イザークが狩りをしてくれたの。これで明日の朝、少しはゆっくりできるんじゃない?」

 私が精霊たちを呼ぶと、大きな包みがレオナルドたちの目の前に運ばれてきた。
 ギデオンが、目を丸くしてのけぞる。
 
「こ、これを一人で?」 

「はい」

「すげえ……」

「恐れ入ります」

 イザークの淡泊すぎるリアクションが不満だったのか、ギデオンがムスッと口を引き結んだ。
 しかしすぐに包みへ手を伸ばし、精霊たちから受け取る。

「これだけあれば、晩飯の一部を明日の朝に回せるな」

「じゃあ、急いで出発しなくてもいいってこと?」

 ルークの問いに、ギデオンがしっかりと頷きを返す。
 そこで、ようやくみんなの不安は解消されたらしい。

 王都へ帰ろう、という声は小さくなった。
 「無理はするな」と何度も釘を刺されたけど。
 特にイザークは、最後まで作戦の継続を渋っていた。

 とにかく、あとは低空飛行でも何でも、浄化を進めるだけ。
 少しずつ体力をすり減らしながら作業をこなし、予定地を回り……

 五日目の朝。
 ついに、西に広がる草原の真ん中で、最後の穢れを浄化した。

「終わった……」

 私はホッと息をつき、肩の力を抜いた。

 途端に視界が暗くなる。
 まずい、と頬をバチバチ叩いてみるものの、体が言うことを聞かず、うずくまってしまう。

「アナベル様!?」

 誰かが私を呼んだ。
 忙しい足音が私のそばへ集まってくる。
  
「大丈夫……」

「大丈夫じゃないだろ!」

 怒鳴った相手が私の体を支えた。
 イザークだろうか。

 いや、イザークの手はもっと大きい。

「無理はするなって言ったじゃないか!」

 この声はレオナルドだ。
 ごめん、でも無理をしないと間に合わないし。

 私が声も出ないほど疲弊しているので、周囲はますます騒然となる。

「レオ。拠点で休息してから王都へ帰りましょう」

「ああ、物資を持ってこさせよう」

 リリィたちの口早の会話を、私はぼんやりと聞いていた。
 やっと終わった。
 でも、本当に終わりなのかな?
 本当に、ここで倒れていいんだろうか?

 うっすらと不安が残っている。
 それは、突然耳に飛び込んできた叫びで、一気に膨れ上がった。

「国王陛下!リリィ様!」

 足音も会話も止まり、全員が息をのむ気配がした。

「よかった、やはりこちらにおられた……!王都より報告にまいりました!」

「あなた……エルディリス家の兵士?」 

 リリィが困惑の声で尋ねる。
 それに返事する余裕もないらしく、兵士は震える声で叫んだ。

「お、王都に魔王が出現しました!」

「……!」

 誰もが絶句する中、私は力を振り絞って立ち上がった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

【完結】婚約破棄された辺境伯爵令嬢、氷の皇帝に溺愛されて最強皇后になりました

きゅちゃん
ファンタジー
美貌と知性を兼ね備えた辺境伯爵令嬢エリアナは、王太子アレクサンダーとの婚約を誇りに思っていた。しかし現れた美しい聖女セレスティアに全てを奪われ、濡れ衣を着せられて婚約破棄。故郷に追放されてしまう。 そんな時、隣国の帝国が侵攻を開始。父の急死により戦場に立ったエリアナは、たった一人で帝国軍に立ち向かうことにー 辺境の令嬢がどん底から這い上がる、最強の復讐劇が今始まる!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

処理中です...