虐げられた氷の聖子は隣国の野獣皇帝に執着(愛)されすぎて溶かされる

たら昆布

文字の大きさ
5 / 21

5話

しおりを挟む
「……ライラ、様」

 エリュシオンの唇が、恐怖で細かく震える。
 かつて実家で、異母姉の取り巻きとして自分を「喋るゴミ」と呼び、冷水を浴びせて嘲笑っていた女――ライラ。
 彼女は扇で口元を隠しながら、エリュシオンをゴミを見るような目で見下した。

「相変わらず薄気味悪い子。魔力も持たない『欠陥品』の分際で、陛下をたぶらかすなんて。お前のせいで、ヴォルガードの気高き血が汚されてしまうわ」

 ライラは一歩踏み出し、エリュシオンの頬を打とうと手を振り上げた。
 エリュシオンは反射的に目を瞑り、身体を強張らせる。

 ――だが、衝撃は来なかった。

「……誰の許可を得て、俺の所有物に触れようとした?」

 地獄の底から響くような声が、離宮の空気を凍りつかせた。
 ゼノスがライラの手首を、骨が砕けんばかりの力で掴み取っていた。

「ひっ、あ……陛下っ! 痛い、お離しくださいませ!」

「この男は『無能』ではないと言ったはずだ。聞こえなかったのか? それとも、その耳はただの飾りか」

 ゼノスの瞳は、もはや人間に対するそれではない。
 獰猛な獣が、獲物を噛み殺す直前の冷徹な殺気が溢れていた。
 ライラは恐怖で腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

「あ、あわわ……だ、だって、この子は、この国で一番の……」

「消えろ。二度と俺とこの者の前に姿を見せるな。貴様の一族ごと、砂漠の果てへ追放されたくなければな」

 ゼノスの言葉は宣告だった。
 近衛騎士たちが震え上がるライラを力ずくで引きずり出していく。
 静寂が戻った離宮で、エリュシオンは膝を突き、過呼吸気味に肩を揺らしていた。

「……あ、ぅ……っ」

「エリュシオン!」

 ゼノスが慌てて彼を抱きしめる。
 だが、その時だった。

 エリュシオンの身体から、透き通るような青い光が溢れ出した。
 同時に、離宮の温度が急激に下がり始める。
 床に置かれた水差しがパキパキと音を立てて凍り、部屋の至る所に美しい氷の結晶が咲き誇った。

「これは……」

 ゼノスは驚きに目を見開いた。
 エリュシオンの感情の昂りに呼応して、封じられていた魔力が暴走しかけている。
 それは、並の魔導師では到底届かない、神聖で、暴力的なまでに純粋な「氷の魔力」だった。

「……あつい、ゼノス……身体が、あついよ……」

 エリュシオンはゼノスの胸に顔を埋め、無意識に彼の冷たい鎧を求めて指先を這わせる。
 肌は真っ白なままなのに、内側から燃えるような魔力の奔流に、エリュシオンの意識は混濁していた。

「……やはり、俺の見立て通りだ。お前は氷の聖子――世界を凍らせるほどの力を持っている」

 ゼノスは熱にうなされるエリュシオンをベッドへ横たえると、自らもその上に覆い被さった。
 暴走する魔力を抑えるには、より強い魔力で「蓋」をするか、あるいは――。

「エリュシオン、俺の魔力を流し込んでやる。少し苦しいが、耐えろ」

「ん、あぁっ……!」

 ゼノスの唇がエリュシオンの唇を塞ぐ。
 単なる口づけではない。ゼノスの強大な「炎」に近い属性の魔力が、エリュシオンの喉を通り、全身へと流し込まれていく。

 冷気と熱気が、エリュシオンの体内で激しくぶつかり合う。
 快感とも苦痛ともつかない衝撃に、エリュシオンの指先がゼノスの背中に深く食い込んだ。

「ふ、うぅ……っ、んん……!」

 やがて、部屋を覆っていた氷がキラキラと光の粒になって消えていく。
 エリュシオンは、ゼノスの腕の中でぐったりと力なく横たわった。
 その瞳には、今までになかった微かな「色の力」が宿り始めていた。

「……ゼノス、僕……何か、した……?」

「お前は、俺の想像を遥かに超える最高の宝物だということを見せつけてくれた」

 ゼノスは、まだ熱を帯びたエリュシオンの額にキスを落とした。
 ライラが言った「無能」という言葉が、いかに滑稽なものだったか。
 ゼノスの独占欲は、今やその魔力までも愛でるほどに、深く、深く、歪んでいく。

「お前の力は、俺だけが引き出してやる。誰にも触れさせん……」

 一方、追放されたライラの実家、そしてエリュシオンを見捨てた王国側には、この「覚醒」の報せが届こうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

処理中です...