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11.外の世界と獣人
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◇
馬に乗り、いくつかの長閑な丘とブドウ畑を超え、辿り着いた先は小さな集落だった。今朝通ってきた集落とは違いあまり活気はない。人も少ないようだ。
(ここがクレイドの故郷……)
集落を通り抜け、外れにある石積みの門の前でクレイドは馬を止めた。門の向こうには教会のような大きな建物が見えている。てっきりどこかの家に入ると思っていたので、拍子抜けしてしまった。
「えっ、ここ?」
「ええ。ここは修道院です」
クレイドは門のところに馬を繋ぎ、慣れた足取りで門の中へと入って行く。リオンもその後を追った。
敷地には二つの建物が隣り合っていた。石造りで鐘塔がついた修道院は大きく、その隣の飾り気のない四角い建物は小さい。
さらに建物の前には緑の生い茂った畑があり、白い修道着を身につけた年配の女性が屈んで作業をしていた。
女性は門から入ってきたクレイドに気がつくと、嬉しそうな顔で歩み寄ってきた。
「あらクレイド! おかえりなさい」
「ご無沙汰しております、マザー。こちらは王宮でお世話になっているリオン様です」
「は、初めまして。リオンと申します」
紹介されて、リオンは緊張しながらも頭を下げた。マザーを呼ばれた女性はふふっと穏やかに笑う。
「可愛らしい方ね。私はこの修道院で修道院長を務めているセシリアよ。気軽にマザー・セシリアと呼んで頂戴ね」
「はい」
よろしくお願いしますとリオンはもう一度頭を下げた。
左側の四角い建物の中から五、六人の子どもたちがわらわらと飛び出してきた。
「クレイドだっ」
「クレイド~!」
子どもたちは嬉しそうに叫びながら駆けてくると、クレイドの大きな身体に飛びついた。クレイドも頬を緩めて抱き留めてやっている。
「元気だったか?」
クレイドが声を掛けると、子どもたちは一斉にしゃべりだした。
「うん、みんな元気だよ! この前クレイドがたくさん本を送ってくれたから、みんなで頑張って勉強してるんだよ!」
「ぼくね、ぼくね、たくさん文字かけるようになったよ! じぶんのなまえもかけるようになったんだから!」
「ほう、それはすごいな」
クレイドはしゃがみ込んで子どもたちと視線を合わせながら、笑みを浮かべて話を聞いている。きっと子どもが好きなのだろう。微笑ましい気持ちでクレイドたちの会話に耳を傾けながら、リオンは周囲の建物を見回した。
(ここは修道院って言ってたけど、この子どもたちはどこの子だろう? ここに住んでるのかな?)
四角い建物から出てきたから、そちらが生活の場なのだろうか……と考えていると、セシリアが話しかけてきた。
「あなたは騎士団の方?」
「あっ、いいえ、僕は――」
リオンは慌てて佇まいを直し、自分は王宮から来たが騎士団の人間ではないこと、クレイドにとてもお世話になっていることを話した。
セシリアは「そう」と優しく目を細め、クレイドと子供たちのほうへ視線をやる。
「この修道院は、身寄りのない子供たちを隣の孤児院で預かっているの。この子たちは親のいない身寄りのない身の上だけど……。見て、子どもたちの顔が明るいでしょう」
なるほど、とリオンは頷いた。修道院の隣の建物は孤児院だったのだ。改めて子どもたちを見てみると、確かに楽しそうな顔つきをしている。
「ここは修道院の中でも裕福な方なのよ。食事も衣服も教育も水準が高い。それもこれも、クレイドが毎月かなりの額を寄付してくれているからなの」
「クレイドが?」
「ええ。クレイドもこの孤児院で育ったから、恩を返しているつもりなのでしょうね」
「えっ?」
(クレイドは……孤児院で育った?)
リオンはその言葉に、ようやく自分の勘違いに気が付いた。
クレイドはここが故郷と言っていた。このあたりに生家があるのかとリオンは思っていたが、違う。この孤児院が故郷だという意味だったのだ。
そういえば王宮に来た最初の頃、オースティンとの思い出話をした折に「昔修道院にいた」とクレイドは言っていた気がする。どうして今まで気が付かなかったのだろう。
リオンの顔色が変わったのに気が付いたのか、セシリアは驚いたような顔をした。
「もしかしてクレイドから聞いていなかったの?」
「……はい」
「そうなのね……。クレイドはあまり自分のことを話さないから。だからこそ私も心配なのよ。国からの援助だけではやっていけないから、クレイドの寄付には助けられているけれど……。あの子は……クレイドは王宮でうまくやっているのかしら」
少し心配そうに、でも真剣な眼差しで聞かれ、リオンは先ほどの街での出来事を思い出した。
『獣人』だと言われ、一方的に蔑まれたクレイド。何事もなかったように振る舞っていたクレイド。
その姿を振り払い、リオンは大きく頷いた。
「はい。クレイドは騎士団の騎士たちからも王宮の人たちからも、とても尊敬されています」
「……そう。良かったわ」
セシリアは安心したように微笑んだ。その慈悲に溢れた微笑みを見て、リオンはクレイドの真意を悟った。
クレイドは、『自分には心配してくれる人も、慕ってくれる子どもたちもいる』ということをリオンに知ってもらい、安心させたかったのだ。
だけど――。
心の中に小さな棘のようなものが引っかかっているのはなぜだろう……。
馬に乗り、いくつかの長閑な丘とブドウ畑を超え、辿り着いた先は小さな集落だった。今朝通ってきた集落とは違いあまり活気はない。人も少ないようだ。
(ここがクレイドの故郷……)
集落を通り抜け、外れにある石積みの門の前でクレイドは馬を止めた。門の向こうには教会のような大きな建物が見えている。てっきりどこかの家に入ると思っていたので、拍子抜けしてしまった。
「えっ、ここ?」
「ええ。ここは修道院です」
クレイドは門のところに馬を繋ぎ、慣れた足取りで門の中へと入って行く。リオンもその後を追った。
敷地には二つの建物が隣り合っていた。石造りで鐘塔がついた修道院は大きく、その隣の飾り気のない四角い建物は小さい。
さらに建物の前には緑の生い茂った畑があり、白い修道着を身につけた年配の女性が屈んで作業をしていた。
女性は門から入ってきたクレイドに気がつくと、嬉しそうな顔で歩み寄ってきた。
「あらクレイド! おかえりなさい」
「ご無沙汰しております、マザー。こちらは王宮でお世話になっているリオン様です」
「は、初めまして。リオンと申します」
紹介されて、リオンは緊張しながらも頭を下げた。マザーを呼ばれた女性はふふっと穏やかに笑う。
「可愛らしい方ね。私はこの修道院で修道院長を務めているセシリアよ。気軽にマザー・セシリアと呼んで頂戴ね」
「はい」
よろしくお願いしますとリオンはもう一度頭を下げた。
左側の四角い建物の中から五、六人の子どもたちがわらわらと飛び出してきた。
「クレイドだっ」
「クレイド~!」
子どもたちは嬉しそうに叫びながら駆けてくると、クレイドの大きな身体に飛びついた。クレイドも頬を緩めて抱き留めてやっている。
「元気だったか?」
クレイドが声を掛けると、子どもたちは一斉にしゃべりだした。
「うん、みんな元気だよ! この前クレイドがたくさん本を送ってくれたから、みんなで頑張って勉強してるんだよ!」
「ぼくね、ぼくね、たくさん文字かけるようになったよ! じぶんのなまえもかけるようになったんだから!」
「ほう、それはすごいな」
クレイドはしゃがみ込んで子どもたちと視線を合わせながら、笑みを浮かべて話を聞いている。きっと子どもが好きなのだろう。微笑ましい気持ちでクレイドたちの会話に耳を傾けながら、リオンは周囲の建物を見回した。
(ここは修道院って言ってたけど、この子どもたちはどこの子だろう? ここに住んでるのかな?)
四角い建物から出てきたから、そちらが生活の場なのだろうか……と考えていると、セシリアが話しかけてきた。
「あなたは騎士団の方?」
「あっ、いいえ、僕は――」
リオンは慌てて佇まいを直し、自分は王宮から来たが騎士団の人間ではないこと、クレイドにとてもお世話になっていることを話した。
セシリアは「そう」と優しく目を細め、クレイドと子供たちのほうへ視線をやる。
「この修道院は、身寄りのない子供たちを隣の孤児院で預かっているの。この子たちは親のいない身寄りのない身の上だけど……。見て、子どもたちの顔が明るいでしょう」
なるほど、とリオンは頷いた。修道院の隣の建物は孤児院だったのだ。改めて子どもたちを見てみると、確かに楽しそうな顔つきをしている。
「ここは修道院の中でも裕福な方なのよ。食事も衣服も教育も水準が高い。それもこれも、クレイドが毎月かなりの額を寄付してくれているからなの」
「クレイドが?」
「ええ。クレイドもこの孤児院で育ったから、恩を返しているつもりなのでしょうね」
「えっ?」
(クレイドは……孤児院で育った?)
リオンはその言葉に、ようやく自分の勘違いに気が付いた。
クレイドはここが故郷と言っていた。このあたりに生家があるのかとリオンは思っていたが、違う。この孤児院が故郷だという意味だったのだ。
そういえば王宮に来た最初の頃、オースティンとの思い出話をした折に「昔修道院にいた」とクレイドは言っていた気がする。どうして今まで気が付かなかったのだろう。
リオンの顔色が変わったのに気が付いたのか、セシリアは驚いたような顔をした。
「もしかしてクレイドから聞いていなかったの?」
「……はい」
「そうなのね……。クレイドはあまり自分のことを話さないから。だからこそ私も心配なのよ。国からの援助だけではやっていけないから、クレイドの寄付には助けられているけれど……。あの子は……クレイドは王宮でうまくやっているのかしら」
少し心配そうに、でも真剣な眼差しで聞かれ、リオンは先ほどの街での出来事を思い出した。
『獣人』だと言われ、一方的に蔑まれたクレイド。何事もなかったように振る舞っていたクレイド。
その姿を振り払い、リオンは大きく頷いた。
「はい。クレイドは騎士団の騎士たちからも王宮の人たちからも、とても尊敬されています」
「……そう。良かったわ」
セシリアは安心したように微笑んだ。その慈悲に溢れた微笑みを見て、リオンはクレイドの真意を悟った。
クレイドは、『自分には心配してくれる人も、慕ってくれる子どもたちもいる』ということをリオンに知ってもらい、安心させたかったのだ。
だけど――。
心の中に小さな棘のようなものが引っかかっているのはなぜだろう……。
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