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3章 隣国へ
3-7 イザークを迎えに
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「アナベル。これからのアルデリアにおいて、魔物は脅威ではなくなる。魔王は倒れ、真の聖女も見つかったからな。その代わり、別のものが脅威となるだろう」
何だと思う?と父が目で問いかけてくる。
「うーん、アルデリアは災害が少ないし……外国でしょうか?」
「そうだ。次の脅威は、他国からの侵略行為。襲撃を受ければ、アルデリアは潰されるやもしれん」
「でも、これまでは何事もなく──あ、そうか」
私はポンと手を叩いた。
「今後はファルガランが守ってくれるか、わからないってことですね」
「ああ。魔王が現れるまで、アルデリアはファルガランを盾にしてきた。それは、ファルガラン王家にかろうじて忠誠心が残っていたからだ」
「そっか……今は、臣下の一人に乗っ取られたんですよね?」
「カスティル公爵のことか?あいつとは手を組みにくい。アルデリアに見捨てられたと思っているだろうからな」
見捨てたというのは、アルデリアのあんな貴族やこんな貴族が、ファルガランへ不良品を送った件だろう。
というか、カスティル公爵「とは」手を組みにくい、ということは……
「まさか……アルデリアに友好的なイザーク王子を、ファルガラン国王に据えるつもりですか?」
だからイザークを助ける、ということなのか。
父の発想に、思わず顔をしかめてしまった。
「でも、うちの前王様、イザークの家族に死刑宣告しちゃってますけど」
「実質、命令を出したのはマチルダだ。それに、イザーク王子は自責の念に駆られているからな。こちらに補償を求めることはあるまい」
「……人の弱みにつけ込むのはどうかと思います」
ジト目で父を見たものの、どこ吹く風、といった表情だ。
しかし、ふいにその顔が曇った。
「まあ、そもそもの問題があるが」
「問題?」
「イザーク王子がペンダントを盗んだことだ。もう、その事実はも揉み消せん」
そういえば、すでに一部の貴族に知られているんだ。
どこに耳があるか、わかったものじゃない。
「王子がファルガランへ逃げても、アルデリアの議員たちが引き渡しを要請したら、カスティル公は嬉々として王子を捕らえるだろうな」
ファルガランの現統治者にとって、元王子は不穏分子でしかない──父はそう続けた。
「じゃあ、まずは死刑を取り消さなくちゃ……」
「その点は、さほど悩むことはないだろう」
「え!?」
私は数秒、絶句した。
目を大きく開いて、父を見つめる。
「イザークの死刑、取り消せるんですか?」
「おそらくは。というか、お前も思いついていたんじゃないのか?」
「いえ、全然何も」
正直に答えたのに、父は「信じられない」と言いたげな顔で私を凝視してきた。
「……まあいい。とにかく、今夜が一番脱獄しやすいはずだ。明日になれば、貴族どもがご機嫌伺いの私兵をよこしてくるだろうからな」
「そうなると面倒ですね……ところで、本当に大丈夫なんですよね?」
「何がだ?」
「さっき、『サムエルさんが身代わりになる』って……」
「イザークと服を交換し、代わりに牢へ入る手筈だ。本人も了承している」
「そうじゃなくて、うっかり処刑しないでってことですよ!」
必死に訴えたのに、父は馬鹿にするようにフンと笑った。
「心配しすぎだ。元王子とはいえ、他国の王族を処刑したがる人間がいると思うか?」
「……いないかも」
貴族本人が手を下すわけではないが、処刑命令は出さなくてはならない。
後々責任問題に発展すると面倒だから、積極的に「やれ!」と言う貴族はいないだろう。
「しかも、陛下にも連絡を取ったのだが……親衛隊やリリィ様と、魔物討伐に同行なさるそうだ。国王、司会ともに不在なら、議会そのものが先送りだな」
「それはありがたいですけど……今回も結構危ないですよ。反対しないんですか?」
「『アルデリア国王が、ファルガランの魔物討伐に協力したと示せたら、ファルガランに対して強気に出られる』との仰せだ。お連れしろ」
「……わかりました」
レオナルドも、すっかり計算高くなっちゃって。
国王として成長したとも言えるけど。
「とにかく……夜になったらイザークを連れ出して、レオナルドたちと合流すればいいんですね」
「ああ。ただ、事情を知る者は少ない方がいい。牢番には、『アナベルとサムエルが処刑人と話したがっている、席を外せ』と伝えておく。長居すると怪しまれるぞ」
「イザークたちが服を交換するだけでしょう?三分もかからないですよ」
「……どうだろうな。事がうまく運べばいいが」
父は額に手を当て、厳しい表情でうつむいた。
警備を手薄にするのに、何を危惧しているんだろう。
私は首を傾げつつ、夜が深まるのを待った。
夕食後、時間潰しに本を読んでいると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
はやる気持ちを抑えて、なるべく淡々と返事をする。
「失礼いたします」
サムエルさんの声がして、ドアが開いた。
彼はベージュのマントを着て、フードをかぶっていた。
下を向くと、目元が隠れて誰だかわからない。
おまけに、サムエルさんは金髪の長身。
一瞬イザークと間違えそうだ。
「アナベル様。お誘いいただいたのに、遅くなりまして申し訳ありません。仕事が立て込んでおりまして」
なるほど、そういう設定なのか。
「こちらこそ、お忙しいところすみません。でも、夜の方が落ち着いて話せますから、ちょうどよかったです」
「ありがとうございます。それでは参りましょう」
私たちは焦りを押し殺して、階下へ向かった。
地下へ足を踏み入れると、急に空気がひんやりとする。
私たちに気付いた牢番が、一礼して階段を上がっていった。
その姿が見えなくなり、ほかの牢に誰もいないことを確認してから、
「……イザーク」
と、施錠された牢に声をかける。
薄暗がりの中、ベッドに腰掛けるイザークが立ち上がった。
彼は、いつもの黒いフード付きマントを着ていた。
私の父が渡したのだろうか。
イザークは音もなくこちらへ近づいて、出入り口の前で止まった。
「イザーク、お父様から作戦は聞いてる?」
「はい」
「じゃあ、早くサムエルさんと交代して」
私は父に渡された鍵で、牢の扉を開けた。
一歩下がって、イザークが出てくるのを待つ。
しかし、イザークはその場から動かない。
「早く来て。牢番が戻ってきちゃう」
「アナベル様……私は、行きません」
「え……?」
予想外の返答に、とっさに言葉が出なかった。
「な、何を言ってるの?ファルガランの魔物を倒しに行こうよ」
「アナベル様がおられるのなら、私がいなくとも目的は果たせるでしょう」
「そうかもしれないけど……ここにいたら処刑されるんだよ。嫌でしょ?」
嫌だと言って。
そう祈ったけれど、返ってきたのは無言だった。
「イザークさん。何を考えているのですか?」
ふと、サムエルさんが口を開いた。
静かな問いに、イザークは小さな声で答え始める。
「アナベル様がおそばにいると……心が安らぎます。安らいで、しまうのです。兄と母を殺した、この私が」
「……そんな自分が許せないのですね?だから、このまま法に従いたいと?」
サムエルさんの問いに、イザークは黙って頷いた。
法に従いたい。それはつまり、死刑を望んでいるということだ。
イザークは死を願っている──それを頭が理解した瞬間、私の膝から力が抜けた。
「アナベル様……!」
イザークがかすれた声で私を呼ぶ。
膝をついた私を、サムエルさんが慌てて支えてくれる。
イザークはまだ出てこないが、さらに焦った様子でまくし立てる。
「アナベル様、私を置いて地上へお戻りください。牢番が様子を見に来てしまいます」
そう言われても、頭がクラクラしてどうにもならない。
「サムエル殿、アナベル様を外へお連れしてください……!」
イザークに頼まれたサムエルさんは、「はい」と言いかけて、やめた。
その代わり、含みのある声で答えた。
「私はヘイルフォード公爵に、『処刑人の身代わりをせよ』と言いつかっています。イザークさんが外へ出てください」
「なっ……!」
イザークは小さく舌打ちをした。
それから素早くひざまずき、私に声をかけてきた。
「アナベル様、お逃げください。牢番に見られれば、いずれ話が広がります」
そうだろうな、と私はぼんやり思った。
人の口に戸は立てられない。
イザークの件だってそうだ。
密かに行動したつもりなのに、宮廷貴族に知られてしまった。
「死刑囚の牢を開けたとあれば、サムエル殿がどんな罰を受けるか。アナベル様も糾弾されます。立ってください、アナベル様」
「無理……というか、嫌だ」
「嫌?」
「イザークをここに置いていくのは、嫌……」
そう呟くと、イザークは呆れたようにため息をついた。
「本当に困った人だな……どうすれば立ってくださるのですか」
どうすれば….
どうすれば、イザークは生きてくれる?
彼には生きたいという気持ちがない。
でも、私を大切にしてくれている。
私との約束を、覚えていてくれた。
破ることになって申し訳ない、と謝ってくれた。
彼は律儀で真面目だから。
だから、次に交わす約束は、きっと破れなくなる。
「……イザーク、新しい約束をして」
「約束?」
「『死なない』じゃなくて、『一緒に生きる』って約束して。そうしたら、ここを出る」
何だと思う?と父が目で問いかけてくる。
「うーん、アルデリアは災害が少ないし……外国でしょうか?」
「そうだ。次の脅威は、他国からの侵略行為。襲撃を受ければ、アルデリアは潰されるやもしれん」
「でも、これまでは何事もなく──あ、そうか」
私はポンと手を叩いた。
「今後はファルガランが守ってくれるか、わからないってことですね」
「ああ。魔王が現れるまで、アルデリアはファルガランを盾にしてきた。それは、ファルガラン王家にかろうじて忠誠心が残っていたからだ」
「そっか……今は、臣下の一人に乗っ取られたんですよね?」
「カスティル公爵のことか?あいつとは手を組みにくい。アルデリアに見捨てられたと思っているだろうからな」
見捨てたというのは、アルデリアのあんな貴族やこんな貴族が、ファルガランへ不良品を送った件だろう。
というか、カスティル公爵「とは」手を組みにくい、ということは……
「まさか……アルデリアに友好的なイザーク王子を、ファルガラン国王に据えるつもりですか?」
だからイザークを助ける、ということなのか。
父の発想に、思わず顔をしかめてしまった。
「でも、うちの前王様、イザークの家族に死刑宣告しちゃってますけど」
「実質、命令を出したのはマチルダだ。それに、イザーク王子は自責の念に駆られているからな。こちらに補償を求めることはあるまい」
「……人の弱みにつけ込むのはどうかと思います」
ジト目で父を見たものの、どこ吹く風、といった表情だ。
しかし、ふいにその顔が曇った。
「まあ、そもそもの問題があるが」
「問題?」
「イザーク王子がペンダントを盗んだことだ。もう、その事実はも揉み消せん」
そういえば、すでに一部の貴族に知られているんだ。
どこに耳があるか、わかったものじゃない。
「王子がファルガランへ逃げても、アルデリアの議員たちが引き渡しを要請したら、カスティル公は嬉々として王子を捕らえるだろうな」
ファルガランの現統治者にとって、元王子は不穏分子でしかない──父はそう続けた。
「じゃあ、まずは死刑を取り消さなくちゃ……」
「その点は、さほど悩むことはないだろう」
「え!?」
私は数秒、絶句した。
目を大きく開いて、父を見つめる。
「イザークの死刑、取り消せるんですか?」
「おそらくは。というか、お前も思いついていたんじゃないのか?」
「いえ、全然何も」
正直に答えたのに、父は「信じられない」と言いたげな顔で私を凝視してきた。
「……まあいい。とにかく、今夜が一番脱獄しやすいはずだ。明日になれば、貴族どもがご機嫌伺いの私兵をよこしてくるだろうからな」
「そうなると面倒ですね……ところで、本当に大丈夫なんですよね?」
「何がだ?」
「さっき、『サムエルさんが身代わりになる』って……」
「イザークと服を交換し、代わりに牢へ入る手筈だ。本人も了承している」
「そうじゃなくて、うっかり処刑しないでってことですよ!」
必死に訴えたのに、父は馬鹿にするようにフンと笑った。
「心配しすぎだ。元王子とはいえ、他国の王族を処刑したがる人間がいると思うか?」
「……いないかも」
貴族本人が手を下すわけではないが、処刑命令は出さなくてはならない。
後々責任問題に発展すると面倒だから、積極的に「やれ!」と言う貴族はいないだろう。
「しかも、陛下にも連絡を取ったのだが……親衛隊やリリィ様と、魔物討伐に同行なさるそうだ。国王、司会ともに不在なら、議会そのものが先送りだな」
「それはありがたいですけど……今回も結構危ないですよ。反対しないんですか?」
「『アルデリア国王が、ファルガランの魔物討伐に協力したと示せたら、ファルガランに対して強気に出られる』との仰せだ。お連れしろ」
「……わかりました」
レオナルドも、すっかり計算高くなっちゃって。
国王として成長したとも言えるけど。
「とにかく……夜になったらイザークを連れ出して、レオナルドたちと合流すればいいんですね」
「ああ。ただ、事情を知る者は少ない方がいい。牢番には、『アナベルとサムエルが処刑人と話したがっている、席を外せ』と伝えておく。長居すると怪しまれるぞ」
「イザークたちが服を交換するだけでしょう?三分もかからないですよ」
「……どうだろうな。事がうまく運べばいいが」
父は額に手を当て、厳しい表情でうつむいた。
警備を手薄にするのに、何を危惧しているんだろう。
私は首を傾げつつ、夜が深まるのを待った。
夕食後、時間潰しに本を読んでいると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
はやる気持ちを抑えて、なるべく淡々と返事をする。
「失礼いたします」
サムエルさんの声がして、ドアが開いた。
彼はベージュのマントを着て、フードをかぶっていた。
下を向くと、目元が隠れて誰だかわからない。
おまけに、サムエルさんは金髪の長身。
一瞬イザークと間違えそうだ。
「アナベル様。お誘いいただいたのに、遅くなりまして申し訳ありません。仕事が立て込んでおりまして」
なるほど、そういう設定なのか。
「こちらこそ、お忙しいところすみません。でも、夜の方が落ち着いて話せますから、ちょうどよかったです」
「ありがとうございます。それでは参りましょう」
私たちは焦りを押し殺して、階下へ向かった。
地下へ足を踏み入れると、急に空気がひんやりとする。
私たちに気付いた牢番が、一礼して階段を上がっていった。
その姿が見えなくなり、ほかの牢に誰もいないことを確認してから、
「……イザーク」
と、施錠された牢に声をかける。
薄暗がりの中、ベッドに腰掛けるイザークが立ち上がった。
彼は、いつもの黒いフード付きマントを着ていた。
私の父が渡したのだろうか。
イザークは音もなくこちらへ近づいて、出入り口の前で止まった。
「イザーク、お父様から作戦は聞いてる?」
「はい」
「じゃあ、早くサムエルさんと交代して」
私は父に渡された鍵で、牢の扉を開けた。
一歩下がって、イザークが出てくるのを待つ。
しかし、イザークはその場から動かない。
「早く来て。牢番が戻ってきちゃう」
「アナベル様……私は、行きません」
「え……?」
予想外の返答に、とっさに言葉が出なかった。
「な、何を言ってるの?ファルガランの魔物を倒しに行こうよ」
「アナベル様がおられるのなら、私がいなくとも目的は果たせるでしょう」
「そうかもしれないけど……ここにいたら処刑されるんだよ。嫌でしょ?」
嫌だと言って。
そう祈ったけれど、返ってきたのは無言だった。
「イザークさん。何を考えているのですか?」
ふと、サムエルさんが口を開いた。
静かな問いに、イザークは小さな声で答え始める。
「アナベル様がおそばにいると……心が安らぎます。安らいで、しまうのです。兄と母を殺した、この私が」
「……そんな自分が許せないのですね?だから、このまま法に従いたいと?」
サムエルさんの問いに、イザークは黙って頷いた。
法に従いたい。それはつまり、死刑を望んでいるということだ。
イザークは死を願っている──それを頭が理解した瞬間、私の膝から力が抜けた。
「アナベル様……!」
イザークがかすれた声で私を呼ぶ。
膝をついた私を、サムエルさんが慌てて支えてくれる。
イザークはまだ出てこないが、さらに焦った様子でまくし立てる。
「アナベル様、私を置いて地上へお戻りください。牢番が様子を見に来てしまいます」
そう言われても、頭がクラクラしてどうにもならない。
「サムエル殿、アナベル様を外へお連れしてください……!」
イザークに頼まれたサムエルさんは、「はい」と言いかけて、やめた。
その代わり、含みのある声で答えた。
「私はヘイルフォード公爵に、『処刑人の身代わりをせよ』と言いつかっています。イザークさんが外へ出てください」
「なっ……!」
イザークは小さく舌打ちをした。
それから素早くひざまずき、私に声をかけてきた。
「アナベル様、お逃げください。牢番に見られれば、いずれ話が広がります」
そうだろうな、と私はぼんやり思った。
人の口に戸は立てられない。
イザークの件だってそうだ。
密かに行動したつもりなのに、宮廷貴族に知られてしまった。
「死刑囚の牢を開けたとあれば、サムエル殿がどんな罰を受けるか。アナベル様も糾弾されます。立ってください、アナベル様」
「無理……というか、嫌だ」
「嫌?」
「イザークをここに置いていくのは、嫌……」
そう呟くと、イザークは呆れたようにため息をついた。
「本当に困った人だな……どうすれば立ってくださるのですか」
どうすれば….
どうすれば、イザークは生きてくれる?
彼には生きたいという気持ちがない。
でも、私を大切にしてくれている。
私との約束を、覚えていてくれた。
破ることになって申し訳ない、と謝ってくれた。
彼は律儀で真面目だから。
だから、次に交わす約束は、きっと破れなくなる。
「……イザーク、新しい約束をして」
「約束?」
「『死なない』じゃなくて、『一緒に生きる』って約束して。そうしたら、ここを出る」
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