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5話
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「……ライラ、様」
エリュシオンの唇が、恐怖で細かく震える。
かつて実家で、異母姉の取り巻きとして自分を「喋るゴミ」と呼び、冷水を浴びせて嘲笑っていた女――ライラ。
彼女は扇で口元を隠しながら、エリュシオンをゴミを見るような目で見下した。
「相変わらず薄気味悪い子。魔力も持たない『欠陥品』の分際で、陛下をたぶらかすなんて。お前のせいで、ヴォルガードの気高き血が汚されてしまうわ」
ライラは一歩踏み出し、エリュシオンの頬を打とうと手を振り上げた。
エリュシオンは反射的に目を瞑り、身体を強張らせる。
――だが、衝撃は来なかった。
「……誰の許可を得て、俺の所有物に触れようとした?」
地獄の底から響くような声が、離宮の空気を凍りつかせた。
ゼノスがライラの手首を、骨が砕けんばかりの力で掴み取っていた。
「ひっ、あ……陛下っ! 痛い、お離しくださいませ!」
「この男は『無能』ではないと言ったはずだ。聞こえなかったのか? それとも、その耳はただの飾りか」
ゼノスの瞳は、もはや人間に対するそれではない。
獰猛な獣が、獲物を噛み殺す直前の冷徹な殺気が溢れていた。
ライラは恐怖で腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「あ、あわわ……だ、だって、この子は、この国で一番の……」
「消えろ。二度と俺とこの者の前に姿を見せるな。貴様の一族ごと、砂漠の果てへ追放されたくなければな」
ゼノスの言葉は宣告だった。
近衛騎士たちが震え上がるライラを力ずくで引きずり出していく。
静寂が戻った離宮で、エリュシオンは膝を突き、過呼吸気味に肩を揺らしていた。
「……あ、ぅ……っ」
「エリュシオン!」
ゼノスが慌てて彼を抱きしめる。
だが、その時だった。
エリュシオンの身体から、透き通るような青い光が溢れ出した。
同時に、離宮の温度が急激に下がり始める。
床に置かれた水差しがパキパキと音を立てて凍り、部屋の至る所に美しい氷の結晶が咲き誇った。
「これは……」
ゼノスは驚きに目を見開いた。
エリュシオンの感情の昂りに呼応して、封じられていた魔力が暴走しかけている。
それは、並の魔導師では到底届かない、神聖で、暴力的なまでに純粋な「氷の魔力」だった。
「……あつい、ゼノス……身体が、あついよ……」
エリュシオンはゼノスの胸に顔を埋め、無意識に彼の冷たい鎧を求めて指先を這わせる。
肌は真っ白なままなのに、内側から燃えるような魔力の奔流に、エリュシオンの意識は混濁していた。
「……やはり、俺の見立て通りだ。お前は氷の聖子――世界を凍らせるほどの力を持っている」
ゼノスは熱にうなされるエリュシオンをベッドへ横たえると、自らもその上に覆い被さった。
暴走する魔力を抑えるには、より強い魔力で「蓋」をするか、あるいは――。
「エリュシオン、俺の魔力を流し込んでやる。少し苦しいが、耐えろ」
「ん、あぁっ……!」
ゼノスの唇がエリュシオンの唇を塞ぐ。
単なる口づけではない。ゼノスの強大な「炎」に近い属性の魔力が、エリュシオンの喉を通り、全身へと流し込まれていく。
冷気と熱気が、エリュシオンの体内で激しくぶつかり合う。
快感とも苦痛ともつかない衝撃に、エリュシオンの指先がゼノスの背中に深く食い込んだ。
「ふ、うぅ……っ、んん……!」
やがて、部屋を覆っていた氷がキラキラと光の粒になって消えていく。
エリュシオンは、ゼノスの腕の中でぐったりと力なく横たわった。
その瞳には、今までになかった微かな「色の力」が宿り始めていた。
「……ゼノス、僕……何か、した……?」
「お前は、俺の想像を遥かに超える最高の宝物だということを見せつけてくれた」
ゼノスは、まだ熱を帯びたエリュシオンの額にキスを落とした。
ライラが言った「無能」という言葉が、いかに滑稽なものだったか。
ゼノスの独占欲は、今やその魔力までも愛でるほどに、深く、深く、歪んでいく。
「お前の力は、俺だけが引き出してやる。誰にも触れさせん……」
一方、追放されたライラの実家、そしてエリュシオンを見捨てた王国側には、この「覚醒」の報せが届こうとしていた。
エリュシオンの唇が、恐怖で細かく震える。
かつて実家で、異母姉の取り巻きとして自分を「喋るゴミ」と呼び、冷水を浴びせて嘲笑っていた女――ライラ。
彼女は扇で口元を隠しながら、エリュシオンをゴミを見るような目で見下した。
「相変わらず薄気味悪い子。魔力も持たない『欠陥品』の分際で、陛下をたぶらかすなんて。お前のせいで、ヴォルガードの気高き血が汚されてしまうわ」
ライラは一歩踏み出し、エリュシオンの頬を打とうと手を振り上げた。
エリュシオンは反射的に目を瞑り、身体を強張らせる。
――だが、衝撃は来なかった。
「……誰の許可を得て、俺の所有物に触れようとした?」
地獄の底から響くような声が、離宮の空気を凍りつかせた。
ゼノスがライラの手首を、骨が砕けんばかりの力で掴み取っていた。
「ひっ、あ……陛下っ! 痛い、お離しくださいませ!」
「この男は『無能』ではないと言ったはずだ。聞こえなかったのか? それとも、その耳はただの飾りか」
ゼノスの瞳は、もはや人間に対するそれではない。
獰猛な獣が、獲物を噛み殺す直前の冷徹な殺気が溢れていた。
ライラは恐怖で腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「あ、あわわ……だ、だって、この子は、この国で一番の……」
「消えろ。二度と俺とこの者の前に姿を見せるな。貴様の一族ごと、砂漠の果てへ追放されたくなければな」
ゼノスの言葉は宣告だった。
近衛騎士たちが震え上がるライラを力ずくで引きずり出していく。
静寂が戻った離宮で、エリュシオンは膝を突き、過呼吸気味に肩を揺らしていた。
「……あ、ぅ……っ」
「エリュシオン!」
ゼノスが慌てて彼を抱きしめる。
だが、その時だった。
エリュシオンの身体から、透き通るような青い光が溢れ出した。
同時に、離宮の温度が急激に下がり始める。
床に置かれた水差しがパキパキと音を立てて凍り、部屋の至る所に美しい氷の結晶が咲き誇った。
「これは……」
ゼノスは驚きに目を見開いた。
エリュシオンの感情の昂りに呼応して、封じられていた魔力が暴走しかけている。
それは、並の魔導師では到底届かない、神聖で、暴力的なまでに純粋な「氷の魔力」だった。
「……あつい、ゼノス……身体が、あついよ……」
エリュシオンはゼノスの胸に顔を埋め、無意識に彼の冷たい鎧を求めて指先を這わせる。
肌は真っ白なままなのに、内側から燃えるような魔力の奔流に、エリュシオンの意識は混濁していた。
「……やはり、俺の見立て通りだ。お前は氷の聖子――世界を凍らせるほどの力を持っている」
ゼノスは熱にうなされるエリュシオンをベッドへ横たえると、自らもその上に覆い被さった。
暴走する魔力を抑えるには、より強い魔力で「蓋」をするか、あるいは――。
「エリュシオン、俺の魔力を流し込んでやる。少し苦しいが、耐えろ」
「ん、あぁっ……!」
ゼノスの唇がエリュシオンの唇を塞ぐ。
単なる口づけではない。ゼノスの強大な「炎」に近い属性の魔力が、エリュシオンの喉を通り、全身へと流し込まれていく。
冷気と熱気が、エリュシオンの体内で激しくぶつかり合う。
快感とも苦痛ともつかない衝撃に、エリュシオンの指先がゼノスの背中に深く食い込んだ。
「ふ、うぅ……っ、んん……!」
やがて、部屋を覆っていた氷がキラキラと光の粒になって消えていく。
エリュシオンは、ゼノスの腕の中でぐったりと力なく横たわった。
その瞳には、今までになかった微かな「色の力」が宿り始めていた。
「……ゼノス、僕……何か、した……?」
「お前は、俺の想像を遥かに超える最高の宝物だということを見せつけてくれた」
ゼノスは、まだ熱を帯びたエリュシオンの額にキスを落とした。
ライラが言った「無能」という言葉が、いかに滑稽なものだったか。
ゼノスの独占欲は、今やその魔力までも愛でるほどに、深く、深く、歪んでいく。
「お前の力は、俺だけが引き出してやる。誰にも触れさせん……」
一方、追放されたライラの実家、そしてエリュシオンを見捨てた王国側には、この「覚醒」の報せが届こうとしていた。
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