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3章 隣国へ
3-13 覚醒
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◇
北東地域に到着したアナベルが、フーにまとわりつかれながら、
「早く行きまショウ!まだデスか!」
と、プニプニぷよぷよと浄化を急かされていた頃──
レオナルドたちは、南東地域に差し掛かっていた。
魔物たちのかかとを斬りつけ、聖術や麻痺魔法を使い、群れを足止めしながら進んでいた。
そうやってジリジリと南下していたが……予想外の事態が起きた。
レオナルドが、青ざめて呟く。
「まずい、南東地域にも穢れが……!」
しかも、北東地域とほぼ同じ数の魔物が歩いてくる。
前方に数十体、後方にも数十体。
レオナルドたちは、魔物の群れに挟まれていた。
焦ったエリオットが、口早に叫ぶ。
「陛下、これだけの数は相手にできません。北上しましょう!」
「北上?」
ルークが泣き出しそうな声を漏らした。
「来た道を戻るってこと?」
「そうです。今、魔物は私たちを包囲しつつあります。包囲の輪が閉じる前に脱出し、こちらからアナベル様と合流するのです」
「そうだな……その作戦で行こう」
レオナルドが、うめくように返事をした。
「幸い、魔物の足は速くない。速度を上げなければ、馬の体力も持つだろう」
レオナルドは手綱を握りしめ、仲間へ呼びかけた。
「北上し、アナベルと合流する!まずは敵を撹乱するんだ。僕とリリィは西へ。ギデオン、エリオット、ルークは東へ!」
「かしこまりました!」
レオナルドの指示通り、五人は東西に分かれた。
魔物たちは包囲の輪を作り始めていたが、どの獲物を狙うべきかと足を止めた。
その隙に、五人は瞬間的にスピードを上げた。
ギデオンたち三人とレオナルドが、包囲の輪を抜ける。
リリィだけが、遅れていた。
「お願い、頑張って……!」
リリィの馬は、一般的な軍馬よりもやや小柄だ。
その体格差が大きく影響していた。
一匹の魔物が、遅れたリリィを捕まえようと手を伸ばす。
巨大な指先がリリィの頭にかかる、その直前。
突然、指先が切断された。
魔物は怯み、手を引っ込める。
「リリィ、今のうちに!」
引き返してきたレオナルドが、剣で切り落としたのだ。
「レオ!?どうして戻ってきたの!」
「当たり前だろ!リリィは僕の──」
そこまで叫んで、レオナルドは口をつぐんだ。
黙ったまま、駆け続けるリリィの馬を追った。
思いはあるのに言葉にならない、という沈黙が流れる。
レオナルドの馬が、リリィの馬の隣に並ぶ。
リリィは勢いに任せて、今まで怖くて聞けなかった問いを口にした。
「私は、レオの何?」
「君は……」
今のリリィは、アルデリアの聖女ではない。
守らなくとも議員たちには責められない。
しかし、レオナルドはリリィを助けずにはいられなかった。
その理由を探す間にも、魔物は近づいてくる。
「……王宮に帰ったら言うよ!」
そう答えて、レオナルドは前を向いた。
こんな時に考えることではないけれど、もしかして──と、かすかな期待がリリィの胸に生まれた。
◇
私とイザークは、北東地域の浄化を済ませて、予定通りに南下していた。
ぷにぷにのフーと一緒に。
この子のこと、みんなにどう説明しよう。
そんな考えは、予定にはない光景を前に、吹っ飛んでしまった。
レオナルドたちがこっちへ向かってくる。
彼らを追うのは、高さ数メートルもの黒い壁──いや、魔物の群れだ。
「何、あれ!?」
「もしや、南にも魔物がいたのではないでしょうか」
「だから戻ってきたってこと?と、とりあえず何とかしなくちゃ」
何の属性が効くだろう。
目を細くして、魔物を観察する。
まずは狼。
熊もいる。
それからトカゲ、鳥、コウモリ……
「あーもう、わかんない!みんな、全体攻撃をお願い!」
私の指示で、もふもふの精霊たちが矢のように飛んでいく。
レオナルドたちの背後で、派手な爆発が起きる。
前列の魔物たちは一網打尽にできた。
しかし──
「あれ?回復してる?」
「北東地域は浄化したはずですが……」
「もしかして、南東地域にも穢れがあるのかな?」
それなら、まずはそこを浄化しなくちゃ。
でも、そろそろレオナルドたちの馬に限界が来る頃だ。
魔物を攻撃しながら浄化する?
時間をかければできるかもしれない。
でも、魔物は大きい上に数が多すぎる……
グルグルと考えていると、レオナルドたちが急に騒ぎ出した。
内容は聞こえないが、リリィの馬だけ速度が上がった。
リリィの馬、あるいはリリィ自身が急変したらしい。
「フー、先に行くね!イザーク、馬の速度を上げて!」
馬を走らせて、リリィまであと十メートル、という地点で停止する。
すると、リリィは体当たりするのかという勢いで突進してきた。
「うわ……怖い怖い!リリィ、ストップ!」
リリィの馬は、私たちの真横に来ると、後ろ足で立ち上がって止まった。
全力で走らされたせいか、口の端から泡を噴いている。
「ど、どうしたの?大丈夫?」
しかしリリィは質問を無視して、必死の形相で叫んだ。
「アナベル、何か持ってない!?何か……とても大事なもの!」
いつもの可憐さは微塵もない。
別人のような剣幕だ。
私だけでなく、イザークまでたじろいでいる。
「リ、リリィ様、落ち着いてください」
「そうだよ、何があったの?」
「わからないの……でも、何か持ってない!?」
「な、何かって何?」
「とにかく、何か!」
リリィはひどく焦った様子で、私の方に身を乗り出してくる。
「あ、危ないよ!」
「わかってる!でも、でも……自分が自分じゃないみたいなの。ファルガランの王都でも、こんな感じがしたわ」
「王都?それなら指輪を拾ったけど……」
私は、腰に提げた小物入れから、ファルガランの聖女の証を取り出した。
瞬時にリリィの目の色が変わる。
「それ、ちょうだい!」
リリィは、私にぶつかりそうな勢いで手を出してきた。
目を大きく開き、指輪を見つめている。
まるで、ペンダントを奪おうとした時のアナベルみたいだ。
そう思った瞬間、ある考えがひらめいた。
ナギたちは、リリィのことを「私たちの聖女様ではない」と言った。
見方を変えれば、リリィは別の精霊の聖女、ということではないだろうか。
それに、リリィの父サムエルさんは、ファルガランの聖女の末裔。
聖女の力は娘にしか受け継がれないと思っていたけど、本当は息子にも継承されていたんじゃないか。
ただ、発現しないだけで。
それなら、もしかして──
私は、リリィに指輪を差し出した。
リリィは命をつかみ取るようにそれを握り込むと、慎重に自分の指にはめた。
「リリィ、どうしたんだ!?」
「何が起きたのですか!」
追いついてきたレオナルドたちは、ひどく困惑している。
そこへ、プニップニッと緊張感のない音が聞こえてきた。
フーも追いついたらしい。
「聖女様!聖女様デスね!」
フーがひときわ高く跳び、リリィの肩に乗った。
リリィは驚いて、馬からずり落ちそうになっている。
「な、何?」
「お会いしたかったデス!私の聖女様!」
フーはリリィに頬を寄せて、ぷにぷにと喜んでいる。
「よくわからないけど、可愛いかも……」
ちょっとときめいているリリィへ、私は言った。
「その子、フーっていうの。風の精霊なんだって。ファルガランの」
「その精霊様に聖女と呼ばれたのですから、リリィ様はファルガランの聖女ではないでしょうか?」
私とイザークの言葉に、リリィが唖然とする。
「ちょっと待って……この子が精霊で、私が聖女?ファルガランの?」
ギデオンたちも混乱しているのか、頭を抱えている。
「どういうわけで、そうなったんだ……?」
「まったくついていけませんが……ひとまず、話を中断した方がよさそうですね」
エリオットが後ろを振り返る。
さっき吹き飛ばした魔物が、腰のあたりまで再生して、こっちに向かって歩き始めていた。
私は、フーを抱きしめるリリィに声をかけた。
「リリィ。あいつらの後ろにも、まだ魔物がいるんだよね?」
「ええ、そうなの……このまま逃げ切れるかしら」
「逃げるより、浄化と攻撃を一気にやった方が確実だよ。リリィ、攻撃を担当してくれる?」
「私?でも、私は……」
「聖女様、魔物を倒すんデスか?倒しマスか?」
フーが目をキラキラさせて、リリィを見上げた。
「倒せるなら倒したいわ……でも……」
唇を噛むリリィに、私は「大丈夫」と声をかけた。
「今のリリィなら絶対できる!」
「アナベルがそう言うなら……フー、お願いしてもいい?」
「もちろんデス!」
リリィは指輪に触れて、祈るように目を閉じた。
フーが真っ白な光を放つ。
丸い体がぽーんと跳ねて、空中で静止する。
私たちの周りに風が吹く。
その風は、魔物たちの足元で竜巻に変わり、あっという間に黒い巨体を引き裂いた。
北東地域に到着したアナベルが、フーにまとわりつかれながら、
「早く行きまショウ!まだデスか!」
と、プニプニぷよぷよと浄化を急かされていた頃──
レオナルドたちは、南東地域に差し掛かっていた。
魔物たちのかかとを斬りつけ、聖術や麻痺魔法を使い、群れを足止めしながら進んでいた。
そうやってジリジリと南下していたが……予想外の事態が起きた。
レオナルドが、青ざめて呟く。
「まずい、南東地域にも穢れが……!」
しかも、北東地域とほぼ同じ数の魔物が歩いてくる。
前方に数十体、後方にも数十体。
レオナルドたちは、魔物の群れに挟まれていた。
焦ったエリオットが、口早に叫ぶ。
「陛下、これだけの数は相手にできません。北上しましょう!」
「北上?」
ルークが泣き出しそうな声を漏らした。
「来た道を戻るってこと?」
「そうです。今、魔物は私たちを包囲しつつあります。包囲の輪が閉じる前に脱出し、こちらからアナベル様と合流するのです」
「そうだな……その作戦で行こう」
レオナルドが、うめくように返事をした。
「幸い、魔物の足は速くない。速度を上げなければ、馬の体力も持つだろう」
レオナルドは手綱を握りしめ、仲間へ呼びかけた。
「北上し、アナベルと合流する!まずは敵を撹乱するんだ。僕とリリィは西へ。ギデオン、エリオット、ルークは東へ!」
「かしこまりました!」
レオナルドの指示通り、五人は東西に分かれた。
魔物たちは包囲の輪を作り始めていたが、どの獲物を狙うべきかと足を止めた。
その隙に、五人は瞬間的にスピードを上げた。
ギデオンたち三人とレオナルドが、包囲の輪を抜ける。
リリィだけが、遅れていた。
「お願い、頑張って……!」
リリィの馬は、一般的な軍馬よりもやや小柄だ。
その体格差が大きく影響していた。
一匹の魔物が、遅れたリリィを捕まえようと手を伸ばす。
巨大な指先がリリィの頭にかかる、その直前。
突然、指先が切断された。
魔物は怯み、手を引っ込める。
「リリィ、今のうちに!」
引き返してきたレオナルドが、剣で切り落としたのだ。
「レオ!?どうして戻ってきたの!」
「当たり前だろ!リリィは僕の──」
そこまで叫んで、レオナルドは口をつぐんだ。
黙ったまま、駆け続けるリリィの馬を追った。
思いはあるのに言葉にならない、という沈黙が流れる。
レオナルドの馬が、リリィの馬の隣に並ぶ。
リリィは勢いに任せて、今まで怖くて聞けなかった問いを口にした。
「私は、レオの何?」
「君は……」
今のリリィは、アルデリアの聖女ではない。
守らなくとも議員たちには責められない。
しかし、レオナルドはリリィを助けずにはいられなかった。
その理由を探す間にも、魔物は近づいてくる。
「……王宮に帰ったら言うよ!」
そう答えて、レオナルドは前を向いた。
こんな時に考えることではないけれど、もしかして──と、かすかな期待がリリィの胸に生まれた。
◇
私とイザークは、北東地域の浄化を済ませて、予定通りに南下していた。
ぷにぷにのフーと一緒に。
この子のこと、みんなにどう説明しよう。
そんな考えは、予定にはない光景を前に、吹っ飛んでしまった。
レオナルドたちがこっちへ向かってくる。
彼らを追うのは、高さ数メートルもの黒い壁──いや、魔物の群れだ。
「何、あれ!?」
「もしや、南にも魔物がいたのではないでしょうか」
「だから戻ってきたってこと?と、とりあえず何とかしなくちゃ」
何の属性が効くだろう。
目を細くして、魔物を観察する。
まずは狼。
熊もいる。
それからトカゲ、鳥、コウモリ……
「あーもう、わかんない!みんな、全体攻撃をお願い!」
私の指示で、もふもふの精霊たちが矢のように飛んでいく。
レオナルドたちの背後で、派手な爆発が起きる。
前列の魔物たちは一網打尽にできた。
しかし──
「あれ?回復してる?」
「北東地域は浄化したはずですが……」
「もしかして、南東地域にも穢れがあるのかな?」
それなら、まずはそこを浄化しなくちゃ。
でも、そろそろレオナルドたちの馬に限界が来る頃だ。
魔物を攻撃しながら浄化する?
時間をかければできるかもしれない。
でも、魔物は大きい上に数が多すぎる……
グルグルと考えていると、レオナルドたちが急に騒ぎ出した。
内容は聞こえないが、リリィの馬だけ速度が上がった。
リリィの馬、あるいはリリィ自身が急変したらしい。
「フー、先に行くね!イザーク、馬の速度を上げて!」
馬を走らせて、リリィまであと十メートル、という地点で停止する。
すると、リリィは体当たりするのかという勢いで突進してきた。
「うわ……怖い怖い!リリィ、ストップ!」
リリィの馬は、私たちの真横に来ると、後ろ足で立ち上がって止まった。
全力で走らされたせいか、口の端から泡を噴いている。
「ど、どうしたの?大丈夫?」
しかしリリィは質問を無視して、必死の形相で叫んだ。
「アナベル、何か持ってない!?何か……とても大事なもの!」
いつもの可憐さは微塵もない。
別人のような剣幕だ。
私だけでなく、イザークまでたじろいでいる。
「リ、リリィ様、落ち着いてください」
「そうだよ、何があったの?」
「わからないの……でも、何か持ってない!?」
「な、何かって何?」
「とにかく、何か!」
リリィはひどく焦った様子で、私の方に身を乗り出してくる。
「あ、危ないよ!」
「わかってる!でも、でも……自分が自分じゃないみたいなの。ファルガランの王都でも、こんな感じがしたわ」
「王都?それなら指輪を拾ったけど……」
私は、腰に提げた小物入れから、ファルガランの聖女の証を取り出した。
瞬時にリリィの目の色が変わる。
「それ、ちょうだい!」
リリィは、私にぶつかりそうな勢いで手を出してきた。
目を大きく開き、指輪を見つめている。
まるで、ペンダントを奪おうとした時のアナベルみたいだ。
そう思った瞬間、ある考えがひらめいた。
ナギたちは、リリィのことを「私たちの聖女様ではない」と言った。
見方を変えれば、リリィは別の精霊の聖女、ということではないだろうか。
それに、リリィの父サムエルさんは、ファルガランの聖女の末裔。
聖女の力は娘にしか受け継がれないと思っていたけど、本当は息子にも継承されていたんじゃないか。
ただ、発現しないだけで。
それなら、もしかして──
私は、リリィに指輪を差し出した。
リリィは命をつかみ取るようにそれを握り込むと、慎重に自分の指にはめた。
「リリィ、どうしたんだ!?」
「何が起きたのですか!」
追いついてきたレオナルドたちは、ひどく困惑している。
そこへ、プニップニッと緊張感のない音が聞こえてきた。
フーも追いついたらしい。
「聖女様!聖女様デスね!」
フーがひときわ高く跳び、リリィの肩に乗った。
リリィは驚いて、馬からずり落ちそうになっている。
「な、何?」
「お会いしたかったデス!私の聖女様!」
フーはリリィに頬を寄せて、ぷにぷにと喜んでいる。
「よくわからないけど、可愛いかも……」
ちょっとときめいているリリィへ、私は言った。
「その子、フーっていうの。風の精霊なんだって。ファルガランの」
「その精霊様に聖女と呼ばれたのですから、リリィ様はファルガランの聖女ではないでしょうか?」
私とイザークの言葉に、リリィが唖然とする。
「ちょっと待って……この子が精霊で、私が聖女?ファルガランの?」
ギデオンたちも混乱しているのか、頭を抱えている。
「どういうわけで、そうなったんだ……?」
「まったくついていけませんが……ひとまず、話を中断した方がよさそうですね」
エリオットが後ろを振り返る。
さっき吹き飛ばした魔物が、腰のあたりまで再生して、こっちに向かって歩き始めていた。
私は、フーを抱きしめるリリィに声をかけた。
「リリィ。あいつらの後ろにも、まだ魔物がいるんだよね?」
「ええ、そうなの……このまま逃げ切れるかしら」
「逃げるより、浄化と攻撃を一気にやった方が確実だよ。リリィ、攻撃を担当してくれる?」
「私?でも、私は……」
「聖女様、魔物を倒すんデスか?倒しマスか?」
フーが目をキラキラさせて、リリィを見上げた。
「倒せるなら倒したいわ……でも……」
唇を噛むリリィに、私は「大丈夫」と声をかけた。
「今のリリィなら絶対できる!」
「アナベルがそう言うなら……フー、お願いしてもいい?」
「もちろんデス!」
リリィは指輪に触れて、祈るように目を閉じた。
フーが真っ白な光を放つ。
丸い体がぽーんと跳ねて、空中で静止する。
私たちの周りに風が吹く。
その風は、魔物たちの足元で竜巻に変わり、あっという間に黒い巨体を引き裂いた。
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