【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
19 / 61
9.オメガ

しおりを挟む
 茫然と目を見開いて固まるリオンを、オースティンはじっと見ていた。

「リオン……君の言いたいことはわかる。先に謝らせてくれないか?」
「……あや、まる……?」
「隠していてすまない。僕はクローネ……つまりはアルファなんだ」

 やっぱりという納得と、まさかという驚愕が同時にやってきて、なんと返事をすればよいかわからなかった。オースティンは苦い顔で続ける。

「ずっと……黙っていて悪かった。リオンが村にいたアルファに暴力行為を受けていたと報告を聞いていたから、君を怖がらせたくなかった。きっと君は僕がアルファだと知ったら、警戒して心を閉じるだろうから。リオンの発情期はまだ先だと聞いていたし、頃合いを見て話をしようとは思ってはいた……。だけどそれも今となっては言い訳にしか聞こえないだろうね。自分の都合を優先して伝えることをしなかった。本当に申し訳ないと思っている」

 確かにリオンはアルファに恐怖心を持っている。
 ジルのことがあったからだ。それに今だって、目の前にいるのはオースティンだとわかっていても、アルファとしての威圧感を感じて怖いと思ってしまう。だから初対面のときにアルファだと知らさなかったオースティンの判断は正しい。

(だけど……)

 王都に来てからもう二週間以上も経つ。十分な時間があったはずなのに、どうしてオースティンは言ってくれなかったのだろう。
 そう思うと裏切られたような、自分が信用されていなかったような気持ちになり、黒いもやもやが胸の中に充満していく。絶望的な気持ちになりながらも、リオンはなんとか声を絞り出した。

「……陛下は悪くないです」
 ぽつり、と落ちた声は自分でもわかるほどに暗く落ち込んでいた。
「確かに……陛下がアルファだと知って驚いているけど、それに知らせなかったのも僕のためというのもわかります……。だけど今、僕はとても、混乱していて」   

 リオンはぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
 オースティンが部屋に入ってきてから、そわそわと落ち着かない感じがしたが、今やそれがはっきりとした発情の感覚に変わりつつあった。
 身体が熱い。息が上がってくる。間違いない、オースティンから発せられるアルファのフェロモンの影響のせいだ。

 それまで黙ってリオンの様子を見ていたクレイドが、口を開いた。

「オースティンのフェロモンが作用しているようです。一度離れた方がいい」
 クレイドの言葉に、ドニもうなづく。

「そうですな。陛下、これ以上ブルーメ様にお近づきにならない方がよろしい。できればどうかご退出を。発情中のブルーメ様に、陛下の匂いは酷でしょう」
「――そうだな。わかった……」

 オースティンの視線がこちらに向いたような感じがしたが、リオンは顔を上げることが出来なかった。内側で荒れ狂う発情を鎮めるので精いっぱいだったのだ。
 だがオースティンが部屋から出て行き扉が閉まった瞬間、ぶわりと涙が込み上げてきた。

「う……」
 寂しい、と思った。何が寂しいのか自分でもわからない。
 発情期のときは気持ちが不安定になりやすいが、今回は異常なほどの心のふり幅だ。悲しくもないのに涙が出て、涙が出たら信じられないほどに悲しくなってくる。
 リオンの様子を見たドニが椅子から立ち上がった。

「リオン様、やはり抑制剤を飲みましょう。身体が落ち着けばきっと心も落ちつくはずだ。ノルツブルクの抑制剤は副作用が少ないので心配ありません。今持ってきますので少しお待ちください。クレイド隊長、ブルーメ様のおそばに」
「……ああ、わかった」

 ドニが部屋から出て行き、クレイドと二人きりになる。気が緩んだのか、さらに涙が出てきた。

「リオン様……」
「ごめん、わかってる。ごめん。ごめんね」

 込み上げてくる言葉にできない感情に、ぶるぶると身体が震えてしまう。クレイドがリオンの前に跪き、両肩を支えてくれた。

「大丈夫です、謝ることはありませんよ」
 穏やかな声にリオンは顔を上げた。目の前にはクレイドの顔がある。

 優しいクレイド。
 いつもそばにいて助けてくれるクレイド。
 だけどすこし離れた距離が寂しくて、リオンは両腕を伸ばした。

「クレイド……抱っこ、抱っこして」
 自分の口から子供のような言葉が出て一瞬驚いたけれど、クレイドの顔を見ていたらすぐに思考が白く掠れていった。
 クレイドに触れたい。触れて欲しい……。

「お願い……抱っこ、して」

 もう一度せがむように腕を伸ばすと、クレイドがぐっと唇をかみしめ、ゆっくりと立ち上がって寝台に腰かけた。躊躇するようになかなか近づいてきてくれないので、リオンは自分からクレイドの首に両腕を回して引き寄せる。
 ぴたりと身体が密着し、あまりの安心感と心地よさに息が漏れた。

(ああ、気持ちいい――)

 リオンは夢見心地でクレイドの胸元に頬を擦りつけた。この逞しく太い首に分厚い胸板。なんて魅力的なのだろう。
  息を大きく吸い込むと、クレイドの匂いがした。甘く、どこか異国を思わせるような、そして身体の隅々まで広がっていくような穏やかな香り。
 クレイドはこんなにいい匂いがしたのか。

 重なった肌が熱く汗ばむ。どく、どく、と打つのはどちらの心臓の音だろう。リオンはクレイドの腕の中で、そっと顔を上げた。

 見あげた灰色の瞳は、瞳孔が大きく開いていた。その一番中心には自分の顔が大きく映っている。
 ただ自分しか映さないその瞳がゆらりと揺れるのを見たとき、ぞくぞくと背筋を甘い熱が上ってきた。やがてそれは頭蓋まで到達し、何倍にも膨れ上がった欲情の熱が身体中に逆流する。

「あっ……クレイド……あ……僕、熱い……」

 甘ったるく粘ついた熱が、下半身にどんどん溜まっていく。飽和し、出口を求めて荒れ狂う。

 リオンはクレイドの手のひらを掴み、ぐいぐいと引っ張った。

「ねえクレイド、触って……触ってっ。……お願いっ……」

 その大きな手のひらを熱く興奮する下半身に押し付けようとしたその瞬間。
 とんっと肩に衝撃があった。

 密着していた身体が離れ、リオンは背後に倒れかかって寝台に後ろ手をつく。驚いて視線を上げると、目の前には愕然としたクレイドの顔があった。
 
「あ……」

 突き飛ばされたのだ――と気が付いた瞬間、リオンの頭は一瞬で冷えた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

恋は終わると愛になる ~富豪オレ様アルファは素直無欲なオメガに惹かれ、恋をし、愛を知る~

大波小波
BL
 神森 哲哉(かみもり てつや)は、整った顔立ちと筋肉質の体格に恵まれたアルファ青年だ。   富豪の家に生まれたが、事故で両親をいっぺんに亡くしてしまう。  遺産目当てに群がってきた親類たちに嫌気がさした哲哉は、人間不信に陥った。  ある日、哲哉は人身売買の闇サイトから、18歳のオメガ少年・白石 玲衣(しらいし れい)を買う。  玲衣は、小柄な体に細い手足。幼さの残る可憐な面立ちに、白い肌を持つ美しい少年だ。  だが彼は、ギャンブルで作った借金返済のため、実の父に売りに出された不幸な子でもあった。  描画のモデルにし、気が向けばベッドを共にする。  そんな新しい玩具のつもりで玲衣を買った、哲哉。  しかし彼は美的センスに優れており、これまでの少年たちとは違う魅力を発揮する。  この小さな少年に対して、哲哉は好意を抱き始めた。  玲衣もまた、自分を大切に扱ってくれる哲哉に、心を開いていく。

発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ

小池 月
BL
もし発情期がアルファにくるのなら⁉オメガはアルファの発情を抑えるための存在だったら――?  ――貧困国であった砂漠の国アドレアはアルファが誕生するようになり、アルファの功績で豊かな国になった。アドレアに生まれるアルファには獣の発情期があり、番のオメガがいないと発狂する―― ☆発情期が来るアルファ貴族×アルファ貴族によってオメガにされた貧困青年☆  二十歳のウルイ・ハンクはアドレアの地方オアシス都市に住む貧困の民。何とか生活をつなぐ日々に、ウルイは疲れ切っていた。  そんなある日、貴族アルファである二十二歳のライ・ドラールがオアシスの視察に来る。  ウルイはライがアルファであると知らずに親しくなる。金持ちそうなのに気さくなライとの時間は、ウルイの心を優しく癒した。徐々に二人の距離が近くなる中、発情促進剤を使われたライは、ウルイを強制的に番のオメガにしてしまう。そして、ライの発情期を共に過ごす。  発情期が明けると、ウルイは自分がオメガになったことを知る。到底受け入れられない現実に混乱するウルイだが、ライの発情期を抑えられるのは自分しかいないため、義務感でライの傍にいることを決めるがーー。 誰もが憧れる貴族アルファの番オメガ。それに選ばれれば、本当に幸せになれるのか?? 少し変わったオメガバースファンタジーBLです(*^^*)  第13回BL大賞エントリー作品 ぜひぜひ応援お願いします✨ 10月は1日1回8時更新、11月から日に2回更新していきます!!

春風のように君を包もう ~氷のアルファと健気なオメガ 二人の間に春風が吹いた~

大波小波
BL
 竜造寺 貴士(りゅうぞうじ たかし)は、名家の嫡男であるアルファ男性だ。  優秀な彼は、竜造寺グループのブライダルジュエリーを扱う企業を任されている。  申し分のないルックスと、品の良い立ち居振る舞いは彼を紳士に見せている。  しかし、冷静を過ぎた観察眼と、感情を表に出さない冷めた心に、社交界では『氷の貴公子』と呼ばれていた。  そんな貴士は、ある日父に見合いの席に座らされる。  相手は、九曜貴金属の子息・九曜 悠希(くよう ゆうき)だ。  しかしこの悠希、聞けば兄の代わりにここに来たと言う。  元々の見合い相手である兄は、貴士を恐れて恋人と駆け落ちしたのだ。  プライドを傷つけられた貴士だったが、その弟・悠希はこの縁談に乗り気だ。  傾きかけた御家を救うために、貴士との見合いを決意したためだった。  無邪気で無鉄砲な悠希を試す気もあり、貴士は彼を屋敷へ連れ帰る……。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。 ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。 平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。 しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。 エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。 さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。 特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

処理中です...