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9.オメガ
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茫然と目を見開いて固まるリオンを、オースティンはじっと見ていた。
「リオン……君の言いたいことはわかる。先に謝らせてくれないか?」
「……あや、まる……?」
「隠していてすまない。僕はクローネ……つまりはアルファなんだ」
やっぱりという納得と、まさかという驚愕が同時にやってきて、なんと返事をすればよいかわからなかった。オースティンは苦い顔で続ける。
「ずっと……黙っていて悪かった。リオンが村にいたアルファに暴力行為を受けていたと報告を聞いていたから、君を怖がらせたくなかった。きっと君は僕がアルファだと知ったら、警戒して心を閉じるだろうから。リオンの発情期はまだ先だと聞いていたし、頃合いを見て話をしようとは思ってはいた……。だけどそれも今となっては言い訳にしか聞こえないだろうね。自分の都合を優先して伝えることをしなかった。本当に申し訳ないと思っている」
確かにリオンはアルファに恐怖心を持っている。
ジルのことがあったからだ。それに今だって、目の前にいるのはオースティンだとわかっていても、アルファとしての威圧感を感じて怖いと思ってしまう。だから初対面のときにアルファだと知らさなかったオースティンの判断は正しい。
(だけど……)
王都に来てからもう二週間以上も経つ。十分な時間があったはずなのに、どうしてオースティンは言ってくれなかったのだろう。
そう思うと裏切られたような、自分が信用されていなかったような気持ちになり、黒いもやもやが胸の中に充満していく。絶望的な気持ちになりながらも、リオンはなんとか声を絞り出した。
「……陛下は悪くないです」
ぽつり、と落ちた声は自分でもわかるほどに暗く落ち込んでいた。
「確かに……陛下がアルファだと知って驚いているけど、それに知らせなかったのも僕のためというのもわかります……。だけど今、僕はとても、混乱していて」
リオンはぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
オースティンが部屋に入ってきてから、そわそわと落ち着かない感じがしたが、今やそれがはっきりとした発情の感覚に変わりつつあった。
身体が熱い。息が上がってくる。間違いない、オースティンから発せられるアルファのフェロモンの影響のせいだ。
それまで黙ってリオンの様子を見ていたクレイドが、口を開いた。
「オースティンのフェロモンが作用しているようです。一度離れた方がいい」
クレイドの言葉に、ドニもうなづく。
「そうですな。陛下、これ以上ブルーメ様にお近づきにならない方がよろしい。できればどうかご退出を。発情中のブルーメ様に、陛下の匂いは酷でしょう」
「――そうだな。わかった……」
オースティンの視線がこちらに向いたような感じがしたが、リオンは顔を上げることが出来なかった。内側で荒れ狂う発情を鎮めるので精いっぱいだったのだ。
だがオースティンが部屋から出て行き扉が閉まった瞬間、ぶわりと涙が込み上げてきた。
「う……」
寂しい、と思った。何が寂しいのか自分でもわからない。
発情期のときは気持ちが不安定になりやすいが、今回は異常なほどの心のふり幅だ。悲しくもないのに涙が出て、涙が出たら信じられないほどに悲しくなってくる。
リオンの様子を見たドニが椅子から立ち上がった。
「リオン様、やはり抑制剤を飲みましょう。身体が落ち着けばきっと心も落ちつくはずだ。ノルツブルクの抑制剤は副作用が少ないので心配ありません。今持ってきますので少しお待ちください。クレイド隊長、ブルーメ様のおそばに」
「……ああ、わかった」
ドニが部屋から出て行き、クレイドと二人きりになる。気が緩んだのか、さらに涙が出てきた。
「リオン様……」
「ごめん、わかってる。ごめん。ごめんね」
込み上げてくる言葉にできない感情に、ぶるぶると身体が震えてしまう。クレイドがリオンの前に跪き、両肩を支えてくれた。
「大丈夫です、謝ることはありませんよ」
穏やかな声にリオンは顔を上げた。目の前にはクレイドの顔がある。
優しいクレイド。
いつもそばにいて助けてくれるクレイド。
だけどすこし離れた距離が寂しくて、リオンは両腕を伸ばした。
「クレイド……抱っこ、抱っこして」
自分の口から子供のような言葉が出て一瞬驚いたけれど、クレイドの顔を見ていたらすぐに思考が白く掠れていった。
クレイドに触れたい。触れて欲しい……。
「お願い……抱っこ、して」
もう一度せがむように腕を伸ばすと、クレイドがぐっと唇をかみしめ、ゆっくりと立ち上がって寝台に腰かけた。躊躇するようになかなか近づいてきてくれないので、リオンは自分からクレイドの首に両腕を回して引き寄せる。
ぴたりと身体が密着し、あまりの安心感と心地よさに息が漏れた。
(ああ、気持ちいい――)
リオンは夢見心地でクレイドの胸元に頬を擦りつけた。この逞しく太い首に分厚い胸板。なんて魅力的なのだろう。
息を大きく吸い込むと、クレイドの匂いがした。甘く、どこか異国を思わせるような、そして身体の隅々まで広がっていくような穏やかな香り。
クレイドはこんなにいい匂いがしたのか。
重なった肌が熱く汗ばむ。どく、どく、と打つのはどちらの心臓の音だろう。リオンはクレイドの腕の中で、そっと顔を上げた。
見あげた灰色の瞳は、瞳孔が大きく開いていた。その一番中心には自分の顔が大きく映っている。
ただ自分しか映さないその瞳がゆらりと揺れるのを見たとき、ぞくぞくと背筋を甘い熱が上ってきた。やがてそれは頭蓋まで到達し、何倍にも膨れ上がった欲情の熱が身体中に逆流する。
「あっ……クレイド……あ……僕、熱い……」
甘ったるく粘ついた熱が、下半身にどんどん溜まっていく。飽和し、出口を求めて荒れ狂う。
リオンはクレイドの手のひらを掴み、ぐいぐいと引っ張った。
「ねえクレイド、触って……触ってっ。……お願いっ……」
その大きな手のひらを熱く興奮する下半身に押し付けようとしたその瞬間。
とんっと肩に衝撃があった。
密着していた身体が離れ、リオンは背後に倒れかかって寝台に後ろ手をつく。驚いて視線を上げると、目の前には愕然としたクレイドの顔があった。
「あ……」
突き飛ばされたのだ――と気が付いた瞬間、リオンの頭は一瞬で冷えた。
「リオン……君の言いたいことはわかる。先に謝らせてくれないか?」
「……あや、まる……?」
「隠していてすまない。僕はクローネ……つまりはアルファなんだ」
やっぱりという納得と、まさかという驚愕が同時にやってきて、なんと返事をすればよいかわからなかった。オースティンは苦い顔で続ける。
「ずっと……黙っていて悪かった。リオンが村にいたアルファに暴力行為を受けていたと報告を聞いていたから、君を怖がらせたくなかった。きっと君は僕がアルファだと知ったら、警戒して心を閉じるだろうから。リオンの発情期はまだ先だと聞いていたし、頃合いを見て話をしようとは思ってはいた……。だけどそれも今となっては言い訳にしか聞こえないだろうね。自分の都合を優先して伝えることをしなかった。本当に申し訳ないと思っている」
確かにリオンはアルファに恐怖心を持っている。
ジルのことがあったからだ。それに今だって、目の前にいるのはオースティンだとわかっていても、アルファとしての威圧感を感じて怖いと思ってしまう。だから初対面のときにアルファだと知らさなかったオースティンの判断は正しい。
(だけど……)
王都に来てからもう二週間以上も経つ。十分な時間があったはずなのに、どうしてオースティンは言ってくれなかったのだろう。
そう思うと裏切られたような、自分が信用されていなかったような気持ちになり、黒いもやもやが胸の中に充満していく。絶望的な気持ちになりながらも、リオンはなんとか声を絞り出した。
「……陛下は悪くないです」
ぽつり、と落ちた声は自分でもわかるほどに暗く落ち込んでいた。
「確かに……陛下がアルファだと知って驚いているけど、それに知らせなかったのも僕のためというのもわかります……。だけど今、僕はとても、混乱していて」
リオンはぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
オースティンが部屋に入ってきてから、そわそわと落ち着かない感じがしたが、今やそれがはっきりとした発情の感覚に変わりつつあった。
身体が熱い。息が上がってくる。間違いない、オースティンから発せられるアルファのフェロモンの影響のせいだ。
それまで黙ってリオンの様子を見ていたクレイドが、口を開いた。
「オースティンのフェロモンが作用しているようです。一度離れた方がいい」
クレイドの言葉に、ドニもうなづく。
「そうですな。陛下、これ以上ブルーメ様にお近づきにならない方がよろしい。できればどうかご退出を。発情中のブルーメ様に、陛下の匂いは酷でしょう」
「――そうだな。わかった……」
オースティンの視線がこちらに向いたような感じがしたが、リオンは顔を上げることが出来なかった。内側で荒れ狂う発情を鎮めるので精いっぱいだったのだ。
だがオースティンが部屋から出て行き扉が閉まった瞬間、ぶわりと涙が込み上げてきた。
「う……」
寂しい、と思った。何が寂しいのか自分でもわからない。
発情期のときは気持ちが不安定になりやすいが、今回は異常なほどの心のふり幅だ。悲しくもないのに涙が出て、涙が出たら信じられないほどに悲しくなってくる。
リオンの様子を見たドニが椅子から立ち上がった。
「リオン様、やはり抑制剤を飲みましょう。身体が落ち着けばきっと心も落ちつくはずだ。ノルツブルクの抑制剤は副作用が少ないので心配ありません。今持ってきますので少しお待ちください。クレイド隊長、ブルーメ様のおそばに」
「……ああ、わかった」
ドニが部屋から出て行き、クレイドと二人きりになる。気が緩んだのか、さらに涙が出てきた。
「リオン様……」
「ごめん、わかってる。ごめん。ごめんね」
込み上げてくる言葉にできない感情に、ぶるぶると身体が震えてしまう。クレイドがリオンの前に跪き、両肩を支えてくれた。
「大丈夫です、謝ることはありませんよ」
穏やかな声にリオンは顔を上げた。目の前にはクレイドの顔がある。
優しいクレイド。
いつもそばにいて助けてくれるクレイド。
だけどすこし離れた距離が寂しくて、リオンは両腕を伸ばした。
「クレイド……抱っこ、抱っこして」
自分の口から子供のような言葉が出て一瞬驚いたけれど、クレイドの顔を見ていたらすぐに思考が白く掠れていった。
クレイドに触れたい。触れて欲しい……。
「お願い……抱っこ、して」
もう一度せがむように腕を伸ばすと、クレイドがぐっと唇をかみしめ、ゆっくりと立ち上がって寝台に腰かけた。躊躇するようになかなか近づいてきてくれないので、リオンは自分からクレイドの首に両腕を回して引き寄せる。
ぴたりと身体が密着し、あまりの安心感と心地よさに息が漏れた。
(ああ、気持ちいい――)
リオンは夢見心地でクレイドの胸元に頬を擦りつけた。この逞しく太い首に分厚い胸板。なんて魅力的なのだろう。
息を大きく吸い込むと、クレイドの匂いがした。甘く、どこか異国を思わせるような、そして身体の隅々まで広がっていくような穏やかな香り。
クレイドはこんなにいい匂いがしたのか。
重なった肌が熱く汗ばむ。どく、どく、と打つのはどちらの心臓の音だろう。リオンはクレイドの腕の中で、そっと顔を上げた。
見あげた灰色の瞳は、瞳孔が大きく開いていた。その一番中心には自分の顔が大きく映っている。
ただ自分しか映さないその瞳がゆらりと揺れるのを見たとき、ぞくぞくと背筋を甘い熱が上ってきた。やがてそれは頭蓋まで到達し、何倍にも膨れ上がった欲情の熱が身体中に逆流する。
「あっ……クレイド……あ……僕、熱い……」
甘ったるく粘ついた熱が、下半身にどんどん溜まっていく。飽和し、出口を求めて荒れ狂う。
リオンはクレイドの手のひらを掴み、ぐいぐいと引っ張った。
「ねえクレイド、触って……触ってっ。……お願いっ……」
その大きな手のひらを熱く興奮する下半身に押し付けようとしたその瞬間。
とんっと肩に衝撃があった。
密着していた身体が離れ、リオンは背後に倒れかかって寝台に後ろ手をつく。驚いて視線を上げると、目の前には愕然としたクレイドの顔があった。
「あ……」
突き飛ばされたのだ――と気が付いた瞬間、リオンの頭は一瞬で冷えた。
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