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エピローグ
第46話 聖女の魔力は(有限です)
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三日ほどが経過した。
カトリーナは数名の侍女と、襲撃に備えて増やされた二十数名の神殿騎士たちと共に、避難施設と化したキャンプを訪れて慰労する。
その際には足りていない衣料品や食料品、医療品などが喜ばれ、足りないところにはラクールの倉庫の扉を開けさせて対応させた。
初日はそれでもよかったが、例の盗賊集団はどこにでも出没した。
深夜でも早朝でも、真昼でも関係なく、やつらは警備の手薄なところを突いて侵入し、女子供といわず剣を振るい強奪を続けた。
「四十数個もある避難民のキャンプ地にそれぞれ護衛を置くのは、人員的に無理があります」
と報告してきたのは、神殿騎士たちをまとめる騎士長だった。
王都から追従し、ここまでの道すがら危険から聖女たちを守ってくれた騎士団は三つ。
その数は二百に及ぶが、全員を各所に駐屯させるわけにもいかない。
「それもそうね。おまけに無差別なのか恣意的なのか、狙いがあるのかはまだ分からないけれど、死なない程度に重症者を出していくのは‥‥‥無理があるわ」
治療に無理がある、そういう意味だと騎士団長は理解する。
カトリーナはじめ、巫女と呼ばれる神殿の女官たちは、数十名いるが、誰しもが回復魔法や神聖魔法で完全な治癒を施せるわけでもない。治療には限界があった。
「その内、関係者にも重症者が出るわよ、まったく」
聖女のその予見は、数日内に確かなものになった。
まだ幼い巫女見習いの少女が、付近を流れる支流まで水を汲みに行く当番を数名の者たちと行っていたら、そこにやつらが現れた。
見習いの少女は片腕を斬り落とされるという、大事故に巻き込まれ意識不明の重体に陥った。からくもカトリーナが駆け付けて一命を取り留めた。
「完全な回復は無理かもしれない。時間がかかるほど、治癒はむずかしくなるの。奇跡だって一日に何回も起こせない。このままじゃ、体力を削られて聖女の命まで消えそうだわ」
しばらく大神官と共に動いていたエミリーがたまたま自分のテントを訪れた時、カトリーナが彼女だけにそっとぼやいたのも、無理からぬことだった。
聖女の魔力は万能ではない。
物事には必ず、限りというものがあるのだ。
ただ、その魔力が膨大過ぎて、常人には無限のように見えるだけのこと。
「あと何万人ほどいけそうですか」
「怖いこと言わないでよ」
「泣き言なんて、聞きたくありませんから。それで、どれくらい?」
はあ、と聖女は大きく嘆息する。
少しくらい、泣き言を言ってもいいではないか。
ただ一人だけ、エミリーだけに聞かせるのだから。
そうね、とカトリーナは目を閉じて検索する。自分のなかに潜む総魔力量。この城塞都市を中心として解放奴隷のキャンプ地が点在する数キロ圏内の魔力の総量。
その二つをそれぞれ一つの固体として天秤にかけ、だいたい何個分かと割り出してみる。
「……いまのままだと、全員‥‥‥難民がいま二万から二万数百。その人々が数回死んでも、再生できる程度には‥‥‥大丈夫」
「なら、そうしてください。これだけの大人数を一度に回復させ治療することに慣れていないだけでしょうから。大したことはありません」
カトリーナの返事に驚きを通り越して、呆れを覚えながら、エミリーは大丈夫でしょう? と微笑んで見せた。
「もし、聖女様を守って、神殿騎士の総数と王国側の兵士とが決戦を引き起しても、こちら側には数回は再起できるだけのものがあるじゃない、カトリーナには」
「……」
そう言われて、聖女は絶句する。
もしそうなったとして、最後の再生を果たした途端、自分の魔力は枯れてしまうだろう。
女神の力が補充されないと、聖女だってただの女なのだ。
あの宝珠がないと、偉大なる奇跡は起こせないのである。
「ねえ、ところでこんな昼間から何しにきたの? 私、まだあと四か所ほど慰労にいかないとおけないのだけれど。あなたは?」
と、思い出したように訊ねられて、エミリーは苦笑する。
カトリーナは心の重荷を吐き出して、ようやく、元の彼女に戻ったみたいだった。
「ああ、それです。大神官様から準備が整ったから、話があると。すぐに」
「すぐに? 無理よ、まだスケジュールがある‥‥‥」
「私が代わりますから。安心を」
「代わったって、死者を再生‥‥‥は、できるわよね。貴方なら……一人じゃないし」
「そう、巫女が数名いれば、それも可能ですから。お気遣いなく」
そんな感じでカトリーナはさっさと大神官の元へ連れていかれてしまう。
カトリーナは数名の侍女と、襲撃に備えて増やされた二十数名の神殿騎士たちと共に、避難施設と化したキャンプを訪れて慰労する。
その際には足りていない衣料品や食料品、医療品などが喜ばれ、足りないところにはラクールの倉庫の扉を開けさせて対応させた。
初日はそれでもよかったが、例の盗賊集団はどこにでも出没した。
深夜でも早朝でも、真昼でも関係なく、やつらは警備の手薄なところを突いて侵入し、女子供といわず剣を振るい強奪を続けた。
「四十数個もある避難民のキャンプ地にそれぞれ護衛を置くのは、人員的に無理があります」
と報告してきたのは、神殿騎士たちをまとめる騎士長だった。
王都から追従し、ここまでの道すがら危険から聖女たちを守ってくれた騎士団は三つ。
その数は二百に及ぶが、全員を各所に駐屯させるわけにもいかない。
「それもそうね。おまけに無差別なのか恣意的なのか、狙いがあるのかはまだ分からないけれど、死なない程度に重症者を出していくのは‥‥‥無理があるわ」
治療に無理がある、そういう意味だと騎士団長は理解する。
カトリーナはじめ、巫女と呼ばれる神殿の女官たちは、数十名いるが、誰しもが回復魔法や神聖魔法で完全な治癒を施せるわけでもない。治療には限界があった。
「その内、関係者にも重症者が出るわよ、まったく」
聖女のその予見は、数日内に確かなものになった。
まだ幼い巫女見習いの少女が、付近を流れる支流まで水を汲みに行く当番を数名の者たちと行っていたら、そこにやつらが現れた。
見習いの少女は片腕を斬り落とされるという、大事故に巻き込まれ意識不明の重体に陥った。からくもカトリーナが駆け付けて一命を取り留めた。
「完全な回復は無理かもしれない。時間がかかるほど、治癒はむずかしくなるの。奇跡だって一日に何回も起こせない。このままじゃ、体力を削られて聖女の命まで消えそうだわ」
しばらく大神官と共に動いていたエミリーがたまたま自分のテントを訪れた時、カトリーナが彼女だけにそっとぼやいたのも、無理からぬことだった。
聖女の魔力は万能ではない。
物事には必ず、限りというものがあるのだ。
ただ、その魔力が膨大過ぎて、常人には無限のように見えるだけのこと。
「あと何万人ほどいけそうですか」
「怖いこと言わないでよ」
「泣き言なんて、聞きたくありませんから。それで、どれくらい?」
はあ、と聖女は大きく嘆息する。
少しくらい、泣き言を言ってもいいではないか。
ただ一人だけ、エミリーだけに聞かせるのだから。
そうね、とカトリーナは目を閉じて検索する。自分のなかに潜む総魔力量。この城塞都市を中心として解放奴隷のキャンプ地が点在する数キロ圏内の魔力の総量。
その二つをそれぞれ一つの固体として天秤にかけ、だいたい何個分かと割り出してみる。
「……いまのままだと、全員‥‥‥難民がいま二万から二万数百。その人々が数回死んでも、再生できる程度には‥‥‥大丈夫」
「なら、そうしてください。これだけの大人数を一度に回復させ治療することに慣れていないだけでしょうから。大したことはありません」
カトリーナの返事に驚きを通り越して、呆れを覚えながら、エミリーは大丈夫でしょう? と微笑んで見せた。
「もし、聖女様を守って、神殿騎士の総数と王国側の兵士とが決戦を引き起しても、こちら側には数回は再起できるだけのものがあるじゃない、カトリーナには」
「……」
そう言われて、聖女は絶句する。
もしそうなったとして、最後の再生を果たした途端、自分の魔力は枯れてしまうだろう。
女神の力が補充されないと、聖女だってただの女なのだ。
あの宝珠がないと、偉大なる奇跡は起こせないのである。
「ねえ、ところでこんな昼間から何しにきたの? 私、まだあと四か所ほど慰労にいかないとおけないのだけれど。あなたは?」
と、思い出したように訊ねられて、エミリーは苦笑する。
カトリーナは心の重荷を吐き出して、ようやく、元の彼女に戻ったみたいだった。
「ああ、それです。大神官様から準備が整ったから、話があると。すぐに」
「すぐに? 無理よ、まだスケジュールがある‥‥‥」
「私が代わりますから。安心を」
「代わったって、死者を再生‥‥‥は、できるわよね。貴方なら……一人じゃないし」
「そう、巫女が数名いれば、それも可能ですから。お気遣いなく」
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