【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

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9.オメガ

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「おめでとうございます! 間違いありませんねぇ、発情期に入られております!」

 白い衣を着た王宮の侍医が嬉しそうに甲高い声で言い、リオンは寝台に腰かけたままで眉を寄せた。 

(え……? おめでとうって……どうして?)

 薬草園で突然発情が始まったリオンは、あれからクレイドとともに急いで王宮に戻ってきた。だがすぐに手足が震えてしまい歩けなくなり、結局クレイドに横抱きされてなんとか自室まで帰ってきたのだった。

 『なんかいつもの発情期と違うかも……』というリオンの言葉に、『まずは侍医に見てもらいましょう』というクレイドが言い、すぐに部屋に侍医が飛んできてくれたところまでは良かったが、まさか高らかに「おめでとうございます!」と言われるだなんて思ってもいなかった。

 リオンは戸惑いながら、すぐ隣に立っているクレイドの顔を見あげた。
「クレイド……」
「リオン様、不安に思ってることがあるなら言ってみたほうがいいですよ」
「……うん」

 リオンは侍医のほうに視線を戻し、口を開いた。
「あの……」
「はい?」

 柔らかそうな金髪を鳥の巣のようにうねらせた侍医は、きょとんと首を傾げた。

「僕、こんなに早いペースで発情期が来たことがないんですけど」
「え」 
 リオンの言葉に、侍医は首を九十度近くまで曲げたままで目を瞬いた。

「どういうことでしょう? リオン様は、前回の発情期から三か月は空いておりますよね? 普通では?」

 オメガの発情期は、平均して三か月に一度だと言われている。

「僕はもともと発情期が定期的に来ないんです。半年で来ることもあれば、一年近く来ないときもありました。だから、三か月だなんてそんな短い間に来たことはなくて」

 侍医はしばらく目を瞬いていたが、「なるほど」と頷いた。

「もしかしたら、今までは栄養状況が悪く、発情期も安定して来なかったのかもしれませんねぇ。食生活や環境が安定してきたことにより、身体にも変化があったのでしょう。ブルーメとしては喜ばしい変化ですよ!」

 やけに嬉しそうに軽い調子で言われ、リオンは不安が募った。

(この侍医の人、大丈夫かな……)

 その気持ちを込めて再びクレイドを見ると、すべてわかっていますとばかりに頷く。
「大丈夫です、リオン様。ドニは見た目はこんな感じですが、医者としての腕は確かですから」
「……あ、うん、そっか」

 「ええ~、クレイド隊長、結構酷いこと言ってますねえ~」と嘆く侍医――ドニを無視して、クレイドがリオンの肩を励ますように軽く叩いた。

 ブルーメ――オメガには発情期というものがある。
 子を孕むことに特化したオメガは、発情期にあいだ、通常の生活を送るのが困難になるほどに性欲が増加してしまうのだ。そのうえ発情中のオメガは男性を性行為に誘う特殊なフェロモンを放出する。

 このフェロモンを嗅いだ人間は、否応なしにオメガの発情に巻き込まれて発情してしまう。ベータである男性はもちろん、アルファに至っては理性を失うほどに強く発情すると言われている。オメガが『傍迷惑な厭らしいケダモノ』だと蔑まれる所以だ。
 
 リオンが村にいたときも、発情期のあいだは決して誰にも会わないよう、母親は家のすべての戸を閉ざし、リオンは家の中の小さな倉庫に閉じこもって過ごしていた。
 いつもは明るい母親も、この時ばかりは硬い表情で押し黙っていた。それも当然だろう。一枚扉を隔てたところで、自分の息子が泣きながら自分で自分の身体を慰めているのだから。

『発情期は、確実に子供を宿すために進化した身体のしくみなのよ』
 母親に言われても、リオンはそうは考えることが出来なかった。辛く、恥ずかしく、みっともないもの。それがリオンにとっての発情期だ。
 だから余計に、目の前の侍医の態度は理解出来なかった。 

(どうして嬉しそうに言うんだろ……まるで祝い事か何かみたいに……)

 書類に書付をしていたドニが、顔を上げずに質問を投げかけてくる。

「ちなみにですがリオン様、今までの発情期で抑制剤はどうなさっていたのですか?」
「母が作ってくれていました。薬草から薬を作る生業をしていたので……。今は自分で作っています」
「ふむふむ。今までの発情期間は平均何日ほど?」
「いつもなら一日か二日で収まります」

「ほう。かなり発情が軽いようですね。う~ん……。ともかく今回の発情期はどうなさるか、オースティン陛下ともよくお話し合いになることが肝要です。この国に来られて初めての発情期ですし、今回については無理をなさらずとも――」
「え?」
 リオンがドニの不思議な言い回しに首を傾げたとき、部屋の扉がいきなり開いた。慌てた様子でオースティンが入ってくる。

「リオン! 発情期が来たと聞いたのだが、本当か!」
「あ……オースティン」
 と顔を向け、リオンはぎくりとした。
 数メートル先にいるオースティンから、強烈な感覚が伝わってきたのだ。

(待って……。これ……この気配って……) 
 ――――アルファだ。

 間違いない。
 背中がぞくぞくして身震しそうになる感覚。
 この圧迫感と、目が眩みそうになるほどに甘く魅惑的な匂い。

 それは以前の発情期に、アルファである村長の息子ジルと出くわしたときに感じたものと全く同じ……いや、それ以上に強く迫ってくるものがあった。

(え……なんで? オースティンはアルファなの? でもそんなこと一言も言ってなかったのに)
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