殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央

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エピローグ

第49話 新天地へ

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「深夜の間違いでは?」

 迎えにきた騎士に苦情を呈する。
 カトリーナは寝室で起こしにきたエミリーに憮然とした表情を向けた。

「まあまあ、予定は変わるものですから」
「……」
「ご機嫌を直してください、姫様。明日にはパルテスの分神殿にいるはずですよ」

 正確には国境前だが。
 あちらの分神殿に行くには、まず、国内の本神殿が許可をおろさないと、結界の向こう側にはいけないのだ。
 そのためには女神の宝珠が必要で、宝珠が無ければ何もできない。

 歩いていくという手も考えられたが、それにしたって王国からの追手はもうそこまできていると思われた。
 大神官が転移魔法を使えるように、各所の調整を急がせたのもそのためだろう。
 しかし、眠い。文句の一つも言いたくなる。だって、聞いていたのは早朝だからだ。

 よくて太陽が昇る少し前で、五時かその辺りだろうと勝手に思っていたら、起こされたのは深夜の二時を少し回ったところだった。

「御仕度くださいませ。民はすでに用意を整えております」
「そうね‥‥‥」

 分神殿の中で数日寝て、それからこの計画の為に、またテントへと戻ってみたら、寝所は他よりも一段高い場所に用意されていた。
 ぶつくさ言いながら文句を垂れつつ、それでも手早く着替えるとカトリーナはテントを出る。

 深夜。
 まだまだ冷え込む春の空は冬の星々の残像を見せてくれる。
 息を吐くたびにそれはまだ、白く変じて闇のはざまに消えた。
 三連の月もまた、この季節のこの地方にしては珍しく、三つすべてが揃って天空に在った。

「赤の月があんなにくっきりと‥‥‥」
「女神様のおわず月が見守ってくださっているのですよ、きっと。青と銀の月の女神様たちが遠慮してくださったのですね」
「そうね。我が女神ラーダの名に恥じないように、しようかしら」

 この国の初代聖女、なんて重たい代名詞はひとまずどこかに置いてから、すべてが上手く終わった後に背負うことにすることにした。
 迎えにきた騎士とともに移動して、数万の人たちが集まった旧壁の前で、大神官とその部下たちが集まっていた。

 聖騎士ルーファスは分神殿の神殿騎士を三割ほどのこし、飛行船であちらに向かっているのだという。
 こちらが行動を開始したからには、あちらもそろそろ条件が整ったのだろう。

「さ、聖女様」

 その場で魔法の証明と数百のかがり火と、それを網膜に映し込み反射させた獣人の視線が、カトリーナに一気に収束する。
 誰もが彼女の一挙手一投足に注視していた。
 その発言一つで、これから先の未来が決まるとも思われた。

 闇よりも深く、濃霧よりも濃い、そんな墨色の夜がオレンジ色のにぶい光の元に切り裂かれ、新たにそこにはないはずの、湖と森とそこに広がる大地を見出していく。

「新たなる地へ。女神様と共にありたい者は‥‥‥」

 と、そこでカトリーナは言葉に詰まってしまった。
 民衆の心を掴むような気の利いた何かを叫ぶべきだろうか。
 それとも、長ったらしい演説をぶって、彼らを鼓舞してから向かうべきだろうか。
 いいや、違う。カトリーナは決意する。必要なものはひとつだけ。

 それは‥‥‥「前へ!」と号令を下し、開かれたあちら側に最初に足を踏み出すこと。
 踏み入れて、無事であると。
 未来はここにあると示すこと。
 それが聖女だ。

 カトリーナはそう思い、第一歩を踏み出した。
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