断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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1章 断罪回避

31 何とかするしかない

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「『ごめん』って……岩の壁、作れなかったの?」

「ううん、それは大丈夫……地の精霊様に頼んだら、筒状の壁が作れたわ。ちょっと時間はかかるけど、体を寄せたら隠れられると思う」

 リリィがそう言うと、ペンダントの宝石から、ほにゃっとした声がした。

「壁、作るのつかれる。はやく聖女さまのところに行きたい」

 地の精霊のコハクだろう。
 疲れているというより、むくれている感じだ。

「そっか、頑張ったんだね。あと一回、リリィと壁を作ってくれたら、次は私と大暴れしよう!」

「あと一回?じゃあ、がんばる」

「ありがとう、よろしくね」

 コハクは満足したのか、静かになった。
 私はまたリリィを見た。

「ところで、『ごめん』って?壁は作れるんだよね。ほかに、何かあったの?」

「……馬車の中で、お母様に言われたの。アナベルに体を触らせちゃ駄目って」

 そんなの無視すればいいのに──と言う前に、リリィは私からまた一歩離れた。
 私はそれを追えなかった。
 リリィがひどく怯えていたからだ。

 マチルダが怖いんだろうか。
 でも、あの人は一応リリィを可愛がっている。

 さっきは態度が豹変したけど、自慢の娘が偽物扱いされたら、誰でも焦るだろう。
 アナベルの記憶を覗いても、どんな時もマチルダはリリィを褒めちぎっている。

 だから……



 ……本当に?
 本当に、そうだろうか。

 私は、アナベルの記憶のせいで、余計にマチルダを毛嫌いしてしまう。
 今、私が他人に抱く印象は、アナベル補正がかかっているのだ。
 
 マチルダは歪んでいるけど、リリィを愛している──その印象は、アナベルの記憶に引きずられているかもしれない。
 だとしたらマチルダは、本当はリリィをどう思っているんだろう。

(今度マチルダがリリィに近づいたら、しっかり観察してみよう)

 そのためにも、まずは大聖堂をクリアしなくては。

 しばらく歩を進めて、マチルダから距離を取る。
 その間にイザークが追いついてきた。

 大聖堂の前庭に足を踏み入れた時、私はリリィに話しかけた。
 一メートルは離れているから、普通の大きさの声で。

「私がリリィに触っちゃ駄目なら、二人でくっついて壁に隠れることも、無理だよね」

「……ええ。だから、どうすればいいのか……ごめんなさい、アナベル」

「いいよ、大丈夫。前を向いてて。マチルダがうるさいんでしょ」

 崩れかけた巨大なアーチをくぐりながら、軽い調子で話を続ける。
 リリィにプレッシャーをかけないように。

「私とリリィの接触は禁止。それなら、私たちが分断された状態で、ペンダントを受け渡しすればいいよね」

「そうだけど……そんなこと、無理でしょう?」

「ううん、何とかなるかも」

 というか、何とかするしかない。

「ほ、本当?」

 リリィはとっさに私を見て、慌ててまた前を向いた。
 ほんの少し、ふらつきながら。

 大丈夫かな。
 さっさと話を進めて、早く戦闘を終わらせよう。

「まず、リリィの周りに筒状の壁を作るでしょ?周りが見えるように、目の高さくらいの」

 私は湯呑みをかたどるように、片手で丸を作った。

「壁のすぐ隣に私が立つから、同じものを作ってほしいんだ。私が入るように」

「つまり……筒状の壁を二つ、くっつけるってこと?」

 リリィは両手で丸二つを作り、ピタッと合わせた。
 数字の“8”が出来上がる。

「そうそう!で、くっついてる部分に穴を開けるの。そうしたらリリィからペンダントを受け取れるでしょ?」

 目の高さまで囲いがあれば、私がペンダントをかけてもマチルダには見えないだろう。

「そうね、それならお母様の目をごまかせるかも……」

 リリィの顔色は、少しずつよくなっていく。
 しかし、ふいに可憐な顔が曇った。

「でも、壁を二つも……間に合うかしら」

「うん……そのために確認したいんだけど、筒状の壁って何秒で作れる?」

「えっ。じ、時間?」

 リリィが慌てていると、彼女の胸元の宝石から、風の精霊ナギがぴょこっと顔を出す。

「およそ八十秒です、聖女様」

「それ、アタシも数えてたもん!」

 ペンダントの中で張り合っているのは、火の精霊のヒナだろう。

「わかった、わかった。じゃあ一人分なら四十秒?」

 迫る大聖堂──大穴が開いて、中が丸見えだ──を眺めながら呟くと、リリィが申し訳なさそうに「あのね」と言った。

「実は私、高さを出すのが苦手で。大きくても小さくても、一つの壁を作る時間は、あまり変わらないと思うわ……」

「じゃあ、八十秒が二つ分か。そのあと穴を開けたら、プラス十秒ぐらい?」

「全部で……百七十秒かかる計算ね」

「うーん、ちょっと長いね」

 レオナルドは、「魔物が現れてから襲撃されるまでには壁を作れる」と言った。
 それなら、攻撃を受けるまでにおよそ八十秒。

 リリィの分の壁を作るのでやっとだ。

「あと九十秒は、稼がなくちゃいけないなあ」

「それなら余裕があります」

「ひゃっ……!」

 斜め後ろから聞こえた平坦な声に、うっかり叫びそうになった。

「イ、イザーク。そういえば、いたんだっけ」

「監視せよ、と命じられていますから。ただ、手を貸すなとは言い付けられておりません。ですから、私をお使いください」

「イザークを使う?というか、余裕があるって何の話?」

 また無謀なことを考えているんじゃないか。
 私はジト目でイザークを見つめた。

 彼はいつもの無表情で、おおむね予想通りのことを言った。

「アナベル様がペンダントを受け取るまで、あと九十秒の猶予が必要なのですよね。私が魔物と戦い、その時間を稼ぎます」
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