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3章 隣国へ
3-1 キレるアナベル
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「あー、ムカつく!」
王宮の廊下を、私は大股でドスドスと歩いていた。
その後ろから、リリィがバタバタとついてくる。
「アナベル、落ち着いて」
「落ち着けないよ!」
──さかのぼること、三十分。
私たちは議会に参加していた。
今日は見慣れない顔があった。
ケッティ伯爵が抜けたので、新しく地方領主が呼ばれたのだ。
やけに張り切っていたが、気持ちはわかる。
上層部に気に入られようとするのも、競争の激しい社交界では仕方ない。
でも、言っていいことと悪いことがある。
『アナベル様のご意見はすばらしい!偽物聖女とは大違いですな』
思い出すだけで頭にくる。
直接言われた時はキレてしまった。
強風で天井まで資料を吹き上げ、部屋を氷だらけの岩だらけにした。
最後に氷と岩を火で溶かしたあと、サウナみたいな湯気の中、私は新人議員に言った。
『次にそんな発言をしたら、寝室で同じことをしますから。あ、火はご自分で消してくださいね』
新人は半泣きで、椅子からずり落ちそうになっていた。
「というか、リリィも怒りなよ」
腕組みをして振り返ると、リリィは苦笑した。
「でも、私は本当に聖女じゃないもの。仕方ないわ」
その微笑みを見ていると、もう慣れてしまったんだな、と悲しくなる。
リリィは精霊たちにまで、「私たちの聖女様じゃない」だの何だのと言われていた。
四匹のことは大好きだけど、この点についてはモヤモヤしてしまう。
「リリィ……」
「いいの、私は暗黒術を頑張るから。この間の魔王戦で、暗黒術師も見直され始めているし。議事録もまた読んでみるわ。歴代のエルディリス当主が、どんなふうに司会を務めていたか。参考にして、頑張らなくちゃ」
「でも、お屋敷の管理もあるんでしょ?大丈夫?」
「屋敷のことは、お父様とフィンに任せているの。ルーシーも少しずつ家政を覚えてるみたい。あの子もいつか貴族家に嫁ぐでしょうから、よかったわ」
「そういえばルーシーは元気?いつも何して遊んでるの?」
何気なく尋ねると、リリィは急に黙った。
微笑みが引きつり、視線が泳ぐ。
まさか……会ってない?
「サムエルさんとフィンは?夏が終わって急に涼しくなったから、風邪とか引いてるんじゃないの?」
「ど、どうかしら……」
「リリィ」
私はリリィに詰め寄った。
「最近、家族に会ってないんでしょ。まさか、帰ってないとか?」
リリィは口をつぐみ、気まずそうにうつむいた。図星のようだ。
「もー、たまにはゆっくりしなよ。体を壊すよ」
「そうね……今日は家で夕食を取ろうかしら」
「そうそう。議事録のまとめは私がやるからさ」
というか、それぐらいはしないと申し訳が立たない。
なぜならこの一ヶ月、魔物がさっぱり姿を見せず、暇を持て余しているからだ。
魔王を倒したからなんだろうけど。
その立役者である私は、のんびりしてもバチは当たらないだろうけど。
落ち着かない、ものすごく。
「ありがとう、アナベル」
「それはこっちのセリフだよ。今まで任せきりでごめんね。それに、私もそろそろ頑張らないと。頭にカビが生えちゃう」
「ふふ。じゃあ、お礼にアナベルを夕食に呼んでいい?」
なるほど、そう来たか。
「そうだね、お呼ばれしようかな」
「本当!?だったら──」
「でもお泊まり会はできないの、ごめんね」
「そんなぁ……もしかして、イザークと約束がある?」
私は口をつぐみ、目を泳がせて、うつむいた。図星だった。
「なんでわかっちゃうかな……」
「だってアナベルはイザーク最優先だもの」
「そ、そう?」
「そうよ。夕食後に時間を取るなんて、イザーク相手くらいしかいないわ」
そこまで言って、リリィはハッと口を押さえた。
「まさか、アナベルの部屋に泊まるの!?」
「そんなわけないでしょ!夜に来るだけ!」
しかも、リリィには言えないが……深夜がいいらしい。
理由を聞いたけど、言葉を濁されてしまった。
最近、日中はどこかへ出掛けているようなので、仕方ないのだろう。
きっとそうだ、
深夜に来るからって、変な意味はない。
相手はあのイザーク。
きっとそうだ。
その後、仕事を終えた私はエルディリス邸へ向かった。
リリィとルーシーが、お揃いの青いドレスで出迎えてくれる。
妖精が二人もいる……
つい頬を緩めてしまう。
すると、リリィとルーシーもさらに笑顔になって、二人で私の手を取った。
「アナベル、いらっしゃい。食堂へ行きましょう」
「え、いきなり行っていいの?」
「だってその方がいいでしょう?」
笑顔のリリィに続き、ルーシーがぽそっと呟く。
「アナベル様、いつも『お腹減った』って言ってるから」
「……ごめん、今も言おうとしてた」
私の食い意地がばれて恥ずかしいけど、ありがたいので訂正はしない。
食堂で席につくと、ほぼ同時に前菜が運ばれてくる。
こんなに早いということは、厨房にもばれてるんじゃないか。
訂正はしないけど。
開き直って手を合わせ、食事を始める。
ガラスの器に盛られた緑色のクリームをスプーンですくい、頬張る。
舌の上でふわあ……と溶けていく。
なんだろう、このおいしいやつ。
野菜が使われてるみたいだけど、全然青臭くない。
「アナベル様、お気に召しましたか」
ふいに、サムエルさんから声をかけられた。
「あっ、はい。すごくおいしいです」
慌てて顔を上げると、サムエルさんは優しく微笑んだ。
「それは何よりです。ところで、今晩はイザークさんに会われると伺いましたが」
「えっ。ええ、まあ……」
リリィから聞いたのだろう。
若い男女が夜に会うなんて、とお説教でもされるんだろうか。
ちょっと身構えていると、サムエルさんはためらいがちに尋ねてきた。
「実は先日、私も町外れを訪ねまして」
「サムエルさんも?」
「最近は頻繁に行ってたんですって」
リリィが、すねたように口を挟んだ。
「どうしてイザークばっかりもてるのかしら」
「リリィ、私は暇を潰しに行ったんじゃないんだよ」
サムエルさんが困ったように声をかける。
「今は旧友とやり取りできるようになって、そのことを話したら、ファルガランの様子を知りたいと言われたんだ」
「イザークが、ファルガランの様子を……?」
私が誰にともなく呟いた。
その呟きにサムエルさんが頷く。
「イザークさんも、実際にファルガランに足を運んでいるそうです。ただ思うように情報を集められないと……その、立場的に」
「……なるほど」
イザークはファルガランの元王子。
魔王が現れた時の混乱に乗じて、臣下が主権を奪ったという話だったけど……
その臣下にとって、イザークは目の上のこぶに違いない。
あまり大々的には動けないのだろう。
「それで、サムエルさん。イザークはどんな話を聞いてきたんですか?」
「そうですね、一番熱心に聞かれたのは、聖女についてでしょうか」
「聖女?それなら私かリリィに聞けばいいのに」
さっきのリリィみたいに口を尖らせると、サムエルさんはちょっと笑って「いえ」と言った。
「イザークさんは、ファルガランの聖女について知りたいそうです」
「えっ!」
思わず大声が出てしまい、ルーシーが小さく飛び上がる。
私は「ごめん」と言いつつ、リリィと顔を見合わせた。
「ファルガランにも聖女っているの?」
王宮の廊下を、私は大股でドスドスと歩いていた。
その後ろから、リリィがバタバタとついてくる。
「アナベル、落ち着いて」
「落ち着けないよ!」
──さかのぼること、三十分。
私たちは議会に参加していた。
今日は見慣れない顔があった。
ケッティ伯爵が抜けたので、新しく地方領主が呼ばれたのだ。
やけに張り切っていたが、気持ちはわかる。
上層部に気に入られようとするのも、競争の激しい社交界では仕方ない。
でも、言っていいことと悪いことがある。
『アナベル様のご意見はすばらしい!偽物聖女とは大違いですな』
思い出すだけで頭にくる。
直接言われた時はキレてしまった。
強風で天井まで資料を吹き上げ、部屋を氷だらけの岩だらけにした。
最後に氷と岩を火で溶かしたあと、サウナみたいな湯気の中、私は新人議員に言った。
『次にそんな発言をしたら、寝室で同じことをしますから。あ、火はご自分で消してくださいね』
新人は半泣きで、椅子からずり落ちそうになっていた。
「というか、リリィも怒りなよ」
腕組みをして振り返ると、リリィは苦笑した。
「でも、私は本当に聖女じゃないもの。仕方ないわ」
その微笑みを見ていると、もう慣れてしまったんだな、と悲しくなる。
リリィは精霊たちにまで、「私たちの聖女様じゃない」だの何だのと言われていた。
四匹のことは大好きだけど、この点についてはモヤモヤしてしまう。
「リリィ……」
「いいの、私は暗黒術を頑張るから。この間の魔王戦で、暗黒術師も見直され始めているし。議事録もまた読んでみるわ。歴代のエルディリス当主が、どんなふうに司会を務めていたか。参考にして、頑張らなくちゃ」
「でも、お屋敷の管理もあるんでしょ?大丈夫?」
「屋敷のことは、お父様とフィンに任せているの。ルーシーも少しずつ家政を覚えてるみたい。あの子もいつか貴族家に嫁ぐでしょうから、よかったわ」
「そういえばルーシーは元気?いつも何して遊んでるの?」
何気なく尋ねると、リリィは急に黙った。
微笑みが引きつり、視線が泳ぐ。
まさか……会ってない?
「サムエルさんとフィンは?夏が終わって急に涼しくなったから、風邪とか引いてるんじゃないの?」
「ど、どうかしら……」
「リリィ」
私はリリィに詰め寄った。
「最近、家族に会ってないんでしょ。まさか、帰ってないとか?」
リリィは口をつぐみ、気まずそうにうつむいた。図星のようだ。
「もー、たまにはゆっくりしなよ。体を壊すよ」
「そうね……今日は家で夕食を取ろうかしら」
「そうそう。議事録のまとめは私がやるからさ」
というか、それぐらいはしないと申し訳が立たない。
なぜならこの一ヶ月、魔物がさっぱり姿を見せず、暇を持て余しているからだ。
魔王を倒したからなんだろうけど。
その立役者である私は、のんびりしてもバチは当たらないだろうけど。
落ち着かない、ものすごく。
「ありがとう、アナベル」
「それはこっちのセリフだよ。今まで任せきりでごめんね。それに、私もそろそろ頑張らないと。頭にカビが生えちゃう」
「ふふ。じゃあ、お礼にアナベルを夕食に呼んでいい?」
なるほど、そう来たか。
「そうだね、お呼ばれしようかな」
「本当!?だったら──」
「でもお泊まり会はできないの、ごめんね」
「そんなぁ……もしかして、イザークと約束がある?」
私は口をつぐみ、目を泳がせて、うつむいた。図星だった。
「なんでわかっちゃうかな……」
「だってアナベルはイザーク最優先だもの」
「そ、そう?」
「そうよ。夕食後に時間を取るなんて、イザーク相手くらいしかいないわ」
そこまで言って、リリィはハッと口を押さえた。
「まさか、アナベルの部屋に泊まるの!?」
「そんなわけないでしょ!夜に来るだけ!」
しかも、リリィには言えないが……深夜がいいらしい。
理由を聞いたけど、言葉を濁されてしまった。
最近、日中はどこかへ出掛けているようなので、仕方ないのだろう。
きっとそうだ、
深夜に来るからって、変な意味はない。
相手はあのイザーク。
きっとそうだ。
その後、仕事を終えた私はエルディリス邸へ向かった。
リリィとルーシーが、お揃いの青いドレスで出迎えてくれる。
妖精が二人もいる……
つい頬を緩めてしまう。
すると、リリィとルーシーもさらに笑顔になって、二人で私の手を取った。
「アナベル、いらっしゃい。食堂へ行きましょう」
「え、いきなり行っていいの?」
「だってその方がいいでしょう?」
笑顔のリリィに続き、ルーシーがぽそっと呟く。
「アナベル様、いつも『お腹減った』って言ってるから」
「……ごめん、今も言おうとしてた」
私の食い意地がばれて恥ずかしいけど、ありがたいので訂正はしない。
食堂で席につくと、ほぼ同時に前菜が運ばれてくる。
こんなに早いということは、厨房にもばれてるんじゃないか。
訂正はしないけど。
開き直って手を合わせ、食事を始める。
ガラスの器に盛られた緑色のクリームをスプーンですくい、頬張る。
舌の上でふわあ……と溶けていく。
なんだろう、このおいしいやつ。
野菜が使われてるみたいだけど、全然青臭くない。
「アナベル様、お気に召しましたか」
ふいに、サムエルさんから声をかけられた。
「あっ、はい。すごくおいしいです」
慌てて顔を上げると、サムエルさんは優しく微笑んだ。
「それは何よりです。ところで、今晩はイザークさんに会われると伺いましたが」
「えっ。ええ、まあ……」
リリィから聞いたのだろう。
若い男女が夜に会うなんて、とお説教でもされるんだろうか。
ちょっと身構えていると、サムエルさんはためらいがちに尋ねてきた。
「実は先日、私も町外れを訪ねまして」
「サムエルさんも?」
「最近は頻繁に行ってたんですって」
リリィが、すねたように口を挟んだ。
「どうしてイザークばっかりもてるのかしら」
「リリィ、私は暇を潰しに行ったんじゃないんだよ」
サムエルさんが困ったように声をかける。
「今は旧友とやり取りできるようになって、そのことを話したら、ファルガランの様子を知りたいと言われたんだ」
「イザークが、ファルガランの様子を……?」
私が誰にともなく呟いた。
その呟きにサムエルさんが頷く。
「イザークさんも、実際にファルガランに足を運んでいるそうです。ただ思うように情報を集められないと……その、立場的に」
「……なるほど」
イザークはファルガランの元王子。
魔王が現れた時の混乱に乗じて、臣下が主権を奪ったという話だったけど……
その臣下にとって、イザークは目の上のこぶに違いない。
あまり大々的には動けないのだろう。
「それで、サムエルさん。イザークはどんな話を聞いてきたんですか?」
「そうですね、一番熱心に聞かれたのは、聖女についてでしょうか」
「聖女?それなら私かリリィに聞けばいいのに」
さっきのリリィみたいに口を尖らせると、サムエルさんはちょっと笑って「いえ」と言った。
「イザークさんは、ファルガランの聖女について知りたいそうです」
「えっ!」
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