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山河 枝

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2章 魔王討伐

2-20 微笑み

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  ◇

 その日、王都は色とりどりの花飾りであふれていた。
 レオナルドが即位した時以上のお祝いムードだ。

 無理もない。
 討伐から五日が過ぎ、魔王の消滅が確定したのだから。

 中央広場では、楽団が朝から演奏を続けている。
 老いも若きも手を取り合い、曲に合わせて踊っている。

 子どもたちは花籠を手に、大通りで花を配り歩いている。

「お姉ちゃん、お花どうぞ!」

 黒髪おさげの女の子が、私に花を差し出してきた。
 私はマントのフードをかぶり直し、水色の花を受け取った。
 護衛として来てくれたジョルジュさんも、ピンクの花をもらっている。

「ありがとう」
 
 私が笑い返すと、女の子が瞬きをする。
 
「お姉ちゃん、聖女様に似てるね。アナベル様の方」

「そう?それは光栄だね」

「あたしはリリィ様の方が好きだけど。可愛いもん」

「わかる。妖精みたいだよね」

 私は女の子とクスクス笑い合い、それからまた目的地へ──町外れへと歩を進める。
 
 三十分ほど前、女神の服みたいな白いローブを着て、王宮のバルコニーに出た。
 部屋へ戻ってすぐ、一番地味なワンピースとマントを身に着けた。
 
 そしてジョルジュさんと二人、厨房から外へ飛び出したのだ。

「本当にバレてないんでしょうか……」

 ジョルジュさんが、キョロキョロしながら私に尋ねてくる。

「大丈夫。そんなに縮こまってる方が、逆に目立っちゃうよ」

 そもそも、誰も私たちに注意を払わないのだが。
 聖女が王宮から逃亡するなんて、祭りに浮かれる人々は、夢にも思わないらしい。
 
 町外れの森へ入ると、喧騒が一気に遠ざかる。
 吸血鬼の根城みたいな屋敷に着くと、ジョルジュさんがさりげなく距離を取った。
 気遣いもあるのだろうが、まだイザークがちょっと怖いらしい。

 私はフードを脱ぎ、息を整えてから、いつものように玄関のドアを叩いた。
 
 しばらくして、ドアが開く。
 現れたイザークは、私の顔を見るなり、呆れたようにため息をついた。

「来てはいけないと、言付けたのですが。陛下から聞いておられませんか?」

「聞いたよ。でも私、死刑を取り消された公爵令嬢サマで、聖女サマだからー。人の命令は聞かないんでーす」

「命令ではなく──」

 イザークはふいに言葉を切り、怪訝そうに眉を寄せた。
 それから私の手首をつかみ、家の中へ引き入れる。

「えっ、何?」

 急にどうしたんだろう。
 イザークは黙ったまま、正面の部屋へ向かっていく。
 
「こちらへどうぞ」

 入った部屋は、客間だった。
 私はイザークに手を引かれ、一番やわらかそうなソファに座らされた。

「どうしたの?」

「顔色が少しお悪いです」

「ああ、しばらく寝たきりだったから。ちょっと体がなまってるかも」

 立ち上がろうとすると、骨張った手に肩を押さえられた。
 
「休憩なさってください」

「そう言われても、一人だけ座ってると気まずいんだけど」

 私は隣の空きスペースをポンポンと叩いた。
 イザークが、その場所をじっと見下ろす。

「……では、失礼いたします」

 そう言って、ちょっと不本意そうに、私の隣に腰を下ろした。

 一呼吸置いて、横目でイザークを見る。
 彼は膝に目を落としていた。

「イザーク、大丈夫?」

「はい、お気遣いなく。先の戦いで、私は大したことはしておりません」

「その……体調じゃなくて、気持ちの方」

「問題ありません」

「本当?」

 私はイザークの顔を覗き込んだ。
 相変わらずの端正な顔を。

 長いまつ毛の向こうに、澄んだ緑の瞳がある。
 宝石みたいなその瞳を、探るように見つめた。

 苦しみが潜んでいないか。
 悲しみが隠れていないか。

 ほとんど瞬きをせず、息を詰め、イザークの瞳を凝視する。
 イザークも、気圧されたように私を見つめ返している。

 その緑の瞳が、ふいに細くなった。
 口角がかすかに上がる。

「ふふっ……どうしたんですか。そんなに見つめても、何もお答えできませんよ」

 イザークは、ほんの少し頬を染めて、困ったような微笑みを私に向けている。
 
「……え?」

 思わず、ぽかんとしてしまった。
 イザークは微笑んだまま、私に尋ねてきた。

「何か?」

「何って……だって、イザーク……笑ってるよ」

「私が?」
 
 イザークは意表を突かれたように笑みを消し、自分の口に触れた。

「……たしかに。普段は使わない箇所に、力を入れていたようです」

「だよね。笑ってたよね。イザークが、笑って……」
 
 とっさに息を吸い込む。
 その拍子に目から涙がこぼれた。

「アナベル様?」

「ご、ごめん。でも、だって、イザークが……イザークが……!」

 言葉にしようとするほど、涙が出てきてしまう。

 でも、しょうがないじゃないか。
 見ることは叶わないだろうと諦めていたものが、突然目の前に現れたのだ。
 感激して何が悪い。

 何度も頬を拭っていると、イザークが私を抱きしめてきた。

「こうしたら、また泣き止んでくれますか?」

 イザークがおかしそうに言った。
 また笑っているんだ。

 以前と同じシチュエーションなのに、今度は余計に涙が出てしまう。

「む、無理……っ」

「なぜ?」

「嬉しすぎて、泣いてるから……イ、イザークが笑うと、止まらなくなっちゃう……っ」

 しゃくり上げながら、どうにか答えた。
 するとイザークは困ったように、それでいて甘い声で囁いた。

「そんなことを言わないでください……次にあなたが来た時、追い返せなくなってしまいます」

「わ、わかった……じゃあ、次は、泣きながら遊びに来る」

「……困った人だな」

 それからイザークは、クスクス笑いが止まらなくなったらしい。
 そのせいで、私の涙もあふれ続けていく。

 
 ……結局、私は帰り際まで泣き止むことができず、ジョルジュさんにぐしゃぐしゃの顔を見られてしまった。





 ◆◆◆◆◆


 

 お読みいただきありがとうございました。
 2章終了です。

 25話前後を想定していましたが、予定より早く終わりました。
 1話1話に詰めすぎたかもしれません。
 そして後半はヒロインがへろへろ。

 お疲れ様でした、本当に。
 お付き合いくださり恐れ入ります……

 
 お気に入り、しおり、いいね、エールなどもありがとうございます。
 おかげさまで「よし、書こう」が「よし!書こう!」になりました。


 次章では、イザークが色々とすごいことになります。
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