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1章 断罪回避
31 何とかするしかない
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「『ごめん』って……岩の壁、作れなかったの?」
「ううん、それは大丈夫……地の精霊様に頼んだら、筒状の壁が作れたわ。ちょっと時間はかかるけど、体を寄せたら隠れられると思う」
リリィがそう言うと、ペンダントの宝石から、ほにゃっとした声がした。
「壁、作るのつかれる。はやく聖女さまのところに行きたい」
地の精霊のコハクだろう。
疲れているというより、むくれている感じだ。
「そっか、頑張ったんだね。あと一回、リリィと壁を作ってくれたら、次は私と大暴れしよう!」
「あと一回?じゃあ、がんばる」
「ありがとう、よろしくね」
コハクは満足したのか、静かになった。
私はまたリリィを見た。
「ところで、『ごめん』って?壁は作れるんだよね。ほかに、何かあったの?」
「……馬車の中で、お母様に言われたの。アナベルに体を触らせちゃ駄目って」
そんなの無視すればいいのに──と言う前に、リリィは私からまた一歩離れた。
私はそれを追えなかった。
リリィがひどく怯えていたからだ。
マチルダが怖いんだろうか。
でも、あの人は一応リリィを可愛がっている。
さっきは態度が豹変したけど、自慢の娘が偽物扱いされたら、誰でも焦るだろう。
アナベルの記憶を覗いても、どんな時もマチルダはリリィを褒めちぎっている。
だから……
……本当に?
本当に、そうだろうか。
私は、アナベルの記憶のせいで、余計にマチルダを毛嫌いしてしまう。
今、私が他人に抱く印象は、アナベル補正がかかっているのだ。
マチルダは歪んでいるけど、リリィを愛している──その印象は、アナベルの記憶に引きずられているかもしれない。
だとしたらマチルダは、本当はリリィをどう思っているんだろう。
(今度マチルダがリリィに近づいたら、しっかり観察してみよう)
そのためにも、まずは大聖堂をクリアしなくては。
しばらく歩を進めて、マチルダから距離を取る。
その間にイザークが追いついてきた。
大聖堂の前庭に足を踏み入れた時、私はリリィに話しかけた。
一メートルは離れているから、普通の大きさの声で。
「私がリリィに触っちゃ駄目なら、二人でくっついて壁に隠れることも、無理だよね」
「……ええ。だから、どうすればいいのか……ごめんなさい、アナベル」
「いいよ、大丈夫。前を向いてて。マチルダがうるさいんでしょ」
崩れかけた巨大なアーチをくぐりながら、軽い調子で話を続ける。
リリィにプレッシャーをかけないように。
「私とリリィの接触は禁止。それなら、私たちが分断された状態で、ペンダントを受け渡しすればいいよね」
「そうだけど……そんなこと、無理でしょう?」
「ううん、何とかなるかも」
というか、何とかするしかない。
「ほ、本当?」
リリィはとっさに私を見て、慌ててまた前を向いた。
ほんの少し、ふらつきながら。
大丈夫かな。
さっさと話を進めて、早く戦闘を終わらせよう。
「まず、リリィの周りに筒状の壁を作るでしょ?周りが見えるように、目の高さくらいの」
私は湯呑みをかたどるように、片手で丸を作った。
「壁のすぐ隣に私が立つから、同じものを作ってほしいんだ。私が入るように」
「つまり……筒状の壁を二つ、くっつけるってこと?」
リリィは両手で丸二つを作り、ピタッと合わせた。
数字の“8”が出来上がる。
「そうそう!で、くっついてる部分に穴を開けるの。そうしたらリリィからペンダントを受け取れるでしょ?」
目の高さまで囲いがあれば、私がペンダントをかけてもマチルダには見えないだろう。
「そうね、それならお母様の目をごまかせるかも……」
リリィの顔色は、少しずつよくなっていく。
しかし、ふいに可憐な顔が曇った。
「でも、壁を二つも……間に合うかしら」
「うん……そのために確認したいんだけど、筒状の壁って何秒で作れる?」
「えっ。じ、時間?」
リリィが慌てていると、彼女の胸元の宝石から、風の精霊ナギがぴょこっと顔を出す。
「およそ八十秒です、聖女様」
「それ、アタシも数えてたもん!」
ペンダントの中で張り合っているのは、火の精霊のヒナだろう。
「わかった、わかった。じゃあ一人分なら四十秒?」
迫る大聖堂──大穴が開いて、中が丸見えだ──を眺めながら呟くと、リリィが申し訳なさそうに「あのね」と言った。
「実は私、高さを出すのが苦手で。大きくても小さくても、一つの壁を作る時間は、あまり変わらないと思うわ……」
「じゃあ、八十秒が二つ分か。そのあと穴を開けたら、プラス十秒ぐらい?」
「全部で……百七十秒かかる計算ね」
「うーん、ちょっと長いね」
レオナルドは、「魔物が現れてから襲撃されるまでには壁を作れる」と言った。
それなら、攻撃を受けるまでにおよそ八十秒。
リリィの分の壁を作るのでやっとだ。
「あと九十秒は、稼がなくちゃいけないなあ」
「それなら余裕があります」
「ひゃっ……!」
斜め後ろから聞こえた平坦な声に、うっかり叫びそうになった。
「イ、イザーク。そういえば、いたんだっけ」
「監視せよ、と命じられていますから。ただ、手を貸すなとは言い付けられておりません。ですから、私をお使いください」
「イザークを使う?というか、余裕があるって何の話?」
また無謀なことを考えているんじゃないか。
私はジト目でイザークを見つめた。
彼はいつもの無表情で、おおむね予想通りのことを言った。
「アナベル様がペンダントを受け取るまで、あと九十秒の猶予が必要なのですよね。私が魔物と戦い、その時間を稼ぎます」
「ううん、それは大丈夫……地の精霊様に頼んだら、筒状の壁が作れたわ。ちょっと時間はかかるけど、体を寄せたら隠れられると思う」
リリィがそう言うと、ペンダントの宝石から、ほにゃっとした声がした。
「壁、作るのつかれる。はやく聖女さまのところに行きたい」
地の精霊のコハクだろう。
疲れているというより、むくれている感じだ。
「そっか、頑張ったんだね。あと一回、リリィと壁を作ってくれたら、次は私と大暴れしよう!」
「あと一回?じゃあ、がんばる」
「ありがとう、よろしくね」
コハクは満足したのか、静かになった。
私はまたリリィを見た。
「ところで、『ごめん』って?壁は作れるんだよね。ほかに、何かあったの?」
「……馬車の中で、お母様に言われたの。アナベルに体を触らせちゃ駄目って」
そんなの無視すればいいのに──と言う前に、リリィは私からまた一歩離れた。
私はそれを追えなかった。
リリィがひどく怯えていたからだ。
マチルダが怖いんだろうか。
でも、あの人は一応リリィを可愛がっている。
さっきは態度が豹変したけど、自慢の娘が偽物扱いされたら、誰でも焦るだろう。
アナベルの記憶を覗いても、どんな時もマチルダはリリィを褒めちぎっている。
だから……
……本当に?
本当に、そうだろうか。
私は、アナベルの記憶のせいで、余計にマチルダを毛嫌いしてしまう。
今、私が他人に抱く印象は、アナベル補正がかかっているのだ。
マチルダは歪んでいるけど、リリィを愛している──その印象は、アナベルの記憶に引きずられているかもしれない。
だとしたらマチルダは、本当はリリィをどう思っているんだろう。
(今度マチルダがリリィに近づいたら、しっかり観察してみよう)
そのためにも、まずは大聖堂をクリアしなくては。
しばらく歩を進めて、マチルダから距離を取る。
その間にイザークが追いついてきた。
大聖堂の前庭に足を踏み入れた時、私はリリィに話しかけた。
一メートルは離れているから、普通の大きさの声で。
「私がリリィに触っちゃ駄目なら、二人でくっついて壁に隠れることも、無理だよね」
「……ええ。だから、どうすればいいのか……ごめんなさい、アナベル」
「いいよ、大丈夫。前を向いてて。マチルダがうるさいんでしょ」
崩れかけた巨大なアーチをくぐりながら、軽い調子で話を続ける。
リリィにプレッシャーをかけないように。
「私とリリィの接触は禁止。それなら、私たちが分断された状態で、ペンダントを受け渡しすればいいよね」
「そうだけど……そんなこと、無理でしょう?」
「ううん、何とかなるかも」
というか、何とかするしかない。
「ほ、本当?」
リリィはとっさに私を見て、慌ててまた前を向いた。
ほんの少し、ふらつきながら。
大丈夫かな。
さっさと話を進めて、早く戦闘を終わらせよう。
「まず、リリィの周りに筒状の壁を作るでしょ?周りが見えるように、目の高さくらいの」
私は湯呑みをかたどるように、片手で丸を作った。
「壁のすぐ隣に私が立つから、同じものを作ってほしいんだ。私が入るように」
「つまり……筒状の壁を二つ、くっつけるってこと?」
リリィは両手で丸二つを作り、ピタッと合わせた。
数字の“8”が出来上がる。
「そうそう!で、くっついてる部分に穴を開けるの。そうしたらリリィからペンダントを受け取れるでしょ?」
目の高さまで囲いがあれば、私がペンダントをかけてもマチルダには見えないだろう。
「そうね、それならお母様の目をごまかせるかも……」
リリィの顔色は、少しずつよくなっていく。
しかし、ふいに可憐な顔が曇った。
「でも、壁を二つも……間に合うかしら」
「うん……そのために確認したいんだけど、筒状の壁って何秒で作れる?」
「えっ。じ、時間?」
リリィが慌てていると、彼女の胸元の宝石から、風の精霊ナギがぴょこっと顔を出す。
「およそ八十秒です、聖女様」
「それ、アタシも数えてたもん!」
ペンダントの中で張り合っているのは、火の精霊のヒナだろう。
「わかった、わかった。じゃあ一人分なら四十秒?」
迫る大聖堂──大穴が開いて、中が丸見えだ──を眺めながら呟くと、リリィが申し訳なさそうに「あのね」と言った。
「実は私、高さを出すのが苦手で。大きくても小さくても、一つの壁を作る時間は、あまり変わらないと思うわ……」
「じゃあ、八十秒が二つ分か。そのあと穴を開けたら、プラス十秒ぐらい?」
「全部で……百七十秒かかる計算ね」
「うーん、ちょっと長いね」
レオナルドは、「魔物が現れてから襲撃されるまでには壁を作れる」と言った。
それなら、攻撃を受けるまでにおよそ八十秒。
リリィの分の壁を作るのでやっとだ。
「あと九十秒は、稼がなくちゃいけないなあ」
「それなら余裕があります」
「ひゃっ……!」
斜め後ろから聞こえた平坦な声に、うっかり叫びそうになった。
「イ、イザーク。そういえば、いたんだっけ」
「監視せよ、と命じられていますから。ただ、手を貸すなとは言い付けられておりません。ですから、私をお使いください」
「イザークを使う?というか、余裕があるって何の話?」
また無謀なことを考えているんじゃないか。
私はジト目でイザークを見つめた。
彼はいつもの無表情で、おおむね予想通りのことを言った。
「アナベル様がペンダントを受け取るまで、あと九十秒の猶予が必要なのですよね。私が魔物と戦い、その時間を稼ぎます」
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