断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

33 急変

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「リリィ、どうしたの!大丈夫⁉︎」

 呼びかけたものの、リリィは返事もできないようだ。
 代わりに、その隣でワタワタするコハクが答える。

「聖女さま。リリィ、へん」

「それはわかるよ!何がどうなってるの?」

「えっと、えっと」
 
 混乱中のコハクのそばに、ふわりとナギが現れた。
 
「魔力が減ったことで、めまいが起きたようですね」

「えっ、壁を作っただけで?」

 コハクがいた森では、リリィは魔物を何匹も相手にして、それでも自力で立っていたのに。

「なんで?寝不足だから調子を崩しやすいとか?」

「いえ。実は昨晩、妙なことが……」

「そうなんです!」

 ヒナがペンダントから飛び出して、小さな翼をパタパタさせる。

「昨日の夜、リリィが叫んでたんです!『ごめんなさい、お母様、許して』って!」

「え……」

 絶句していると、水の精霊のミゾレも外へ出てきた。
 長い耳をペタッと伏せて、不安そうに訴えてくる。

「よく見えなかったけど……リリィ、怪我してるかも……」
 
「怪我⁉︎な、なんで?」

 私の問いに、ナギが小首を傾げる。

「わかりません……その時、ペンダントは外されていたので。今朝は、何やら薬を飲んでいたようですが」

「薬?リリィが?」

「はい、『痛み止め』だと聞こえました」

 痛み止め。
 怪我の痛みを和らげるために飲んだのだろうか。

 その効果が切れたから、リリィは今、痛みでうずくまっているのか。

「やっぱりアレだよ!マチルダの奴が何かしたんだよ!」

 ヒナが、赤い羽根をさらに赤くしてピィピィと騒ぐ。
 それがうるさいのか、外にいるのが疲れたのか、ナギはため息をついて私を見上げた。

「そうかもしれません。憶測で決めつけるのは嫌いですが……マチルダと過ごした二十年間は、地獄のようでしたから。あの者が聖女として現れた途端、ミゾレたちは逃げ出したのです」

「むぅ、あんなの逃げない方がおかしいよ……」

「そうだよ!『こいつはアタシたちの聖女じゃない』って、言いたくても声が出なかったもん!」

 言い争う精霊たちを前に、私の中にあった補正が崩れていく。
 クリアになった頭が答えを出す。

 マチルダは娘を大切になんかしていない。
 あの人は、青ざめたリリィを魔物の巣窟に向かわせた。

 だから間違いない。
 きっとリリィは、マチルダに折檻された。
 痛み止めが必要になるほど。
 
 やっぱり中止を訴えるべきだった。
 後悔が肩にのしかかる。
 
 その時、視界の端に何かが見えた。
 こっちに来る──本能的にそう感じて、とっさに頭を下げた。

 何かが、私の髪をかすめる。
 それを目で追うと、少し離れた場所に、魔物が着地したところだった。

 相手を見て、血の気が引いた。
 ライオン並みに大きなトカゲだ。

「アナベル様、頭を下げてください!」

 イザークが怒鳴った。
 魔物の群れに囲まれて、四方八方からの攻撃を受け流しながら。

 しまった、リリィに気を取られすぎた。
 イザークが限界だと言った百秒は、とっくに過ぎただろう。

「イザーク、危ない!もういいよ、逃げて!」

「危険なのはアナベル様です!隠れていてください!」

「そうだけど……」
 
 私は、チラッとさっきの巨大トカゲを見た。
 こっちを凝視して、飛びかかろうと身構えている。
 私の血の匂いが気になるのだろう。

 頭を下げようとした時、急にトカゲがキョロキョロと周囲を見回した。

(何か探してる……?)

 訝しんだ時、イザークにたかる魔物たちが騒々しくなった。

「ギイィィ!」

 私を狙っていたトカゲも、雄叫びを上げてイザークに向かっていく。
 どうして、とイザークを見た瞬間、原因がわかった。

 大剣を握るイザークの手から、床に滴るほど血が流れている。
 魔物の群れは、あれに誘われてイザークに襲いかかっているのだ。

「……っ、リリィ!」

 私はまた隣の囲いを覗いた。
 リリィは座り込んだまま、肩で息をするだけだ。

 焦る私の頬に、マチルダたちの視線が刺さる。
 戦っているのがイザークだけなので、みんな怪しんでいるらしい。

「聖女様、もう無理です……」

 ミゾレが壁をカリカリしながら言った。

「リリィ、だいぶ弱ってます……」

 しょんぼりするミゾレの隣に、コハクがトコトコとやってくる。

「壁もよわいの。こうげきされたら、すぐ崩れちゃう」

「そんな……ん?壁が崩れる?」

 私は急いで膝をつき、ミゾレのように壁を引っ掻いた。
 壁が、ビスケットみたいにボロボロと削れていく。

 すぐさま瓦礫がれきの欠片を探すものの、具合のよさそうなものは見当たらない。

 ……自前でやったら剥がれるかな。
 でも、人が死ぬより百倍マシだ。
 爪なんていくらでも生えてくる。

 大きく息を吸い込み、壁に爪を突き立てる。
 猫が研ぐ時みたいに、ガリガリと削っていく。

 爪の中に土がめり込む。
 指先にズキンと痛みが走る。

 でもそんなの知ったことか。
 早く、早く。
 急がないとイザークが魔物に殺される。

 無我夢中で壁を削って……ようやく向こう側が見えた。
 開いた穴に、ズタボロの指先をねじ込む。

「リリィ、ペンダントを!」

「アナベル、ごめん……」

 かすれた声が返ってくる。
 指先に鎖がかけられた。

「私、頑張るって、言ったのに……」

「大丈夫、あとは任せて!」

 鎖をたぐり寄せると、その先にあった宝石が、穴から転がり出てくる。
 やった、やった……!

 泣きそうになったけど泣いている場合じゃない。
 すぐにペンダントを首にかけた。

 次の瞬間、精霊たちが集まってきて、ワキャワキャと嬉しそうにはしゃぎ出す。
 大きな力が、私の体を駆け巡る。

 さあ、反撃開始だ。
 
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