断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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3章 隣国へ

3-3 彼を探して

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 全身の血が、一気に引いたように感じた。
 例の法律が頭をよぎる。

 ──ペンダントを盗んだ者は、死刑──

 死刑……イザークが?
 思考がピタリと止まる。

 頭が理解を拒否する。
 空のケースを前に、私はしばらく立ち尽くしていた。

「……アナベル様?」

 呼ばれて、ハッと我に返った。
 慌ててケースの蓋を閉め、振り向く。

 レオナルドが付けてくれた年配の侍女が、背後に立っていた。
 笑顔に戸惑いがにじんでいる。

「もうお目覚めでいらしたのですね。着替えをお手伝いいたしましょうか?」

「あ、う、うん。ありがとう」

 落ち着け、自分。
 ここで呆然としていても、どうにもならない。

 イザークがペンダントを持ち去った、と決めつけるのは早計だ。
 仮にイザークが盗んだとしても、事情があるはず。
 とにかく彼に話を聞こう。

 私は着替えと朝食を手早く済ませると、ジョルジュさんを連れて城を出た。

 お忍び用の地味な馬車に乗り、町外れへ向かう。
 森の手前で降りて、ジョルジュさんと先を急ぐ。

 イザークの屋敷が見えてくる。
 開けた場所へ出た時、屋敷から人が出てきた。

 一瞬ドキッとしたけど、イザークより背がかなり低い。
 お団子にまとめられた髪は白く、足首丈のスカートを履いている。
 明らかにおばあさんだ。

 以前、イザークが話していた通いのメイドさんだろうか。
 おばあさんは大きなトランクを重そうに持ち、こっちに向かって歩いてきた。

 なんとなく嫌な予感がして、私は思わず立ち止まった。
 ジョルジュさんが心配そうに尋ねてくる。

「アナベル様、どうかなさいましたか?」

「うん、ちょっと……」

「ずいぶん急いでおられましたが、処刑人が何か?」

「いや、別に……」

 曖昧な受け答えをしている間に、おばあさんはどんどん近付いてくる。
 そのうち、彼女は私たちに気づいた。

「あら、あなたたちは?」

 視力があまりよくないのだろう、しわに囲まれた目をショボショボさせている。
 そのせいか、私が聖女だとばれていないようだ。

「私は……イザークの友達です。イザークはいますか?」

「それが、旦那様は引っ越しなさって。今朝早く出発なさったのよ。知らなかった?」

 おばあさんは済まなさそうに言った。

「……そんな」

 イザークの訪問後になくなったペンダント。
 逃げるようにいなくなったイザーク。

 どうしても二つが繋がってしまう。

「引っ越しって、どこに……?」

「さあ、何もおっしゃらなかったから……もう仕事をしなくていい、と言われたのがつい昨日で。慌てて荷物をまとめていたし」

 そう言ったおばあさんは、気遣わしげに「でもね」と続けた。

「しばらく故郷へ帰るって。それがどこかはわからないけど」

 故郷──ファルガランだろうか。
 きっとそうだ。
 イザークはサムエルさんに、ファルガランについて尋ねていた。

「……わかりました。ありがとうございます、助かります」

「そう?お役に立ててよかったわ。じゃあ、私はこれで」

「あっ、よかったら馬車に乗りませんか」

「馬車?」

 おばあさんは不思議そうな顔をして、私について来た。
 そして、お忍び用の馬車──一般市民には持てない個人用馬車を前に、固まってしまった。

 ジョルジュさんと一緒に、おばあさんを馬車に乗せ、聞き出した住所へ向かう。
 人目につかない場所に馬車を停めた時、おばあさんはようやく自分を取り戻したらしい。

「馬車をお持ちで、旦那様を訪ねてくるなんて……まさか、あなたは……アナベル様?」

「ええ、まあ」

「アナベル様が旦那様と親しい、という噂は本当だったのですね……ご、ご無礼をいたしました」

「いえ、普通に接してもらえる方が助かります。聖女がウロウロしてたら、騒ぎになっちゃうんで」

「そ、そうですね……あの」

「はい?」

「引っ越しのこと、本当に何も聞かれていないのですか?」

「……そうなんです。嫌われちゃったんですかね」

 ショックをごまかすため、肩をすくめる。
 すると、おばあさんは「いいえ」とかぶりを振った。

「今朝、旦那様は王宮を見つめて『必ず返します』と呟いていました。何かお貸ししたのでしょう?」

 貸したというか、取られたというか。
 私は無言で頷いた。

「でしたら、旦那様はまた帰って来ますよ」

「そう、でしょうか……」

 正直なところ、「裏切られた」「見捨てられた」という思いがなかったわけじゃない。
 だけどおばあさんの話で、そうした気持ちが消えていく。

 おばあさんは馬車を降りると、何度も頭を下げ、帰路についた。
 彼女が大通りに入るのを見守りつつ、私は考えを頭にめぐらせた。

 イザークは、私を裏切るつもりじゃなかった。
 それなら、何を思って姿を消したのか。
 
 そして「かならず返す」ということは……
 やはりペンダントを盗んだのはイザークなのか。

 彼を追いたい。
 でも、一人で闇雲に探しても見つからないだろう。
 誰かに相談しないと。

 すぐに思い浮かんだのは、情けないことにイザークだった。
 ここに彼はいないのに。

 だんだん心細くなってくる。
 早く誰かに相談しなくちゃ。
 精霊たちだって、どうしているか。
 冷静に聞いてくれそうなのは……

 まず、レオナルドだろうか。
 あの子はイザークに一番同情的だ。

 それに、私の転生直前──アナベルがリリィに掴みかかったあとも、彼だけはアナベルを哀れんでいた。
 よし、レオナルドに相談しよう。

 王宮へ引き返し、レオナルドに取り継いでほしい、と近衛兵に伝える。
 通されたのは国王の執務室だった。

 そこにいたのはレオナルドと、もう一人。

「アナベルか」

「あ、あら……お父様じゃないですか」
 
 まずい。
 父の前では絶対に相談できない。
 「イザークを捕らえて処刑だ」と即決される。

「あのぉ……お父様。陛下と大事な話をしたいのですが」

「政治関係か?それなら私も同席しよう」

「いやあ、それが……本当に、本っ当に大事な話なので、ほかの方に聞かれるのは……」

 父はちょっと眉をひそめたが、「まあいい」と言い、ドアへと歩き出した。

「そこまで言うなら席を外そう。陛下、私に伝えるべきだと判断なさったら、すぐにお話しください」

「あ、ああ、わかった。みんな、部屋の前で待機してくれないか」

 レオナルドが声をかけると、父に続いて親衛隊も、ジョルジュさんも執務室を出ていった。
 二人きりになって、外から鳥の声が聞こえるだけになって……
 
 私はゴクリと喉を鳴らし、レオナルドに向き直った。

「レオナルド。落ち着いて聞いてくれる?」

「何……?」

 レオナルドは表情を強張らせた。

「あのね、まず……ああ、そうだ。謝らないと。ごめん。本当に、ごめんなさい。私、完全に油断してた」

「な、何のこと?」

「聖女のペンダントがなくなったの。状況的に、イザークが持って行ったんだと思う」

 レオナルドの口が半開きになった。
 間の抜けた顔に、みるみる驚愕が広がっていく。

「何だって──!」

「しーっ!しーっ!!」

「……っ、ご、ごめん」

 レオナルドは胸を押さえて、何回も何回も深呼吸をした。
 そして、「そうであってほしい」と言いたげに呟いた。

「……何か、理由があるはずだ」

「私もそう思う。とにかく、早くイザークを探さなくちゃ。『返す』とは言ってたらしいけど、その前にペンダントがないってばれたら大騒ぎになるよ」

 ひとまず、話は聞いてもらえた。
 私は胸をなで下ろしたが、レオナルドの表情は硬かった。

「そうだね、イザークを探そう。だけど……アナベル、今から残酷なことを言うよ」
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