殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央

文字の大きさ
48 / 53
エピローグ

第48話 万能の転移魔法(欠陥だらけです)

しおりを挟む
「上手くいく保証は?」
「お前が魔力を枯渇しない限り、女神様はお力を貸して下さる」

 いやに自信満々な父親だった。
 カトリーナは一抹の不安に襲われる。

「神託があった?」
「もちろん。そうじゃなきゃ、ここにいる全員が、喜んで手を貸すはずがない」

 そう言い、大神官は一同を見渡した。
 王太子派、聖女派、成り行きを見守りたい派。
 いろいろな派閥の人間がここには座している。

「大した統率力ですこと。宝珠がないのに」
「人は共に過ごした時間の長い方を信用するものさ」

 当たり前だ、と大神官はにやりとした。
 そのあなたを一番信用していないのが、娘の私なのだけれど。と、その本音を語ることは、いまは止めておく。

「一番、不安で恐怖に際悩まされているのは信徒でしょうから。いつからかかりますか?」
「明日の朝、だ。今夜は寝る暇がないぞ」
「心します」

 そう言ったときだった。
 ズダンっ、と明らかに硬くない物。
 肉体とか水とかそういったあるていどの柔らかさのある何かが、どこかにぶつかり、そしてずるっと床に滑り落ちてくる。

「あーあ‥‥‥来ちゃったのね‥‥‥可哀想」

 それは六人ほどの軽装に身を包み、抜き身の剣を片手に携えた――不法侵入者。
 獣人たちだった。

「なんだこれは!」

 と、神官の一人が驚きのあまり叫び声を上げる。

「最近、信徒たちを襲っていた‥‥‥害虫ですわ、皆様」

 テーブルの奥あたりに積み重なった重症の武装した男たちを捕縛しようと、居合わせた神殿騎士たちがそこに殺到した。
 もちろん、その中には聖騎士の姿もあり、全身の骨がおそらくは折れているだろう被害者たちは、捕縛され魔力封じの手錠をかけられて、大人しく連行されていった。
 事態が一段落したのを見て、ルーファスはテーブル越しに語り掛ける。

「……まさか、これを予期されて?」

 いえいえ、まさか! とカトリーナは慌てて両手を振ってそれを否定した。

「どうやったのですか、聖女様。あれらは神殿騎士でも捕縛に困難な転移魔法を使って逃げ回っていたやから‥‥‥」

 騎士団長の一人が怪訝な顔でそう問うてくる。
 カトリーナは第二、三の刺客がこないのを確認してから、自分が展開していた結界を解いた。

「結界というか‥‥‥転移魔法を拒絶する魔法。というのかしら。フレンヌがよく語っていたから、転移魔法なら行き先を指定することも、こちらになにかの装置を仕掛けることもなく、瞬時に移動できる。でも、向かった先に、同じ魔法の波長を拒絶する壁」

 とまで説明して、誰もが疑問符を顔に浮かべているのを再確認。
 もうすこし分かりやすく? と頭を捻って別の答えを探した。

「だから、波長の同じの波が続いていると、海でも河でもモノは運ばれていくでしょう? でもすこしおおきな波に出くわすと、あっけなく水中に没することもあるじゃない」
「では、その波に横から襲われた対策をしていなければ、ああなる、と‥‥‥?」

 ルーファスが補足した。

「まあ、そういうことね。でも普通は移動魔法ならそれくらい対策するものだから」
「では、どうやって?」
「移動している彼らを守る防御魔法を破壊するような衝撃を。ぶつかったら倍返しくらいの波長を叩きつけたら‥‥‥壊れるでしょう?」

 騎士団長がごくり、とつばを飲み込んだ。
 それは多分、理論上は可能だが、相手がどんな波長の種類の魔法を使ってやってくるのかは未知数だ。

「どれほどの研鑽を?」

 信徒でもあり宮廷魔導師でもある、そんな理由から役職を辞し、聖女一行に同行してきた中年の男性が、さぞや努力なされたでしょう、と褒め称えた。

 いえいえ、思いついたのはつい、昨日の深夜なのだけれど。とは言えずカトリーナは「あはは」と笑ってごまかした。

 見えなかった脅威への対処法が明らかになったことから、その場は緊迫した雰囲気から解放された。
 そうこうしているうちに、重症の獣人たちから何かを聞きだしたか、何かを見つけたのか。
 数名の神殿騎士が入ってきて、大神官になにやら耳打ちする。

 ジョゼフはやれやれと肩を竦め、目を半分ほどに細めると、ふうと大きく息を吐いた。

「さ、襲撃者の撃退方法は聖女様に教わってくれ。それ以外の全員で、信徒たちを旧第二壁前に集めるんだ。時間はあまりない、急いでくれよ」

 手を叩き、声を張り上げて、大神官は彼らを急がせた。
 室内は慌ただしくなり、人々はあらかじめ割り振られていたのだろう。書類を片手に各々、行き先が違うように見えた。

「呼ばれた理由は、単なる確認ですか」
「そうだが? 最高責任者の決済が無いと、組織とは動かないものなんでな」
 と、彼はカトリーナのおかげで全快した元気そうな顔に、しかしそれでも、睡眠不足の疲労感までは満たされないのか、春の斜陽に照らされてふわあっと、大きなあくびをする。
「さっきの報告は?」

 あくびがやんだ。
 その横顔に、父親でもない、大神官でもない、見知らぬ誰かの怒りの表情を見てしまい、カトリーナは息を呑む。

 ジョセフの顔に合ったのは、まだ見知らぬ、武人のような戦い決意した男の顔だった。

「……ジジイの部下だったそうだ」
「へえ」
「悔しくないのか?」

 意外な聖女の反応に、大神官は面食らう。

「怒っていますよ。とても。大事な私の信徒をないがしろにされ、傷つけられたんだから。まあ、それに関しては後日。そうしましょう。いまは信徒を逃がすことが先決」
「ふん。お前らしくないな」
「気のせいです」

 これまでにないくらい、慎ましくお淑やかにカトリーナはそう言った。

「じゃあ、取りかかってくれ。朝は早いぞ」
「はい、それでは」

 部屋を退出するまでの間、カトリーナは父親が見えない闇の底をじっと見つめているような気がして、なんだか恐ろしかった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

処理中です...