断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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3章 隣国へ

3-5 イザークの理由

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「城に行くには、こちらが近道です!」 

 サムエルさんが手綱を引き、一本の路地に入った。
 私たちもそれに続く。

 右に左に道が曲がり、まるで迷路だ。

「この道……本当に城へ向かっているのか?」

「ギデオン、よそ見は禁物です。サムエル様を見失いますよ。一人でこの町を出られるのですか?」

 エリオットの言葉で、ギデオンだけではなく全員が黙った。
 いつ着くのかと不安になってきた頃、突然視界が開けた。

 色あせた廃城が、巨大な幽鬼のようにそびえている。
 その前で佇む人物は、黒いマントをつけていないせいか、鮮やかに浮き上がって見えた。

「イザーク!」

 私が呼ぶと、肩に布の袋を提げたイザークは、ゆっくりと振り返った。
 驚いた様子はない。

「やはり皆様でしたか」

 私たちの到着を察していたのだろう。
 彼は、遠くの気配まで読めるから。

「居場所は知られないと思ったのですが……お手数をおかけしました。アルデリアに戻りましょう」

「いや、戻りましょうって……ほかに言うことがあるでしょ!?」

 イザークがあまりにも平然としているので、急に腹が立ってきて、怒鳴ってしまった。

「ペンダントを持っていったの、イザークなんだよね?」

「はい。申し訳ございません」

「そんな……必要なら言えばいいじゃない。私をたぶらかさなくても、手を貸してあげたのに!」

「誑かす!?」

 レオナルドたちが、まず私を、次にイザークを見る。
 イザークは、困ったように眉を寄せた。
 
「誑かしたつもりはございませんが」

「じゃあ、どういうつもりだったのよ!わざわざ来る約束をして、何の用かと思ったら、『あなたの顔が見たかっただけです』って!」

「……そんなこと、アナベルに言ったの?」

 リリィが引き気味にイザークを見つめる。

「しかも深夜に……無駄に緊張しちゃったじゃない!」

「緊張って、ドキドキしたってこと……?」

 レオナルドが恐る恐る尋ねてくる。

「そうだよ!だって夜に部屋へ行きたい、なんて言うから!」

「でも、アナベルはそれを拒否しなかったわけだよな……はあ……」

 レオナルドはため息をついてうなだれた。
 ギデオンやエリオット、ルークも同じように落ち込んでいる。

 なぜかはわからないけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「ねえ、イザーク……昼間に来て、きちんと相談してほしかったよ!」

 八つ当たりで喚いていると、馬の耳が落ち着かなげに、ピクピクッと動いた。
 私は慌てて声を落とした。
 
「ペンダントを盗むために、私に嘘をついて動揺させて──」

「嘘ではありません」

 イザークはきっぱりと私の話を遮った。
 私は反射的に口をつぐんだ。

「ペンダントを奪うだけが目的なら、警備兵を気絶させ、王宮に侵入します」

「警備を気絶って……一応、熟練の兵士なんだが」

「イザークならやりかねませんよ……」

 ギデオンとエリオットが、コソコソと言い合っている。
 それを横目に、イザークがまた口を開いた。

「ペンダントを奪った者は死刑。ですから、最期にあなたの顔を見たかったのです。『絶対に死なない』というお約束を守れず、申し訳ありません」

 静かに言われて、私は言葉を失った。
 心の片隅では、「イザークは生きることにしがみつくはずだ」と思っていた。

 なのに、ためらいなく「最期に」と言われたら、どう返せばいいかわからない。
 「約束を守れない」という言葉の真意を突きつけられて、なぜ盗んだのか、と聞く余裕もなくなった。

 呆然とする私へ、イザークが声をかけてくる。

「アナベル様、こちらへ来ていただけますか。ペンダントをお返しします」

「……アナベル様、どうぞ」

 後ろにいたはずのエリオットが、私に手を差し伸べていた。
 私が呆けている間に馬を降りたらしい。

 促されるまま、私も馬を降り、イザークと向かい合った。

「ご心配をおかけしました。アナベル様にも、精霊様にも、謝罪いたします」

 イザークは深く頭を下げると、布の袋から、柔らかそうな包みを取り出した。
 彼はそれを丁寧に、丁寧に開いた。
 
 聖女のペンダントが現れる。
 イザークが、それを私の首にかけた途端、精霊たちがほわわんと現れた。

「聖女様……!来てくださったのですね、ありがとうございます!」

 ナギが私の胸元に飛び込んでくる。

「聖女様ーっ!」

「聖女さまだ!」

 ほかのみんなも私に向かって突撃してくる。
 ピィピィ、キュンキュンと大騒ぎ。
 母犬にじゃれつく子犬の群れみたいだ。

「みんな、お待たせ」

 元気そうな精霊たちに安堵して、みんなを抱きしめる。
 少しだけ心が慰められる。

 そうしていると、レオナルドが、イザークの方に馬を寄せた。

「イザーク。僕は国王として、君を捕縛して、その……」

「承知しております。ご足労いただき恐れ入ります」

「う、うん……でもその前に、ペンダントを盗った理由を聞かせてくれないか」

「少々長くなりますが」

「それでも聞きたいんだよ。ものすごく不安だったし、心配したんだから」

 ギデオンたちも同じなのだろう。
 誰も異議を唱えない。

 もちろん私だって知りたい。
 死刑回避の糸口になるかもしれないのだから。

「では、僭越せんえつながら……」

 イザークは廃城を振り返り、ぽつりと呟いた。

「ファルガランの、聖女の証を探そうと思ったのです」

「聖女の証?」

 聞き返したレオナルドに、イザークは頷いた。

「アナベル様のペンダントと、ファルガランの聖女の証──両者は同じ石から生まれたそうです。精霊様が力を結晶化し、それを分けたと。ですから、引き合うのではないかと考えたのですが……」

「見つからなかったのか?」

「……はい。そこで、次はファルガランの聖女にペンダントを託し、使えるか試そうと思いました」

「試すって……あ、危ないこと考えるなあ。暴走したらどうするんだよ」

「マチルダ様が身につけた際、それだけでは問題ないようでした。ですので、ひとまず精霊様の反応を見ようかと、今朝聖殿へ行ってまいりましたが……」

 聖殿、という言葉にサムエルさんが息をのむ。
 リリィも不安そうにイザークへ尋ねる。

「どうだったの?」

「完全に破壊されていました。聖女の生存も望み薄でしょう」

 サムエルさんの顔が青ざめる。
 それに気づいたイザークが目を伏せた。

「失礼しました」

「いえ……噂は聞いていましたので」

 サムエルさんはゆっくりと息を吐き、イザークを見た。

「ですが、なぜそこまで?なぜ、ファルガランの聖女に力を使わせたかったのですか?」

「……そうだよ」

 私はなんとか気持ちを落ち着けて、イザークに尋ねた。

「そんなに、ファルガランの聖女の力が必要なの?」

「はい。この国も、奥へ行けば穢れが広がっています。それに……」

「それに?」

「非常に手強い魔物が増えているそうです。早く討伐しなくては」

「そうだったの!?」

 じゃあ今からぶっ飛ばしに──という言葉は、イザークの一言で引っ込んでしまった。

「一匹一匹に、魔王並みの力があるかもしれません」

 それは……途中で魔力が切れるかもしれない。
 私はため息をつき、しかしすぐに拳を握った。

 準備を整えて、また来よう。
 そして魔物を一匹ずつ潰そう。

 ファルガランが安全になったら、イザークが元気になるかもしれない。
 生きる気力が湧いて、処刑から逃げてくれるかもしれない。

 考えていると、イザークが顔をしかめた。

「アナベル様は戦わないでください」

「まだ何も言ってないじゃん……というか、なんで?」

「もう、あなたを苦しめたくないのです」

 それは、先日の浄化旅について言っているのだろうか。
 だから私に相談せず、ペンダントを盗った?
 私が倒れるのを見たくないから?
 
 大事にされて嬉しいというより、彼の思いを推しはかれなかった自分が悔しくてならない。
 だけど時間は戻せない。

 それなら何としても、ここから挽回してやる。

「……イザーク、気にしてくれてありがとう。でも、だからって見過ごせないよ。今のファルガランには、魔物を倒せる人がいないんでしょ?」

「それに、そんな魔物がいるなら、いつかアルデリアも襲撃されるかもしれない」

 そう言ったのはレオナルドだ。

「もっと数が増える前に、僕たちで倒してしまおう」

「忙しくなるわね。イザークの処刑を回避する方法まで考えなくちゃいけないんだから」

 あごに手を当てるリリィに、「ねえ」とルークが声をかける。

「その件、このままごまかせないかな?ヘイルフォード公爵にもばれてないみたいだし」
 
「いえ、私は……」

 イザークが何か言おうとするも、みんなの前向きな話し合いには口を挟めないようだ。

 その後、イザークは大人しくついてきたが、アルデリアに帰るまでの道中、渋い顔をしていた……と思う。
 私はあまり見ていないけど。

 なぜなら、イザークが乗ってきた馬に乗せてもらったからだ。
 私は前方を眺めつつ、背後のイザークに話しかけた。

「イザーク、アルデリアの王都だよ。もうすぐ着くよ」

「……そうですね」

 返ってきたのは、低い声。

「ねえ、そろそろ機嫌を直したら?イザークがみんなに心配されて、私は嬉しいよ。孤立してると思ってたから」

「気分を害したのでは、ありません……」

 やっぱり低い声が返ってくる。
 ただ、たしかに不機嫌というより落ち込んでいるようだ。

 まるで、物事がうまく進まなかったような……

 ファルガランの魔物を倒すことは決まったのに、どうして喜ばないんだろう。
 私が心配、というわけでもなさそうだ。

 考えながら王都に入る。
 その瞬間、考え事は吹き飛んでしまった。

 大勢の兵士が現れ、私たちを取り囲んだからだ。
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