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8.薬草園と兆候
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「これは……素晴らしくきれいになりましたね、リオン様」
仕事の合間を縫って久しぶりに薬草園にやってきたクレイドは、目の前の光景に目を見張った。
「へへへ、そうでしょ? すごく頑張ったもの」
雑草がきれいに取り払われた土は堆肥や落ち葉を混ぜているのでふかふかだ。水はけの悪さも改善したし、植えたい薬草ごとに畝も作ってある。
「それでね、今日はクレイドと一緒に種を植えたいと思って。手伝ってくれる?」
「もちろんです」
クレイドは優しく目を細めた。
腕の怪我も治り、クレイドは五日ほど前から隊に復帰していた。途端に忙しくなってしまったので、こうしてゆっくりと時間を過ごすのは久しぶりのことだった。
整えられた畝の前に、二人で並んでしゃがみ込む。
「これはね、ルーミラ草っていうんだ。僕が一番初めに母さんと一緒に育てた薬草。すごく強いから種から畑に蒔ける」
リオンは説明しながらクレイドに黒い種を手渡した。クレイドの大きな手のひらに乗ると、種がとてもとても小さく見える。
「不思議だよね、こんなに小さな種なのに、土に蒔くとちゃんと芽を出すんだもの」
リオンは種を指で掴み、そっと土の上に置いた。その上から優しく土をかける。
クレイドも背中を丸め、リオンの手元を真似ながら、覚束ない手つきで土の上に種を落とした。上から土をかぶせ、ほうと息をつく。
「まずは一つ植えました。なかなか難しいですね」
「うん、……ふふふ」
大仕事を終えたかのようなクレイドを見て、思わず笑いが漏れ出てしまった。意外と不器用なところがあるようだ。
クレイドは真面目な顔で次の種を指で摘まむ。その横顔に、夕方の金色の日差しが差し込んでいた。
伏せられた滑らかな薄い瞼、そこからまっすぐに伸びるまつ毛が日の光に透けて透明に見える。まるで難問を抱えているかのように固く結ばれた薄い唇。
「――クレイド」
「はい?」
顔を上げたクレイドがこちらを見て、少し首を傾げる。さらっと灰褐色の髪の毛が流れて、同系色の毛で覆われた耳がほんの少し揺れる。
「……ありがとうね。僕にも出来ることがあるかもしれないって、やっと思えた」
クレイドが目を丸くし、それからふっと小さな笑いを漏らした。
「あなたは自分には何も出来ないと言っていましたが、私はそうは思っていませんでしたよ」
「え……? そ、そうかな」
「ええ。それに、最初から何でもできる人間はいません。この国にもゆっくりと慣れていけばいい。焦らなくていいんです。出来ることを探して、勉強して、世界をひろげていけばいい。私があなたの助けになります」
クレイドが微笑んでいる。優しいまなざしで見つめてくれている。
「クレイド……」
突然、胸の奥の奥を、とんっと指で押されたような感覚があった。決して不快ではない。でも思わずどきっとするような鮮烈な刺激。
あれ、とリオンは目を瞬いた。
(これは……何だろう?)
甘いような、くすぐったくて身を捩りたくなるような不思議な感覚が、じわりじわりと身体中に広がっていく。
隣にしゃがみ込んだクレイドの左腕がかすかに触れた。クレイドの体温は甘く、肌の上を撫でるようにしてじんわりと熱が伝わってくる。
「リオン様?」
突然黙り込んだリオンの顔を、クレイドが不思議そうに覗き込んでくる。
「どうかしましたか?」
「えっ、なんでもないよ! なんでもないんだけど……」
全身が熱くなってくるような感じがするのは、気のせいだろうか。
息が苦しいような気がするのは――。
(あれ? なんかおかしい……?)
鼓動が、呼吸が少しずつ速くなっていく。
胸を押さえて戸惑っていると、クレイドが静かに息を呑んだ。
「リオン様……」
「えっ、何?」
リオンはクレイドの顔を見あげた。
クレイドの頬はわずかに紅潮していた。灰色の瞳の中で、瞳孔がおおきく収縮している。
(クレイド……?)
クレイドはしばらく言いよどむように沈黙していたが、やがて決心したように口を開いた。
「リオン様、失礼ですが、前の発情期はいつ来ましたか?」
「えっ、あっ、はっ、発情期!?」
突然の言葉に、リオンは驚きで声を裏返した。
『発情期』なんて言葉がクレイドの口から出てきたので妙にどきどきしてしまう。動揺しながらもリオンは記憶を辿った。
「た、確か三か月前……だったけど」
「なるほど……」
クレイドがまた黙り込む。その顔がどんどん紅潮しているのを見てリオンは心の中で絶叫した。
(一体何っ!? 黙り込まないではっきり言ってよっ!)
リオンは堪らず、顔を赤らめながら叫んだ。
「そ、それが何っ!?」
「言いにくいのですが、リオン様のお身体から大変甘い匂いがします……」
「えっ!?」
クレイドとリオンは顔を見合わせた。
まさか……。
まさか。
「発情期が……来た……?」
仕事の合間を縫って久しぶりに薬草園にやってきたクレイドは、目の前の光景に目を見張った。
「へへへ、そうでしょ? すごく頑張ったもの」
雑草がきれいに取り払われた土は堆肥や落ち葉を混ぜているのでふかふかだ。水はけの悪さも改善したし、植えたい薬草ごとに畝も作ってある。
「それでね、今日はクレイドと一緒に種を植えたいと思って。手伝ってくれる?」
「もちろんです」
クレイドは優しく目を細めた。
腕の怪我も治り、クレイドは五日ほど前から隊に復帰していた。途端に忙しくなってしまったので、こうしてゆっくりと時間を過ごすのは久しぶりのことだった。
整えられた畝の前に、二人で並んでしゃがみ込む。
「これはね、ルーミラ草っていうんだ。僕が一番初めに母さんと一緒に育てた薬草。すごく強いから種から畑に蒔ける」
リオンは説明しながらクレイドに黒い種を手渡した。クレイドの大きな手のひらに乗ると、種がとてもとても小さく見える。
「不思議だよね、こんなに小さな種なのに、土に蒔くとちゃんと芽を出すんだもの」
リオンは種を指で掴み、そっと土の上に置いた。その上から優しく土をかける。
クレイドも背中を丸め、リオンの手元を真似ながら、覚束ない手つきで土の上に種を落とした。上から土をかぶせ、ほうと息をつく。
「まずは一つ植えました。なかなか難しいですね」
「うん、……ふふふ」
大仕事を終えたかのようなクレイドを見て、思わず笑いが漏れ出てしまった。意外と不器用なところがあるようだ。
クレイドは真面目な顔で次の種を指で摘まむ。その横顔に、夕方の金色の日差しが差し込んでいた。
伏せられた滑らかな薄い瞼、そこからまっすぐに伸びるまつ毛が日の光に透けて透明に見える。まるで難問を抱えているかのように固く結ばれた薄い唇。
「――クレイド」
「はい?」
顔を上げたクレイドがこちらを見て、少し首を傾げる。さらっと灰褐色の髪の毛が流れて、同系色の毛で覆われた耳がほんの少し揺れる。
「……ありがとうね。僕にも出来ることがあるかもしれないって、やっと思えた」
クレイドが目を丸くし、それからふっと小さな笑いを漏らした。
「あなたは自分には何も出来ないと言っていましたが、私はそうは思っていませんでしたよ」
「え……? そ、そうかな」
「ええ。それに、最初から何でもできる人間はいません。この国にもゆっくりと慣れていけばいい。焦らなくていいんです。出来ることを探して、勉強して、世界をひろげていけばいい。私があなたの助けになります」
クレイドが微笑んでいる。優しいまなざしで見つめてくれている。
「クレイド……」
突然、胸の奥の奥を、とんっと指で押されたような感覚があった。決して不快ではない。でも思わずどきっとするような鮮烈な刺激。
あれ、とリオンは目を瞬いた。
(これは……何だろう?)
甘いような、くすぐったくて身を捩りたくなるような不思議な感覚が、じわりじわりと身体中に広がっていく。
隣にしゃがみ込んだクレイドの左腕がかすかに触れた。クレイドの体温は甘く、肌の上を撫でるようにしてじんわりと熱が伝わってくる。
「リオン様?」
突然黙り込んだリオンの顔を、クレイドが不思議そうに覗き込んでくる。
「どうかしましたか?」
「えっ、なんでもないよ! なんでもないんだけど……」
全身が熱くなってくるような感じがするのは、気のせいだろうか。
息が苦しいような気がするのは――。
(あれ? なんかおかしい……?)
鼓動が、呼吸が少しずつ速くなっていく。
胸を押さえて戸惑っていると、クレイドが静かに息を呑んだ。
「リオン様……」
「えっ、何?」
リオンはクレイドの顔を見あげた。
クレイドの頬はわずかに紅潮していた。灰色の瞳の中で、瞳孔がおおきく収縮している。
(クレイド……?)
クレイドはしばらく言いよどむように沈黙していたが、やがて決心したように口を開いた。
「リオン様、失礼ですが、前の発情期はいつ来ましたか?」
「えっ、あっ、はっ、発情期!?」
突然の言葉に、リオンは驚きで声を裏返した。
『発情期』なんて言葉がクレイドの口から出てきたので妙にどきどきしてしまう。動揺しながらもリオンは記憶を辿った。
「た、確か三か月前……だったけど」
「なるほど……」
クレイドがまた黙り込む。その顔がどんどん紅潮しているのを見てリオンは心の中で絶叫した。
(一体何っ!? 黙り込まないではっきり言ってよっ!)
リオンは堪らず、顔を赤らめながら叫んだ。
「そ、それが何っ!?」
「言いにくいのですが、リオン様のお身体から大変甘い匂いがします……」
「えっ!?」
クレイドとリオンは顔を見合わせた。
まさか……。
まさか。
「発情期が……来た……?」
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