【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
21 / 61
10.小さな芽生え

しおりを挟む
 トントンと、扉をたたく小さな音でふっと意識が上昇した。
 目を開けると部屋の中はすでに暗く、窓の外も夜中のように静まり返っていた。

 あれから何時間経ったのかわからないが、いつのまにか気絶するように眠ってしまったらしい。全身が気怠いが抑制剤が効いているようで、発情の熱はほとんど引いていた。

 もう一度扉をたたく音とともに、小さな声が聞こえた。
「リオン、リオン、大丈夫かい?」 

(オースティンの声だ……)

 リオンは廊下へと続く扉へとぼんやり目を向けた。あの扉の向こうにオースティンがいる。おそらく護衛の兵たちも。そして今さらながらに気が付いた。

(鍵、かけてない……)

 部屋の扉には小さな閂が付いていたはずだ。今まで掛けたことはなかったけど、今だけは誰にも部屋の中に入って欲しくない。

(閉めなくちゃ……)

 リオンは重い身体を起こして寝台を下りた。よろめきながらも部屋の扉の前まで歩く。備え付けられた閂を下すとカタンと小さな音がして、扉の向こうでオースティンが「リオン!?」と声を上げた。

「そこにいるの、リオン?」
「……はい」

 あまりに必死な呼びかけだったものだから、リオンは仕方なく返事をした。

「ああ、よかった……。いくら呼び掛けても返事がないから、中で倒れてたらどうしようと思っていたところだよ。ドニから、この国の抑制剤を飲んだと聞いたけど、具合はどうだい?」
「だいじょうぶ、です……」

 リオンが出せたのはか細い声だったが、オースティンには聞き取れたようだ。

「そうか、良かった。ここに食事があるんだけど、少しだけでも食べれるときに食べてね。水だけはきちんと飲んで。テーブルの上にあるから」
「……はい」

 話が途切れ、一瞬の沈黙が落ちる。

「――ねえリオン、少しだけ話を聞いてもらってもいいかな?」
 ふと声を低めてオースティンが言った。
「僕の二人の兄上たちがブルーメだったというのは知っている?」

 その話ならついさっき、侍医のドニから聞いたところだった。はい、と頷く。

「そう。僕は昔から兄上たちのことを見ていたから、ブルーメの発情期というのが、どれほどに過酷で容赦なく残酷でそして辛いものか、よくわかっているつもりだ。きっと君もそう感じているだろう。だけどブルーメにとって、発情期は何よりも大切なものなんだよ」

「……え……?」

 思わず声が出た。意味が分からなかった。
 『過酷で残酷』だと言いながら、オースティンは同時に『何よりも大切なものだ』と言う。先ほどの侍医は『おめでとうございます』とも言った。

(……大切なもの? これが? 祝うべきもの?)
 泣きながら自分の身体を自分で慰めて、そばにいる人を誰彼構わず性行為に誘ってしまうこの発情期が?

 そんなふうに言えるのは、当事者じゃないからだ。自分がオメガではないから言えるのだ。

「そんなわけ……ない……」
「え、なんだって?」 

 よく聞き取れなかったのか、オースティンが聞き返す。今度こそリオンは顔を上げ、扉の向こうにいるオースティンに向かって叩きつけるように叫んだ。

「何がおめでとうだ! 何よりも大切なものだ! こんなの……こんなの! ただの淫売と同じじゃないか!」
「リオン……? 違うんだ、僕が言いたかったのは――」

 扉の向こうでオースティンが何かを必死に言っている。リオン首を振ってオースティンの言葉を遮った。

「もう行って……! 僕に構わないで……!」

 リオンは床にうずくまりながら、両手で両耳を覆った。
 何も聞きたくなくなかった。
 消えてしまいたい。
 出来ることなら暗闇に溶けるようにして、自分という存在がなくなってしまえばいいのに。 

 リオンはつい数時間前まで、『今までとは違う自分になれた』と思っていた。自分には出来ることがあるかもしれないと、人並みの人間になれるかもしれないと小さな希望を持っていた。きっと変われると信じ始めていた。

(――だけどそんなの無理だ)

 変われない。
   自分はこのオメガという肉体を持つ限りは変わることはできない。
 いくら変わりたいと願っても、結局は肉体に引き摺られ、心も理性も何もなくなる。
 自分はずっとこうして生きるしかないのか。
 疎ましく重い肉体を引き摺って生きていかなくてはならないのか――。
 
 
 がたん、と窓の方から音がしたのはそのときだった。

 リオンははっと身体を強張らせ、テラスへと続く大きな窓に目を向けた。
 カーテンを開け放たれたままの窓からは、薄い月の光が差し込んでいた。
 ふっとそこに影がよぎった。大きな影だ。

(何か……いる……?)
 
  リオンは息を呑み、じっと窓越しの影に目を凝らした。

「え……?」

 目を疑った。
 青く冴え冴えと光る月の光を背後にして、闇の中に一匹の獣が佇んでいた。
 灰色の毛は月の光に照らされ銀色にぼんやりと浮かび上がり、灰色の瞳だけが距離感を失ったように鮮やかに光っている。
 あの美しい狼は……。

「クレイド……?」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

恋は終わると愛になる ~富豪オレ様アルファは素直無欲なオメガに惹かれ、恋をし、愛を知る~

大波小波
BL
 神森 哲哉(かみもり てつや)は、整った顔立ちと筋肉質の体格に恵まれたアルファ青年だ。   富豪の家に生まれたが、事故で両親をいっぺんに亡くしてしまう。  遺産目当てに群がってきた親類たちに嫌気がさした哲哉は、人間不信に陥った。  ある日、哲哉は人身売買の闇サイトから、18歳のオメガ少年・白石 玲衣(しらいし れい)を買う。  玲衣は、小柄な体に細い手足。幼さの残る可憐な面立ちに、白い肌を持つ美しい少年だ。  だが彼は、ギャンブルで作った借金返済のため、実の父に売りに出された不幸な子でもあった。  描画のモデルにし、気が向けばベッドを共にする。  そんな新しい玩具のつもりで玲衣を買った、哲哉。  しかし彼は美的センスに優れており、これまでの少年たちとは違う魅力を発揮する。  この小さな少年に対して、哲哉は好意を抱き始めた。  玲衣もまた、自分を大切に扱ってくれる哲哉に、心を開いていく。

春風のように君を包もう ~氷のアルファと健気なオメガ 二人の間に春風が吹いた~

大波小波
BL
 竜造寺 貴士(りゅうぞうじ たかし)は、名家の嫡男であるアルファ男性だ。  優秀な彼は、竜造寺グループのブライダルジュエリーを扱う企業を任されている。  申し分のないルックスと、品の良い立ち居振る舞いは彼を紳士に見せている。  しかし、冷静を過ぎた観察眼と、感情を表に出さない冷めた心に、社交界では『氷の貴公子』と呼ばれていた。  そんな貴士は、ある日父に見合いの席に座らされる。  相手は、九曜貴金属の子息・九曜 悠希(くよう ゆうき)だ。  しかしこの悠希、聞けば兄の代わりにここに来たと言う。  元々の見合い相手である兄は、貴士を恐れて恋人と駆け落ちしたのだ。  プライドを傷つけられた貴士だったが、その弟・悠希はこの縁談に乗り気だ。  傾きかけた御家を救うために、貴士との見合いを決意したためだった。  無邪気で無鉄砲な悠希を試す気もあり、貴士は彼を屋敷へ連れ帰る……。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ

小池 月
BL
もし発情期がアルファにくるのなら⁉オメガはアルファの発情を抑えるための存在だったら――?  ――貧困国であった砂漠の国アドレアはアルファが誕生するようになり、アルファの功績で豊かな国になった。アドレアに生まれるアルファには獣の発情期があり、番のオメガがいないと発狂する―― ☆発情期が来るアルファ貴族×アルファ貴族によってオメガにされた貧困青年☆  二十歳のウルイ・ハンクはアドレアの地方オアシス都市に住む貧困の民。何とか生活をつなぐ日々に、ウルイは疲れ切っていた。  そんなある日、貴族アルファである二十二歳のライ・ドラールがオアシスの視察に来る。  ウルイはライがアルファであると知らずに親しくなる。金持ちそうなのに気さくなライとの時間は、ウルイの心を優しく癒した。徐々に二人の距離が近くなる中、発情促進剤を使われたライは、ウルイを強制的に番のオメガにしてしまう。そして、ライの発情期を共に過ごす。  発情期が明けると、ウルイは自分がオメガになったことを知る。到底受け入れられない現実に混乱するウルイだが、ライの発情期を抑えられるのは自分しかいないため、義務感でライの傍にいることを決めるがーー。 誰もが憧れる貴族アルファの番オメガ。それに選ばれれば、本当に幸せになれるのか?? 少し変わったオメガバースファンタジーBLです(*^^*)  第13回BL大賞エントリー作品 ぜひぜひ応援お願いします✨ 10月は1日1回8時更新、11月から日に2回更新していきます!!

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

処理中です...