断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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3章 隣国へ

3-1 キレるアナベル

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「あー、ムカつく!」

 王宮の廊下を、私は大股でドスドスと歩いていた。
 その後ろから、リリィがバタバタとついてくる。

「アナベル、落ち着いて」

「落ち着けないよ!」

 ──さかのぼること、三十分。
 私たちは議会に参加していた。

 今日は見慣れない顔があった。
 ケッティ伯爵が抜けたので、新しく地方領主が呼ばれたのだ。

 やけに張り切っていたが、気持ちはわかる。
 上層部に気に入られようとするのも、競争の激しい社交界では仕方ない。

 でも、言っていいことと悪いことがある。

『アナベル様のご意見はすばらしい!偽物聖女とは大違いですな』

 思い出すだけで頭にくる。
 直接言われた時はキレてしまった。

 強風で天井まで資料を吹き上げ、部屋を氷だらけの岩だらけにした。
 最後に氷と岩を火で溶かしたあと、サウナみたいな湯気の中、私は新人議員に言った。

『次にそんな発言をしたら、寝室で同じことをしますから。あ、火はご自分で消してくださいね』

 新人は半泣きで、椅子からずり落ちそうになっていた。

「というか、リリィも怒りなよ」

 腕組みをして振り返ると、リリィは苦笑した。

「でも、私は本当に聖女じゃないもの。仕方ないわ」

 その微笑みを見ていると、もう慣れてしまったんだな、と悲しくなる。
 
 リリィは精霊たちにまで、「私たちの聖女様じゃない」だの何だのと言われていた。
 四匹のことは大好きだけど、この点についてはモヤモヤしてしまう。

「リリィ……」 
 
「いいの、私は暗黒術を頑張るから。この間の魔王戦で、暗黒術師も見直され始めているし。議事録もまた読んでみるわ。歴代のエルディリス当主が、どんなふうに司会を務めていたか。参考にして、頑張らなくちゃ」

「でも、お屋敷の管理もあるんでしょ?大丈夫?」

「屋敷のことは、お父様とフィンに任せているの。ルーシーも少しずつ家政を覚えてるみたい。あの子もいつか貴族家に嫁ぐでしょうから、よかったわ」

「そういえばルーシーは元気?いつも何して遊んでるの?」
 
 何気なく尋ねると、リリィは急に黙った。
 微笑みが引きつり、視線が泳ぐ。
 
 まさか……会ってない?

「サムエルさんとフィンは?夏が終わって急に涼しくなったから、風邪とか引いてるんじゃないの?」

「ど、どうかしら……」

「リリィ」

 私はリリィに詰め寄った。

「最近、家族に会ってないんでしょ。まさか、帰ってないとか?」

 リリィは口をつぐみ、気まずそうにうつむいた。図星のようだ。

「もー、たまにはゆっくりしなよ。体を壊すよ」

「そうね……今日は家で夕食を取ろうかしら」

「そうそう。議事録のまとめは私がやるからさ」

 というか、それぐらいはしないと申し訳が立たない。
 なぜならこの一ヶ月、魔物がさっぱり姿を見せず、暇を持て余しているからだ。

 魔王を倒したからなんだろうけど。
 その立役者である私は、のんびりしてもバチは当たらないだろうけど。

 落ち着かない、ものすごく。

「ありがとう、アナベル」

「それはこっちのセリフだよ。今まで任せきりでごめんね。それに、私もそろそろ頑張らないと。頭にカビが生えちゃう」

「ふふ。じゃあ、お礼にアナベルを夕食に呼んでいい?」

 なるほど、そう来たか。

「そうだね、お呼ばれしようかな」

「本当!?だったら──」

「でもお泊まり会はできないの、ごめんね」

「そんなぁ……もしかして、イザークと約束がある?」

 私は口をつぐみ、目を泳がせて、うつむいた。図星だった。

「なんでわかっちゃうかな……」

「だってアナベルはイザーク最優先だもの」

「そ、そう?」

「そうよ。夕食後に時間を取るなんて、イザーク相手くらいしかいないわ」

 そこまで言って、リリィはハッと口を押さえた。

「まさか、アナベルの部屋に泊まるの!?」

「そんなわけないでしょ!夜に来るだけ!」

 しかも、リリィには言えないが……深夜がいいらしい。
 理由を聞いたけど、言葉を濁されてしまった。
 最近、日中はどこかへ出掛けているようなので、仕方ないのだろう。

 きっとそうだ、
 深夜に来るからって、変な意味はない。
 相手はあのイザーク。
 きっとそうだ。

 その後、仕事を終えた私はエルディリス邸へ向かった。
 リリィとルーシーが、お揃いの青いドレスで出迎えてくれる。

 妖精が二人もいる……
 つい頬を緩めてしまう。

 すると、リリィとルーシーもさらに笑顔になって、二人で私の手を取った。

「アナベル、いらっしゃい。食堂へ行きましょう」

「え、いきなり行っていいの?」

「だってその方がいいでしょう?」
  
 笑顔のリリィに続き、ルーシーがぽそっと呟く。

「アナベル様、いつも『お腹減った』って言ってるから」

「……ごめん、今も言おうとしてた」

 私の食い意地がばれて恥ずかしいけど、ありがたいので訂正はしない。
 食堂で席につくと、ほぼ同時に前菜が運ばれてくる。

 こんなに早いということは、厨房にもばれてるんじゃないか。
 訂正はしないけど。

 開き直って手を合わせ、食事を始める。
 ガラスの器に盛られた緑色のクリームをスプーンですくい、頬張る。
 舌の上でふわあ……と溶けていく。
 
 なんだろう、このおいしいやつ。
 野菜が使われてるみたいだけど、全然青臭くない。

「アナベル様、お気に召しましたか」

 ふいに、サムエルさんから声をかけられた。

「あっ、はい。すごくおいしいです」

 慌てて顔を上げると、サムエルさんは優しく微笑んだ。

「それは何よりです。ところで、今晩はイザークさんに会われると伺いましたが」

「えっ。ええ、まあ……」

 リリィから聞いたのだろう。
 若い男女が夜に会うなんて、とお説教でもされるんだろうか。

 ちょっと身構えていると、サムエルさんはためらいがちに尋ねてきた。
 
「実は先日、私も町外れを訪ねまして」

「サムエルさんも?」

「最近は頻繁に行ってたんですって」

 リリィが、すねたように口を挟んだ。
 
「どうしてイザークばっかりもてるのかしら」

「リリィ、私は暇を潰しに行ったんじゃないんだよ」

 サムエルさんが困ったように声をかける。

「今は旧友とやり取りできるようになって、そのことを話したら、ファルガランの様子を知りたいと言われたんだ」

「イザークが、ファルガランの様子を……?」

 私が誰にともなく呟いた。
 その呟きにサムエルさんが頷く。

「イザークさんも、実際にファルガランに足を運んでいるそうです。ただ思うように情報を集められないと……その、立場的に」

「……なるほど」 

 イザークはファルガランの元王子。
 魔王が現れた時の混乱に乗じて、臣下が主権を奪ったという話だったけど……
 その臣下にとって、イザークは目の上のこぶに違いない。

 あまり大々的には動けないのだろう。

「それで、サムエルさん。イザークはどんな話を聞いてきたんですか?」

「そうですね、一番熱心に聞かれたのは、聖女についてでしょうか」

「聖女?それなら私かリリィに聞けばいいのに」

 さっきのリリィみたいに口を尖らせると、サムエルさんはちょっと笑って「いえ」と言った。

「イザークさんは、ファルガランの聖女について知りたいそうです」

「えっ!」

 思わず大声が出てしまい、ルーシーが小さく飛び上がる。
 私は「ごめん」と言いつつ、リリィと顔を見合わせた。

「ファルガランにも聖女っているの?」
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