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3章 隣国へ
3-2 ただ、あなたの顔が見たくて
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「はい。私は、その家系の者なんです」
サムエルさんの言葉に、私はリリィと一緒に目を丸くする。
「ですからイザークさんは、私に尋ねてきたのでしょう。なぜファルガランの聖女について調べているのかは、わかりませんが……」
スープが運ばれてきたけど、サムエルさんの話に釘付けで、食べるどころじゃない。
リリィも同じだったようで、スプーンも持たずに身を乗り出した。
「じゃあ、お父様はファルガランの聖女の末裔、ということ?」
「そうだよ、昔は聖殿で家族と暮らしていた。私の姉は聖女の資質を継いでいただろうな。リリィは知らなかったのかい?」
「だ、だってそんな話、一度も……あっ、じゃあファルガランにも精霊様がいるの?」
「ああ。アルデリアとは別に、四柱の精霊様がおられる」
私とリリィは、また顔を見合わせて、サムエルさんを見て、そしてさらに顔を見合わせ……
サムエルさんは小さく吹き出したが、すぐ寂しそうな笑みを浮かべた。
「しかし、ファルガランの精霊様は、今はどこにおられるのか……聖女の証も、魔王出現と同時に失われてしまったらしいし」
サムエルさんが物思いにふける。
話が止まったので、私はスープを食べ始めた。
リリィやサムエルさんも、つられて食事を再開する。
スープが半分ほど減った時、サムエルさんがふと口を開いた。
「それにしても妙ですね。なぜイザークさんは、夜遅く、と指定したのでしょうか」
「え?ファルガランに行ってるから夜しか空いてないんですよね?」
「本日はお屋敷にいるはずです。昨日も会いましたが、そう話していたので」
「えっ……」
それならイザークは、どうして「夜がいい」と言ったんだろう。
モヤモヤしながら食事を終えて、リリィとルーシーに「また来てね」と見送られ、私は王宮へ帰った。
魔王を倒したあと、ヘイルフォード邸に戻ることも考えた。
しかし、兄のアーサーとまだ微妙にギクシャクしているのだ。
正直、ちょっと肩が凝る。
レオナルドも快諾してくれたし、ジョルジュさんを始め、慣れた人たちがいるから、王宮の方が気楽でいい。
聖女のペンダントを外し──リリィの勧めで私が持つことになった──寝室のケースにしまった。
湯浴みを済ませてあとは寝るだけ、という時。
見張りの兵士がドアをノックした。
「アナベル様、処刑人イザークが訪問してまいりました」
「わかった、通して」
ドキドキしながら答えた。
しばらくしてドアが開く。
イザークは、処刑人のトレードマークである黒マントを身につけていなかった。
そのせいで、余計に王子様っぽく見える。
燭台の灯りに横から照らされて、顔の彫りが深いのがよくわかる。
「アナベル様、夜更けに申し訳ありません」
イザークは、綺麗な所作でお辞儀をした。
「いいけど……何かあった?話したいことでもあるの?」
「いいえ、何も」
「じゃあ、なんで?」
「ただ、あなたの顔が見たくて」
イザークは澄んだ緑の瞳で、真剣な顔で、私を見つめる。
本気で言っているらしい。
そもそもイザークは冗談なんか言わないけど。
それはともかく、一つ言いたい。
──この人、何言ってんの!?
「あ、あの……えっと……」
酔っ払ったみたいに顔が熱くて、頭がぼーっとして、舌が回らない。
足がもつれる。
「わ、私……お茶を頼んでくる!」
私は自室を飛び出した。
廊下を走り、「外の空気を吸いたいから」と、見張りに頼んでバルコニーへ出る。
「何なのよ……」
シルクの寝間着の上から胸を押さえた。
心臓が、爆発しそうなほどドクドクと脈打っている。
というか、どうしよう。
思わず逃げてしまったけど。
「でも、あんなこと言われたら逃げる以外にどうしようもないよね……」
ほかの人なら、何かうまい返しを思いつくのかもしれない。
でも、恋愛なんて乙女ゲームでしか経験してないし。
「嬉しい、私も会いたかった」とか絶対に言えない。
その前に口から砂糖を吐く。
とにかく……逃げてしまったことは、仕方ない。
ひとまず落ち着いてから戻ろう。
息をついて空を仰ぐと、星がよく見えた。
今日は新月。
泥棒に一番入られやすい日だって、ジョルジュさんが言ってたっけ。
何度か深呼吸をして、夜の空気で胸を満たす。
少しずつ冷静になってくる。
「……よし」
私は廊下へ戻り、魔王と対決した時より緊張しながら、歩を進めた。
ひとまず、どんなお茶にするか聞いてみよう。
そこから用事を確認するんだ。
イザークが、本当に何もなく私に会いに来るはずがない。
ぐるぐると考えながら自室へ戻った。
なのに、見張り兵は私に一言。
「処刑人は帰りました」
「へ?」
彼は、私が飛び出してすぐ、「帰ります」と言って立ち去ったらしい。
約束を守れません、申し訳ありません──と言付けて。
約束を守れないというのは、会いに来たけどすぐ帰ったから?
ほかに予定があったんだろうか。
じゃあ何で来たんだろう。
本当に顔が見たかっただけ?
それなら夜じゃなくてもいいのに。
というか、夜に来るなら何もせずに帰らないでよ!
何かしろってわけじゃないけど!
と、悶々としながら、いつの間にか朝を迎えていた。
「眠い……」
それもこれもイザークのせいだ。
私は彼への文句をブツブツと言いながら、いつものように枕元のテーブルへ手を伸ばした。
ケースの蓋を開け、ペンダントを取り出す。
それがいつものルーティンだ。
でも、今日はできなかった。
──ペンダントが、ない。
サムエルさんの言葉に、私はリリィと一緒に目を丸くする。
「ですからイザークさんは、私に尋ねてきたのでしょう。なぜファルガランの聖女について調べているのかは、わかりませんが……」
スープが運ばれてきたけど、サムエルさんの話に釘付けで、食べるどころじゃない。
リリィも同じだったようで、スプーンも持たずに身を乗り出した。
「じゃあ、お父様はファルガランの聖女の末裔、ということ?」
「そうだよ、昔は聖殿で家族と暮らしていた。私の姉は聖女の資質を継いでいただろうな。リリィは知らなかったのかい?」
「だ、だってそんな話、一度も……あっ、じゃあファルガランにも精霊様がいるの?」
「ああ。アルデリアとは別に、四柱の精霊様がおられる」
私とリリィは、また顔を見合わせて、サムエルさんを見て、そしてさらに顔を見合わせ……
サムエルさんは小さく吹き出したが、すぐ寂しそうな笑みを浮かべた。
「しかし、ファルガランの精霊様は、今はどこにおられるのか……聖女の証も、魔王出現と同時に失われてしまったらしいし」
サムエルさんが物思いにふける。
話が止まったので、私はスープを食べ始めた。
リリィやサムエルさんも、つられて食事を再開する。
スープが半分ほど減った時、サムエルさんがふと口を開いた。
「それにしても妙ですね。なぜイザークさんは、夜遅く、と指定したのでしょうか」
「え?ファルガランに行ってるから夜しか空いてないんですよね?」
「本日はお屋敷にいるはずです。昨日も会いましたが、そう話していたので」
「えっ……」
それならイザークは、どうして「夜がいい」と言ったんだろう。
モヤモヤしながら食事を終えて、リリィとルーシーに「また来てね」と見送られ、私は王宮へ帰った。
魔王を倒したあと、ヘイルフォード邸に戻ることも考えた。
しかし、兄のアーサーとまだ微妙にギクシャクしているのだ。
正直、ちょっと肩が凝る。
レオナルドも快諾してくれたし、ジョルジュさんを始め、慣れた人たちがいるから、王宮の方が気楽でいい。
聖女のペンダントを外し──リリィの勧めで私が持つことになった──寝室のケースにしまった。
湯浴みを済ませてあとは寝るだけ、という時。
見張りの兵士がドアをノックした。
「アナベル様、処刑人イザークが訪問してまいりました」
「わかった、通して」
ドキドキしながら答えた。
しばらくしてドアが開く。
イザークは、処刑人のトレードマークである黒マントを身につけていなかった。
そのせいで、余計に王子様っぽく見える。
燭台の灯りに横から照らされて、顔の彫りが深いのがよくわかる。
「アナベル様、夜更けに申し訳ありません」
イザークは、綺麗な所作でお辞儀をした。
「いいけど……何かあった?話したいことでもあるの?」
「いいえ、何も」
「じゃあ、なんで?」
「ただ、あなたの顔が見たくて」
イザークは澄んだ緑の瞳で、真剣な顔で、私を見つめる。
本気で言っているらしい。
そもそもイザークは冗談なんか言わないけど。
それはともかく、一つ言いたい。
──この人、何言ってんの!?
「あ、あの……えっと……」
酔っ払ったみたいに顔が熱くて、頭がぼーっとして、舌が回らない。
足がもつれる。
「わ、私……お茶を頼んでくる!」
私は自室を飛び出した。
廊下を走り、「外の空気を吸いたいから」と、見張りに頼んでバルコニーへ出る。
「何なのよ……」
シルクの寝間着の上から胸を押さえた。
心臓が、爆発しそうなほどドクドクと脈打っている。
というか、どうしよう。
思わず逃げてしまったけど。
「でも、あんなこと言われたら逃げる以外にどうしようもないよね……」
ほかの人なら、何かうまい返しを思いつくのかもしれない。
でも、恋愛なんて乙女ゲームでしか経験してないし。
「嬉しい、私も会いたかった」とか絶対に言えない。
その前に口から砂糖を吐く。
とにかく……逃げてしまったことは、仕方ない。
ひとまず落ち着いてから戻ろう。
息をついて空を仰ぐと、星がよく見えた。
今日は新月。
泥棒に一番入られやすい日だって、ジョルジュさんが言ってたっけ。
何度か深呼吸をして、夜の空気で胸を満たす。
少しずつ冷静になってくる。
「……よし」
私は廊下へ戻り、魔王と対決した時より緊張しながら、歩を進めた。
ひとまず、どんなお茶にするか聞いてみよう。
そこから用事を確認するんだ。
イザークが、本当に何もなく私に会いに来るはずがない。
ぐるぐると考えながら自室へ戻った。
なのに、見張り兵は私に一言。
「処刑人は帰りました」
「へ?」
彼は、私が飛び出してすぐ、「帰ります」と言って立ち去ったらしい。
約束を守れません、申し訳ありません──と言付けて。
約束を守れないというのは、会いに来たけどすぐ帰ったから?
ほかに予定があったんだろうか。
じゃあ何で来たんだろう。
本当に顔が見たかっただけ?
それなら夜じゃなくてもいいのに。
というか、夜に来るなら何もせずに帰らないでよ!
何かしろってわけじゃないけど!
と、悶々としながら、いつの間にか朝を迎えていた。
「眠い……」
それもこれもイザークのせいだ。
私は彼への文句をブツブツと言いながら、いつものように枕元のテーブルへ手を伸ばした。
ケースの蓋を開け、ペンダントを取り出す。
それがいつものルーティンだ。
でも、今日はできなかった。
──ペンダントが、ない。
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