断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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4章 主権奪還

4-15 結婚式

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 純白のドレスとベールを身につけた私は、ファルガラン王城の聖堂内へ足を踏み入れた。

 アルデリアから来てくれた父の腕を取り、前方を睨みつける。
 どの参列者が誰なのか、少しでも確認しておきたい。

 この時の私は、

『激戦区に赴く兵士のような顔つきだった』

 ……らしい。
 後から兄に聞いたので、誇張かもしれないが。

 頭では、愛想良くすべきだとわかっていた。
 しかし、必死の準備を何日も続けていたので、すぐには切り替えられない。

 結婚式なのに、このまま殺伐とした気分で終わるのか。
 そう思った時、咳払いが聞こえた。

 ハッとして横目で見ると、壁際に立ち並ぶ、アルデリアの護衛隊が目に入った。
 ギデオンにエリオット、ジョルジュさんもいる。

 みんな笑顔で──ジョルジュさんは涙目だった──私を見つめている。
 私はごく小さく会釈をして、また前を向く。

「あ……」

 そこでようやく、聖堂の美しさを意識した。
 東から差す陽光が、ステンドグラスを通って、漆喰壁の白をとりどりの色に染めている。

「やっと、まともになったか」

 かすかな苦笑いが隣から聞こえた。
 父だ。

「……仕方ないでしょう。私は王妃になるんです。隙を見せないよう、緊張してるんですから」

 小声で話しながら、私たちは足を進める。
 一歩ずつ、ゆっくりと。落ち着き払って見えるように。

「そんな必要はない。この私が、政略的に好都合というだけで、レオナルド陛下の婚約者を選ぶと思うか?」

 言われてみれば、確かにそうだ。
 たとえ立ち位置が適していても、王妃の資質なき者を、この人が良しとするはずがない。

「つまり……私はお父様のお眼鏡に適ったんですか。ペンダントのことばかり考えていた時も?」

「そうだ。まあ、責任を負わせれば変わるだろうという楽観もあったが……今はもう、変わっただろう?」

「そうだといい、と思ってます」

「なんだ、その言い方は。胸を張れ。お前は王妃にふさわしい」

 宰相的存在の父に言われると、少し自信が湧いてくる。
 さらに通路を進んでいくと、参列者の中から小声がした。

「アナベル、おめでとう」

 レオナルドだ。
 アルデリアの王族と上位貴族が固まる席の、一番前にいる。
  
 そして、レオナルドの隣にはリリィ。
 国王と聖女、しかも婚約中ということで、扱いはもう夫婦である。

 二人の結婚式は盛大だろう。
 想像すると、心が明るくなる。

 ちなみに、二列後ろにはルークがいた。
 最近、侯爵令嬢と婚約したと聞いたので、両家の席を近づけておいた。

 子リスみたいなルークと、子ウサギみたいな令嬢。
 その母たちも小動物系だ。
 一瞬、両家の周辺にお花畑が見えてしまった。

 私はみんなに少しだけ手を振り、前を向いた。
 その時にはもう、殺伐とした気持ちは消えていた。

 だから、祭壇の前に立つイザークに、微笑みかけることができた。

 父が私から離れていく。
 代わりにイザークが手を差し伸べてくれる。

 私はその手を取り、祭壇の前へと歩いた。
 イザークは、王冠と真紅のマントを身につけ、堂々と立っている。
 その隣にいると、気持ちが引き締まる。
 
 祭壇の向こうで待っていたのは、儀式を執り行う祭司官の長だ。
 すっかり腰の曲がったそのご老人は、厳かに口を開いた。

「これより、婚礼の儀を始めます。今日ここに、ファルガラン王国の王権は新たな后を迎え、王家の血統は、さらなる未来へと継がれます。皆様は、その証人でございます──」

 誓約の言葉。
 契約書への署名。
 そして、私への戴冠……
 
 ひざまずく私の頭に、イザークが小ぶりの冠を乗せる。
 それから私の手を取り、立たせてくれた。

 祭司官長の合図で、ベールが上げられる。
 イザークの唇が、私の唇に下りてくる。
 儀式だと思っていたからか、照れくさいとは感じなかった。

 荘厳な心地でいるところへ、イザークがいたずらっぽく囁いた。

「また許可を得ずにキスをして、すみません。しかも人前で」

 結婚式でわざわざ「キスしていいですか」と聞いたら、逆におかしいだろう。
 思わず想像してしまい、吹き出しそうになる。

 そのことに祭司官長が勘付いたのか、さっきまでより声を張り上げた。
 
「国王イザーク・ファルガリスと王妃アナベル・ファルガリスは、神の御前において夫婦となりました。この契りが末永く、国と民を照らさんことを!」
 
 その言葉が終わると同時に、参列者が立ち上がる。
 全員が頭を少し下げて、婚姻承認の意を示す。

 私とイザークは寄り添ったまま、ゆっくりと聖堂を後にした。

 とはいえ、一息をつく暇はない。
 披露宴で来賓客と歓談し、それが終われば城のバルコニーへ出る。
 周辺の村から集まってきた民衆に挨拶をするためだ。

 その後もあっちへ行き、こっちへ行き……一夜が明けて、ようやく私は深呼吸ができたのだった。

  ◇
 
「……いつまで寝てるんだろ」

 結婚式の、次の朝。
 私はベッドでごろごろしながら、隣で眠るイザークを眺めていた。
 起きてほしいような、眠っていてほしいような、妙な気分だった。

 とはいえ、お腹は空いてくる。
 そして、一人で朝ごはんを食べるのは気まずい。
 
 早く目を覚ましてくれないだろうか。
 彼の頬をツンと突くと、金色のまつ毛が震えて、ぱちりと目が開いた。

「あ……お、おはよう」

 自分で起こしたくせに、うろたえてしまった。
 イザークはぼんやりした顔で、私を見つめた。

「おはようございます、アナベル」

「う、うん、おはよう」

「さっきも聞きましたよ」

 イザークは優しい笑みを浮かべて、くすぐるように、私の髪をなでた。
 緊張していたせいか、そのしぐさに大げさに驚いてしまい、私はサッとイザークから離れた。

 その拍子にお腹に力が入った。
 グウゥゥ、という間抜けな音がしっかりと鳴り響く。

「……ねえ、笑わないでくれる?」

「すみません」

 そう言うイザークは、まだ口を押さえて震えている。

 頬を膨らまながらも、私は腹の虫に感謝した。
 結婚翌朝の恥ずかしさが、程よく薄れていた。

 イザークはひとしきり笑うと、
 
「朝食を準備させましょう」

 と言って、呼び鈴を鳴らした。
 入ってきた侍従に指示を出すと、少しして朝食が運ばれてくる。

 私とイザークは、寝室の丸テーブルについて、向かい合って食事を始めた。
 
「へえ。ファルガランでは、堅めの薄切りパンに、チーズとハムを挟むんだね」

「栄養を一度に摂れるようにと、考案されたようです。お気に召しましたか?」

「うん、おいしい!スープにも、具がゴロゴロ入ってて食べ応えがあるし。アルデリアとは雰囲気が違ってて楽しいね」

「よかったです。味付けは似ているのですが、こちらでは手早く食べることが優先なので、アナベルには合わないかと……」

「そんなことないよ。アルデリアの料理も繊細でおいしかったけど、こっちの『食べてます!』って感じの料理も好き」

 そう言ったところで、寝室の外で歓声が起きた。
 「やりましたね、料理長!」と誰かが叫んでいる。
 
「……厨房の人、聞き耳立ててたの?」

「あなたはアルデリアの公爵令嬢で、聖女ですからね。反応が怖いのでしょう」

「えー、こんなにおいしいのに?これからこんなご飯が食べられるなんて、幸せだよ」

 私はそう言って、また薄切りパンのサンドイッチを頬張った。
 すると、イザークはスプーンを持つ手を止めた。

「そうですね。あなたとこうしていられて、私も幸せです」

「そ、そんな大げさな。これから毎日会えるんだし」

「毎日ではありませんが……?」

「え」

 私が固まると、イザークは「ああ、そうか」と暗い声で呟いた。

「こちらでは当たり前でも、アルデリアでは違うのでしたね……申し訳ありません」

「な、何が?」

 食事どころではなくて、私は食べかけのサンドイッチをお皿に置いた。
 イザークもスプーンから手を離し、私を見つめてくる。
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