断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

32 現実的な単独突入

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 私は足を止め、イザークに詰め寄った。

「私、死なないでって言ったはずだけど。忘れたの?」

 声を低め、彼を睨み上げる。
 軽率なことをするつもりなら、形のいいあごに頭突きを食らわせてやる。

 イライラする私と、ハラハラするリリィの視線を受けて、イザークは淡々と言った。

「命を賭けるつもりはありません。現実的な話をしています。以前、大聖堂で魔物を討伐したことがあるのですが」

「えっ!仲間は……」

「いません」

 私は、リリィと一緒に目を丸くした。
 最凶乙女ゲームのラストダンジョンに、単独突入する人がいるなんて。

「その際、戦闘開始から撤退まで、かかった時間は九十秒ほどでした」

「よ、よく数えてたね」

「無駄な動きがなかったか、反省点を探すのに重要な要素ですから」

 そんな、エンドレスバトルモードの挑戦者じゃあるまいし。
 すごいけど。

「それを踏まえれば、今回は百秒は戦闘を続けられるかと。アナベル様がペンダントを受け取るまでの時間を、十分稼げるでしょう」

 何を言ってるんだ。
 馬鹿なことを考えるな。
 
 そう言いたいけど、ほかに打つ手がない。

「じゃあ、イザーク……百秒だけ、戦ってくれる?」

「もちろんです。リリィ様からペンダントを奪うこと以外でしたら、何でもいたします」

「……ありがとう」

 私は唇を噛み、強く拳を握りしめた。
 すぐにパッと手を開いて、自分の頬を軽く叩き、顔の強張りをほぐす。
 
 それからリリィに向き直った。

「リリィ。今の話、わかった?」

「うん……」

「できるかな?イザークが戦ってくれてる間に、筒状の壁を二つ作って、穴を開けるところまで」

「たぶん……ううん、やってみる」

 リリィの顔色は、まだ少し青い。
 本調子とは言えないようだ。
 だけど声は、馬車を降りた直後より力強い。

 ほかにアクシデントがなければ、今日は何とか乗り切れるだろう。
 とはいえ、問題がなくもない。

「ただ、問題が一つ」

 イザークが、私とリリィを交互に見る。

「リリィ様とアナベル様、どちらも魔物に狙われる危険があります。お二人が同時に攻撃を受けた時は、リリィ様を犠牲にするしか──」

「わかってるから!全部言わなくていいから!」

 急いでイザークの言葉を遮る。
 リリィを不安にさせないでほしい。
 私の想定していた問題は、まさしくそれなんだけど。

「だから、魔物の群れを一点に誘導するんだよ。そうしたら対処しやすいでしょ?」

「ええ……しかし、どうやって魔物を集めるのですか?」

「それは……」

 と、私が言いかけた時、後方から「何をもたついてるの!」と甲高い声がした。
 私たちが立ち止まっているので、マチルダが痺れを切らしたらしい。
 ほかの貴族も伴って、こっちへ近づいてくる。

 これ以上話し込んだら、私たちの企みがばれそうだ。

「イザーク。こうやって魔物を集めるの!」

 私は自分の手の甲を、ローブの留め金にガリッと擦りつけた。

「アナベル様⁉︎」

「アナベル、何をするの⁉︎」

 チリチリとした痛みと一緒に、線状に血がにじむ。

「こうすれば、魔物は匂いに惹かれて私のところに来るよ!」

 目を丸くする二人の前で、私は手を掲げた。

 その直後、二十メートルほど先にある床のひび割れから、ザザザ……という音が聞こえてきた。
 続いて、魔物化したトカゲや蛇が、何十と飛び出してくる。

「アナベル……!」

「リリィ、急いで!私、一回なら攻撃を避けられるから!」

 そのぐらいはできるだろう。というか、やる。
 ちなみに根拠はない。

「ごめんなさい……私、頑張るから……!」

 リリィが目元をぬぐい、ペンダントを握りしめる。
 コハクがぽよんと現れて、短い手でバンザイをした。

 リリィの周りに、ジワジワと岩の壁が立ち上がっていく。
 それを確認してから、私はイザークに手を合わせた。

「ごめんね、頼りにしちゃって。百秒間、お願いします」

「お任せを……ですが、そのようなことは、もうおやめください」

 イザークは、睨むように私の手の傷を見下ろした。
 かと思うと、早足で前に進み出る。

 直後、私の周りにも壁が立ち上がってきた。

「あ。危なくなったら後退してよね!」

 戦う後ろ姿に叫んだものの、イザークに無視されてしまった。
 表情は変わらないけど、たぶん怒っている。
 大股で歩きながら剣を抜き、最初に滑り込んできた蛇の首を、事もなげに落とす。

(自分から『戦う』って言ったのに、なんで怒るんだろう……って、トカゲにぶつかる!……と思ったらもう斬ってた!)

 イザークは、舞うように敵を斬り払っていく。
 手に汗を握って見ていると、私の胸元まで壁が立ち上がってきた。

(よし、あと少しだ!リリィ、イザーク、頑張って!)

 後方でマチルダが「何よ、あの壁!」と喚いている。
 あれはレオナルドに任せよう。
 王様も頑張れ。

 もう少し。
 もう少し……

 ジリジリと迫り上がる壁を睨んでいると、目のあたりで動きが止まった。
 あとは穴が開くのを待つだけだ。

 私は、リリィがいる方の壁へ目をやった。
 私たちを隔てる壁に、穴を穿うがつ。
 それだけだから、さほど時間はかからないだろう。

 そう思ったのに、五秒、十秒と経っても変化がない。
 どうしたんだろう。
 不安に駆られて、爪先立ちで壁の向こうを覗くと。

(えっ⁉︎)

 リリィは、両手を地面についてへたり込んでいた。
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