断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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3章 隣国へ

3-7 イザークを迎えに

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「アナベル。これからのアルデリアにおいて、魔物は脅威ではなくなる。魔王は倒れ、真の聖女も見つかったからな。その代わり、別のものが脅威となるだろう」

 何だと思う?と父が目で問いかけてくる。

「うーん、アルデリアは災害が少ないし……外国でしょうか?」

「そうだ。次の脅威は、他国からの侵略行為。襲撃を受ければ、アルデリアは潰されるやもしれん」

「でも、これまでは何事もなく──あ、そうか」

 私はポンと手を叩いた。

「今後はファルガランが守ってくれるか、わからないってことですね」

「ああ。魔王が現れるまで、アルデリアはファルガランを盾にしてきた。それは、ファルガラン王家にかろうじて忠誠心が残っていたからだ」

「そっか……今は、臣下の一人に乗っ取られたんですよね?」

「カスティル公爵のことか?あいつとは手を組みにくい。アルデリアに見捨てられたと思っているだろうからな」

 見捨てたというのは、アルデリアのあんな貴族やこんな貴族が、ファルガランへ不良品を送った件だろう。
 というか、カスティル公爵「とは」手を組みにくい、ということは……

「まさか……アルデリアに友好的なイザークを、ファルガラン国王に据えるつもりですか?」

 だからイザークを助ける、ということなのか。
 父の発想に、思わず顔をしかめてしまった。

「でも、うちの前王様、イザークの家族に死刑宣告しちゃってますけど」

「実質、命令を出したのはマチルダだ。それに、イザーク王子は自責の念に駆られているからな。こちらに補償を求めることはあるまい」

「……人の弱みにつけ込むのはどうかと思います」

 ジト目で父を見たものの、どこ吹く風、といった表情だ。
 しかし、ふいにその顔が曇った。

「まあ、そもそもの問題があるが」

「問題?」

「イザーク王子がペンダントを盗んだことだ。もう、その事実はも揉み消せん」

 そういえば、すでに一部の貴族に知られているんだ。
 どこに耳があるか、わかったものじゃない。

「王子がファルガランへ逃げても、アルデリアの議員たちが引き渡しを要請したら、カスティル公は嬉々として王子を捕らえるだろうな」

 ファルガランの現統治者にとって、元王子は不穏分子でしかない──父はそう続けた。
 
「じゃあ、まずは死刑を取り消さなくちゃ……」

「その点は、さほど悩むことはないだろう」

「え!?」

 私は数秒、絶句した。
 目を大きく開いて、父を見つめる。

「イザークの死刑、取り消せるんですか?」

「おそらくは。というか、お前も思いついていたんじゃないのか?」

「いえ、全然何も」

 正直に答えたのに、父は「信じられない」と言いたげな顔で私を凝視してきた。
 
「……まあいい。とにかく、今夜が一番脱獄しやすいはずだ。明日になれば、貴族どもがご機嫌伺いの私兵をよこしてくるだろうからな」
 
「そうなると面倒ですね……ところで、本当に大丈夫なんですよね?」

「何がだ?」

「さっき、『サムエルさんが身代わりになる』って……」
 
「イザークと服を交換し、代わりに牢へ入る手筈だ。本人も了承している」

「そうじゃなくて、うっかり処刑しないでってことですよ!」

 必死に訴えたのに、父は馬鹿にするようにフンと笑った。

「心配しすぎだ。元王子とはいえ、他国の王族を処刑したがる人間がいると思うか?」

「……いないかも」

 貴族本人が手を下すわけではないが、処刑命令は出さなくてはならない。
 後々責任問題に発展すると面倒だから、積極的に「やれ!」と言う貴族はいないだろう。

「しかも、陛下にも連絡を取ったのだが……親衛隊やリリィ様と、魔物討伐に同行なさるそうだ。国王、司会ともに不在なら、議会そのものが先送りだな」

「それはありがたいですけど……今回も結構危ないですよ。反対しないんですか?」

「『アルデリア国王が、ファルガランの魔物討伐に協力したと示せたら、ファルガランに対して強気に出られる』との仰せだ。お連れしろ」

「……わかりました」

 レオナルドも、すっかり計算高くなっちゃって。
 国王として成長したとも言えるけど。

「とにかく……夜になったらイザークを連れ出して、レオナルドたちと合流すればいいんですね」

「ああ。ただ、事情を知る者は少ない方がいい。牢番には、『アナベルとサムエルが処刑人と話したがっている、席を外せ』と伝えておく。長居すると怪しまれるぞ」

「イザークたちが服を交換するだけでしょう?三分もかからないですよ」

「……どうだろうな。事がうまく運べばいいが」

 父は額に手を当て、厳しい表情でうつむいた。

 警備を手薄にするのに、何を危惧しているんだろう。 
 私は首を傾げつつ、夜が深まるのを待った。
 
 夕食後、時間潰しに本を読んでいると、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 はやる気持ちを抑えて、なるべく淡々と返事をする。

「失礼いたします」

 サムエルさんの声がして、ドアが開いた。

 彼はベージュのマントを着て、フードをかぶっていた。
 下を向くと、目元が隠れて誰だかわからない。

 おまけに、サムエルさんは金髪の長身。
 一瞬イザークと間違えそうだ。

「アナベル様。お誘いいただいたのに、遅くなりまして申し訳ありません。仕事が立て込んでおりまして」

 なるほど、そういう設定なのか。

「こちらこそ、お忙しいところすみません。でも、夜の方が落ち着いて話せますから、ちょうどよかったです」

「ありがとうございます。それでは参りましょう」

 私たちは焦りを押し殺して、階下へ向かった。
 地下へ足を踏み入れると、急に空気がひんやりとする。

 私たちに気付いた牢番が、一礼して階段を上がっていった。

 その姿が見えなくなり、ほかの牢に誰もいないことを確認してから、

「……イザーク」

 と、施錠された牢に声をかける。
 薄暗がりの中、ベッドに腰掛けるイザークが立ち上がった。

 彼は、いつもの黒いフード付きマントを着ていた。
 私の父が渡したのだろうか。
 
 イザークは音もなくこちらへ近づいて、出入り口の前で止まった。

「イザーク、お父様から作戦は聞いてる?」

「はい」

「じゃあ、早くサムエルさんと交代して」

 私は父に渡された鍵で、牢の扉を開けた。
 一歩下がって、イザークが出てくるのを待つ。

 しかし、イザークはその場から動かない。

「早く来て。牢番が戻ってきちゃう」

「アナベル様……私は、行きません」

「え……?」

 予想外の返答に、とっさに言葉が出なかった。

「な、何を言ってるの?ファルガランの魔物を倒しに行こうよ」

「アナベル様がおられるのなら、私がいなくとも目的は果たせるでしょう」

「そうかもしれないけど……ここにいたら処刑されるんだよ。嫌でしょ?」

 嫌だと言って。
 そう祈ったけれど、返ってきたのは無言だった。
 
「イザークさん。何を考えているのですか?」

 ふと、サムエルさんが口を開いた。
 静かな問いに、イザークは小さな声で答え始める。

「アナベル様がおそばにいると……心が安らぎます。安らいで、しまうのです。兄と母を殺した、この私が」

「……そんな自分が許せないのですね?だから、このまま法に従いたいと?」

 サムエルさんの問いに、イザークは黙って頷いた。

 法に従いたい。それはつまり、死刑を望んでいるということだ。
 イザークは死を願っている──それを頭が理解した瞬間、私の膝から力が抜けた。

「アナベル様……!」

 イザークがかすれた声で私を呼ぶ。
 膝をついた私を、サムエルさんが慌てて支えてくれる。

 イザークはまだ出てこないが、さらに焦った様子でまくし立てる。

「アナベル様、私を置いて地上へお戻りください。牢番が様子を見に来てしまいます」

 そう言われても、頭がクラクラしてどうにもならない。

「サムエル殿、アナベル様を外へお連れしてください……!」
 
 イザークに頼まれたサムエルさんは、「はい」と言いかけて、やめた。
 その代わり、含みのある声で答えた。

「私はヘイルフォード公爵に、『処刑人の身代わりをせよ』と言いつかっています。イザークさんが外へ出てください」

「なっ……!」

 イザークは小さく舌打ちをした。
 それから素早くひざまずき、私に声をかけてきた。

「アナベル様、お逃げください。牢番に見られれば、いずれ話が広がります」

 そうだろうな、と私はぼんやり思った。
 人の口に戸は立てられない。

 イザークの件だってそうだ。
 密かに行動したつもりなのに、宮廷貴族に知られてしまった。
 
「死刑囚の牢を開けたとあれば、サムエル殿がどんな罰を受けるか。アナベル様も糾弾されます。立ってください、アナベル様」

「無理……というか、嫌だ」

「嫌?」

「イザークをここに置いていくのは、嫌……」

 そう呟くと、イザークは呆れたようにため息をついた。

「本当に困った人だな……どうすれば立ってくださるのですか」

 どうすれば….
 どうすれば、イザークは生きてくれる?

 彼には生きたいという気持ちがない。
 でも、私を大切にしてくれている。

 私との約束を、覚えていてくれた。
 破ることになって申し訳ない、と謝ってくれた。

 彼は律儀で真面目だから。
 だから、次に交わす約束は、きっと破れなくなる。

「……イザーク、新しい約束をして」

「約束?」

「『死なない』じゃなくて、『一緒に生きる』って約束して。そうしたら、ここを出る」
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